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シーク・セルフ・オンライン  作者: 士月十旭
16/18

新たな出会い

用意してくれてるだろうレシピと共に待つシシィの元へ行きたい気持ちをグッと堪え、ユヅとリョーカの頼まれ事を片づけてしまう。

ひとつのことに興味がいってしまうと納得できるまで他に手をつけなくなってしまうからふたりを待たせないためにも。

襟ぐりを直す作業は切って縁を処理する単純作業。

凝ったデザインを要求されることはなかったから速いテンポで仕上がっていく。



なんとか昼過ぎぐらいまでで終わらせれた俺は昼食もそっちのけでシシィが待つ受付に急いだ。


「シシィ」

「やっと来たわね。はい、頼まれてたレシピ。それは複写したものだから返さなくていいわよ。それにしても今日はずいぶんゆっくりね。タタちゃんのことだから朝一番で来ると思ったわ」


正直来たかった。でもできなかった。


受け取りが午後になってしまった経緯と合わせてお願いを口にする。

仕立て直した服をユヅかリョーカが取りに来たら渡してもらえないかと。

ギルドを通し、正式な依頼として引き受けた内容じゃないからギルドには管轄外の案件だ。

それなのにシシィは快諾してくれた。ただし、新たなお菓子を提供することを条件に。

別の課題が増えてしまった。



周りの迷惑にならないように柱の陰でレシピに目を通していく。

レシピの内容はどれも素材を、集める。切る。縫う。だけ。

簡潔過ぎて過程が省かれていた。

たぶん、スキルを使うならこのレシピで問題ないのだろう。

空白の部分は自分で見つければいい。

最後の一枚を読み終わり、残念なため息をひとつ。

知りたい内容がなかった。


「安全靴」は仕方ないと思う。

俺も何か似たのがあればぐらいで、そもそも《SSO》には存在しない前提でいたから。

ただ、「魔法鞄(マジックバッグ)」はあってもいいんじゃないだろうか!?

