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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第一話 僕らの戦争
5/28

その5

「乾杯!」

「乾杯」


 落ち着いた明るさに照らされた喫茶ふじの店内に男の唱和が響く。

 クマとモンキーから、佐々木剛明と渡邊亮真に戻った二人の声だ。

 カウンター六席、テーブル席が三つしかない狭い店内では、普段なら邪魔にならない程度の音量でジャズが流れ、馴染みの客たちが思い思いの酒をグラスで傾けている時間帯だが、今日の客はこの二人しかいない。

 ミリタリーショップ「オーバーロード」から帰り着いた二人が、どうせなら少し飲んでいきたいと言い出したため、本日の夜は身内だけの特別営業と相成ったのだった。


「しかし、無線を使っての連携ってのは初めてだったけど、上手くいったよな。うん、面白かった」


 グラスのビールを一息で飲み干した剛明が満足そうな吐息を吐きながら、傍らに置かれた大きなバッグを撫でた。中には彼の愛銃であるM249が分解されて収まっている。

 スカルマークのバラクラバに隠されていた大柄な作りの顔には、子供のように無邪気な笑みが浮かんでいた。

 二人と一緒にカウンターに座っている彬は、今夜はシフト外なのだが、空いたタカのグラスに新しくビールを注いでしまう。これも職業病なのかなと思いながらも、「お、サンキュな」と笑顔で礼を言われれば悪い気はしない。


「タカは良いよね。思う存分撃ちまくれて。僕なんて、最初の任務で一人も狙撃してないんだけど」


 対する亮真は少々、不満顔だ。

 ゲーム中はギリースーツを着ているせいでずんぐりむっくりに見えるが、彼は本来ちょっと痩せすぎなくらい線の細い身体をしている。同じくらい痩せこけた顔には大きな黒ぶち眼鏡をかけて、顎には無精髭が目立つ。その上に、トロピカルな柄の赤いアロハシャツを着て酒のグラスを傾けている今の姿はラフというよりも、少しだらしなく見えた。

 彼が飲んでいるのはビールではなく、甘いカクテルだった。


「せっかく、隠密っていうスナイパーの得意分野だったのに」


「仕方ないよ。見つかるわけにはいかなかったし、それに偵察もスナイパーの重要な任務さ」


 隊長こと音無辰巳、いや、この店ではマスター、が穏やかな口調で二人の会話に加わった。

 白いワイシャツに黒いエプロンを着けた、カウンターでの正装と彼が呼んでいる格好をしている。

 レッドクイーンこと赤羽充希の姿はない。帰りつくなりシャワーが浴びたいと自室に戻っていったからだ。

 オーバーロードには男女別の更衣室は用意されていたが、シャワーだけは男女兼用だった。男性陣は特に気にしないで使ったが、やはり女性である充希には抵抗があるらしい。

 おかげで帰りの車内では辰巳以外の三人は鼻呼吸を禁止された。

 何故、辰巳だけそれが許されたのかについて、わざわざ言及する必要はないだろう。


「彬君はどうだったかな。初めてのサバイバルゲームは?」


「ええと。聞いたことはあったんですけど、実際にやってみるのとでは大違いですね」


 答えながら彬が飲んでいるのは、この店で一番のお気に入りのレモンスカッシュだ。

 辰巳がレモンを絞って一から仕上げているもので、ほどよい酸味と甘さが一日中動き回って疲れた身体に優しい。


「そうだね。話だけを聞くと、エアガンで撃ちあうなんて乱暴な遊びだと思うかもしれないけど……僕は、サバゲ―は真摯のスポーツだと思ってるんだ」


「はい。今日一日で、俺もそう思いました」


 少し照れくさそうに口髭を弄りながら言った辰巳に、彬は心から同意した。

 今日、彬があのフィールドで出会ったプレイヤーたちはみんな、マナーと心遣いをもった大人たちだった。たとえ人を撃つときでも顔や皮膚の出ている部分は狙わないようにしていたし、撃たれた側も悔しそうなリアクションをすることはあっても、恨み言など口にもしなかった。

