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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第一話 僕らの戦争
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その4

「今だ! 撃ち方始め!」


 隊長の号令で、まずクマが林から飛び出した。

 相談数三千発。毎分八百発近くを打ち出す彼の愛銃が唸りを上げて、一瞬の間に弾幕を造り出す。土嚢の近くにいた一人がヒットを叫んだ。BB弾の嵐から逃げるように、両手を上げながら走り去ってゆく。

 残る三人はどうにか土嚢の影に飛び込んだが、そこで磔にされてしまった。

 辰巳と亮真のM4、そして充希の持つMP5から打ち出された弾が、隠れ方の甘かった一人を捉えた。

 数秒の内に二人の敵を討ち取った四人は、巧みな連携を取りつつ広場の縁に沿って右回りへと移動し、街道の出入り口に設置されている衝立の影に身を隠した。

 彬は敵と味方を交互に観察しながら、その時を待った。

 残っている敵二人もどうにか応戦しようと必死だ。

 剛明、亮真、充希に攻撃の全てを任せ、彼らの背後を守っていた辰巳が彬へ行け行けと手ぶりで合図をした。

 それに、彬は両手に持っているハンドガンを握りしめると敵陣目掛けて駆け出した。

 彬が林から飛び出すのと同時に、味方からの射撃が止まる。これ幸いにと敵二人が辰巳たちのいる方向へ射撃を開始した。

 その背後から彬は迫る。

 円形に積まれていた土嚢をハードルの要領で飛び越えて、無我夢中で引き金を絞る。ただし、辰巳からの最後の教えだけは忘れていない。背中を二発撃たれた敵の一人が茫然とした顔で振り向いてからヒットをコールした。

 それに、もう一人が彬に気付く。しかし、手にしているライフルの銃口を彬へ向けるよりも早く、その身体を二挺のハンドガンから打ち出された銃弾が捉えた。

 二人のヒットを討ち取った喜びを噛み締める余裕もなく、彬は拳銃を握ったままドラム缶の上に置かれている青色のボタンを叩きつけるように押した。


 びーーーーーーーーというブザー音が、フィールド各所に設置されている拡声器から響き渡った。


「よーーっし!! いいぞ、ジュニア! イメージ通りの動きだ!」


 ボタンを押したままの恰好で、放心していた彬に向かって辰巳が快哉の声とともに、殴りつけるように拳を振り上げている。


「初めての参加でフラッグゲット! すっげえぞ、ジュニア!」


 駆け寄ってきたクマが嬉しそうに笑いながら、彬の肩をバシバシと叩いた。


「流石、隊長の指揮よね!」


 如何なる時でも辰巳至上主義者の充希は親指を立てながら誇るように胸を張っている。


「ま。何はともあれ。敗北必死の負け戦をひっくり返したんだ。英雄だね」


 暑さに耐えきれなくなったのか。亮真はギリースーツの前留めを外しながらそう笑った。


 ゲーム終了の合図が鳴り響いたフィールドからセイフティゾーンと呼ばれる待機所へ戻った彬たち五人は、そこで待っていた他のプレイヤーたちから万雷の拍手で迎えられた。

 彬は後で知ったことなのだが、彼らはフィールドのあちこちに設けられている定点カメラからセイフティへ送られてくる映像によって、ゲームの進行を全て見ていたのだ。

 負けたはずのブルーチームのプレイヤーたちまで、口々に凄い凄いと賛辞を送ってくることに彬は少し面食らった。もっと悔しがっていると思ったからだ。もしかしたら、自分のせいで負けたのだと恨み言を言われるかもしれないとまで心配していた。

 だが、そんな素振りを見せる者は一切いない。

 それどころか、彬が最初に狙撃したプレイヤーからは「まったく気づかなかったよ!」などと褒められさえした。

 戦闘服に身を包んだ人々から喝采を贈られるという得難い体験をしながら、彬は他の面々に目をやった。辰巳たちも照れくさそうに笑っている。

 そんな彼らに向かって、小柄な人物が人混みを掻き分けながら大股で近づいてきた。


「いやあ、やったな! 流石、辰巳ちゃんのチームだ!!」


 大声でそう称賛したのは、禿頭の老人だった。豪快に笑う彼の前で、辰巳は少し乱れていた口髭を整えてから、すっと背筋を伸ばすと敬礼をした。演技たっぷりのその動きに、素早く剛明と亮真、充希が続く。彬の少し遅れてからそれに倣った。