もしかしたら存在はするのかも。俺がレシピを閲覧できないだけで。

自力でつくるにも、何かヒントがほしい。


少しでも手がかりを見つけたくて何度レシピの束を捲っては目を往復させる。が、いくら読み返そうが情報はない。

気持ちが落ちていくにつれ次第に姿勢が低くなり終いにはその場に座り込んでいた。

耳が垂れ、しっぽを身体に巻きつけ膝を抱える。そのまま膝に額を乗せて顔を伏せた。

いじけモードに入ってしまった俺は、間近で俺をじっと観察している存在に気づいていなかった。


「ネコくんふて寝?」


寝てはいません。

でも、突然前からかけられた声に応えられるまでには回復できてない俺はいじけモードを継続する。


「キミ、魔法鞄つくりたいんやろ」

「!?」


聞き逃せない単語が飛び出しつい反射で顔を上げる。

相手は急に動いた俺に紅と金とで左右異なる瞳を丸くさせるが、すぐに八重歯が覗く人懐っこい笑みを浮かべた。


「ちょっと移動しよか」


返事も待たずに俺の手を引き強力に立たせて手を繋いだまま先を歩く。

背丈がほぼ同じだからか、目の前を彼女の瞳の色を合わせたように鮮やかなオレンジ色が覆う。

背中まで真っ直ぐに伸びた髪が元気よく歩く彼女に合わせて跳ねる。



始終無言で名のりもないまま連れてこられた場所は商店街にある鞄屋。


ギィィ……


「おっちゃん連れてきたで」


彼女は鈍い音立てる扉を開け店のカウンターまで進むと挑むように店員へ話しかけた。

アランのおかげで顔見知りの店員、ナバクさんが作業中だった手を止め顔を上げる。


「またアンタか。何度来ても……って、何だぁ?ちび助この嬢ちゃんと知り合いだったのか?」

「初対面」

「あ゛ー…巻き込まれたのか」

「そ、そんなんより、ネコくんと知り合いなんやったら問題ないやろ。早よ伝授したって」


何か都合が悪いのか、ナバクさんと俺との会話に割り込む彼女へナバクさんがため息をつく。


「まあいいだろ。しかし、ちび助も物好きだな。他人(ひと)のために修行するなんて」

「修行?」

「は?まさか聞いてないのか?魔法鞄のつくり方を伝授するための修行の話」

「何も」


連れてこられた内容どころか彼女の名前すら聞いてないと首を横に振る俺に、ナバクさんの眉間に深いしわが寄る。


「止めだ止め。この話はこれで終わりにする」

「待って。ネコくんもギルドでつくり方知りたい言うとってん。問題ないんやろ?」

「間違えるなよ。問題なのはお嬢ちゃん、アンタの方だ。仮にも力を借りようとする相手に説明どころか名のりすらしてない、そんな最低限の筋も通せないヤツは嫌いなんでね。他を当たりな」

「それは……」


責められる内容に言葉を返せず唇を噛む。

険悪な雰囲気になる中申し訳ないが、俺は自分の行動を振り返ることに必死だった。


今「知りたいと()()()いた」と言っていた。ということは、気づかす声に出していたということで。他にも聞かれていたかもしれないということで。

もしそうなら俺はすごい恥ずかしいやつだ。帰りづらい。


俺がひとり静かに恥ずかしがっていた間も、ずっと唇を噛みしめている。

彼女も自分に否があると理解している。それでも引きたくないのだろう。

ナバクさんが止めていた作業を再開させてもその場を離れない。

仕方なくいったん店の外へと腕を引けば、予想外にあっさりついて来た。


店の迷惑にならないように脇まで移動する。

まずは話しが必要だ。判断するにも情報がなさ過ぎる。

何か理由があるのだろう。

他人(おれ)を巻き込んでまで手に入れたくて、説明する間も惜しんでここへ来た。


「ごめんな、ウチのせいで。ネコくんなら問題ない言うとったからネコくんは頑張り。ウチはもうアカンと思うから言われたとおり他を探さな」


聞き出すタイミングを掴めずにいたら向こうから口を切ってきた。

まだ気持ちが上がらない声に覇気はない。何とか気分を上げようと無理やり笑った声はかたい。

そのまま一歩踏み出す彼女の足を止める。


「離しっ」

「何?名前。俺はタタ」

「今かい。まあ、ウチが文句言えた義理やないけど。クレハや。訛りはなんちゃってやからおかしなってもご愛嬌な」

「何で俺?」

「あ?あー、最初は修行せんと買うつもりで来たんやけど手持ちが足りんくて。修行するにも……ウチ、スキルに『裁縫』はなくてな。ここの修行できる条件が『裁縫LV.5以上』やねん。新たに取っても育つまでに時間がかかる。だから持ってそうな人らに声かけ続けててん。ちなみにタタはいくつやったん?」

「5」

「なら大丈夫やね。やっぱタタだけでも頑張り。今度こそさよならや」


ユヅたちのリメイクを先にしておいてよかった。じゃなきゃ足りなかった。

ホッとする俺をよそにまた自己完結して去ろうとするクレハの腕を逃がさない。

まだ肝心なところが聞けてない。


「何でいるの?」

「もう!さっきから何で何でと。いいわ教えたる。ウチは《SSO(ここ)》でアクセサリーづくりを楽しむため素材集めから頑張っとった。いや、今でもそうや。でもな……必要な素材が膨大過ぎんねん!ただでさえアクセサリー1つつくんのに何個も鉱石がいる。にも関わらずや!常に成功するとは限らんし予備もないとアカン。つくっては採りにいくのくり返し……いい加減製作に集中させぇ!!ちゅう話や。ようは一回の採掘で持ち帰れる量を増やしたいだけやねん」


