アカツキと仲間たち
薄暗い通路を進んで出た先は立派な柱が並ぶ神殿のような場所だった。
何をしたらどこに行ったらいいのかわからない俺は、とりあえず最後にニィが言っていた招待特典は何か確認してみる。
開いたリストにはそれ以外にいくつかモノが増えていたので、ついでにアイテムの内容も確認する。
『冒険者の服(上):綿でできた動きやすい服
効果:VIT+1』
『冒険者の服(下):綿でできた動きやすいズボン
効果:VIT+1』
『初級ポーション:少し薄められたポーション。多少飲みやすくなった分効果が薄い。
効果:HP10%回復』
『魅惑の調味料セット:基本的な調味料「さ・し・す・せ・そ」と油の調味料セット。1日経てば使用した分が補充される。
備考:譲渡不可・破壊不可』
武器がなかったことより、招待特典がスゴイ!
不安要素の中で最も重大な1つが払拭された。いくら補充されるからといって、使いきった時がこわいからそこだけは気をつけておこう。
所持金も1000Gあったけど、無駄遣いしないようにしなきゃ。
リストを閉じる前に冒険者の服を上下ともに装備させる。
着替えられた簡素な白い上下の服に、汚れやすそうだな。と、つい洗濯の心配をしてしまった。
《アカツキからメールが届きました》
突然のアナウンスにびくっとなりながら正面に表示されたメールアイコンを選択する。
『アカツキ>遅い。今からそっちに行くから動くな』
忘れてた。《SSO》に来たらメールをしろとアキに言われてたんだった。
この「アカツキ」がアキの《SSO》内での名前かな。他に約束した人いないし。
言われた通り、建物の出入り口まで出てアカツキを待つ。
待っている間の暇つぶしに辺りを観察する。
「タンクできるやつ! 誰かいねー?」
「回復役の人ただいま募集中!」
「女の子限定パーティーやってま~す♪ わたしたちと一緒に冒険しませんか?」
いろんなところでいろんな人が勧誘合戦。
条件、目的。勧誘の仕方は様々で、ただ共通して言えるのはみんな俺とは違い冒険者の服を着ていなかった。
数時間の差はたいへん大きいようだ。
アキとユヅが急いでた理由が何となくわかった。
「キミ、ひとり? よかったらオレが案内しようか。冒険者の服ってことは始めたばかりだよね?」
また誰かが誘われてる。
それに俺と一緒の出遅れ組がいるとは。誰だろう?
いい人そうなら出遅れ組同士お近づきになろうと、周りを見てもそれらしい人がいない。
聞き間違いかすでに行ってしまったようだ。
仕方なく観察に戻る俺の肩を誰かが叩いた。
「オレはキミに声かけたんだよ。三毛猫さん」
肩を叩かれ先ほど出遅れ組を誘っていた声に三毛猫と呼ばれる。どうやら誘われてたのは俺だったらしい。
俺に声をかけるなんて一体どんなもの好きが。と、叩かれた肩の方へ振り返る。そこにいたのは茶髪の穏やかな雰囲気の青年。鎧を着ているからたぶん戦士職。
きっと俺が動かないから気を使ったのだろう。
「大丈夫」
「でもひとりだと不安だろ。これでもLVは高い方だから戦闘でもフォローできるし」
「いらない」
「そんなこと言わずに」
俺はアカツキを待っているだけで心配する必要はない。気にしなくていい。
その意味を込めて青年に首を振りお断りするが、普段からモノづくり以外に関しては省エネ思考の俺の言葉ではうまく伝わってくれない。
イメージと違って何かしつこいし。
依然として首を縦に振らない俺に業を煮やしたのか、強引に連れていこうと伸ばされた手が俺に触れる寸前で弾かれる。
第三者の手によって。
「悪いがコイツは俺と待ち合わせしてただけだ。親切にしてくれるのはいいが押し売りはよくない」
「オレは別に……! いや、他にいるならいいんだ。じゃあまたね、三毛猫さん」
声からしてアカツキであろう人物に追い払われるかたちになった青年は去り際に、なぜか俺に向けてウインクしていった。
それよりも気になるのは、俺に代わってお断りを入れてる最中からずっと頭の上に乗せられたままの手だ。
軽く押さえつけるように力を加えユラユラ動かされている。
「ちぢむ」
「縮むかよ、バーカ」
放るように解放され髪を簡単に整え振り返った先には予想通り見慣れた顔があった。
ただ、髪の襟足部分が伸び、色が瞳とともに緋色に染まっている以外は。
「久しぶりにゆう、…タタの顔をまともに見るな。こうして見ると弓月にも似てるな」
「幼少期は両親共に似るというから必然的中性っぽくなるんだろ。昔のお前もそうだったぞ、今のタタとそっくりだ。まあ、そのせいでさっきも絡まれてたんだろうけど」
しげしげと俺の顔を観察するアカツキの横で勝手に分析する男を見やる。
言外に成長してないと言われたが、アキの幼少期や父さんと母さんの顔を知ってるということは知り合い?