 ゲームの勝ち負けでさえ、誰も気にしていなかったように思う。

 その理由について彬が気付いたのは、二回目のゲームだった様な気がする。

 あの場に集まった全員は、何よりもその非日常な状況を楽しむことだけを目的としているのだ。言葉にすると陳腐かもしれないけれど、彼らはそのためだけに真剣だった。

 真剣に、サバイバルゲームという非日常を楽しんでいたのだ。

 だから、勝敗なんて関係ないし、たとえ自分が撃たれても気にしない。

 中にはちょっと装甲の薄い部分に当ててしまい謝る相手プレイヤーに、俺は撃たれに来たんだと笑い飛ばす人までいた。


「今日は楽しかったです。すごく」


 そんな人々の笑顔を思い出しながら、彬はその場にいる三人にそう言った。


「それは良かった」


 彬の言葉に、辰巳は本当に嬉しそうな微笑みを浮かべる。他の二人もまんざらじゃない顔で、口元を緩めていた。


「マスター、時々店を休みにしていたのはこれが理由だったんですね」


「あー、うん……」


 黙っていてごめん、と口髭を撫でる辰巳の態度は、ゲーム中の粗暴な言動が信じられないくらいいつも通りのマスターで、彬は内心でほっとしていた。


「すみません、お待たせしちゃって」


 そこへ、この店でも紅一点である充希が入ってきた。

 シャワーを浴び終わった直後の女性特有の、世の男性を魅了してやまない上気した頬だったり、しっとりとした髪だったり。防護布と戦闘服に隠されていた彼女の魅力が全開だ。

 彼女が入ってきた途端、店内に良い香りが漂い始めたのは気のせいではないだろう。

 無論、彼女の瞳に彬たち三人など映っていないのだが。


「お疲れ様。充希ちゃんも何か飲む?」


「あ、じゃあ、ミルクティーを」


「いつも通り、ロイヤルで良い?」


「はい。お願いします」


 尋ねた辰巳に、背景をバラ色に変えながら充希が嬉しそうな笑顔で頷く。


「ねえ、今さらだけどさ。この店で働いてると無性に虚しくなることとかないのかい?」


「慣れましたよ」


 二人のやり取りを見ながら、こそっと聞いてきた亮真に彬は答えた。

 慣れなければやっていけるかと思った。


「あ、そうだ」


 マスターが充希のロイヤルミルクティーを淹れ終わり、ゆったりとした時間が流れる中。剛明が思い出したように口を開いた。


「マスター、コールサイン考えようぜ。俺、嫌だよ、クマなんて」


「そうだ。僕もモンキーは嫌だ」


「私もレッドクイーンはちょっと……」


 言い出した剛明に、残る二人がすかさず乗った。


「分かった、分かったよ」


 それに辰巳はグラスを磨きながら苦笑する。今は仕事中じゃないのだが、癖らしい。


「それじゃあ、みんなそれぞれ案があるのかい?」


「僕は“ホーク”がいいな」


 元々こういう事を考えるのが好きであるらしい亮真が間髪入れずに答える。


「ふむ。タカの目、なんて言うしね。狙撃手の亮君には似合ってるね」


「じゃ、決まりだね」


 マスターが口髭を撫でながら言うと、亮真はにっと笑ってカウンターの上にある小皿からアーモンド入りのチョコレートを一粒、口に放り込んだ。甘いつまみで甘い酒を呑むのが好きなのだった。


