ちょっとひと休み
テッソの毛皮狩りから帰った俺は今、なぜかキッチンで水団入り味噌鍋をつくっていた。
「ぅわーいい匂い。タッくんまだかな?もうそろそろいいんじゃない?」
テーブルからは離れず、身を乗り出すようにこちらの様子を窺うチカネ。
そう。事の発端はチカネだった。
それは今から数十分前に遡る。
暗くなる前に森から帰還した俺たちは街に入るとその場でパーティー解散させ、あいさつもそこそこに別れとなった。
ひとり背を向け生産ギルドへ帰る途中でコロナさんのところへちょっと寄り道。
試作品3点の感想とアドバイスを記したメモを渡すために。
改良型の試作は日を改め、長丁場になる覚悟で参加することを約束して早々に店を出た。
「おっ!?そんなに急いで転ぶなよ」
「明日はもっと明るいうちに来な。オススメ用意しとくから」
「何だぁ?今日は元気だなチビ助」
「気をつけて帰んなさい」
少しずつ店が閉まっていく通りをすれ違う度に声をかけられながら急ぐ。
今日森の中で新たに手に入れた素材はテッソの毛皮以外にも惹かれるモノがたくさんあった。
はやくいろいろ試したい。
頭の中で優先させるものを整理させてる間に、住み慣れた建物が見えてくる。
「ただい、まっ」
「おかえりなさい。ふふっ、何だかタタちゃんいつもよりやる気満々ね」
「ん。大量ゲット!」
普段にない駆け足で帰ったことで弾む息もわずかに上気した顔も、変わらない笑顔で対応してくれるシシィを前に落ち着く。
「買い取るものはありそうかしら?」
「んーん」
「そう。作業に集中し過ぎて約束、忘れないでね」
「ん」
わかりやすく顔や態度に出てた気はするが、明日から引きこもる気だったことを見抜かれクギをさされる。
もとより破るつもりはなかったが無意識に顔が強張り何度も頭を縦に振っていた。
ドスッ。
「タッくんお腹空いたぁ~」
「っ!?………チーちゃん痛ぃ」
サイドからの容赦ないタックルに加え、胴にまわった腕がギュッと絞めらる。トドメに衝撃からの鈍い痛みが残るわき腹へ頭をグリグリとこすりつけてくる。
そんな甘え方をされた俺の身体は一気に残りの体力を持ってかれた。
「あらあらタタちゃん大丈夫?」
「ごめん。タッくんの顔を見たらおいしいご飯と癒やしを求めてつい。ほんとごめんね。怒った?」
眉を下げ低い位置からこちらを窺うチカネは自然と上目づかいになる。
今朝のアカツキたちとは違い心穏やかに見れるのは相手が自分よりも背の低いチカネで、仕草にわざとらしさを感じなかったからだろうか。
「ないから」
放して、せめて力を緩めてほしいと軽くまわされた腕を叩き訴えてようやくチカネの腕の中から解放される。
「手抜きだよ」
「大丈夫!タッくんの『手抜き』は手抜きじゃないから。ありがとっ」
今日はチカネの襲来がなくても夕飯に手間をかけるほどの気力はなかった。
招くのは構わないが客分が増えるからといって予定を変えるつもりがないことを言外に伝えたのに、気落ちするどころかチカネの顔が喜色ばむ。
チカネいわく俺と一般的な手抜きの基準ではあきらかな差があるらしい。
「それじゃあシシィさん、またね」
「ええ。また」
食後に約束でもしているのかあいさつを交わすチカネとシシィ。
この時俺は、二人のやり取りを特に気にもとめなかった。
「お腹空いた」と急かすチカネに背中を押され部屋に帰った俺は早速調理にとりかかる。
流しで手を洗い、野菜を中心に残り少ない食材から今日の夕飯へまわす。
ダイコン、ニンジン、ジャガイモにゴボウ。ハクサイ、ネギも加えてシメジノコ、エノキノコ、シイノコ。
野菜やキノコの名称は果物と違ってひねりがないからモノがわかりやすい。
軽く水洗いをしてだいたい同じサイズに切っていく。
「今日はこっちの鍋でつくって」
「!!!」
びっ、…くりしたぁ。
切った具材を煮込むため水を張る鍋を取ろうと顔を上げた瞬間、耳元で呟かれた声にヒュッと、喉が変な音を立てる。
心臓が元のリズムを取り戻しても、しっぽの毛は逆立てたまま声の方へ振り返る。
先には使う予定だった鍋よりも一回り大きい鍋を持ってにこにこ笑顔のチカネがいた。
別にこだわりはないしどの鍋でも構わないのだが、急に声をかけるのだけは止めてほしい。
包丁を持ってたり火を使ってたりした場合、どれだけ危険な行為だったかをきちんとチカネに理解、反省させてから鍋を受け取る。
しかし、受け取った鍋は4人用サイズ。
どんだけお腹を空かせているんだろうか。
チカネのひもじい思いをなるべく短い間の我慢で終わらせられるように可能な限り時短を目指した。
