その4
14
「両チームとも、準備は大丈夫でしょうかー? まもなくゲーム開始しまーす!」
フィールドにスタッフのアナウンスが響く。
ゲーム開始を待つ間、同チームのプレイヤーたちと挨拶を交わしながら、彬は自軍陣地を見回した。
米軍装備を始め、自衛隊、旧日本軍、英軍、PMCや全身黒づくめ、明らかに私服の人や、何故か頭に鳥の羽を差しているインディアンなどなど。実に多種多様な装備に身を包んだ人たちが集まっている。その中でも、全員が同じオリーブドラブの迷彩服に身を包んでいるJAFは人数の多さも相まって、圧倒的な存在感を放っていた。
本日の参加者は現時点で87名だというが、その内の48名はJAFの隊員だという。
単独チームとして纏めるにはあまりに多すぎるため、チーム分けの際に半分ずつ両チームへ別れて参加していた。
彬は整列しているJAFの面々をこっそり確認したのだが、先ほど会った岸辺というは見当たらなかった。どうやら、敵であるレッドチームに振り分けられたようだ。
15
「ルールはフラッグ戦。制限時間は十五分! それではゲーム開始まで5,4,3,2,1,スタート!!」
「GO! GO! GO!」
「突撃ぃー!」
スタッフがゲーム開始を告げるとともに、続々とプレイヤーたちが陣地を飛び出してゆく。彬たちブルーチームの主陣地は南側だ。北側にあるレッドチームの陣地を攻めるためには斜面を駆けあがらなければならない。初動が大切だった。
「隊長、僕らはどうします?」
あっという間にそこら中からエアガンの銃声が響き始めたのを聞きながら、彬は辰巳に指示を仰いだ。
「やはり、西側に向かった人数が多い。なら、俺たちは東側から行こう。フラッグの防衛はJAFがやってくれるから、背後は気にしなくていいしな」
辰巳はM4のチャージングハンドルを引いて初弾を装填しながら、彬に応えた。
かしゃっという金属音が格好良くて思わず真似しそうになるが、彬の持つ電動式のM4にはないギミックである。
フラッグ防衛に関しては、ゲーム前にJAF側から提案されたことだ。
大人数の彼らが積極的に戦闘に参加してしまうと、どうしてもゲームがJAF中心に展開してしまう。そんな事態を避けるために、両陣営のJAFとも戦闘に参加するのは八名編成の一個小隊のみ。残りはフラッグ防衛に徹するというのだ。
こうすれば、JAF以外のチームや個人プレイヤーたちは自軍のフラッグを気にすることなく動き回れる。そして、JAFは陣地防御という楽しい仕事ができる。
両者の利害が完全に一致したWIN-WINの取引であった。
16
「よし、行くぞ」
「了解!」
「了解です!」
「おっしゃ!」
駆け出した辰巳の後を彬、充希、剛明が追う。亮真はゲーム開始と同時に林の中へ消えていった。
「ジュニア、隊長の言うことをよく聞くのよ? じゃないと、すぐにヒットされちゃうんだから」
南陣地から出てすぐにある東側の道の斜面を駆けあがりながら、充希が彬にそう注した時だった。
「頭を下げろ! 遮蔽物に入るんだ!」
前方から響く射撃音に辰巳が叫んだ。
「あー! ヒット!」
「ヒットォっ!!」
「ヒット! ヒット!!」
その警告とほぼ同時に、辰巳より前を突っ走っていたチームメイトの三人が銃弾の雨に晒されて次々と討ち取られてしまう。ゲーム開始から間もなくのヒットだというのに、全員が腹を抱えて笑いながらセイフティへ戻ってゆく。
そんな彼らを微笑ましく見送りつつ、彬は近くにあった大きな岩の影に滑り込んだ。銃撃の隙を見計らいながら、辺りを確認する。
敵はどうやら、斜面の上にある遮蔽物の影から撃ってきているようだ。
チームの先頭にいた辰巳は細い道の真ん中に置かれた木板のバリケードを盾にしていた。
特に集中的な射撃に晒されていて、あれでは身動きが取れない。
充希は林沿いに生えていた木の根元にしゃがみ込んでいる。
そこへ、装備の重さ故に少し遅れていた剛明が追いついてきた。
「撃ち返せ、ベアー!」
「おうよ!」
辰巳の声に、剛明がM249を構える。連射性と装弾数のみに重きを置いた彼の分隊支援火器がモーターの唸りを上げて、瞬く間に重厚なBB弾の弾幕を作り上げた。
剛明の制圧射撃に敵からの銃撃がわずかに弱まった。その隙を突くように、近くに潜んでいた味方プレイヤーたちが前進しようと物陰から飛び出してゆく。
「全員、林からの攻撃に注意しつつ味方を援護しろ! ジュニア、ドロシー、指切りで撃つんだ!」
指示を出しつつ自らも射撃を開始する辰巳。それに彬も岩陰から半身を出して、弾が飛んできた方向に適当な狙いをつけて撃った。
「右側! タイヤの影に一人いるよ!」
