生産ギルド
アカツキたちと別れて数分後、俺の足は完全に止まっていた。
生産ギルドを探して入り込んだ商店街の入り口付近にある雑貨店の前で。
商店街には生産ギルドまでの道を聞きたくて来たのに早くも目的が変わりそうになっている。
それくらい俺の目に魅力的に映る、小麦のイラストが描かれ中身の詰まった大量の紙袋。
確証を得るために鑑定した結果や予想通り小麦粉だった。
ほしい。
小麦粉があればいろいろつくれる。
「あの、コレいくら?」
諦めきれず、せめて値段を聞いてからにしようと店員のお兄さんに声をかける。
「ああ、それなら言い値でいいよ」
「何で?」
「桁を1つ間違えて仕入れちまって、在庫処分中なんだ。初めは半値の35Gで売ってたんだが一向に売れなくてな」
疲れた顔を見せるお兄さんに重要な点を確認する。
「一袋の量は?どのくらい保つ?」
「量は2kg。最低半年は保つ」
十分過ぎる。
「お兄さんは最低いくらがいい?」
「そうだな。せめて25Gかな」
「30Gだったらいくつまで取り置きできる?」
「取り置き?」
怪訝そうに俺を見るお兄さんに意図を説明する。
本当ならあるだけほしいけど今はムリ。だから半年内で定期的に買いたい。
でも、その半年内で売れ行きが変わるかもしれない。
だからお兄さんが許せる数を提示してほしいと。
「なるほどな。俺としては半分までは減らしたいから……30までだな。それはいいとして大量にパンでもつくるのか?」
「? 他にもいろいろつくれる」
「そうなのか? 普段はパン屋しか買わないからな。まあ、それとは別に問題は小麦粉を置いとくスペースがなくてな。売りたかった理由にそれも含まれてるんだ。代金の前に商品を渡すわけにもいかんし」
困った。
取り置きをなくして今30袋買うのは、できなくはないけど残金が100Gになっちゃうし。
「ならウチで預かろう」
「へ?」
突然乱入してきた声に、背後へ顔を向ける。そこに立っていたのはボサボサの髪に無精髭を生やした大男。
「アランさん。いいんですか? こっちは助かりますけど」
「ああ。小麦粉をそれだけ大量に欲しがるってことは少なくとも『料理』は持ってるはずだ。ならウチの管轄だからな」
「なるほど」
状況が飲み込めない俺を置き去りに、ふたりだけで話が進んでいく。
結局俺の小麦粉はどうなるんだろうか。
不安になりながら見守っていると、気づいたアランが俺の頭に大きな手を乗せる。
何でみんな俺の頭に手を乗せるんだ。
「心配すんな。チビ猫の小麦粉は俺が責任持ってウチ、生産ギルドで管理してやる」
「!?」
今、聞き逃せないワードが出た。
逃さないようにアランの袖をしっかりと握る。
「いく。生産ギルド」
「なんだ、ウチに来るつもりだったのか?」
「ん。道聞くつもりだった」
「その前に小麦粉に捕まったのか」
「ん」
「「ぶわはははははっ」」
力強く頷く俺をお兄さんも一緒になって2人で笑う。
なかなか笑いを納めない2人に省エネな表情筋は相変わらず動かないけど、代わりにしっぽがユラユラ揺れる。
「もういい」
掴んでいた袖を放し現状使えない大人2人を放置で、斜向かいの八百屋へターゲットを変える。
小麦粉は、生産ギルドに着いてからでいい。
しっぽが揺れたまま店を出ようとする俺の手が捕まる。
「待てチビ猫。お前を馬鹿にしたわけじゃない。むしろ逆だ逆。生産に対して熱心になるヤツは少なくてな、特に来訪者たちは」
「来訪者?」
「昨日あたりから増えてる冒険者たちのことだ。チビ猫もだろ?」
プレイヤー=来訪者。確かに元々街に住んでる側からすればお客人になるわけだ。
「ん」
「よしっ、わかったら行くぞ」
言うが早いか、アランは俺を持ち上げ肩の上に座らせる。
肩車されて急に視界が高くなったことより、天井が近くなったことで頭をぶつけないようにと気がいき身をかがめアランの頭にしがみつく形になる。
「シグ、小麦粉は後でウチの誰かを寄越すからその時に渡してくれ」
「わかりました」
商店街全体が出入り口に壁や扉がない店だから高さに問題ないが、俺が背筋を伸ばせばゆうに2mは越す。