そして、湯気の中に味噌のおいしそうな匂いを漂わせる鍋の前で食べごろになるのを待つ現在にいたる。
待ちきれないチカネが箸を口に咥え始めたところで火を消す。
「できた?」
「できた」
「待ってましたっ。運ぶのは僕に任せて!」
ここは力持ちなチカネの言葉に甘える。
俺が運ぶより確実で安心できた。
チカネの邪魔にならないために先回りして席に座って待つ俺の前には、なぜか4人分の箸と空の椀が用意されていた。
「チー」
ガチャッ、バタン。ドタドタドタ……
「よしっ、まだ始めてないな」
「タイミングばっちりね♪あっ、タタちゃんごめんなさい勝手にお邪魔して。でも、どうしても食べたくて。わたしたちもいいかしら?ほら、兄さんからも」
「お?おお。シシィから美味いメシが食えると朗報が来てな。食わしてくれるだろ?」
チカネへ確認しようと呼びかけるまでもなく理由の方からやって来た。
いいも悪いもシシィは確信犯だし、アランにいたってはお願いする人の態度はなくこちらに聞いているのもかたちだけ。
俺に拒否権なんて存在しない。
チカネもグル、というかもしかしなくても首謀者だろうな。
それにしてもみんな好きに部屋に入り過ぎだと思う。
「チカネが飢え死ぬ」
素直に許可するのも癪でチカネを理由に使う。
全員が揃って席に着かないと食べれないのだと。
「ふふっ」
「はっ」
「タッくんごめんね、ありがとう」
遠まわしに誘う俺に向けられる笑顔が3つ。
微笑ましく母性に近い笑みを浮かべるシシィ。
しょうがないヤツだと呆れを含み短く笑うアラン。
一番複雑な表情を見せるチカネは申し訳なさと嬉しさとが合わさった笑顔だった。
隣の席に座る俺へもう一度チカネがごめんと呟く。
ちょっとしたいたずら心で二人も誘ったことを黙っていたのだと。
まあ、今回はチカネの言動で二人の存在をにおわす場面があったし料理も足りてる。
気にしてないことを伝える俺に安心した顔を見せる。
しかし、また気まずそうにごめんと謝ってきた。
待てなくて先にちょっとずつ食べてしまっていたと。
ちょっとずつ?
チカネの言葉に引っかかりを感じて鍋の蓋を開けてみる。
下から出てきた中身はすでに、減ったとわかる量が食べられていた。
バレないように一つだけ、一つだけとつまみ食いが積み重なって気づいたときには。というパターンだろう。
それも俺個人としては問題ない。
蓋を開けた流れでそのまま食事へ移行させる。
お玉でよそってお椀一杯ずつ配る。
2杯目からは各自におまかせ。
お椀一杯分を食べれば満足する俺は舌が火傷しないように冷ましながらゆっくり味を楽しむ。
野菜、キノコはもちろん。オシドリの肉と試しに使ってみたテッソの肉も程よい弾力があっておいしい。
手間だけどテッソの肉の筋切りはして正解だ。
お手製の水団は味が染みてモチモチ。形がいびつなのも逆にいいと思う。
ひとり鍋の出来に満足する。
一通り具材を食べて落ち着くと、周りが静かなことに気がつく。
何事かと視線を上げた先には水団を箸に持ち動きを止めた3人がいた。
「タッくんコレ何?」
アランとシシィだけでなくチカネも初めてだったらしい。
一緒になって首を傾げていた。
箸で挟まれた少し茶色に色づく物体の正体が「水団」という小麦粉を水で練った腹持ちのする食べ物だと伝える。
チカネはともかく二人には餅や団子も通じないだろうからまず一口食べてと促す。
口に入れ、何回か噛んで、飲み込む。
一連の動作を終えてからの3人はさっきまでの静けさが嘘のように競っておかわりをくり返していく。
「アランさん肉と水団ばっかり取り過ぎです」
「うるせぇチカネ。さっきが野菜ばっかだったからいいんだよ。シシィこそ食べ過ぎで太るぞ」
「兄さん、そんな子どもみたいなこと言ってないで落ち着いて食べたら?ちゃんと味わって食べないとタタちゃんに失礼よ」
「ちゃんと味わってるさ。だからおかわりしてるんだろ」
「あっ!またアランさん肉取った!」
キレイに汁までたいらげられればつくったかいもある。
デザートに、今日森で採ってきたフルーツの盛り合わせを出したらそこでもまた争奪戦が始まる。
最後まで賑やかな食事だった。
みんなが帰る際にシシィを捕まえて、ひとつお願いをする。
ギルドが所有するレシピの中で俺でも閲覧可能なモノを見せてほしいと。
種類を鞄と靴に限定して。
明日までに用意してくれる約束をくれたシシィに感謝して別れる。
知りたい内容が書かれたレシピが見つかるといいな。