紺色の長い髪を下の方で緩くまとめ、かけられた眼鏡の奥に青灰色の瞳を持つ同年代の少年。
俺の記憶の中でなかなか符合する人物がいない。
でも口調から俺とも知り合いのはず。
「こうすればわかるか?」
思い出せず首を捻る俺の様子に少年がヒントとして、眼鏡を外しさらに長い髪を手でひとつに括る。
邪魔するモノがなくなり露わになった素顔は家族の次によく知る人物だった。
「今日はカレー。トッピング自由、うどん有り」
「行く」
小学生のころからお隣さんの幼なじみで同級生、日野恭介。アキとはクラスメートで悪友。
恭介の両親も家を空けることが多いからよくウチでご飯を一緒にする。
現実の恭介の髪は短く、目も悪くないからわからなかった。
それに耳だって今みたいに長く尖ってない。
「カレーだからセルフ」
「「おう」」
好きなときに好きなように食べて。という俺なりのニュアンスの訴えはよく知るふたりだから通じる。
アキいわく初対面ではまずムリだそうだ。でも、ニィとは問題なかったな。
「あっ、俺はそのまま『キョウ』だからよろしく。ついでに登録も」
「ん」
やり方をレクチャーされながら無事キョウとフレンド登録を済ませる。
「そろそろボクたちも紹介してよ」
不機嫌そうな声が聞こえた方を見ると少年が1人と少女が2人いた。
その中で腰に手をあてアカツキを睨んでいる少女が先ほどの声の主だろう。
「ああ悪い。タタ、俺たちは今俺とキョウ、それとここにいるレンジ、アンリ、ノイの5人でパーティーを組んでる」
紹介された3人はそれぞれの反応を見せる。
レンジは微笑み。アンリはお辞儀を。ノイは元気に手を振る。
それだけで3人の性格が何となくわかる。
「タタちゃんとボクたち3人は初対面なんだから自己紹介しよう! レンジから」
「では改めて、僕は人間族のレンジ。パーティーの中では最年長でタンク、みんなの盾役をしている。アカツキとノイはテスターの時からの仲だね。後で僕ともフレンド登録してくれると嬉しいな」
ノイ発信で突然始まった自己紹介タイムに待ったをかける間もなくレンジが乗ってしまう。
茶髪に鳶色の瞳をした好青年。背もメンバーの中で一番高く、穏やかな雰囲気をまとっている。
きっとみんなの兄的ポジションで、苦労しながらメンバーをまとめている姿が想像できる。
「アカツキとキョウの扱いに困ったら聞いて」
「ぜひ!」
レンジに近づき耳打ちした俺の手を両手で力強く握られる。
やはり苦労させていたようだ。
手を握られながらつい、肩は届かないから二の腕らへんを労るようにポンポンと叩いてしまった。
慌てて手を引っ込める俺の頭をレンジが優しく撫でる。
楽しそうなレンジの様子に止めるタイミングを逃しされるがままの俺を救ったのはノイだった。
「あとがつかえてるんだからレンジはさっさと退く! 次はアンリちゃんね」
力業でレンジを退かしアンリの背を押して俺の前まで連れてくる。
「は、はじめまして。森人族のアンリといいます。わたしはパーティーでは回復役にまわってます。《SSO》はノイちゃんに誘われて。人前で話すのは苦手ですがよろしくお願いします」
自己紹介の後、ペコペコ頭を下げるアンリをノイが抱きついて止める。
さっきもしてたしアンリはお辞儀が癖なのだろうか。
いくつか共通点があるからか、何だかアンリとは仲よくなれそうな気がする。
「よろしく」
頑張って笑顔をつくる。俺は表情筋も省エネだからできてたかはわからないけどアンリも笑顔を見せてくれたから良しとしよう。
「次はようやくボクの番だね。ボクはノイ、獣人族で兎のロップイヤーだよ♪ 斥候と遊撃が担当。ボクは強いからアカツキにいじめられたら言ってね、タタちゃんを守ってあげる!」
ウェーブがかかった腰まである銀色の髪とすみれ色の瞳をしたアンリとは対称的にストレートの黒髪に黒瞳のノイ。垂れた耳はショートボブの髪と同化し、持ち上げて見せられるまで気づけなかった。
