お得な買い物?
「できた」
縫い上げてから不備がないかひと通りのチェックを済ませようやく新しい装備品がひとつ完成した。
報酬で手に入れたお古のミシンはとても使いやすく、イメージ通りに仕上がったひざ下丈のカーゴパンツに満足する。
特に、頑張って出した深い緑色がいい。
まる一日色出しで潰したかいが十分にある。
きっかけは一昨日のシシィとの会話。
俺がエマさんの店で倒れ、アランたちからの説教を受けて数日。しばらくは自室で大人しくシグの店でまた置いてもらうための回復アイテム作りに精を出した。
気づけば前回の倍の数を卸しても余裕ができるほどにストックができており、シシィに一声かけてシグの店に向かったのが一昨日の朝。
いまだ俺のつくった肉球印の回復アイテム以外では効果の高さはともかく、味のいいアイテムが出回らないのか、ストックの中からそのまま前回の倍の数で売りに出したのに完売までの時間にはあまり差が出なかった。
不定期になるから宣伝してないにもかかわらず。
プレイヤーたちの情報拡散率の高さとそれにともなう行動力の高さに驚くばかりだ。
前回の経験からかその日は納品後、そのままシグに捕まり開店時から売り子の手伝いをさせられた。
アイテムを求めるプレイヤーたちの鬼気迫るものに圧され俺と弟妹用にキープしている分をも出しかけたほどの客を相手に、間違いのないように商品を渡すのが精一杯だったけど俺は頑張った。と思う。
その日の俺は慣れない接客と、普段以上の口数を強いられたことで精神的な疲れから寄り道する気にもなれず、ギルドに直帰した。
ギルドに戻り、シシィへ報告をしに受付けへ向かう。
近づく俺に気づかないシシィは片頬に手を当て小さくため息をついては何かを思案し唸るをくり返していた。
「シシィ…?」
「え?あぁ、タタちゃんお帰りなさい」
「何か、あった?」
「薬草の在庫が増えちゃってねぇ。最近また街に来訪者の人たちが増えてその分、ギルドに薬草を売りに来る人も量も増えたの。断るわけにもいかないからすべて買い取りはするんだけど、中には傷がある薬草も多くて、でも欲しがられるのはやっぱり状態の良い方なのよね。このままじゃ大量の薬草が廃棄なっちゃいそうで……ほんと、どうしようかしら」
最後にまた小さなため息をひとつ。
続いて唸り出す前にシシィの袖を軽く二度引く。
「買う」
「え?」
「傷があるの、全部買う」
「タタちゃん!?全部って…本当に大量よ。気持ちは嬉しいけど、いくらタタちゃんでもすぐに使い切れる量じゃないわ。話を聞いてくれただけで十分よ」
「大丈夫」
やろうと考えていた実験のタイミングのいつかを今に変えるだけ。
うまくいけば大量消費が可能。
俺は面倒な材料集めがなくなり、ギルドは邪魔な在庫がなくなる。
唯一気がかりな薬草代も、今までの売り上げにほぼ手をつけてこなかったから問題ない。はず。
「大丈夫」しか言わない俺に安心も納得もできていないことをシシィの下げられた眉が俺に訴えてくる。それでも説明するのが億劫で、詳しい内容も告げないまま何も言わず目を合わせ続けるかたちで強引に押し切る。
シシィとの見つめ合いで勝利した俺は代金は預けてある中から引いてもらう形をとり、量が量なだけにシシィの勧めで部屋まで薬草をギルド職員に運んでもらうことにした。いろいろ任せるばかりで申し訳ないが、最後にギルドにある一番大きな鍋を借りたいこととそれを薬草と一緒に運び入れて欲しいことをお願いして自室へ向かった。
部屋に戻った俺を丸く膨れた大きめの麻袋が2つ。とコンロの上に寸胴に近い型の鍋が1つ鎮座して待っていた。
俺を先回りして届けられた方法よりも、早く試験したい気持ちが強く、早速1つ分の麻袋の中身をぶちまける。
床に広げられた傷がある薬草の中でも変色したり、傷みが進行してたりするものを外していく。
使える薬草をいったん麻袋に戻し、もう1つも同様の作業を行う。
選別だけで結構な時間がかかり、すぐにでも始めたい気持ちを抑え作業を翌日に持ち越す。
作業に集中したかった俺は朝一で顔見せ挨拶だけは済ませ、この日一日部屋に引きこもった。
昨日選別した薬草を鍋にまずは1袋分。
薬草がすべて浸るくらいの水を注ぎ、火にかけ沸騰を待つ。
待っている間に「冒険者の服(下)」を取り出し少しでも染まり易くするために軽く水に浸しておく。
本当は豆乳でやるべきことだけど、今は用意がないし使わなくて済むなら今後のためにもその方が、楽な方がいい。
鍋の中の薬草の体積が減ったら残りも入れてしまう。
沸騰してからは20分程煮詰めて色を引き出していく。
透明だった水が緑色を通り越してパッと見は真っ黒の熱湯に変わる。
十分に色が出たら火を弱め邪魔な薬草をざるで掬う。以前、現実世界で作業したときにはもう1つ鍋を用意してきちんと煮汁を濾した工程も短略化させる。
細かい欠片には目をつむり、白地のズボンをゆっくりと鍋に沈めていく。
そのまま弱火で10~15分。
菜箸やトング等の在るものでズボンを鍋から頑張って取り出す。次に本来なら「媒染液」という色を定着させるための液に浸けるところも今は用意がないので省き、火傷に気をつけて流しに桶や盥の代わりに大きめのボウルを置き流水で濯ぐ。
