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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第二話 交戦規定(しんらいかんけい)
7/28

その2

4


「彬君、大丈夫?」


 走り出したバンの中で、喫茶ふじの従業員、赤羽充希が助手席から顔を覗かせて彬に訊いた。というのも、彬の顔色がすこぶる悪いからである。


「大丈夫です。昨日、中々寝付けなかっただけで……」


 後部座席の三人乗りシートの真ん中に収まった彬は、寝不足の目をしょぼしょぼさせながら充希に答えた。


「昨日帰ってきたのはそんな遅い時間じゃなかったはずだけど……疲れ過ぎじゃないかな? ここのところ、うちで働いてない時はほとんど別のバイト入れてたでしょ、彬君」


 運転席の辰巳もバックミラー越しに心配そうな目を向けている。

 それに彬は慌てて首を振った。


「いや、違うんですよ。ほんと、そういう事じゃなくて……」


 こんなに心配されてしまうとはと、申し訳なくなった彬は、誤解を解くために寝不足の原因を白状した。


「その。楽しみで」


 遠足前の小学生かと我ながら恥ずかしくなっている彬の横で、ふじの夜営業の常連である佐々木剛明が巨体を揺すりながら豪快に笑った。


「わははははははははは!! まあ、二週間ぶりだもんな! そりゃあ楽しみだよな!」


 そう言って、大きな手で彬の頭をぐりぐりと撫でる。


「なるほどね」


 助手席の充希がなぁんだと息を吐く。その隣で辰巳は笑っては可哀そうだと思いつつも、口元が緩んでいた。


「んじゃ、到着まで寝とけ、寝とけ」


 誤解が解けたところで、剛明は彬にそう勧めた。しかし、彬は首を横に振る。


「いや、そういうわけには」


「僕に遠慮しないで良いよ、彬君。到着まで二時間くらいかかるし、タカ君の言う通り少し寝ておきなよ」


「でも」


「今日は暑いよ? ゲーム中に倒れでもしたら、それこそ大変だ。一応、ご子息を預かっている身としては、そんなことになったら親御さんに顔向けできない」


 運転してもらっているのに申し訳ないと食い下がる彬だが、そんなことはお見通しの辰巳からぐうの音も出ないほど大人の対応をされてしまう。


「そうそう。遠慮すんなって。どうせ運転してるマスター以外、特にやることもねぇし」


「話し相手なら私がするから大丈夫よ。任せて」


「だってさ。それに隣の亮真を見てみろよ」


 口を挟んだ充希に肩を竦めてから、剛明は彬の右側に座る渡邊亮真を手で示す。

 剛明と同じく喫茶ふじの常連である彼は少し後ろに傾けた座席の上ですやすやと寝息をたてている。少しだけ開けられた窓から吹き込む風が、ぼさぼさの髪を揺らしていた。


「亮君は仕方ないよ。しばらく残業続きだったらしいから」


 辰巳が気遣うように言った。

 勤務時間が割ときっちり決まっている商社に勤めている剛明とは違い、亮真はともすれば夜勤が連続するようなプログラマーという職業である。

 前日も深夜遅くまで残業だったと、朝会ったときにぼやいていた。


「どこか適当な場所で車を止めて、後ろの荷物を前に持ってこようか。そうすればシートをもっと倒せるし。まあ、その分荷物をタカ君と充希ちゃんに抱えてもらうことになるけど」