なぜ肩車なのかの疑問は、アラン視点からの建物や住人から始まり街について紹介されていくことではれた。
一緒に相手側へ俺のことも紹介してくれるのだが、何度訂正しても呼び名を改めないアランのせいで「チビ猫」と紹介され「タタ」と名乗り直すまでがひとつの流れになってしまった。
そのおかげでみんなに顔と名前をばっちり覚えて貰えたけど。
「さて、ここがご希望の生産ギルドだ」
少し手前でようやく肩から降ろされ、煉瓦調の建物の中へ入る。
入ってすぐにロビーと受付。
受付は3つ窓口が設けられ今もテキパキと対応している。1カ所を除いて。
「ほら行くぞ」
不思議に思っていると、まさに気になっていた誰も並んでいない窓口の方へアランが俺を連れていく。
たどり着いた先に座っていたのは退屈そうに隣の2列を眺める女性。
「シシィ、今どこの個室が空いてる」
「あら兄さん。お帰り…って、どこで拾ってきたの!? こんなカワイイ子」
「シグの店だ。そんなことより空いてる個室を教えろ」
アランと同じ赤い鈍色の髪と蜜色の瞳をしていると思ったら兄妹だったのか。
左側だけに髪をまとめて緩く三つ編みにした俺のと少し似てる髪型から、おっとりした柔らかい感じの声のイメージがあった。
でも、現在進行形でアランとなかなかかみ合わない会話をくり広げているシシィは女性にしてはずいぶんとハスキーな声をしている。
少しでもモノづくりに近づきたい俺は空き始めた隣の列に並ぶため、ふたりに背を向けた瞬間手を掴まれた。
デジャヴ?
「こら、どこに行こうとしたチビ猫」
「並んだ方がはやい」
隣の列を指差し、登録させろと目で訴える。
「あー、もう済んだから。お前はこっち」
掴まれた手をそのままアランに連行される。
「シシィお前も暇なら来い。今よりは退屈しなくて済むぞ」
2階に上がる階段の手前でアランが顔だけ振り返り、再び退屈そうにするシシィに声をかける。
かけるだけで返事も待たずに上がった2階を通り過ぎ3階へ進む。
上がった3階の踊場から一番近い部屋の鍵が開けられ中に入る。
入れられた部屋で俺を迎えたのは充実した調理用スペース。
広い流しに三口コンロ。鳥が丸々一羽入るサイズのオーブン。鍋に包丁も、大小様々に揃えられている。
調理台の上には見たこともないモノも含めて大量の食材が用意されていた。
「まだ待て。これからお前にテストを受けてもらう」
近づいてもっと詳しく見るため飛び出さんとする俺にアランが待ったをかける。
「テスト?」
「そうだ。さっきシグの店で面白いことを言っていただろう。『いろいろつくれる』だったか、ここにあるモノと小麦粉を使ってチビ猫の言う『いろいろ』をつくって見せろ」
「ん」
《クエストが発生しました。》
『クエスト「小麦粉の多様性を示せ!」
クリア条件:アランの知らない小麦粉を使った簡単で美味しい料理を5つ以上つくり、認めさせる。
失敗条件:品数が5つ未満。アランを満足させられない。
報酬:???
クエストを受けますか? はい/いいえ』
アランに頷き流しの前に立つ俺へアナウンスが流れる。
同時にクエスト内容を示すウィンドウが現れ、迷うことなく「はい」を選択する。
改めて、用意された食材の確認と調理機器の使用方法の確認をする。
頭の中で自分の知るレシピを思い出し、手間や調理時間、使用するモノを考えつくる順番を決める。
始めに冷めても美味しいおやつ系で。
しっかり手を洗ってから、ボールに卵、砂糖に牛乳、メインの小麦粉を順に加え玉にならないように混ぜる。
全体になじんだら油を薄くひいた天板に8mmくらいの厚さで小分けしていく。
あとはオーブンで10~12分焼くだけ。
待っている間に、分量、加える順は多少変わるけど同じ材料の生地を3種類つくる。
1つは小さな器に7分目まで入れて蒸し器がないから鍋と竹かごを利用し、中火で10分くらい蒸す。
1つは170℃くらいに熱した油へ、スプーンで一口大に整えながら揚げていく。
1つはフライパンに油をひき弱~中火でキツネ色がつくように片面3分ずつほど焼いていく。
最後に、卵を中央に小麦粉を混ぜ油を加える。
なじんだら手のひらで一方向に伸ばす。生地を巻き戻し逆方向へ。