「じゃあ、俺はベオウルフ」


 続いて、剛明が自分の希望するコールサインを発表した。が。


「壮大過ぎるよ。タカはベアーで良いんじゃない?」


「意味変わってねぇじゃねえか!」


「じゃあ、グリズリー」


「種類変わっただけだろ!」


「グリズリーだと、タカ君には凶悪過ぎてイメージ合わないなあ」


 息の合った二人の言い合いに、辰巳がうーんと口を挟む。


「だよな、マスター! それじゃあ……」


「でも、タカさんのコールサインがクマなのはぴったりだと思うんだけど、私」


「充希ちゃんまで……」


 辰巳の一言に一瞬、息を吹き返すも充希の一言に再び撃沈した剛明は助けを求めるように彬を見た。

 しかし、そんな縋るような目を向けられたところで彬にはこれと言った加勢ができない。


「……似合ってましたよね、クマさん」


「だってさ。どうする、タカ?」


「……せめて、ベアーで頼む」


 結局、止めを刺したのは彬だった。


「で。充希ちゃんはどうするのさ?」


 項垂れる剛明の横から亮真が訊くと、充希はそうだなあと小首を傾げながら口を開いた。


「私はみんなほど希望があるわけじゃないけど、ただレッドクイーンは長すぎるし、毎回レッドチームってわけでもないから、チームカラーが別の色になった時に違和感があるだろうなって思っているだけで、別に不満というわけでもないんですけど……」


「充希ちゃんが長々と喋る時は、大抵何か考えがあるんだけど恥ずかしくて言い出せない時だよ」


 捲し立てるように早口で話す充希を見た亮真が底意地の悪い笑みを浮かべながら、彬にこっそりと耳打ちをする。


「そりゃあるだろうな、呼んで欲しいコールサインが」


 誰に、とは言わずに剛明も亮真と同じような笑みを浮かべて言う。


「な、なんですか。二人とも……もう」


 充希は照れたように顔を赤く染めて頬を膨らませた。

 美人のそういう仕草は一々男心をくすぐるのでやめていただきたい、という男三人の思いなど意にも介さず、充希は人差し指を唇に添えて考えるような顔になる。


「た、たとえば、ハニー、とか?」


 彼女は口に当てていた人差し指で天井を指し示しながら、さも今思いつきましたとばかりに言った。辰巳に流し目を送りつつ、どうですか、と視線で問いかけている。


「マイスイートをつけなくていいのか、ハニー?」


「ていうか、少し古くないかい、ハニー?」


 辰巳の代わりに、まるで打ち合わせたように二人が答えた。


「あ。今の無しで」


 それに、さっと真顔に戻って自分の案を投げ捨てる充希。

 コールサインをハニーにしてしまうと、呼ばれたい人以外からも呼ばれることになると今さら気付いたようだった。


「そうかい? 呼びやすくていいし、他の二人とも響きが似てなくていいと思うんだけど」


「いえ、駄目です。無しです。却下です。忘れてください、マスター」


 ハニーというコールサインにどこまでも実用的な評価を下した辰巳に少しがっかりしつつ、充希は首を横に振った。


「じゃあ、どうするんだ?」


「あ、だったらマスターが考えてくださいよ! そしたら私、それでいいです!」


 尋ねる剛明に、充希は新しい思いつきをさも名案だとばかりに口にして顔を輝かせる。


「それ“が”いいです、の間違いじゃない?」


 カウンターで亮真がぼそっと呟いたのが聞こえたのは彬と剛明だけだったようだ。

 二人が息を殺して身を震わせている間に、充希は辰巳に迫っていた。


「なにか無いですか、マスター?」


「そう言われてもね……」


 辰巳は口髭を撫でながら、眉間に皺を寄せている。


「うーん……女性用のコールサインってあんまりイメージが無いなぁ……僕が古いだけかもしれないけど、この流れで行くなら仔猫キティとか、うさぎラビットとかかなぁ……」


「別に動物にする必要はないんじゃない、マスター? 僕らのはたまたまだし」


 悩む辰巳にそっと助け舟を出すように亮真が言った。


「そうなると……ジュリエットじゃ捻りが無いし、ジェーンだと」


「ジェーン・ドゥじゃ縁起が悪いよ」


 二人のやり取りの意味がいまいち分からず、彬は黙ってレモンスカッシュに口を付けた。

 後でこっそり聞いたところ、ジェーン・ドゥとは英語圏で身元不明の遺体に付ける名前だと教えられた。

 辰巳は困り果てたようにうーんと唸りながら、店内を見渡した。そして。


「あ」


 何かを見つけたらしく、そう口を開く。

 彬はその視線の先を追ってみる。天井近くの壁に以前、お客さんから贈られたものだというタペストリーが掛かっていた。オズの魔法使いを題材にして、物語に登場する一行が描かれたものだ。


