そざいや
シシィの前で楽しそうなチカネとイラついたクレハを回収して今、俺の部屋でおやつタイム。
「…んぐ、むぐん……こんなんで騙されんからな」
「まだ怒ってるの?『ちゃん』付けが嫌だって言うから…サク…タッくんが考えた『クー子』にしたんでしょ。サクサク……それとも僕が考えた『クーやん』の方がよかった?」
「それはない。そもそも……ぐびっ…何であだ名を決めなあかんの」
「タッくんの友達は…サクサク…ゴキュッ……僕も友達になりたいから」
「そっからが間違おとる。ウチとタタはまだ友達やない」
「『まだ』なんだ」
「!?」
プレーンと薬茶、あと新作でレモネのクッキーを頬張りながらふたりの掛け合いが続く。
シシィの前で待っていたときからずっと。
お茶のおかわりを用意しつつ耳を傾けているとチカネに軍配が上がったようだ。
にこにこ笑うチカネをクレハが睨むが、赤くなった顔のせいで恐くない。
「『クー子』」
「何?」
「口にしただけ」
「けど、タッくんに返事を返したってことは本当はクレハも認めてるんだね」
「あ゛あもう!『クー子』でええわ」
騙したようであれだけど、いい加減先に進みたい。
そのためにもクレハから強引に承諾をいただく。
なんとか場が落ち着いたところでふたりに今日つくった魔法鞄を視てもらった。
先に手に取ったのはチカネ。
興味津々に蓋を開けたり飾りの耳やしっほをいじったりしている。
「触り心地のいいぬいぐるみみたいな魔法鞄だね。かわいい」
「かわいいはええけど。鞄がウサギの形してんのとこの変な特性『帰巣本能』?には何か関連があるん?」
「たぶん?」
「なんやはっきりせんなぁ」
「タッくんもまだこの一つしか魔法鞄をつくってないんだから仕方ないよ」
「まあ、そやけど」
初めて視る特性に、やはりふたりも生産職だからか、その効果より付与される条件の方に興味を示した。
特殊でも便利な特性ではある「帰巣本能」が付与される規則性は知っておいて損はないと思う。
なので、ふたりの前に白紙の紙を置く。
「宿題」
「宿、」
「題ぃ!?」
「ん。魔法鞄の希望。詳しく」
何に重点を置いた魔法鞄にするか。
鞄のタイプは何がいいか。
どの場面で使用するのか。
逆に避けたいことはないか。
ナバクさんの修行のときと同じ内容でふたりに宿題を出す。
期限はなし。ただし納得のいくモノを。
その間に「帰巣本能」を含め魔法鞄についていろいろ検証をし、分かったことは報告することをふたりに約束する。
「ほなまたな」
「報告楽しみにしてる」
賑やかなふたりが帰り静かになった部屋で、まず手持ちの素材を確認することから始めた。
魔法鞄に使えそうなのは、
ホーンラビの毛皮、ウィードウルフの毛皮、テッソの毛皮、ビッグスパイダーの糸、ビッグスパイダーの糸(染)
ぐらいだろうか。
ウィードウルフの牙とオシドリの羽を飾りに使ったら素材が複数になるし。
しかし、改めて見ると素材の種類が少ない。
近いうちにまた素材探しに行こう。絶対。
まず取り出したのはホーンラビの毛皮。
同じ素材で違う形の鞄をつくる。鞄といっても今度のは猫をモチーフにした巾着。
シシィを中心にしたギルド職員たちへの差し入れ用魔法鞄。
魔法鞄としては成功した。
口を絞ると猫の顔に見える手のひらサイズの巾着。容量は“ラビ”と同じ20kg。
鮮度維持の機能はないから差し入れるのは保存の効く焼き菓子メインになるのは変えられないな。
次は、撥水の性質を活かしてテッソの毛皮で前掛けエプロン風魔法鞄をつくってみる。
鞄の枠から外れたものでも機能がつくのか検証。
袋に値するポケットに蓋があるなしで2種類。
結果、蓋があって袋が閉じれれば鞄扱いになるようだ。
成功品はコロナさんにプレゼントしよう。
今日の最後にテッソの毛皮でボディバッグをウォンバット型で自分用に。
前後の足を上下に伸ばした寝そべる感じのダラけたウォンバットをイメージして、糸目と鼻の刺繍も入れながらビッグスパイダーの糸(染)の方を使って縫っていく。
ちょっとした期待を込めて。
ベルト紐の調整を終え完成した鞄は、薄い赤味を帯びた鼠色の毛皮そのままの色で仕上げたから小型のテッソに見える。
が、今はそれよりも鞄の鑑定を優先させる。
『ボディバッグ型魔法鞄“ラット”:身体にフィットするようにつくられたタタ専用魔法鞄。撥水と衝撃に強い性質を持つ。
容量:50kg
特性:帰巣本能・鮮度長持
製作者:タタ』
単純に鞄のサイズが大きくなったからか容量が増えた。
新しく「鮮度長持」の特性が付いたのは薬草で染めた糸で縫ったおかげだと思う。