「任務、完遂致しました。司令官殿」


 辰巳はそういって、ふっと肩の力を抜いた。


「おやっさん。“ちゃん”はやめてよ、“ちゃん”は。僕、もう三十六だよ?」

 ゲーム中の荒々しい言葉遣いから、素の口調に戻るとそう苦笑する。

 それに老人は、年の割にはまだまだガキっぽいなと豪快に笑った。


 辰巳のことをちゃん付けで呼ぶこの老人は、亀谷壮次郎かめやそうじろうという。

 このサバゲ―フィールドを運営しているミリタリーショップ「オーバーロード」の店主だ。

 辰巳のことをガキ時分から知っているらしい。

 そんな亀谷老人に辰巳は被っているブーニーハットを脱ぐと、鍔の上に付いていた小さな銀色の筒を外して差し出した。

 小型のカメラだ。


「はい、これ」


「おお!」


 亀谷老人はそれを何よりも嬉しそうな顔で受け取った。


「無線のやり取りもばっちり録音してある! 後はこの映像と重ねれば、かっちょいいPVができるぞ!」


 まるで子供のようにはしゃぎながら、彬たちのヘルメットにもつけられていたカメラを回収していく。


「おやっさん、これも」


 言いながら、辰巳が胸元から無線機を外した。今回、随分と活躍してくれたこの無線機は、実はゲーム前に亀谷老人から貸し出されたものだった。

 しかし、亀谷老人はそんな辰巳を手で制した。


「それは取っといてくれよ、辰巳ちゃん。まぁ、店のレンタル品だったから中古だけど。良いもん見れたし、店の宣伝にも協力してもらったからな!」


 広告費だと思えば安い安いと豪快に笑って、亀谷老人は無線機を差し出した辰巳の手を押し返す。

 彼は先祖代々受け継いできた山の一画を切り開いてサバゲ―フィールドにしてしまうくらいには生粋のミリタリーマニアである。

 そもそも、今回のゲームで彬たちが遊撃隊などという役割を果たすことになったのは、 朝、彬の一件で到着が遅れてしまい第一ゲームに間に合わなかった辰巳たち一行へ、亀谷老人が話を持ち掛けてきたからだった。

 曰く、現在行われているゲームはチーム分けのせいで巧いプレイヤーがブルーチームに偏ってしまい、どう考えてもレッドチームには勝ち目がないのだという。

 そこで、この戦局をひっくり返してみないかと提案されたのだ。

 敗北寸前のレッドチームに店側から増援を派遣してもよいかと、ゲーム中のプレイヤーたちにも了解を取ってから、ついでに店のサイトに乗せる宣伝PVも撮ってきてよとカメラを頭に乗せられて、彬たちはあの戦いへ参加したのだった。


「さて、俺はコイツを智樹に渡してくるか」


 亀谷老人は回収したカメラをほくほく顔で抱えながら、店のカウンターの奥へ向かう。智樹というのは彼の孫で、主に店の奥でエアガンの修理やサイトの運営などを担当しているという。

 彬はちらりとしか見ていないが、祖父には似ておらず、すらっとした繊細そうな見た目の人物だった。


「そうだ、彬君だったか。今日は大活躍だったな! いやぁ、辰巳ちゃんも良い若者を見つけてくるもんだ!」


「あ、ありがとうございます」


 去り際、亀谷老人はがっはっはっと笑いながら彬にそう言って、嵐のように去っていった。


「なんだ、これ貰っていいのか?」


 剛明が無線機を片手に、辰巳を見て訊いた。


「みたいだねぇ」


 答えたのは亮真だ。こちらは嬉しそうに無線を弄っている。それに辰巳も頷いた。


「貰えるなら貰っておこう。こいつは中々使えた」


「前から、欲しいって言ってましたもんね」


 ゲーム中の口調に切り替わった辰巳を見ながら、充希はにこにこと笑っていた。


「えっと……」


 そんな中、彬だけが所在なさげに無線機を片手にして突っ立っていた。


「これ、俺はどうしたらいいんでしょう?」


 彬は今回、辰巳たちに誘われて着いてきただけなのだ。突然、無線機なんて貰っても正直使い道が思いつかなかった。

 店のショーケースにある同じ機種の値段を確認してみると、それなりの金額だったことも素直に受け取れない理由の一つである。

 しかし。


「貰っておきなよ。あの人、太っ腹なところがあるから。たぶん、本気で気にしてないよ」


 困っている彬に、辰巳がふっと笑いかけた。


「まあ、管理に困るっていうなら、普段は僕が預かっておこうか?」


「ああ、その方が」


 辰巳の申し出に、彬はありがたく頷いた。

 その会話の中になんとなくある違和感の正体だけがはっきりとしなかった。


 昼食もすっぽかして激戦を演じていたプレイヤーたちは簡単な昼食の後、先ほどに比べれば軽めのルールで数度ゲームを楽しんだ。

 その間、彬はみんなからサバゲ―で守るべき最低限のルールやマナーについて教え込まれた。といっても、サバゲ―には厳密なルールなど存在しないのだという。

 サバゲ―におけるゲームルールのことをレギュレーション、交戦規定などと呼ぶらしいが、それはフィールドによってところどころ異なるらしい。さらに仲間内でのローカルルールなども加えれば、ルールは無数に存在する。

