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シーク・セルフ・オンライン  作者: 士月十旭
10/18

約束

作者なりに頑張った話です。

応えられていると嬉しいのですが、疑問や矛盾が増えるだけだったらすみません。

店が落ち着いて、次回はできる限りで数を増やすことをシグに約束させられてから俺はギルドに戻った。

結果的に今回も商店街全体を巡ることはできなかったけど後悔はない。

頭はすでにエマさんから受けた依頼のことでいっぱいになっていたから。




戻って早々、作業に入りたかったけどその前に、エマさんが言っていた「気づいてない」発言が気になりコートを視てみる。

あの時は完成したことで満足して鑑定してなかった。このコートが俺に依頼を出そうとエマさんが思ったきっかけになったと思うから。


宵風よかぜのコート:宵闇のローブを元につくられた闇色のコート。ホーンラビの毛皮で着心地も、防寒効果も上がった。

 効果:VIT+5、AGI+2、隠蔽』


すごい。

きっと元になった宵闇のローブの性能が高かったのだろう。じゃないと数値がおかしい。それに補正効果とは別についている「隠蔽」には装備した者の気配を隠す効果があるらしい。

存在すら知らなかった俺がつけられるとは思えないから、おそらく宵闇のローブから引き継がれた効果なのだろう。VITの値は少し上乗せ分があるかもしれない。

仕立て直しだからできた内容で、一から同じモノをつくるとしたら少なくとも今の俺にはムリな代物であるのことは間違いない。



ようやくでキズモノ装備品と向き合う。


預かってきた服を全部出し、床全体に広げる。

改めて見ても損傷が酷いモノが多い。それでも中には簡単な手直しで使えそうなモノもあった。


はじめに上下とその他の3パターンに分ける。そこからさらに、損傷の度合いで2つに分けていく。

まずは上着から。

簡単なモノで襟ぐりがかぎ裂きで破れてしまったシャツで、キズの部分を取り除くために大きくV字に胸元が開いたかたちにする。切り口の処理をして左右均等に穴を開ける。

ビッグスパイダーの糸をよってつくった紐を下から順に交差させて通し、最後紐の端にオシドリの羽根を付けて完成。


同じようにキズの部分を取り除いたり隠したり工夫を凝らして仕上げていく。

そのまま一枚で着るには露出が高くなってしまうモノは重ね着に見えるデザインへ。

お腹が見えてしまう丈の短いシャツと正面に袈裟斬りのかたちでできた裂傷のあるシャツを重ね、気になる部分を補う。

下の服でも、焦げた箇所を切るとギリギリお尻が隠れる程度にしかならないプリーツスカートをベルト部分が壊れてしまってるズボンの上に重ね縫い合わせる。


膝がすり減りパックリ口を開けるズボンに対しては、ツインビートルの甲殻を目隠しと補強目的で取り付ける。

中にはお遊びでキュロットの裾とポケットの縁にホーンラビの毛皮を縫い付け、お尻の部分にもしっぽを模した飾りを付けてみたモノもある。



今回は一からつくってるわけじゃないけど、それでもアレンジを考え、思い通りの仕上がりになると嬉しくて夢中になっていった。

休憩も制限に引っかからない最低限の時間だけ。

まだ本格的にモノづくりを始めていなかったおかげで素材のストックはそれなりに貯まっていたのが幸いした。

補充のためフィールドに出ることもなく、すべてを仕立て直すまでの3日間。俺は部屋に引きこもり外部との接触を無意識に拒絶した。邪魔されないように。



「……できた」


ラストで仕上がったポンチョタイプの外套も遊びを取り入れ、フードに耳と先を丸く加工済みの牙を試行錯誤しながら取り付けた。本来の位置よりはやや高くなるけど、後ろにしっぽも完備させた狼仕様になっている。

