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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第三話 THE Great War 〜それぞれの戦い〜
19/28

その5

 ロッカーキーを紛失した初心者プレイヤー、九堂巧との出会いを経てようやく森林フィールドへと帰還した彬だったが、結論からいうと辰巳たちとは合流できなかった。

 戦闘が激しすぎて、それどころじゃなかったのだ。不幸なことに、彬が抜けている間に西軍は全部で五つあるフラッグ陣地の内、三つを敵に奪われていた。味方がどうにか確保しているのは、西軍側入り口から最も近い第三フラッグ陣地のみで、そこまでは何とか進めるのだが、そこから先が難しい。次に近い第四フラッグ陣地は敵に占領されており、フィールド中央の第五フラッグ陣地はいまだに取り合いが続いていたからだ。

 無線で連絡を取ろうともしたのだが他にも無線を使っているプレイヤーが多すぎて、スイッチを入れた途端にそこらじゅうの通信が入り乱れて入ってくるため、とても個人的な連絡に使えるような状況では無かった(一応、東軍と西軍で使えるチャンネルは決まっている)。

 こうなれば仕方がない。戦っていれば、いずれどこかで合流できるだろうと諦めて、彬は九堂のロッカーキー探しに専念することにした。の、だが。

「え? ロッカーのカギ? いや、知らないけど」

「見てないなぁ。なに、失くしたの?」

「来たぞーー! 撃て撃て!!」

 プレイヤーたちに聞き込みをしようにも、あっという間に東軍プレイヤーと接触してしまい戦闘に巻き込まれる。敵チームのプレイヤーに聞き込みなどもちろんできない。

 そうこうしている内に、彬か九堂のどちらかが被弾して退場。片方がやられれば、引きずれらるようにもう一人もヒットされて退場。その繰り返しだった。

 ヒット。ヒット。ヒット。ヒット。

 捜索を始めてからわずか三十分の間に、六度のヒットを経た時。彬は悟った。

 これはもう辰巳たちとの合流やロッカーキーを探しているどころじゃない。まずは生き残らなければ、お話にもならない。

 そう思った彬は、ともに掃射を受けてフィールドを退場したところで九堂に言った。

「……九堂さん。ひとまず、カギ探しは後回しにしよう」

「え?」

 驚いたように聞き返す九堂に、彬は中央広場にあるフィールドの見取り図が描かれている案内板の前に立って説明する。

「九堂さんがカギを失くした最初のゲームでは、どこまで進んだ?」

「ええと、あの時は……とにかく周りについて行っただけなんだけど。この真ん中にある陣地まで行ったよ。小さな基地みたいなところの中にまで入った」

 見取り図に第五フラッグ陣地という文字とともに描かれている要塞のようなイラストを指さして答えた九堂に、彬は頷く。

「となると、そこまでが捜索範囲ってことになる。で、現在。俺たち西軍チームは敵に押し込まれていて、西軍入口から奥に進んだ先にある第四フラッグ陣地を敵に奪われてる」

 同じく手前側にある第三フラッグ陣地も、辛うじて持ちこたえてはいるものの防戦一方だ。これは第四フラッグを敵に奪われているせいで、二正面作戦を強いられているからだった。持ちこたえられているのも、自軍出入り口から最も近いため、すぐに戦力が補充されるという理由しかない。

「でも、まだ第五フラッグの辺りで頑張ってる味方もいるって、さっき話を聞いた人は言ってたね」

「うん。だから、うちの隊長がいるとしたらそこだ」

 確信をもって答えた彬に、九堂がちょっとびっくりしたような顔をする。

「でも。そこまで辿り着けない。当然、敵が多すぎて鍵を探すどころでもない。だから、まずは戦況をこちらが有利な状況に持ち込もう」

「どうやって?」

 聞き返す九堂に、彬は考え込む。言ってはみたものの、まだ具体的な方法が思い浮かんでいるわけでは無かったからだ。

 当初の目的は、とにかく辰巳たちと合流することだった。そうすれば、戦いは辰巳がどうにかしてくれると思っていた。しかし、それが難しい。自分たちでどうにかするしかない。

 市街フィールドにいるはずの剛明と亮真に応援を頼むのも手だが、伝え聞いた話では現在、市街は乱戦、混戦入り乱れるカオス空間と化しているらしい。ヒットの取り合いというシンプルなルールのせいだろう。どんなベテランでも五分以上生き残るのが難しいというのだから、そんな場所に初心者が二人踏み込んでも瞬殺されて終わりだ。

 そう思ったので、彬はその二人との合流は諦めた。

「ひとまず。味方がより多くの陣地を確保できるように立ちまわろう」

 しばらく考え込んでいた彬だったが、やがてそう口を開いた。

 味方が確保している陣地が増えれば、それだけ安全に動き回れる範囲が広がる。辰巳たちとの合流はもちろん、カギだって探しやすくなる。そういった彬に、しかし九堂は自信なさげに溜息を吐く。

「立ち回るっていっても。僕、下手くそだよ」

 これまでの所、九堂はただの一度も撃ち返せぬまま一方的にヒットされていた。彼は基本的な動きがまだできていないのだ。

「……俺が指示するから、まずはその通りに動いてみて」

 彬とて自信があるわけではない。しかし、今は自分がそうするしかないと思った。

 移動の際は中腰で、遮蔽物から遮蔽物へ。など基本的なことをいくつかアドバイスしてから、要らない装備は外させた。少なくとも、あのフィールドでライトはいらない。動きを阻むポーチも外して、ひとまず彬の荷物と同じ場所に置いていく。