「良いぜ」

「そうしましょうか」


「僕も自分の分くらい持てますよ。その分、ナベさんをちゃんと寝かせてあげてください」


 自業自得な理由で寝不足の自分よりも、仕事で疲れている亮真を休ませて上げるべきだ。

 そう思う彬ではあるが、車が首都高に乗って、揺れが規則的になり始めると、気付けばいつの間にか夢の中へ落ちていた。


5


 目を覚ました彬は、いつもより天国に近い場所にいた。

 遠くに連なる緑の山々が一望できる山の上の駐車場で、見上げた空は青く澄み切っている。頭上をゆっくりと漂う巨大な積乱雲は、手を伸ばせば届きそうだ。


「夏だねぇ」


 そこら中でセミたちが騒いでいるのを聞きながら、ぼうっと青空を見上げていた彬の隣にいつの間にか亮真が立っていた。

 彬と同じく寝起きの目を眩しそうに細めながら、手には道中で剛明が買っておいてくれた缶コーヒーを握っている。


「夏ですね」


 自分の分だという缶コーヒーを亮真から受け取り、こういうさりげない気遣いが出来る人のことを大人っていうんだろうなと思いつつ、彬も同じ感想を口にした。

 どこからどう見ても、夏だった。


「二人とも、目は覚めたかい?」


 先に店での受付を済ませにいっていた辰巳が戻ってきて、ガードレール越しに遠くの山並みを眺めている二人に声を掛けた。


「はい」

「ん。まぁね」


 残っていたコーヒーを一気に飲み干して答えた二人に頷いてから、辰巳はバンの後部ドアを開けた。


「それじゃあ、荷物持って。受付のところでちょっとした説明があるそうだから」


 それを聞いた二人はそれぞれの荷物を持ち上げると、まだ寝ぼけている頭をどうにかしゃっきりさせようと努力しつつ辰巳の後に続いた。


 今日、彬たちが訪れたのはトップ・フォレストというフィールドだ。

 この店が主催する定例会に参加すると彬は聞いていた。

 定例会というのは個人的な繋がり、たとえば友人やチームで集まるのではなく、フィールドを運営する店側が主催するゲームのことをいう。

 身内だけで楽しむゲーム、そこだけで通じる特殊ルールという遊び方ももちろん、サバゲーの楽しみ方の一つではあるが、より多くの同じ趣味を持つ者同士の交流の場を与えてくれる定例会というのもまた、サバゲープレイヤーにとっては貴重なものなのだ。


6


「おはようございます! 本日は当店が主催する定例会にご参加いただきまして、誠にありがとうございます!」


 荷物を持って店内に入った彬たちが、先に中で待っていた剛明たちと一緒にカウンターの前へ並んだところで、奥から出てきたスタッフの一人が元気よく声を掛けてきた。

 なので、彬も寝起きに出来る精一杯の元気で挨拶を返す。


「私は当店の店長をしています、岩佐と申します。よろしくお願いします。早速ですが、ゲームの準備をしていだたく前に、当店で絶対に守っていただきたい注意事項を説明させてもらいます。よろしいでしょうか?」


 岩佐の問いかけに、一同は頷いた。

 それにありがとうございますと言ってから、岩佐は説明を始めた。


「まず、当然ですが当店のフィールドでは法令で規定されている威力を超えるエアガンは使用できません。そのため、ゲーム開始前に参加者全員の持つエアガンの初速を計らせていただきますので、ご協力お願いします。それから、フィールド外でエアガンを持ち運ぶ際には必ずマガジンを抜いて、安全装置を掛けて撃てない状態にしてください。空撃ちも厳禁です。ここまでよろしいですか?」


 確認する岩佐に、再び頷きを返す一同。

 彬はともかくとして、ベテランプレイヤーである辰巳たちにしてみれば何十、何百回と聞かされてきた注意事項だ。

 だが、何を今さらとは思わない。

 安全にサバゲーを楽しむために必要なことなのだ。むしろ、こうした説明に手を抜くようなフィールドを、彼らは二度と利用しなかった。


「では続いて、フィールド内での注意事項です。ゲーム中以外でもフィールドに入る際は必ずゴーグルを着用してください。ゴーグルはシューティンググラスのようなものではなく、動いても外れないようにゴムや紐などで固定できるものに限ります。さらにゲーム中はフェイスマスクなど、顔や口元を守ることのできる装備が必須になります。これが無い場合はゲームに参加できません。当店としては、顔全体をカバーできるフェイスシールドの着用を推奨しています。また、使用できるBB弾はバイオ弾のみとなります。ご了承ください。これらの装備をお持ちではない場合は一通り揃えてありますので、当店の物販をご利用ください。それと、基本的に外部パワーソースの使用も禁止しているのですが、これは要相談という扱いにしています。装備に関する制限は以上です。最後に、フィールド内に設置してある障害物を動かすことはご遠慮ください。もしも故意に破損させた場合は、弁償していただきます」