これを何度かくり返す。
丸めて指を跳ね返したら厚さ2mmくらいに均等に伸ばす。
今回はラビオリ風に四角く食べやすいサイズに切る。
8分ほど茹で、茹でる間に用意して置いたトマトベースのスープで軽く煮込む。
それぞれを器に盛り付け出来上がった料理。
クッキー、蒸しパン。ドーナツにパンケーキ。
唯一食事系でトマトのスープパスタ(ラビオリ風)が完成した。
パンケーキにはカラメルソースとイチゴジャムも添えて。
「できた」
使った器具を片づけてからアランに報告。
当のアランはテーブルに並べられた料理たちに釘付けになっていた。
「食べない?」
「いや、食う。いただきます」
動かないアランに試食はしないのかと声をかければ、慌てて席につき温かいスープパスタから順に食べていく。
俺も同席して出来を確認しながら食べていると、扉が静かに開く。
「暇だから来ちゃった♪ 何だか美味しそうな匂いがしてるけど!? って何これ、食べていいの?」
飛びつくようにアランの隣に座るシシィの問いに、食事に夢中なアランに代わり俺が頷き肯定する。前にシシィは食べ始めていた。
きちんと「いただきます」は言ってたからいいか。
「美味しい♪ ふわっふわで」
頬を押さえ笑顔のシシィは蒸しパンとパンケーキをお気に召したらしい。
アランは歯ごたえがある方が好きなのか夢中でクッキーを食べている。
満足した兄妹がひと息ついた時には料理の大半がなくなっていた。
残ったのはまだ保存の効くクッキー、ドーナツと蒸しパンが少し。
「合格だ。これならレシピさえあれば誰でもつくれそうだ。それに美味い。今チビ猫がつくった料理のレシピは公開しても大丈夫か」
「問題ない」
「そうか。ならこの部屋はそのままお前が使え」
《クエストがクリアされました。
報酬として生産ギルドの個室年間パスと調理セットがアランより授与されます》
無事アランを納得させれたようだ。報酬が凄いのは強運だから?
「まあ、登録を済ませてからになるがシシィにやらせるからすぐだ」
「任せなさい♪」
余りを少しずつ非常食に貰い、あとは今も下で働いている職員への差し入れに持っていく。
受付へ戻るまでの道中で、おやつ4種に関してはいろいろ混ぜることでアレンジがきくことも伝える。
追加情報は大いに喜ばれた。
アランとは途中で別れ、2人で受付に戻り登録を済ませている最中になんとなくシシィに聞いてみた。
「何でみんな来ないの?」
今も俺の後ろに並ぶ人はいない。
隣の見る俺にシシィは少し寂しそうに教えてくれた。
「ワタシが男だからみんな嫌がるの。もちろん、全員じゃないし職員は違うわ」
「へん」
「やっぱり男なのにこの話し方と格好は変、よね」
「違う」
無理に笑顔をつくり誤解するシシィにきちんと伝わるように言葉を頑張って繋ぐ。
「みんながへん。男でもキレイで似合ってるし。まだ会ったばかりだけど明るくて一緒にいると楽しい。俺はシシィ、さん好きだよ」
俺の言葉に隣に座る職員のお姉さんたちもここぞとばかりにシシィを擁護し、一部分ではあるが来訪者たちの態度に対する不満をぶつけていた。
しかし兄妹じゃなくて兄弟だったのか。
「ありがとう。タタちゃんとは仲良くしたいからワタシのことは『シシィ』でね♪」
新たな事実にわずかに感じていた声質にも違和感がなくなりひとりで納得していたら、窓口越しに乗り出したシシィに抱きつかれた。
それにまた「ちゃん」。
「俺、男」
「あらワタシも男よ」
「むぅ……」
「ふふっ♪」
またもや回避はできそうもない。
「何だか賑やかだな。いつの間にそんなに仲良くなったんだお前ら」
ザワつきが治まりかけたところにまたザワつきが増す。
「やべぇ、おれ初めて見た」
「あれがたまにしか顔を見せないっていう。何で今?」
「確か受付の誰かの兄だって…」
「キャー! カッコいい!! お近づきになれないかしら」
「はぁ、アンタじゃ無理」
周りの声からすると凄い人が来たらしい。男女関係なくザワザワしている。
でも聞こえた声はアランのものだけだったような。
とりあえずアランに顔を向けるため振り返って……って、アランがいない?