相当溜まってたらしい。

しかし、一気にぶちまけられた内容には共感できる部分が多分にあった。

生産職なら誰しも思うことだ。俺が魔法鞄をつくりたい理由もそれだし。


「魔法鞄つくる」

「だから頑張りって」

「クレハの分も」

「な!?」

「登録よろしく」

「しゃあない。期待せずに待っといたる」


お互いフレンド登録に名前を増やし、今度はミトの歩みを邪魔することなく見送る。

「また」とかけた声に振り返らないでテキトーに振られた手が応えた。



ギィィ……


「やっぱり来たか」


再度姿を見せた俺にナバクさんがニヤリと笑う。


「納得して来たのか」

「ん。自分のために」

「わかった。『魔法鞄』のレシピは口伝のみで一度きり。それでもやるか?」

「やる」


何かを探るように頷く俺の目をじっと見るナバクさん。

今目を逸らすことはいけない気がして逆に挑むくらいの気持ちで向き合う。


「…………よしっ、作業場に移動するぞ」


《クエストが発生しました》


『クエスト「鞄職人に弟子入り」


 クリア条件:魔法鞄の完成。

 報酬:魔法鞄


 クエストを受けますか?   はい/いいえ』


現れたウィンドウから「はい」を選択して小走りでナバクさんの後を追う。

クエスト内容で失敗条件と修行について触れるものがなかった理由は、終了時に判明することになる。


年季の入った作業台の上にはホーンラビの毛皮2枚と裁縫セットに筆記具。

ナバクさんの指示に従い用意された席に座る。


「これから行う作業はスキルを使わずすべて手作業でやってもらう」


あまり普段と変わらない慣れた作業内容に内心ホッとする。

それでも一度きりのチャンスに気を抜かず気負い過ぎず、平静を心がけた。


「まずは台の上にある素材だけを使った鞄のデザイン画を10枚。うまく描く必要はないが形・大きさ・用途等できるだけ詳しくな」


一枚あたりの面積が大きくない毛皮2枚でできるもの。

ポーチに巾着。ポシェット。小型の手提げ鞄やナップサック。さすがに全部を違うタイプで考えられるほどの知識はない。

鞄のタイプが重なるならデザインや機能性で差をつける。

単純にフォルムを丸、四角、三角と変えたり、わざと袋を小さめにして余らせた切れ端で飾りをつけたり。何かの動物の形にしてもいい。

現実的なものからそうじゃないものまで合わせて10枚描き上げる。


「描けた」

「なら今からつくるやつをその中から1つに絞れ」


各デザインの良し悪しを評するどころか一度も目を通さないでナバクさんが次の工程へ進める。


選ぶなら両手は自由にさせたい。邪魔にならない大きさで、素材を活かしたデザイン。遊びがあってもいいと思う。

自分が考えたデザインの中から条件が揃うもので厳選する。

残った3つの中からつくる難易度より形にしたい1つを選んだ。


「決まったか?」

「ん」

「次は選んだデザインに必要なパーツを切り出してもらう。ただし、型をつくらず一発勝負だ。やり直しもしない」


ナバクさんはあくまでも指示を出すだけのようで、今回もデザイン画を見ようともしなかった。

しかし、一発勝負……。

2枚の毛皮を台に広げて、頭の中でパーツを配置していく。

数を少なく考えるなら最低限必要なパーツは4つ。

ただ、手間を減らす分だけデザインも元のより単純化されてしまう。それにメインのパーツの長さが一枚から取れるか怪しい。

イメージより小さくさせたら可能性はある。

毛皮を前に自分が本当につくりたいモノをもう一度考え、一気にハサミを入れていく。


妥協はしたくない。


本体部分に限らず大きさ、形に気をつけて丁寧にでも大胆にパーツを切り揃えていく。


「できた」

「最後に縫い合わせて完成した鞄を見せてもらう。縫い方は決められたひとつだけだ。説明は一度しかしないからよく聞いて間違えるなよ。縫い目は一定に等間隔で仕上げ、折り返し縫う針と糸を同じ穴に逆の流れで通し、縫い目の空きをなくす」