思ったよりも薄まった色味に、火を点けたまま温度を保っておいた鍋へもう一度漬け込み、煮込んで濯ぐを好みの濃さになるまで何度もくり返した。
染める素材、大きさを変えて試した結果。それらに関係なく色出しした液、「染料液」さえ用意できれば現実世界よりも楽に草木染めができることがわかった。
媒染液はお酢に鉄錆、もしくは銅を漬け込めば簡単につくれはする。けど、使える状態になるまでに約3日は必要だから手間が省けて助かる。
またヒマなときにどの植物で何色に染められるのかを調べてみるのも楽しそうだ。
絞りで柄をつけてもいいし、2色以上で染めて模様を出してもいい。
今回の分が完成しない内から次回の構想を立てつつも、俺の手は休まず動く。
水筒用の素材で確保している竹を物干し竿代わりに染めたものたちをピンと張って干す。後は乾くまで待つのみ。
翌日、乾くことで多少薄まる色が想定の範囲内にあることを確かめて次に控えた、ある意味俺にはこれからがメインとなる工程へ移る。
作業台の上には、深い緑色に染まったズボンとウィードウルフの毛皮、ビッグスパイダーの糸。裁縫道具セットとお古のミシン。
まずズボンの裾をひざ下丈に合わせて余分な部分を切る。
手を伸ばし易い位置を確かめズボンの両外側の脇に印を付ける。印の位置を覆うかたちで足したい外付けポケットに必要なパーツをウィードウルフの毛皮から確保。
あとは待ち針でズレないように各所固定させたらミシンで一気に縫って仕上げる。
形や素材が違っても何着と手掛けてきた俺は慣れた手つきで、昨日までシンプルで素っ気なかったズボンを好みのかたちへリメイクしていった。
そして冒頭に戻る。
新しいアイテムをつくった後の恒例になった鑑定を行う。
『深緑のカーゴパンツ:薬草の草木染めで深く緑に染めれた素材のみでリメイクされたカーゴパンツ。わずかに抗菌、消臭作用あり。
効果:VIT+2、毎秒HPの5%が回復
作者:タタ』
また予想外の効果がついた。
大量の薬草を使って何度も染めを重ねたから?
同じ染め方をしたものだけを材料にしたことが要因?
やっぱり三毛猫のラッキー故に?
まあその内わかるだろう。
効果の内容や発生条件よりも今は履き心地や使い勝手の良さを重視したい俺は早速装備を変更して試着する。
ポケットに手を出し入れしてみたりその場で屈伸してみたり、いろんな動きをして確認がてらズボンを身体に馴染ませていく。
うん。問題なし。
仕上がり具合に満足していたらメール着信のアナウンスが届いた。連続で。
『アカツキ>今から噴水前に来い!ダッシュで』
『ユヅ>やっと落ち着いたから会おう!広場の噴水で待ち合わせね♪駆け足だよ、タタ兄』
俺の弟妹は相変わらずのようだ。
こっちの都合や状況はお構いなし。アカツキは完全な命令だし、ユヅはニュアンスが柔らかいだけで内容はアカツキとほぼ変わらない。
今回は許そう。
ようやく二人に回復アイテムセットを渡せる機会ができて、待ち合わせ場所も同じだから手間が省ける。
ということで二人にまとめて返信を送る。
『タタ>わかった。アカツキとユヅは噴水前で先に合流しておいて』
『アカツキ>走って来いよ』
『ユヅ>了解!ツキ兄探して一緒に待ってるから急いで来てね♪』
説明少ない俺のメールから何となく事情を汲み取った二人からの早い返信に、俺も了承の意を受け取る。付き合いの長い俺たち兄弟妹だから成立するやり取りだ。特にアカツキとは。
ウィンドウを閉じた俺は中央広場までの行道を思い出しながら階下へ進む。きちんと部屋を、作業台の上をきれいに片づけた後で。
「シシィ」
出かける報告と俺限定で増えた約束、一日一度の顔見せを兼ねてシシィに声をかける。
「あら、お出かけ?」
「うん。あとコレ」
シシィに向けて手を伸ばす。
手のひらを上に向けて受け取るかたちをつくり応えてくれたシシィの手に髪飾りを2つ乗せる。
ズボンの切れ端からシュシュを、毛皮の切れ端からはボンボンをつくってみた試作品。
「ありがとう。可愛い、それにきれいな緑色ね」
「昨日の薬草で染めた、のでつくった」
「あの薬草で……本当にタタちゃんはわたしたちが思いつかない使い方をいろいろしてくれるわねぇ。大切に使うわせてもらうわ、タタちゃんとお揃いだもの♪」
お礼に合わせてシシィからお返しにウィンクをもらう。
しっかりチェックされていた。
見ればすぐにわかる変化だから気づかれたことに驚きはしない。こげ茶色の編まれた髪の先に足された深緑はちょうどシシィの目線の先の位置にあるだろうし。
「じゃぁ」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
送り出してくれる言葉に小さく頷いて応え、ギルドの外へ。
晴れた空を見上げ、アカツキとユヅが文句を言いながら待っている姿が脳裏に浮かぶ。
今から急いで向かったところで同じように責められるだろう。それならたまには俺も少しだけ我がままになってしまおう。
久しぶりに会う弟と《SSO》でははじめましてな妹の存在を頭の片隅に残る程度にして、待ち合わせ場所の噴水前までの道中を顔馴染みの人たちに代わる代わる声をかけられながら向かった。
周りに気をつけていつものペースでのんびりと。




