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シーク・セルフ・オンライン  作者: 士月十旭
12/18

実はスゴい人

生産ギルドと中央広場を繋ぐ形に位置する商店街を通り抜ける。が、毎度誰かに捕まりスムーズに行かせてもらえない。今も。


「おう。チビ助。今日はいいオレンジェとレモネが入ったんだ、持ってけ」


熊みたいな八百屋の店主のベアルさんは大柄な体躯を屈めて俺の頭を撫でながら、いくつか適当に詰められた袋を押しつけてくる。

好意はありがたいが会う度「大きくなれよ」と、押さえつけるように撫でるのはどうだろうか。

ないとはわかっていても逆に縮みそうだ。


「ありがと」


袋を抱えベアルさんの手の下から逃げる。そのまま距離をとり、ベアルさんに向かい小さく頭を下げてから先を行く。

後ろから聞こえる豪快な笑い声は無視の方向で。


オレンジェとレモネをしまっていると誰かに呼ばれた。

声の主を探せばふんわりした笑顔の女性が店の扉を開けながら手招いている。


「タタくん、ちょっといいかなぁ?」


呼ばれるまま近く先の相手はパン屋を営むコロナさん。俺がクエストで紹介した小麦粉レシピを大変気に入り、即商品として店頭に並べた穏やかな見た目と口調に反して行動派な人だ。

新作ができるとよく試食を頼まれ、俺とは茶飲み友だちみたいな関係になっている。


招かれるまま店内へ入り扉の近くで待たされる。


「今回はおやつ用に3種類つくってみたの。またタタくんに試食を頼みたいなぁって、感想やアドバイスがもらえたらなぁって。いいかな?」


コロナさんから受け取った袋の中には、確かに小さめなサイズのパンが3つ。

ひとつは、薄切りにして耳を落とした食パンにジャムを塗って巻いた、お手軽なロールケーキに近いもの。

ひとつは、一口サイズのパンに切り込みを入れて中身をくり抜き、代わりにホイップされたクリームをぎっしり詰めたクリームパンとシュークリームの間の子?のようなもの。

ひとつは、くり抜かれて残った中身と細かく砕いたナッツ類とを軽く混ぜ合わせ、小さく丸めて蜜掛けしてボール形に固めたもの。近いのはカステラかドーナツだろうか。

どれもおいしそうで今から食べるのが楽しみだ。


「ん」

「ふふっ、よろしくね」


試作品の簡単な説明を聞いてある間もパンから目を離せず、返す返事も袋を覗いたまま頷く俺を笑うコロナさんの声は柔らかい。


近いうちに感想を携えて顔を見せることを約束して、俺は広場へ向かう道に戻った。




普段は街の外に出るときに通り抜けるだけの中央広場は相変わらず人が多い。

勧誘や情報交換をメインとした交流の場となっている場所のひとつだからしょうがない。


広場の中でも中心に位置する噴水は大きく立派なことから待ち合わせ場所に使われやすいらしい。実際に今も俺たち以外でも何組か人を待っている人たちがいる。

その中で異様なのが、噴水前の一部に築かれた人垣。

中にいる人物は人垣が邪魔してチラッとも見えない。けど、いい予感がしない。


「あれ何?」


何の情報もないまま近づきたくなかった俺は、人垣を指差しながら隣で同じように遠巻きで見ている冒険者の肩をつついて聞く。


「あ゛ぁん!?」

「ゃっ!!」

「っと、わりぃ…ちょっとイラついててな。お前さんに怒ったわけじゃねぇから安心しろ。……あれな、何でも攻略組の先頭集団に混ざって活躍中の“閃紅(せんこう)”のアカツキと“扇闘姫(せんとうき)”のユヅが誰かと待ち合わせしてるとかで、その相手を見たい野次馬(ヒマ人)と相手が来るまでの間でしつこく勧誘してる挑戦者(ヒマ人)と単に二人を見ていたいっつうファン(ヒマ人)の集まりだ」

「ほぅ」


返された不機嫌な声は恫喝されたと勘違いするほどで、ついしっぽがピンッと立ち、毛を逆立て硬直してしまった。そんな俺の姿に、決まり悪く短い前髪を掻き揚げた手をそのままに謝ってくれるお隣さん。