傷む速度を遅らせる特性が、進行を完全に防ぐ「維持」や「保持」にならなかったのは染められた素材が糸だけだったことが可能性として高い。
「帰巣本能」を付けるには使用する毛皮素材のモンスターと同じ系統の動物型にしないとダメなようだ。
ベルトの留め具に細工した竹を使ったことも心配だったけど影響がなくてよかった。
とりあえず今わかった「帰巣本能」の条件と「鮮度長持」の可能性。それに最低限袋の口が閉まるデザインである必要性を明記してふたりへメールを送る。
連続で魔法鞄をつくったことが疲れを呼び、早めに休むことにした。
日付が変わり今は昼食時。
たまには外で何か食べようとあてもなくぶらつき、満席で断られること3回。
やっとで入れたお店「そざいや」は食事処というより酒場だった。
周りは身体が大きく厳つい男たちばかり。
中には細身の者がいても勲章のような疵があったり使い込まれた武器を傍らに置いてたりと、武士然とした雰囲気が漂っている。
俺のような子どもは一人もいない。
完全に場違い。下手したらアウェー必至。
それでもまた別の店を探す気にはなれず一歩踏み入れる。
席は空いててもカウンターか誰かの相席。
面倒いことや手間は避けるだけ避けたい俺は迷いない足取りでカウンターの端の席へ向かう。
店の中を縦断する間、奇異なモノを見る目をいろんな方向から向けられていたことを知らない。
この時意識はお昼ご飯のことだけに集中していた。
「いらっしゃい。何にする?」
無事端の席に座ると間髪入れずに目の前へ開いたメニューが差し出される。
『ジャガポテトフライ……50G
ホーンラビの丸焼き……100G
オシドリの串焼き(3本)……100G
堅いパン……20G 柔らかいパン……40G
エール……100G 牛乳……60G
店長のオススメ……気分』
見事に○○だけ料理が並ぶなか、「店長のオススメ」だけがメニューの中で異彩を放っていた。
唯一手を加えた料理っぽいのに詳細が不明。さらに値段が「気分」って。
すごく気になる。
「オススメ、1つ」
「あいよ。オススメ1つ!」
オススメを頼んですぐに周囲がどよめき、店内のざわつきがより一層増した。
厨房がある奥に向けて声を張りオーダーを入れた店員はなぜかその場に留まり俺と目が合う度にっこり笑顔を見せる。
選択を誤ったかもしれない。
目線を外せば遠慮ない視線を向けられる。でもそれだけで話しかけてくる様子もない。
静かに料理を待つ間、午後の予定を考えて気を紛らわせることにした。
午前中に何事もなくシシィとコロナさんへ魔法鞄を渡す最低限の目的は早々に達した。
それぞれに説明をしたときには驚かれたり呆れられたりしたが、ふたりともにから笑顔付きの「ありがとう」がもらえてよかった。
今日はこのままのんびり商店街巡りをしよう。
この後の予定が立ち意識を外へ向ける。
そろそろ頼んだ料理が運ばれてきてもいい頃だと思い顔を上げた先には笑顔の店員。ただ、その笑顔が少し引きつっていた。
「あの」
「ねぇ」
あとどれくらい待つのか確認するためかけた声にイラつきが滲む店員の声が重なる。
これ以上不機嫌になられても困るので店員に発言を譲った。
「ありがとー。で、注文は?」
「?した」
「…………えっと、『店長のオススメ』?」
「オススメ」
「はっ」
「は?」
「はははははははははっ…!!ヤバい!三毛猫くんサイコー!」
俺をはじめ、周りが引くのもお構いなしに腹を抱え涙を流し、終いにはカウンターをバシバシ叩いて大声で笑い続ける店員。
笑いが止まったのは奥からおいしそうな匂いと共に現れた人物が背後から蹴りつけることで強制的に。
「もう少し待ってな」
床に転がる店員の声と外見が中性的だったのに対し、入れ替わりで俺の前に立った男は両手で持つ料理を乗せた大皿を大剣に、身に着けたエプロンを鎧に変えた方がしっくりくる右目の疵が印象的な野性味溢れる男前だ。
ドンッ。
重量感のある音をたてて置かれ大皿には大きな白い塊が1つ。
一緒に在るべきものを目だけで探している俺の視界に陰が差す。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
店内に響く破壊音と皿どころかカウンターにまで伝わる振動も構うことなくワイルドな店員が振るうハンマーによって塩と卵白の塊は見事に砕かれた。
途中、額に当たった細かい破片はデコピンと同等のダメージを俺に与えたほどの硬度があった。
俺の知ってる塩釜だったら中身まで砕かれてそうな勢いで割っていた店員よりもそこまでしないと砕けない塩釜の方に感心してしまう。