いると思った場所に立っていたのは髪と瞳の色、背格好こそ同じだが会ったこともないイケメンがひとり。
思わず首を傾げる俺に目の前のイケメンがうなだれる。
「髭剃って髪をとかして来ただけだろ。わかれよチビ猫」
「あはははっ! だからいつも言ってるじゃない。身だしなみだけでもしっかりしときなさいって」
ため息をつくイケメンもといアランをシシィが笑う。
シシィの腕から外れアランの袖を引く。
「もう、わかった」
どちらもアランだとわかっていれば何の問題もない。
どちらかといえばボサボサ頭の無精髭姿の方が周りが騒がない分接しやすくて楽なのだ。
「そうか。ここは騒がしいからまたちょっと移動するぞ」
大股で歩くアランに引きずられて奥の応接室へ連れて行かれる。今度は始めからシシィもついて来た。
アランとシシィにテーブルを挟んで向かい合うかたちで座る。
「ここに連れ来たのは最終確認のためだ。まず、これを渡しておく」
テーブルの上に置かれた1枚のカード。
「これは生産ギルド専用のギルドカード。施設設備の使用、素材の販売買取の際に受付へ提示してもらう必要があるからなくすなよ。特にお前は個室のキーにもなっているから絶対にだ」
「そうそう。このカードは特殊な素材を使ってて、再発行になんてなったら5000G払ってもらうことになるから気をつけてね」
「わかった」
絶対になくさない!
お金もモノづくりの素材に使って貯まらないだろうし、今の所持金の5倍なんて想像できない。
「じゃあ次に『料理』以外は何を持ってる」
「『細工』と『裁縫』」
「なら問題ないか。もし今後『鍛冶』を取るようなら、設備は1階にしかないからな。あの個室は好きにしていいが、面白いモノが出来たらまず俺に見せろ。いいな」
モノづくりを邪魔されること以外はわりと気にしないので了承する。
俺が頷くのを確認したアランが今度は何かが入った小さな袋
をテーブルの上に置く。
袋がテーブルに触れるとき、ガチャッと硬いものが擦れる音がした。
「これはさっき買い取ったレシピ代5000Gの内1000Gだけ用意した。残りは俺が勝手につくらせてもらったお前専用の金庫に保管してあるから必要になったら言え、すぐ出してやる。ウチでは特殊なレシピ以外は一律1000Gで買い取る決まりで悪いがこれ以上は出せないんだ」
「これ以上?」
まだ相場を知らない俺には判断つかないことで謝られても困る。タダ同然のレシピでお金を貰う俺の方が悪いと思うのに。
「いいかチビ猫。今日お前が俺の前でつくって見せた料理はまだ世に出てないものだ。だから本来ならお前が独占して商品というかたちで料理だけを提供することも出来たんだ。そうしたら5000Gなんて3日も経たずに稼げるだろうよ。つまり、お前がギルドにレシピを売ることで損することにもなるんだ」
懇々と説明するアランに俺は感心するだけだった。
モノづくりが出来ればいい俺にとって、一応目標にしている自分の店もタラレバの話だ。
店が欲しいのもモノづくりを邪魔されないためで、商売について考えてなかった。
またその時に考えよう。
「俺のじゃないからいい。知ってるだけ」
「まあこちらとしては助かる。が、金が動く時は俺かシシィに相談しろ。お前ひとりじゃ危険だ」
「そうね。今のままでいて欲しい気がするけど、簡単に騙されそうだものタタちゃん」
そんなにか。
今はモノの価値に対する基準を知らないからでちゃんと学べば騙されることはない。と思う。
強く否定が出来ないので素直に頷いておく。
「兄さんの用事が終わったなら次はワタシね」
区切りがついたところで今度はシシィがテーブルの上に2つのボックスケースを置いた。
「さっきタタちゃんが『細工』と『裁縫』を持ってるって言ってたから、兄さんと話してる間に用意して置いたの。それぞれの道具セット。兄さんが連れてくから登録料の支払いもまだだったでしょ。それもまとめてここで会計しちゃいましょ」
シシィがアランに軽くイヤミを言っている間、俺はテーブルの上にある各道具セットに夢中になっていた。
「いい? 登録料が300G、各道具セットが200Gずつ。兄さんが用意したレシピ代から引かせてもらってタタちゃんに300Gを渡すかたちで良かったかしら」
「大丈夫」
シシィに引き戻され行われた会計によって俺の所持金は手持ちで1300Gになる。
一度買い物に行っとこう。相場とお金の価値を知るためにも。そう考えると今日取り置きしてもらった小麦粉も実は危険だった。お兄さんがいい人でよかった。
そこでふと湧いた疑問をアランにぶつける。
「小麦粉来た?」
脈絡のない俺からの問いに瞬巡させ合点がいったアランが破顔する。
「安心しろ、手配は済ませたからもうすぐ届くはずだ。いろいろあったが、手続きもさっきので最後。これでようやく本当の意味で迎え入れられる。ようこそ生産ギルドへ、歓迎するよタタ」
「よろしく。アラン…さん」
「いい、いい。今さらさん付けなんていらん。それにお前とは出来るだけ対等でいたいと思ってるんだ、わかったかチビ猫」
「ん」
「ワタシのことも忘れないでね」
握手を交わす俺とアランの手の上に手を重ね、ウインクをおくってくるシシィに自然と笑顔になった。