 岩佐は彬たちがちゃんと自分の言葉を聞いているかどうか確認するように、一人ずつ顔を見つめながら説明を続ける。そして全員が説明の中でも特に大事なところでしっかりと頷いているのを見た彼は、最後ににっこりと笑った。


「以上のルールを守っていただいた上で、どうか存分に今日のゲームを楽しんでください! セイフティはあちらから。男女別の更衣室もご用意してあります。ああ、それと、お食事の際は隣の建物が簡単なフードコートになっているので、是非ご利用ください。セイフティから出入りできて、持ち込みも自由ですから」


「お世話になります」


 全ての説明が終わったところで、一同を代表して辰巳がお辞儀をした。

 彬たちもそれに倣う。


「いやぁ、今日はかなりの大人数で、熱いゲームになりそうです! あ、そうそう、ゲームの前に簡単なフィールドツアーを行いますから、是非ご参加くださいね!」


 そう言って、岩佐は何処までも楽しそうに笑っていた。


7


 この店のセイフティは、裏口から出た先にあった。

 フィールドとネットで区切られたその場所には大きなタープテントが全部で十四張り。七つずつ二列になって並んでいた。それぞれのテントの下には大きな丸太を半分に割った形のテーブルと、同じく丸太を輪切りにした椅子がごろごろ転がっている。