「待たせたな。今日のオススメは『スズキンの塩釜』だ。大物が釣れてな、無理する必要はないがいっぱい食えよ」
感触に多少の違いはあれど不本意ながら慣れ親しんだ頭への重みを甘受しつつ手を合わせる。
大胆に真ん中へ箸を突き入れ割ればふんわりとした白身が顔を覗かせる。
たまらず口に運ぶ。口の中でほろほろと簡単にほぐれる身はほのかな甘味もあっておいしい。
おいしい……けど、これも漏れなく「だけ料理」だった。味付けがほぼない。
このまま一匹を一人で食べ切るには量以前に味に飽きがきそうで、小皿を2枚借り、調味料セットとレモネを取り出した。
借りた小皿の上でレモネの果汁、酢、醤油を合わせたものと、醤油を塩に変え味を整えた2種類のポン酢をつくる。
「なあ。その黒と白の液体は何だ?」
「ポン酢」
白身をつけて食べるタレという説明する間も小皿から目を外さない店員に一口薦める。
「いいのか?」と口では遠慮を見せるものの、嬉しさを隠せない顔で醤油ベースの方から口に入れた。
「何だこれ」
2種類の味をそれぞれ口に入れるところから飲み込むまでずっと無言だった店員が唸るように呟く。
口に合わなかったのだろうか。
まだ一口しか食べてないのに店の外に叩き出されるのは勘弁願いたい。
「うまい!どちらも後味がサッパリして食べやすい。俺は黒い方が好みではあるな」
「ホントホント。オレは白い方がスキー♪ぐふ…ぅ!?」
「……フン」
よかった。余計な心配だった。
いつ復活したのかちゃっかり相伴していたらしいもう一人の店員が笑顔で発言をのせる。
直後に隣から再び蹴りを入れられ床へ逆戻りさせられていたが。
「おい聞いたか?あの偏食家のティックが褒めたぞ」
「それよりギーヴだ。アイツの表情筋ってまだ活きてたんだなぁ」
「あの兄弟がふたり揃ってうまいと言わせるタレ。俺も食ってみてぇ」
「ギーヴにやったくらいだから坊主に頼めば一口くらいくれるかもしれんぞ」
「「「おお」」」
「で、誰が声かける?」
「「「……」」」
バイオレンスな店員たちのやり取りに呆然とする俺の後ろで囁かれる常連客たちの会話がボリュームを抑えきれずに丸聞こえ状態だ。
おかげで店員二人の名前と遠慮のいらない関係性であることはわかった。
ついでにポン酢への注目がはんぱないことも。
「あの」
「ん?ああ、ティックが勝手して悪かったな。アレが兄弟で俺より年上である事実をなくしたくなるな」
もう一枚小皿を借りようと声をかけたギーヴから告げられた内容に親近感が一気に湧いた。
立場が逆に見える体格差を持つ兄弟仲間として。
今度こそ小皿を借りて食べたい分だけスズキンの身を取り分ける。その身に上からポン酢を混ざらないように少量ずつ垂らした。
大皿に半身以上残ったスズキンを持って振り返る。
急に空を見る者や逆に俺の手元をじっと見続ける者。自分が頼んだ料理を食べつつこちらの様子を窺っている者。
店内の客は大まかに分けるとこの3パターンだ。
中の数人は興味を持たず自分と外野をきっちり線引きしていた。
「よかったら」
テーブル席の中心にあるテーブルの上に持っていた大皿と、残りに注ぎ足ししたポン酢(味見はしてます)を運ぶ。
「いいのか?」
「ん」
「後で返せとか言わねー?いや、いいんだけどよ」
「ん」
「坊主の奢りだよな、コレ」
「ん」
「あんまりぐだぐだ言ってるとオレとギーヴが貰うよー」
素直に受け取ることができない男たちにカウンターからティックが声を飛ばす。
途端に手際よく分配が始まった。
カウンター席へ戻る後ろで野太い男たちのどよめきの中にポン酢に対する讃辞と礼を聞く俺を、笑顔を浮かべた兄弟が迎えてくれた。
男らしい笑みのギーヴに対し、ティックのニヤニヤ顔はキレイな顔を台無しにしていた。
「三毛猫くんはいい子だね。そんないい子な三毛猫くんにはお兄さんからステキなものをプレゼントしよう」
「いい」
「ええ…!?でもタタくんに拒否権はありませーん。えい!」
「!??」
先ほどの男たちとは別の意味でティックの申し出を素直に受け取れないのは、その先に何か裏がある気がしたから。
しかし左右に首を振る俺の意見はあっさり無視された。
突然の名前呼びで軽く混乱中、胸元へ投げつけられたものを反射で受け取ってしまった。
名乗っていないのに知られていた名前。
強制的に手元に収まった一枚のカード。
理由が知りたくて顔を上げた先にはよりニヤついた笑みを見せるティック。
ああ、ダメだ。
瞬間的にティックのいいようにしか事が運ばないことを悟る。
カードには大きく「そざいや会員証」と記されていた。