「ドロシー」


「あ、それいいかもです」


 タペストリーを見つめながら呟いた辰巳の一言に、充希が反応した。


「なるほど。じゃあ、マスターはオズだな」


「そんでタカがライオンで、僕がブリキの木こりってとこだね」


「それだと僕がカカシってことですか?」


 どこか自嘲するように言った亮真に、ようやく自分でも分かる話が出てきた彬も乗る。

 これでも幼少時から目に入る児童文学を読み耽っていたのだ。そっち方面には彬もそれなりに造詣が深い。


「彬君はむしろ、トトじゃない? ドロシーと一緒に飛ばされた子犬の」


「僕だけメインキャストじゃないじゃですか」


「あー」

「あー」

「ははは」


 納得したように手を打つ剛明と亮真に、辰巳だけ困ったように笑っていた。


「いやまあ、マスターは隊長だけどな」


 脱線しかけた話を元の軌道に戻したのは剛明だ。


「だねえ」


 それに亮真も同意する。


「隊長は、隊長以外のコールサインなんて思いつきもしませんからね。ま、私はドロシーでいいですよ」


 纏めるように充希が言った言葉には、蚊帳の外の彬も納得だ。


「“が”いいです、じゃないの」


 再び亮真がぼそっと言って、彬と剛明は肩を震わせた。

 だから、次の瞬間。


「それじゃあ、彬君は?」


「え?」


 当然のように自分のコールサインを決める番が回ってきて、彬は目が点になった。


「ぼ、僕ですか?」


 正直、みんなと一緒にサバゲ―をした今日は特別な一日だとばかり思っていたため、彬は思わず聞き返していた。


「僕もまた、一緒に行っていいんですか?」


 それに何故か、訊かれたほうの辰巳たちがきょとんとした顔をしていた。


「そりゃあ……」


 言いかけた所で、辰巳が慌てたように手を振る。


「あ、いや。もちろん、彬君がサバゲ―をしたいと思ってるなら、だよ? 強制するわけじゃないから」


 仕事とこれは別だよと断ってから、辰巳は続ける。


「ただ、ま。同じ職場の仲間として、共通の趣味が持てるのは嬉しい事だよ。装備は今日みたいに僕らがチームで持っているものを貸せるし。そもそも、彬君に今日貸したエアガンは買ってみたはいいものの、結局僕らは自前のがあるからあんまり使ってないんだよね」