その後親切に状況を説明してくれた内容はわかりやすくて辛辣だった。

クランについて聞けば、チームや派閥のようなものだと言われた。


「で、その中に俺の連れもいてな……つい八つ当たりじみた真似を。悪かったなビビらせて」


二度も謝られてしまった。


大まかにまとめると、人垣の中心にその原因となったアカツキとユヅがいて、待ち合わせの相手である俺も要因のひとつを担っているらしい。

知らず巻き込んでしまった感じのお隣さんに申し訳なく、そっと「薬草茶(極)」と「薬茶クッキー」を手渡す。


「!?……おい、これ」

「お詫び?」

「何の!?」

「じゃ、お礼」

「あー…いや、いいや。ありがとな、えっと……」

「タタ」

「おう、俺はタツキだ。改めてありがとなタタ」

「ん」


噴水の方へ注目が集まっているとはいえ、ヘタに注目を浴びないように配慮して小声で会話のやり取りをしてくれたタツキ。

こちらが説明しづらい立場にあることも何となく察してくれたり何だかんだ言いながら連れの人を待っていたり、いいヤツだ。


タツキと話していた間も人垣は保たれたまま。正面から突っ込んで行く勇気はない俺は、少し暑いのを我慢してコートのフードをしっかりと被る。と同時に「隠蔽」の効果を全開にさせた。

いつも広場を通り抜けるときのスタイルだから慣れたものだ。


「タタ?」

「また、ね」


タツキには俺が突然消えたように感じたのだろう。訝しげに辺りをざっと見渡している。

悪いとは思いつつ、声だけの一方的な別れを告げた俺は気が滅入りながら人垣へ向かった。



「ユヅちゃ~ん♡」

「閃紅っ、ぜひウチのクランに!仲間も一緒に受け入れる用意はある」

「ちょっと押さないでよっ、誰!?」

「きゃ~♡アカツキさんステキ~♡」

「おい…相手のやつ全然来ないじゃん。待ち合わせとかガセだったんじゃね?」


カオスだ。

各々が好き勝手にしゃべり収拾がつかない状態。人垣の隙間から中を窺えばアカツキは総無視で誰かにメールを打っている。その隣で一応笑顔だが適当に返事を返しているユヅらしき金髪碧眼の少女がいた。


どうやったら二人の近くまで行けるか策を考えているとメール受信のアナウンスが届く。


『アカツキ>今どこだ』

『タタ>人垣の外』

「退いて」

「ちょっとツキ兄?」


俺がアカツキに返信してからは急展開を見せた。


命令したわけではないのにアカツキがこちらへ近づくにつれ人垣が割れていく。

慌てて後を追うユヅ?にも構うことなく一直線に俺の方へ向かって来るアカツキの足に迷いはない。

突然動き出したアカツキに周りはザワつきながらも静観しているところを見ると「隠蔽」の効果はまだ活きている。にもかかわらず、アカツキは俺の目の前でピタッと止まりおもむろに拳を掲げた。


ゴンッ……!