 テントの幾つかにはすでに参加者たちが集まっていて、ゲームの準備に勤しんでいた。

 彬たちも雑談しつつ、空いていたテントに入った。参加者はまだ増えるかもしれないので、テーブルを占拠しないように出来るだけ荷物はまとめておく。


「見たかい、タカ。フードコートの名前。“山の家”だってさ」

「海の、ならぬな」


 亮真と剛明のやり取りに、彬はふと子供の頃に家族旅行でいった海の家を思い出す。


「あー、なんか。ラーメン食べたくなってきました。醤油味で、しょっぱいだけのやつ」

「お、若いのになかなか分かってるねぇ、彬君。そうそう、ああいう化学調味料全開な味付けが良いんだよねぇ。まあ、僕は焼きそば派だけど」

「俺はカレーライスだな。出来れば付け合わせは福神漬けじゃなくて、ラッキョウで」


「ええ、でも。ああいうところで出てくる料理って全体的になんだか味が安っぽくない?」


 根っこの部分が少年時代からそう変わっていない三人がわいわいと男子の会話をしているところへ、今日もどうやら紅一点らしい充希が口を挟んだ。


「充希ちゃん、それが良いんだよ」

「充希さん、それで良いんですよ」


「そ、そう……」


 間髪入れず、ハモりながら答えた亮真と彬に、若干笑みが引きつる充希。


「でも、最近の海の家ってパスタとか出してるお洒落なところもあるわよ。他にもフレンチとか。あと、ジェラートとかスイーツに力入れてるところもあるっていうし……」


「「「は?」」」


 そんな充希が付け加えた情報に絶句する三人。


「海の家でパスタなんて食べて、何の意味があるんだい?」


「え、別に意味とかないけど……美味しいじゃない」


 困惑したように訊いた亮真に、充希は肩を竦める。


「フレンチ? ジェラート? フライドポテトとか、かき氷じゃなくてか?」


「なんでそんな頑なに疑うの?」


「海に何しに行ってるんですか、その人達?」


「いや、遊ぶためでしょ」


 仰る通りだった。


「というか。タカさんとナベさんはともかく、大学生なんだから最新のレジャー情報くらい押さえておかないと、女の子にモテないわよ彬君」


「うわああ! やめてください!」


 美人にそんなこと言われると死にたくなりますと、彬は頭を抱えた。


8


「……今日は大入りか。なるほどね」


 どうでもいい会話が一段落したところで、セイフティを見回していた辰巳がふと納得したように呟いた。


「うん? どうしたんだ、隊長?」

「ほら、あそこ」


 訊き返した剛明に、辰巳はタープテントの並ぶセイフティの一画を手で示す。


「ああ、なるほど」


 辰巳が示した先に目を向けた亮真が納得したように頷いた。


「JAFが来てるのか」


「ジャフ? 事故でもあったんですか?」


 亮真の呟きに彬が首を傾げると、それに辰巳が違う違うと手を振りながら答えた。


「そういうチーム名なんだ。ほら、あそこの」


 辰巳が手を伸ばした先へ彬が顔を向けると、そこには全員同じ柄の迷彩服に身を包んだ集団がテントを丸々一つ占拠していた。それでも入りきれずに、荷物の一部は隣のテントにまで侵出している。


「“JAPAN Airsoft Forces”の頭文字をとって、JAF。日本語に訳すと何だろう。日本遊戯軍とでもいうのかな。この辺り、というか関東じゃあ最大規模のチームさ。メンバーは確か三百人くらいいるはずだよ」


「さ、三百人!?」


 亮真の説明に、彬は驚きの声を上げた。

 サバゲー人口は徐々に増えつつあると知ってはいたが、そんな大人数のチームがあるとは思ってもなかったからだ。

 そんな彬に驚きだよねと応じつつ、亮真は続ける。


「だから、彼らがゲームに参加すると途端に大人数になるんだ。今日だって、どう見てもあれは三十人はいるよ」


「ただ、あの人たちってサバゲ―チームとしてはちょっと変わってるのよね」


 やれやれといった様子の亮真に、充希が口を挟んだ。


「変わってるって、どういうふうにですか?」


 彬が訊き返すと、充希は説明が難しそうな顔になった。


「うーん、なんて言うのかなぁ。あの人たちって、サバゲーするためにチームを組んでいるっていうか」


「どっちかって言うと、本格的な軍隊ごっこがしたいからサバゲーやってるチームだな」


 充希の後を継いだのは剛明だ。


「つまり……どういう事ですか?」


「ま、実際にプレイしてみれば分かるよ」


 剛明たちの説明ではまだぴんと来ていない彬に、亮真が肩を竦めながら言った。


「とりあえず、僕らも早く着替えてきた方が良いんじゃない?」


「そうだね。ゲーム前にフィールドツアーをやるらしいし。それまでにはある程度準備しておかないと」


 亮真の提案に、辰巳が頷いて着替えの入ったバッグを持ち上げる。


「じゃあ、私はみんなの着替えが終わるまでここで荷物見張ってますね」


 それぞれの着替えを手に更衣室へ向かう男性陣に、丸太椅子に腰を下ろした充希がいってらっしゃーいと手を振った。


「お願いするよ。……充希ちゃんは、また車で?」


「はい。見張り、よろしくお願いしますね。隊長」


 振り返って訊いた辰巳に、極上の笑みを浮かべながら充希は頷いた。

 この店でも、彼らが普段活動の拠点にしているミリタリーショップ“オーバーロード”でも。近頃は女性用の更衣室を用意しているフィールドは多い。

 が、充希はそういった店の更衣室を使うことがほとんどなかった。

 では、どこで着替えるのかといえば。ここに来るまで乗ってきたバンの中である。

 確かに辰巳のバンはフィールドに更衣室が無かったり、大混雑していた時に着替え場所として使えるよう、窓にカーテンが引かれているのだが。当然、店舗に設置されている更衣室よりも狭く、快適とは言い難い。

 それでも。頑として充希は店の更衣室など使わなかった。


「だって。なんだか怖いじゃない? 男所帯の中に女一人で飛び込む以上、当然の保身だと思うけど」


 とは本人の談である。

 どうでもいい話だが、車のキーを持っているのは当然辰巳なので、そこで充希が着替えるとなれば自動的に彼が付き添うことになる。

 だったらキーだけ借りていけば良くね? などと口に出す勇気のある男は、彬たちの中にはいかなかった。

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