一つ前のバリケードに身を隠していた味方が振り返って、そう教えてくれる。
「了解です!」
答えると、彬は教えられたとおり積まれたタイヤの障害物に照準をつけた。しばらく待っていると、タイヤの影から米軍装備の敵がそっと半身を覗かせた。間髪入れず、引き金を絞る。
「ヒットォッ!!」
米兵が勢いよく万歳をしながら叫んだ。
思えば、彬が初めてサバゲー中に自力で討ち取ったヒットだったかもしれない。が、そんな感慨に耽っている暇などなかった。
「今だ、行くぞ!」
彬が一人討ち取ったのをチャンスとみたのか。残っていた味方が一斉に前進を開始した。
このまま一気に押し込んで、道を確保するつもりなのだろう。
しかし。
「うわっ、あっ! ヒット!」
「ヒーーット!」
「ヒット!」
「ヒット、ヒット! いてぇ~……」
味方が斜面を半分ほど登りきったところで、突然坂の上からの攻撃が再開した。一斉射撃をまともに浴びて、瞬く間に四人の仲間がやられる。彬の隠れている岩にも、ぱちぱちとBB弾の雨が降り始めた。どうやら、目をつけられたらしい。
「どうします、隊長?」
中々途切れることのない銃撃に、彬は助けを求めるように辰巳を呼んだ。
「焦るな、ジュニア。とにかく頭を下げておけ」
応じた辰巳は盾にしているバリケードへもたれ掛かりながら、すっかりリラックスしている様子だった。
「敵の増援が来たな。この統制のきいた射撃をみるに、たぶんJAFだ。それにこの高低差で撃ちおろされると突破は無理だ。耐えろ。いま、下手に動いても……」
「ヒット!!」
「ああなる」
なんとか状況を打破しようと遮蔽物から飛び出して、すぐにヒットされた陸自装備の味方を横目に、辰巳は肩を竦めた。
「ま、これじゃしょうがねえよ、ジュニア」
剛明もバリケードの影で銃を下ろして一休みしている。
銃撃はなお激しいが、撃たれることさえも楽しむのがサバゲーだ。
彬から見て道の反対側では、充希もなんでもないような風に木の根元に座り込んでいた。
しかし、まだまだ初心者の域を出ない彬はそこまで落ち着いていられない。
いくら飛んできているのがプラスチック製のBB弾だと知ってはいても、フルオートで撃ちだされる銃弾の迫力にすっかり気圧されてしまっていた。弾がばちばちと岩に当たって弾ける音を聞いていると、いつかその一発に撃たれるのではないかと不安になってくる。
少しでも銃撃が弱まったところで、誰かと合流できない者か。例えば、辰巳の隠れているバリケードは大きい。二人といわず、三人くらいなら隠れられる余裕があった。
そこまで行ければ。一人で撃たれているよりも、気分は楽になるだろう。
彬の頭にそんな考えが過ぎった時、まるで申し合わせたかのように唐突に銃撃が収まった。
弾切れだろうか。それなら。
今だと、彬が腰を浮かしかけた時だった。
17
「お待たせしましたー! って、うわっ、うわわわわっ!?」
陽気な声とともにやってきて早々、敵弾を全身に浴びかけたのは味方であるブルーチームの腕章をつけたJAF隊員だ。ゴーグルとマスクをつけているから顔は見えないが、たぶん若い、大学生くらいの男だろう。
「だから、突出せんでくださいと何度も言っとるでしょうが!」
そのすぐ後を追いかけてきた、JAF隊員が叱りながら彼を物陰へ引きずり込んだ。さらに続いて六人。計八名のJAF隊員が彬たちに追いついてきた。
「ええですか? 今のはいきなり射撃を止めて弾切れをおこしたと思わせて、油断して出てきた阿呆をハチの巣にするための典型的な欺瞞戦術です! その程度のことくらい、知っとるでしょう。分かったら、姿勢を低くして、決して物陰から飛び出さないでくださいね、角田少尉殿!」
「うう、すみません、丸岡さん。ちょっとはしゃぎすぎちゃいました……」
「自分のことは丸岡“軍曹”と呼んでください」
「は、はい。丸岡軍曹」
唐突に現れた援軍のそんなやり取りを聞きながら、彬は浮かしかけた腰を下ろした。注意されているのは自分ではないが、丸岡の言葉は彬にも刺さったからだった。
「あ! そこにいるのはもしかして、ふじ分遣隊の皆さんじゃないですか? ゲーム前に岸辺さ……大尉と話しているのを見ましたよ! 状況はどうなってます?」
バリケードに隠れている辰巳たちを見つけた角田が、再び陽気さを取り戻した声で呼びかけた。
「見ての通り、撃たれまくってる」
そう答えたのは剛明だった。
「こっちは五人やられた。敵は前方の黄色いバリと、その横のタイヤの影から撃ってきてる。数はたぶん、五人か六人。スイッチしながら射撃してくる」
続けて、辰巳が状況を説明した。
「なるほど……あっ、自分は角田っていいます。確か、音無さんと佐々木さん、でしたよね?