「遅ぇ」


殴られたのだと認識できたのは鈍い音と痛みとアカツキの不機嫌な声を聞いてから。


「……いたい」

「長いこと待たせるからだ。行くぞユヅ」

「はぁーい」


手首を掴まれアカツキによって引きずられるように歩かされる俺の後をポニーテールにされた長い髪を揺らして元気よくユヅが続く。


アカツキに殴られたことで急に自分たちにも認識できるようになった人物が件の待ち合わせの相手だったと、周りが気づき出したときには3人の姿は中央広場から消えていた。




広場から離れた俺たちは目的地を見失った。

人目を気にせず落ち着ける場所がないのだ。

噴水前にいたときほど酷くはないが、どこへ行っても誰かしらに見られている。

二人は相当有名らしい。


「ツキ兄が借りてる部屋は?」

「狭くて3人はムリだ」

「そっかぁ、わたしはまだ宿借りてないし~」


なぜか俺を抜きにして話し合うアカツキとユヅ。きっとあてにならないと思われているのだろう。

けど二人の横から、とりあえず心当たりをひとつだけ提案してみる。


「ギルド」

「冒険者ギルド?借りれる部屋なんかあったけ?ツキ兄」

「応接室か会議室がな。ただ、利用するのに緊急時以外は手続きが必要だからすぐにはムリだろう」

「じゃあダメじゃん」

「違う。こっち」


わかりやすく肩を落としがっかりするユヅの手を引き、今度は俺が先導役になって通い慣れた通りに出る道を進む。


少し前に通ったばかりの商店街に入ると、広場のときとは対称的に俺にばかり声がかかる。

噴水前の人垣集団と比べるのも申し訳ないが、今は連れがいることもあり、商店街の人たちは声をかけるだけで自らは近づかない大人の対応をしてくれた。

おかげで進路を妨げる障害もなく目的地である()()ギルドまでは行きと違いとてもスムーズだった。



ギルドに着いてすぐ、いつもの習慣でシシィが座る受付に寄る。


「ただいま」

「お帰りなさい。そちらはタタちゃんのお友だち?」

「弟と妹」

「あら、ごめんなさい」

「「…いや、大丈夫です」」


シシィに謝られて普段使わない丁寧な言葉で返す二人に違和感がすごい。

初対面だから?年上だから?美人だから?

珍しい弟妹(きょうだい)たちの姿に首を傾げる俺の頭が大きな手に掴まれた。


「捕まえたぞチビ猫。また面白そうなことやったらしいじゃないか。で、当然俺の分もあるよな?」

「ない」

「贔屓はよくないぞ」


愉しげなアランが掴んだ頭を左右に揺らす。


「たまたま」


シシィに渡したのは余分にできたからで特別に用意をしたわけではない。言葉少なに告げる。

顔は後ろのアランではなく、軽く目を開き言葉をなくしているアカツキとユヅがいる正面を向いて。

突然の乱入者に驚いたのだろう。アランはでかいし。


もともと挨拶やスキンシップの延長だったらしいアランは簡単に俺を解放した。

その流れで部屋に向かう足を明るい声が止める。


「タッくん!出かける前にくれたバンダナ。これスゴくいいね!おかげで作業が捗っちゃった」


深い緑色のバンダナを掲げ興奮気味に作業場の方から近づいて来るチカネの登場に、俺は再びアランの手に捕まった。


「贔屓はよくないぞ?」

「……」

「タタ」

「……はぁ」


がっちり首にまわされた腕は外される様子がない。

仕方なくもうひとつ別につくっていた試作品のミサンガを渡す。

アクセサリーのひとつだという簡単な説明しかなくても初めて見るものに、それを貰えたことにアランは満足した顔を見せる。子どもみたいだ。


「何かごめん?」

「大丈夫」

「あの……タタ兄?」


チカネに非はない。互いに若干申し訳ない気持ちになった俺とチカネへユヅが遠慮がちに近寄り俺の袖を引く。


「?」

「生産ギルドのギルマスと仲良いの?それに、この人一時話題になった“白い小人”さんだよね?」

「??」


“白い小人”がチカネのことだとはわかる。が、ギルマスが誰か知らない俺は首を傾げるばかり。

その様子を残念そうな目で周りが見てくる。


「そんな気はしてたけど…タッくん、アランさんがギルマスだって知らなかったんだね」

「タタちゃんらしいわね」

「出会いがアレだったうえ、その後も特に言いも聞かれもなしなかったしな」

「アレ?」

「拾ったんだ」

「「……タタ(兄)」」


ユヅの突っ込んだ質問に対したアランの答えに弟妹(きょうだい)からの俺に向けられる残念オーラが増した。

俺的には拉致られた感が強かった記憶しかないがあえて反論は口にしなかった。



ようやく部屋に戻ってこれたのは、俺以外のメンバーでの自己紹介が一通りなされ落ち着いてから。


最後の方にはシシィとユヅ、アランとアカツキと、それぞれで意気投合し盛り上がっている様子だった。

その間俺は、アランがギルマスだったと教えられたところでその凄さがいまいちわからないでいるのを察したチカネに「タッくんはそのままでいいよ」と撫でられていた。


だって、俺の知るアランはカモフラージュなのか単にずぼらなのか、だらしない恰好でよくふらふら出歩いている。確かに頼りになる一面もあるけど、常に何か面白いモノを探してたりたまに絡んできたりもする『大人になりきれない大人』。

その印象が強いのだらかしょうがない。


それにしても、今日はよく頭を撫でられる。


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