最後に売り物になりそうか鑑定で確認。


緑狼ろくろうのポンチョ:ウィードウルフの素材のみでつくられた狼仕様のカッコカワいいポンチョ。

 効果:VIT+3、STR+1』


遊びのはずが狼ポンチョの性能は意外とよかった。しかも元になったコートもウィードウルフが素材になっていたとは偶然の賜物だ。

いつになるかわからない次の機会からは、仕立て直す前にも鑑定をした方がよりいいモノがつくれそう。

俺の中で服は防具のイメージが強く、効果にSTRが出たことが意外で、いろいろ発見があって面白い。


作業を終え時間を確かめる。まだ閉店前の時間に、善は急げと部屋の片づけもそこそこでエマさんの店に向かった。




カランッ……


乾いたベルの音を鳴らし扉を開ける。


「エマさん、持ってきた」

「もう出来たのかい!? ずいぶんと頑張ってくれたんだねぇ。今から確認させてもらうから奥の部屋で待ってな」


タイミングよく他のお客がいないこともあって、エマさんがすぐに対応してくれる。

エマさんの好意に甘えて奥の部屋へ移動しようと一歩踏み出した瞬間。視界が塞がり足下がふらつく。まぶたを開けようにも重くて上がらない。

エマさんが「タタっぁ!」という悲鳴に近い声で俺を呼ぶのを聞きながら意識が遠ざかる。


完全に意識が途切れる前に思い出したのは、2年前のこと。

あの時の約束。




     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


俺がモノづくりと出会ったのは中1の時。授業の一環で行われた民芸品のモノづくり体験学習だった。


ただの藁が自分の手によって馬に変わっていく過程にワクワクした。

この授業をきっかけにモノづくりへ興味を抱き、プライベートでもつくるようになる。

最初は簡単な工作キットで。慣れてきたら市販のレシピ本を片手に。

初めて目にする素材や道具に興奮し浮かれていたのだろう。俺がモノづくりに夢中になり、嵌まっていくのに時間はかからなかった。


モノづくりに励むほど、俺の中で変化が生まれる。


放課後にアキを中心とした友達と遊ばなくなる。

布団に入る時間が遅くなる。布団に入ってからも作業を続けることが増え、次第に就寝するのは日をまたいでからが当たり前になった。

ご飯を食べるのも茶碗一杯分だけをかき込むかたちの早食いに。

授業は真面目に受けたけど、それは補習になって余分に拘束されないため。モノづくりのためだった。


それでも中1の時はまだましだった。イベント事には参加して、周りとの会話もあった。


酷くなったのは2年になってから。

自分のアレンジも加えれるようになり、よりモノづくりに夢中になっていった。

そのころになると、モノづくり以外のことが面倒に感じていた。

モノづくりの時以外の動きは最小限に。モノづくりの時ですらほとんど移動しないことが増える。

ご飯も一食で済ます日が続く。

寝るのは変わらず日付が変わってから。

周りが心配する声も笑顔で聞けたのが流すようになり、終いには煩わしくなって拒絶した。

唯一授業態度だけはよかったと思う。体育を除いて。


今なら、その状況でよく過ごせていたものだと思える。

当時はそれが当たり前で、脳が麻痺していたのか、おかしいことにおかしいと気づけない俺がいた。


周りを拒絶し、自分の世界に閉じこもり。独りになっていく。




いくら脳が誤魔化されても未発達な身体がついていけるわけもなく、気がついたら病院のベッドで寝ていた。


『ごめんね。お母さんがもっと早く気づけてたら、夕くんとちゃんと会話が出来てれば……でもよかった。また夕くんに会えた』


目を覚ました俺の瞳に映るのは、悪くないのに俺へ謝り頬を濡らす見たことのない母さんの姿だった。

泣き続ける母さんに声をかけることもできず、ユヅに連れ出されるまで見ているだけしかできなかった。


入れ替わるように訪れた父さんの顔に普段の柔らかい笑みはなく、何かをこらえるように無表情をつくっていた。


『夕太。何かひとつのものに夢中になることを悪いとは言わない。昔から主張することが少ない夕太が夢中になれるものなら応援したいとも思う。だが、それで傷つくモノがあるなら話は別だ。お前が今日までの間で傷つけてきたモノが何かわかるか?』