 辰巳の言葉に、他の二人もまあねと肩を竦める。

 ではなぜ買ったのかと後で聞いたところ、辰巳たちが持つエアガンは拘りと個性が強すぎるため、どんなフィールドでも使えるものを揃えておこうという理由からだった。


「ゲーム仲間が増えるのは良い事だしな」


 笑いながら、剛明が彬の肩に大きな手を乗せる。


「そうそう。最近人気が出てきたとは言っても、まだまだマイナーな趣味だからね」


 言って、亮真も彬の肩をぽんぽんと叩く。


「ちなみに、私も自分で持ってる装備なんて服とプロテクターくらいよ? そもそも、私なんて初めて参加した時はサバイバルゲームの存在自体知らなかったんだから」


 そう励ます充希の言葉を聞いても、やっぱり彬は素直に頷くことができない。


「あの、でも。マスターたちって、すごいチームなんですよね? 今日ちょっと聞いたんですけど」


 それはゲーム後に話しかけてきた青年から教えられたことだ。辰巳たちのチーム、ふじ分遣隊というらしい、は、日本サバゲ―界の生ける伝説だという。

 そんなチームに、初心者の自分が参加して良いのだろうか。無論、彬とてもう一度サバゲ―に参加できるのであれば嬉しいが。正直、畏れ多い気持ちの方が強かった。

 しかし、それを聞いて辰巳たちは何処か気まずそうな顔をしている。


「あの、彬君。何を聞いたのか知らないけど、みんなが言っているような話はほとんど嘘だからね? 僕はただの喫茶店のマスターで、それ以下でもそれ以上でもないから」


「俺もただの商社マン、サラリーマンだからな」


「右に同じ」


 辰巳の言葉に、剛明と亮真も続く。


「でも。四対百で戦って勝ったとか」


「いや、あの時はまだ充希ちゃんがいなかったから。四対百じゃなくて三対百だよ」


「いや、すごさのレベルが上がったんですけど」


「隊長がいるとワンサイドゲームになるからって、ハブられたんだよな」


 剛明が思い出したように笑う。


「タカ君、店ではマスターね」


「ごめん」


 些細な呼び方の間違いも見逃さないマスターがそっと注意していた。


「あ、遊びだからな。毎回参加しなくちゃ駄目ってことでもないし」


 話を纏めるように剛明が言った。


「それに嫌なら、」


「嫌じゃないです!」


 彬は思わず大声を出していた。


「また一緒にやらせてもらえるなら是非! 何なら、明日でも!」


 一気に言い切ったところで、彬は辰巳たちがぽかんとした顔で自分を見ていることに気付いた。


「あっ……す、すみません……」


「いや、そんなに楽しかったのなら、誘って良かったよ」


 彬の本気は伝わったらしく、辰巳が穏やかな微笑みを浮かべる。


「まあ、流石にまた明日ってのは無理だな……月曜にはまた仕事があるし……」


 と、隣で剛明が憂鬱そうにため息を吐く。


「今の内に遊んでおくんだよ……悔いのないようにね」


 吞み終わってしまった酒のグラスをぴんと指で弾きながら、亮真も物憂げな調子で呟いている。


「ちょっと。二人ともいきなり老け込まないでよ。それじゃあ僕はどうなるのさ」


「マスターは今も素敵ですよ」


 そんな二人を見て苦笑しながら言った辰巳に答えたのはもちろん充希だった。


「あ、うん。ありがとう」


「これからもっと素敵になると思います」


「善処するよ」


 身を乗り出しながら言う充希に、苦笑いの意味が変わってくる辰巳だった。

 これもまた喫茶ふじの日常である。


「それで? 彬君のコールサインはどうするの?」


 訊いたのは亮真だ。


「そうだなぁ」


 それに少しほっとした様子で応じる辰巳に、彬は言った。


「僕は今日のと同じヤツが良いです」


「今日のって、ジュニアってやつかい?」


 本当にそれでいいのかいと、辰巳が首を捻りながら訊き返した。

 元々、ジュニアというコールサインは剛明と亮真が悪ふざけで付けたものだ。

 隊長の後に着いていく“未熟な新入り”。だから、“ジュニア”だと。

 けれど、彬は結構その呼ばれ方が気に入っていた。何より、“未熟な新入り”というのは事実だ。


「まだまだ、みんなの後に着いて行くのが精一杯ですから」


「なるほど。まあ、彬君が良いのなら、僕は構わないよ」


 うんと頷く辰巳に、本当はもっと隊長の後ろを付いて行きたいからだなどとは恥ずかしくて言えない彬だった。


「ジュニア、か。いいねぇ。まだまだ未来が無限に広がっていそうで」


「だから、急に老け込まないでよ亮君。君だってまだ二十代でしょ。僕より全然若いじゃないか」


 再び鬱に入った亮真に、辰巳が励ますように声をかける。その横では充希がしきりに頷いていた。


「そうです。まだまだマスターみたいになれる可能性はありますよ」


「いや、僕みたいになれって言ってるんじゃなくて」


「彬君も。頑張ってね」


「あ。はい」


 あ。はい。である。

 それ以外にどんな返答があるというのか。


「……そろそろ帰るか」

「……そうだね」


 剛明と亮真がぽつりと呟いて、今日は解散となった。

 こうして、平凡な大学生である高峰彬の大学二年目の夏休み初日が終わった。

 それは同時に、慣れつつあった都会での生活に感じ始めていた退屈の終わりでもあった。

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