岸辺大尉からお話は伺ってます。あと渡邊さんって人もいるんですよね。自分は今回、初めてのサバゲー参加なので色々と教えてもらえと大尉殿から言われています。よろしくご指導ご鞭撻のほどを」
角田は声だけでなく、性格まで陽気なようだ。良くしゃべる。その割に礼儀正しい青年だった。
「んなこと言われてもな。今は撃たれるだけ撃たれて、身動きもとれやしねえ」
そんな角田に、剛明が笑いながら応じる。
「やはり、この高低差が難物ですな。西側でもかなり苦戦しておるようです」
丸岡がむうと唸りながら、西側の状況を教えてくれた。
「やっぱりそうですねよね……どうしますか、丸岡さ、軍曹?」
「どうするかは貴方が決めることです。これは貴方の小隊ですから。自分の仕事は貴方の命令を、兵たちに実行させること。さ、ご命令を」
「そんなこと言われてもなぁ……」
撥ねつけるような丸岡の言葉に、角田が情けない声を出す。
「大体、なんで初心者の僕がいきなり小隊長なんだ……一兵卒から始めさせてよ……」
「それがJAFの伝統だからな。ま、今しか楽しめない新品少尉の気分を満喫しておきな、角田少尉」
弱音を吐く角田に、辰巳が励ますように声を掛けた。
要するに、角田少尉は初参加のサバゲーで隊長役をやらされているわけだった。
彬は自分が初めてゲームに参加した時のことを思い出しながら、とてもではないが辰巳の真似などできる気がしないなと思った。
「少尉殿。敵はじりじりと前進してきておるようです。早く御決断を」
「うう……それじゃあ、どうしようかなぁ……」
そんな初心者にも容赦の無い鬼軍曹に、頭を抱える角田。
「仮にもJAFに入ろうって思ったんだから、戦術の知識くらいあるんじゃないの?」
しゃがみ込んだ太ももの上に辰巳からの借り物であるMP5を乗せた姿勢で、充希がそう口を挟んだ。
「それはまあ、そうですけど」
角田はちょっと驚いた声でそれに答えた。充希が女性だと気付いていなかったらしい。
「ともかく。ここで悠長にしていたらすぐに全滅です」
「ううん。それじゃあ……大隅中尉からの命令はこの道の確保だから……でも、ここで戦っても勝てないだろうなぁ……」
丸岡に決断を迫られても、どうにもはっきりしない態度の角田。それに丸岡が大きく息を吐くのが聞こえた。
「いったん後退したとしても、命令違反になるわけではないでしょう。むしろ、戦いやすい場所まで下がってそこで迎え撃つのも立派な戦術ですよ」
優柔不断な上官に痺れを切らしたのか。丸岡がそうアドバイスをした。それに角田がなるほどと頷くと同時に、彬たちの耳へ一つの無線連絡が入った。
「二人とも。まあ、待ってくれ」
辰巳は胸元に付けている無線のマイクへ手を伸ばしつつ、二人に言った。
「高所有利か。なら、こちらも高台を取ったぞ」
「は、はあ……」
意味が分からない様子の角田を無視して、辰巳はマイクの通話ボタンを押すと静かに告げる。
「ホーク、やれ」