淡々と語る父さんからの問いに答えが出てこない。ただ、浮かんだのは先ほどの母さんの涙。


『素気ない態度をとられ続けられた友達。家でも外でも話すら聞いてもらえない暁央に弓月。心を込めてつくった料理を食べてもらえないお母さん。父さんだって、夕太の顔を見れたのはいつぶりかわからない。お前を心配し、声をかけてくれていた周りの人たちがどれほどいたか。そして、何よりも一番傷つけてきたモノは……お前自身だよ、夕太。……無事でよかった』


最後で堪えきれず流れた一筋の涙を隠すように父さんは俺を強く抱きしめた。



父さんが母さんたちを探してくると病室を出て行ってすぐ、今度はアキが顔を見せる。

久しぶりに正面から向き合うアキは去年まで同じくらいだった背が伸びて、まるで知らない人のようだ。

俺が起きているのを見つけると、大股で近づき、何も言わずにデコピンを一発。


『バカ。あほ。マヌケ。このノータリン! 散々無視しやがって……部屋で倒れたバカを見つけてやった俺に感謝しやがれ! 次はないからな!!』


そうか、アキが。

声を張ることで語尾が震えるのを誤魔化す同い年の弟に何度も頷く。

きっと怖かっただろう。だって俺がアキの立場なら、想像するだけで怖い。


言わなきゃ。「ありがとう」、「ごめんなさい」たったこれだけの短い言葉がうまく声に出せない。

自分が情けない。



自身のダメさ加減に呆れため息をつきかけたところへユヅが飛んできた。

まさに。駆け寄る勢いのまま俺の上にダイブした。

さすがにアキが注意をするが、お構いなしにユヅが俺を見る。睨むくらいの強い瞳で。


『わかる? 見えてる? わたしはここにいるよ。みんないるんだよ。夕兄はひとりじゃない! 勉強がんばるからっ、お手伝いもするからっ。また一緒に遊んでよぉ…夕兄といっぱいお話ししたいよぉ!』