最後の仕上げの工程が要なのか、決め事が多い。

そのせいで難易度が一気にぐんと上がった。

いくら裁縫に慣れていても、ミシンのような機械の正確さはなかなか身につくことはない。


半端に間を空ける方がダメになりそうで、針と糸に手を伸ばした。

用意したパーツは全部で9つ。我ながらよく取れたものだ。

端がズレないようにしっかりと持ち、一針一針を丁寧に縫い合わせていく。

縫い目の幅のことは天と運に任せて、今の自分の実力でできることを精一杯頑張る。



最後の一針を入れて糸を始末する。

使った道具を片づけた台の上には球に近いフォルムの鞄がひとつ。


「ナバクさんよろしく」

「おう。ってちび助お前、つくるのを間違えて……はないのか。また変わった鞄をつくったな。ウサギか?これ」

「ん」


そう。ウサギを模した鞄。

手足はないけど、耳としっほの中には切れ端を詰めて膨らみも出した。フタになる頭も袋部分の体も丸く。


「背中んとこについてるのが持ち手か?」

「ベルトに通す」

「なるほど。じゃ、視せてもらう」


「鑑定」で視ているのだろう。

一通り鞄の出来を目で確認した後、鞄を正面からに向かい直り目だけを左右に動かしていた。

淡々と鞄を視ていたナバクさんが途中一度だけ目を大きくした気がした。

まばたきしてたら見逃すくらいのほんの一瞬。


「ひとまずタタ、おめでとう。無事修了だ」

「名前呼び?」

「気になるのはそこか。一人前の証みたいなもんだ。対等な付き合いを始める相手に『ちび助』はさすがにな」


ウサギ型の鞄がナバクさんの手から返された。

これでいよいよ魔法鞄のレシピを教えてもらえる。


「もう教えることはない。ただ、今回タタがつくった鞄はちょっと規格外だから他人(ひと)に譲ったり売ったりするなら気をつけろよ。」

「へ?」


期待に膨らませた胸はナバクさんのによって早々に萎んだ。


「魔法鞄のレシピは!?」


作業場をあとにしようと背を向けたナバクさんに慌てて声を投げる。

俺の言葉の意味がわからないわけではないはずなのに、怪訝な顔で振り返るナバクさんは逡巡した後今度は呆れた顔を見せた。


「さてはお前鑑定しずに俺に渡したな」

「?」

「いいか、今の修行がそのままレシピだ。『魔法鞄』といってもいくつか縛りがあるだけでレシピに特別なものはない」

「縛り……」

「そうだ。使用する素材は一種類。スキルの使用が禁止。全行程にやり直しはきかない。縫い方はさっき教えたな。あとは、これらに対する姿勢、ようはきちんと守れるかどうか。わかったか?」


つまり、「魔法鞄」をつくるための修行じゃなくて、「魔法鞄」をつくることが修行……だった?

確証を得るためにも手に持つ鞄を鑑定する。


『ベルト式魔法鞄“ラビ”:ベルトに通すことが可能な小型の魔法鞄。ウサギの形をした可愛らしい鞄。

 容量:20kg

 特性:帰巣本能

 製作者:タタ』


帰巣本能?

もっと詳しく視れないかと目に力を集める感じで集中する。


『ベルト式魔法鞄“ラビ”:ベルトに通すことが可能な小型の魔法鞄。ウサギの形をした可愛らしい鞄。

 容量:20kg

 特性:帰巣本能(→所有者の意図と関係なく一定の距離を離れた瞬間、所有者の手元に帰る。)

 製作者:タタ』


頑張ったかいあって説明文が足されて表示される。

しかし、何で「帰巣本能」?ウサギにしたから?一定の距離ってどれくらい?

解決どころか疑問が増えてしまった。


「あんまり考え過ぎず便利な機能ぐらいに思っとけ。それにしても一回目で成功したのはタタが初めてだな」

「一回目?」


修行は一度きりのはず。言葉の意味がわからず首を傾げた俺にナバクさんが笑みを浮かべる。


「嘘は言ってないぞ、修行は一度きりだ。あれ以上教えることがないからな。失敗したヤツが店を出てった後に魔法鞄がつくれるようになるかはその後の当人の努力次第だな」


クエストの過程が修行にあたるから改まった表記がなく、製作自体に回数制限がないから失敗条件もない。

あえて失敗条件をつくるとしたら「諦めること」だろう。

人によって単純にも難解にもなるクエストだ。



ナバクさんにお礼を言い、店をでたらクエスト達成のアナウンスが届いた。


早速クレハへメールを送り魔法鞄に対する希望を聞く。

同時にチカネにも。

自分用にもうひとつテッソの毛皮を使ってつくりたい。と、デザインを練る間もなくふたりからの返信。

開いた瞬間閉じてもう一度メールを送る。


『タタ>希望多過ぎ!直接聞くからシシィの前で大人しく待っとけ!!』


届くメールは総スルーでいつものようにギルドへ向かった。


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