 トランプの大富豪みたいなものだと亮真は言っていた。

 しかし、一応絶対に守らねばならない最低限のルールはもちろん存在する。

 大雑把に言ってしまえば、相手を故意に怪我させるような真似はしないという事だ。


 そんな中で、彬が今回参加した「オーバーロード」という店の公式レギュレーションは特に異彩を放っているのだという。

 まず、法に触れない限りにおいて装備の制限はない。

 フィールドに設置されている障害物などは破損させない限り自由に動かして良い。

 重大な事故に繋がらない限り、プレイヤー個人の責任でフィールド内の行動は自由。

 そして一ゲームにかける時間が平均で一時間から二時間と、かなりの長時間。普通のゲームであれば、十分から十五分が平均であるという。

 店のセイフティには「常在戦場」と書かれた額が掲げられていることからも分かるように割と本気でサバゲ―がしたい一部のプレイヤーたちから熱狂的な支持を受けているのだそうだ。

 なお、他のフィールドに行った際はこの店の基準で動かないようにと、彬は辰巳たちから

 念入りに釘を刺された。


 かくして、その日三回目になるゲームを終えた頃には時計の針がそろそろ午後七時を示そうかとしていた。

 夏とはいえ、山の空は暗くなるのが早い。今日のゲームはここまでという事になったが、それで終わりではない。

 参加者たちは各々装備をセイフティに置くと、ゲーム中よりも遥かに楽な恰好でフィールドに戻り、地面に散らかったBB弾を拾い始める。

 もちろん、全てを拾いきれるわけでは無いし、使用されているBB弾はバイオ弾と呼ばれる生分解性プラスチックでできているため、放っておいても自然に還る。

 ならば、何故拾うのかといえば。

 辰巳の言葉を借りるならば、遊んだ後は片付ける、というわけである。


 黙々とBB弾を拾う辰巳は、途中で何人ものプレイヤーたちから声をかけられていた。


「いやぁ、すごかったですよ! 本当にあの時は、いつの間にって思いましたよ!」


 興奮して捲し立てるプレイヤーたちに辰巳は愛想よく応じながらも、手だけはせっせと動き続けている。充希はそんな彼から付かず離れずの位置を確保しつつ、同じように球拾いに従事していた。

 そこから少し離れた場所では、大きな身体を屈めた剛明と、ずっと腰を曲げていたせいで痛くなったのか伸びをしている亮真が、多くのプレイヤーたちと大声で互いの装備について話し合っている。

 そんなどこかほのぼのとした光景を眺めながら、彬も弾拾いに勤しんでいた。早起きをしたせいか心地良い眠気に襲われつつ、地面に落ちた白い粒を一つひとつ拾っていると、突然背後から声をかけられる。


「ねぇ、君!」


「うわぁ! は、はい? 僕ですか?」


 驚いて振り向くと、声をかけてきたのは彬よりも少し年上にみえる青年だった。


「教えてくれよ。どうやって“ふじ分遣隊”に入ったんだ?」


「ふじぶんけんたい……?」


 何だそれは、と。完全に寝耳に水な彬の表情から察したのか。青年の顔が驚愕に染まった。


「知らないのかい!?」


「いえ、その……まあ」


「ふじ分遣隊だよ? 君と一緒に来た人たちのチーム名さ! 四対百の殲滅戦に勝ったとか、チーム全員未だに一度もヒットされたことが無いとか。元陸自の空挺か特戦にいたんじゃないかとか、そういう伝説だらけの。僕としては元SAT隊員だったって説が一番有力だと思ってるんだけど……」


「は、はぁ」


 後半から相手が何を言っているのか分からなかったので、彬としては曖昧な返事しかできない。

 それにしても、辰巳が元陸上自衛隊だか警察の特殊部隊員とは何の冗談だろうかと思った。美味しい珈琲と落ち着いた空間をお客様に提供することを至上の目的としている、ただの喫茶店のマスターなのに。

 いや、しかし。確かにゲーム中の辰巳はガラッと人が変わってしまうから、知らない人から見ればそういう人だと思われても仕方ないのかもしれない。

 ちなみにだが。ゲームが始まった瞬間に言葉遣いが変わった辰巳を見て、彬はかなりのショックを受けていたりした。何せ、彬にとって辰巳とは物腰柔らかな落ち着いた大人の男性なのだから。


「チームのサイトとかもないし。どうやったらチームに参加できるのか分からないんだ。ただ、この店をよく利用してるって聞いたから、今日のゲームに参加したんだけど……」


 青年の熱弁は続いているが、彬としてはどう応じたら良いのか分からない。

 ただ、話を聞く限り、どうやら辰巳たちはかなりの有名人であるらしい。日本サバゲ―界の生ける伝説だとまで言っていた。

 実際はただの喫茶店のマスターと従業員と、常連のお客さんなのだが。

 そんな彼らが一緒に働いている自分にも秘密にしていたことを、おいそれと教えて良いものではないだろう。なので、彬は青年からの質問攻めに終始、無難な返答を返した。

 青年は別れ際まで彬のことをどこか羨むような、残念そうな顔で見ていた。

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