俺が逃げないように両手で顔を固定し、ユヅが思いのままを言葉にしてぶつける。

最後には大声で泣き出すユヅの頭を撫でるしかできなくて。慰めるつもりがユヅは余計泣く勢いを増す。


すでに近くまで来ていたのか、ユヅの泣き声を聞きつけ父さんと母さんが慌てて部屋へ入って来る。



母さんに謝らせた。

父さんに諭された。

アキに罵倒された。

ユヅに懇願された。

みんなに泣かれた。


揃った家族の顔に。ここにはいない友人たちの面影に。

父さんの言葉を頭の中で再生される。


どれだけ傷つけてきたのかわからない。きっと見放されてもおかしくないレベルだったはずだ。

なのに、目の前の家族は今も心配顔で。俺に言うんだ「よかった」と。

まだ内側に居場所をつくってくれている。

だから俺も言わなきゃ。さっきは言えなかったけど、今は。

家族一人一人の顔をしっかりと見て。



『ごめんなさい。ありがとう」



夢と重なり現実でも自分の口から出た声に目が覚める。

濃くて長い夢を見たわりには頭がスッキリしている。今いる場所が自分の足で来るはずだったエマさんの店のある部屋だとわかるくらいには。


あの時は栄養失調に睡眠不足。過度なストレスと肉体疲労などいろんな要素が重なり、いつ倒れてもおかしくない生活を一年近く続けていたことを医者には呆れられてたっけ。

成長期に必要な栄養豊富な食事、適度な運動。そして十分な睡眠は身体を休める他に成長ホルモンを促すのに重要な要素。これらを結果的に避け続けていた。

身勝手な行動の代償として俺の身長は成長を止め、中学残りの1年は健康的に過ごしたけど伸びたのは1cm。

憑き物が落ちたみたいに雰囲気を変えた俺を見た幼なじみに「反抗期は終了か」とからかわれ、妙に納得したのを覚えてる。


その後も俺のモノづくりが好きなことと省エネ気質はましにはなったものの続いた。

そこで、約束をした。


簡単で当たり前だけど俺ができていなかったこと。


「自分を大切にする」


自分自身のためだけではなく、周りにいてくれる人たちのことを思い守るための約束ルール

家族との大切な約束。だったんだけどなぁ……



自分を蔑ろにしたつもりはない。ただ、モノづくりに夢中になるとどうしても他のことが二の次になってしまう。

それでも《SSO》で睡眠不足を理由に倒れるとは思わなかった。

強制ログアウトされてないってことはそこまでは時間が経っていないのだろうか。


とりあえず起きたことをエマさんに報告しようとしたところでメール着信のアナウンスが届く。


『⚠ 警告 ⚠


 この度、タタ様のプレイにて過度な行動が見受けられました。ただ、身体的異常を検知するまでにはいたらなかったため今回のメールを送らせていただきます。

 今後また同じように行き過ぎたプレイをされるようでしたら運営側としても相応の対応をさせていただくことになりますことをご了承ください。


 安全なプレイを心がけ《SSO》にてのご活躍を期待しております。


              SSO運営局』


イエローカードでした。

次はないぞ。という脅しですね。


連続プレイ可能時間の制限がかかる5分手前でログアウトをし、2分も経たない内に《SSO》へ戻る強引な続け方。

プレイ中は作業に没頭するあまりにほとんど不眠不休状態。

そこへの寝落ち(ブラックアウト)が決定打となり今回の警告メールだったのだろう。

詰めの甘さが招いた結果で、言えた立場じゃないのもわかるけど、つい思ってしまった。


運営こわい。




「なんだ起きたんなら声ぐらいかけな。急に目の前で倒れたと思ったらスースー寝息を立てて。まったく、いくら早く仕上げてくれてもムチャされたんじゃあ、お礼も言えないじゃないか」


申し訳なさそうに眉を下げ、俺の頭を撫でるエマさん。

ああ、やっぱりまた傷つけてしまった。

言葉は少し乱暴だけどエマさんはすごく優しいひとだから。


「ムチャじゃなくて夢中になっただけ。ごめんなさい、ありがとう」


あの日家族に伝えた言葉と同じに。

心配かけて「ごめんなさい」、心配してくれて「ありがとう」の思いを込めて。


笑顔を見せてくれたエマさんの姿に、うまく伝わったと思う。




「それはそうと、迎えを呼んだから今日はもう帰んな。またかごいっぱいになったら頼むから次はゆっくりやんな」

「!?」


次の約束がもらえたってことはクエスト達成? でもアナウンスがない。

エマさんの言う迎えのことを忘れてうんうん悩んでいる俺に拳骨が落ちた。


「っぅ~~~!」

「このバカ猫! 外で迷惑かけてんじゃねぇよ。帰ったら説教決定な。安心しろ、お・れ・は短くしといてやる」


無防備なところに落とされた痛みに頭を抱えうずくまる。

今だ痛みと闘う俺を構うことなくアランは自身の肩に担ぎ上げ、エマさんに深く頭を下げてから店をあとにした。


アランはさっき何と言ったか。「おれは」と言ったということは別に誰かがいるということで。

思い浮かぶのは受付の麗人と白い小人。




「お帰りタタちゃん」とシシィ。

「待ってたよタッくん」とチカネ。


迎えてくれる2つの笑顔。笑ってるのに笑ってない。

本能的に逃げようとしてもがっちりアランが俺を捕まえている。為すすべもなく、3人に連れられてギルドの奥へ。

気分はドナドナです。



この日。新たな約束ルールが増えた。

1日1回は受付に顔を見せること。




クエスト成功のアナウンスが流れたのは、3人の説教が終わった直後だった。

運営こわい。

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