背はアンリの方が高く、低いノイでも俺より少しだけ上だ。
しかし、それよりも気にすることがひとつある。
「何で『ちゃん』?」
「へ? だってタタちゃん女の子だよね? 三毛猫だし」
「ちがう」
「タタは男だぞ」
俺とアカツキが否定しても納得してないノイの態度に、説明を兼ねて俺の自己紹介をする。
「タタ、獣人族の三毛猫。一応レア。自分の店を持ってのモノづくりライフが目標。アカツキとは双子の兄弟。いつも弟がお世話になってます? あと、まだ冒険者の服を持ってていらないならください」
久しぶりに長くしゃべって疲れた。
「ちょっと待って」
「タタちゃんがアカツキと双子のうえお兄ちゃん!?」
「レアって、タタお前三毛猫なのにレアなのか!?」
「なぁ、冒険者の服なんて何に使うんだ?」
レンジの制止もむなしくノイを皮きりにアカツキ、キョウに詰め寄られる。
アンリはひとり流れに乗り遅れていた。
「一卵性の双子。男だとレア。いろいろ」
さっき頑張ったから省エネ回答で返す。
いつもなら通じるのに今回は順を追って細かく説明させられた。
特に三毛猫のレアについては今後むやみに話すなと、くぎまでさされる。
「うー、でもかわいいから『タタちゃん』って呼ぶ! 獣人族同士仲良くしよ。もちろんアンリちゃんも一緒に」
結果、ノイに俺が男だとは認めさせれたが「ちゃん」はとれなかった。まあ、ノイだけならいいか。
あとで聞いてみたらレンジとアンリは年齢は別として、男だろうとは思っていたらしい。
「ついでに、俺は人間族で前衛。キョウは森人族で魔法を使った後衛だ」
落ち着いてから最後にアカツキがキョウの分も簡単に済ませて自己紹介タイムが終わる。
3人とフレンド登録を済ませ、ダメもとで言った冒険者の服はレンジ以外から貰えた。
βテスターの特典で好きな装備を1つ選べるので、鎧を選んだそうだ。
ちなみにアカツキは大剣でノイはダガー。
「キョウは自腹?」
「買えるか。従兄がテスターだったから賭けに勝って招待パスをもぎ取った」
「何の?」
「タタが《SSO》を始めるかどうか。いやあ、助かったよ。ありがとな」
勝手に賭けの対象にされていた。
「何で?」
「アカツキがテスター時にいろいろ言ってたらしいぞ。特に生産に関しては」
「ふーん」
視界の端でアカツキ気まずそうにしているアカツキに近づく。
「知ってた?」
「いやっ、確かにβテスター時にタタの存在について話したことはある。キョウと従兄が賭けをしてるのも知ってた。でもっ、賭けの内容までは聞いない。タタを誘ったのも純粋に」
「わかったから」
あまりにも必死なアカツキの頭がうなだれてきたところで、その頭を軽く2度叩いて止める。
身長差があるから背伸びして。
「話をどこかで聞いた従兄が俺とお前たち兄弟の関係を知って持ちかけたんだ。アカツキは別。説明不足で悪かったな」
「今のでボク、タタちゃんがお兄ちゃんだってわかったよ」
キョウの謝罪に続き、アカツキには悪いけどおかげでノイに兄だと認めさせることができた。
いい加減場所を移そうと目的地を話し合うアカツキたち。
これ以上邪魔しちゃ悪いと、ゆっくりみんなから離れる。
完全に見えない距離になったところでアカツキにメールを送った。
『タタ>ひとりでいろいろやってみる』
すると、すぐに複数のメールが届いた。
『アカツキ>了解。変な勧誘とPKには気をつけろ』
『キョウ>今夜からそっちに泊まるからよろしく』
『レンジ>タタは生産職らしいからまず生産ギルドに行ってみるといい』
『アンリ>何か困ったことがあったら聞いてくださいね』
『ノイ>タタちゃんのバカ! 黙っていなくなるのはダメ。これ絶対! 次は一緒に冒険しようね♪』
メールでも個性が出てる。特にノイ。
一斉送信で返信を。
『タタ>了解。またね』
またすぐに返されるだろう複数の返信をちょっとだけ楽しみに生産ギルドに向けて足を進めた。