 それから、彬は作戦を説明した。

「二人で味方のサポートに徹しよう。強い人がどんどん前に進めるように。そして、できるだけ敵チームの足を止めるように。俺もそれほどうまいわけじゃないけど、やり方は知っているから」

 なんとなく、周りの動きを見ていて思ったことだが。多くのプレイヤーたちはそれほど味方との連携を重視していないように見えた。

 もちろん、ベテランの人たちの動きはすごい。あっという間に敵を見つけて、どんどんヒットをとって前線を押し上げる人もいた。けれど、それは言ってしまえば個人の力量に頼った戦い方だ。強い人は当然、敵にも狙われる。そして、その人がヒットされてしまえばせっかく押し上げた前線もたちまち押し戻されてしまう。

 それをどうやって解決するか。

 強い人を全力でサポートすればいい。そうすれば、自分でフラッグを取れなくてもその人が取ってくれる。

「分かった。やろう、彬くん」

 彬の作戦に、九堂が力強く頷いた。

 こうして、決意も新たに二人は再び戦場へと赴くのだった。


 時は少し遡る。

 フィールドに踏み込むと同時に、彬がヒットされてからまだ間もない頃。辰巳と充希の二人組は森林フィールド中央の、第五フラッグ陣地周辺にいた。周囲では敵味方がどうにかして第五フラッグを奪取しようと、熾烈な撃ち合いを繰り広げている。

「ドロシー、右側から回り込もうとしている敵を狙え! 足止めして、味方を援護するんだ!」

「はい!」

 辰巳の指示に、充希が素早く反応して実行する。先ほどから二人はそうやって味方の援護をしながら、前線を徐々に押し上げていた。

「ジュニアは合流できますかねー」

 できなくても別にいいかなーという声で訊く充希に、隊長スイッチの入った辰巳は「さぁな」とぶっきらぼうに応じる。

「まあ、これだけ続々と友軍が追いついてきてるんだ。そのうちにジュニアも追いついてくるだろう」

 口ではそう言っているけど。ジュニアを待っているんでしょうね。

 M4とハンドガンを素早く切り替えながら次々とヒットをとる辰巳を援護しながら、充希は小さく微笑む。辰巳が本気で進もうと思ったら、もうとっくに敵陣の手前くらいまでは行けているはずだ。それなのにフィールドの半分も行っていないところで味方の援護に徹しているのは。彬との合流を待っていること以外に、理由が思い当たらないからだった。

 せっかくの大イベント。誰よりも彬に楽しんでほしいのだろうと、充希は辰巳の内心を推し量った。


 ところが。待てど暮らせど彬が戻ってこない。

 そうこうしている内に東軍チームが前線を押し上げてきて、辰巳たちがいる場所も戦闘が激しくなってきた。

「あー、もう。何してるのよ、ジュニアったら」

 充希がMP5のマガジンを交換しながら、愚痴を零すように言う。

「隊長、私、最後の弾倉です」

「こっちもだ」

 ホールドオープンしているガバメントにマガジンを差し込みながら、辰巳もそう応じる。

 M4のマガジンはとっくに撃ち尽くしていた。

「どうしますか?」

「……仕方ない。補給に戻るか」

 充希の問いかけに、辰巳はやれやれとブーニーハットを被りなおす。ヒットされていなくても、補給のためにフィールドを出入りすることは認められている。辰巳と充希はやってきた後続に場所を譲ると、西軍側出入り口へ戻った。

 実はこの時、フィールドの出入り口付近で二人と九堂を連れた彬はすれ違っていたのだが、どちらも気付かないままに通り過ぎてしまった。

 そして、このすれ違いが今日一日の彼らの運命を大きく変えることになったのだった。


「ああ、いたいた! 音無さーん!」

 それは辰巳と充希がセイフティでBB弾の補充がてら、少し休憩をしている時だった。

 今日何度目になるか。自分を呼ぶ声に辰巳が顔を上げると、敦賀が急ぎ足で駆け寄ってくるのが見えた。長篠を始めとしたドリフターズの面々も一緒だ。

「敦賀さん? どうしました?」

「屋内フィールドがちょっとやばくてですね」

 ちょうどいいから、彬を見なかったかと訊こうとした辰巳に、敦賀は前置きもなくそう切り出した。

「やばい、というと?」

「かなり負けが込んでるというか。もう物資の半分以上を敵に奪われました。こっちが確保しているのは一つだけです」

「そんなに? 随分と早いゲーム展開だな」

「それが、相手にJAFのSチームが来てまして。そのせいでもうワンサイドゲームになってるんですよ」

 ふむと口髭を撫でた辰巳に答えたのは長篠だった。

「Sが来てるのか」

「Sって何ですか?」

 ちょっと驚いたように呟いた辰巳に、充希が小首を傾げながら訊いた。

 JAFなら充希も知っている。本格的な軍隊ごっこを楽しむためにサバゲーをやっているチームだ。チーム内には階級が存在し、本物の軍隊さながらに統制の取れた戦い方をする。そうした同好の士は結構多いらしく、会員数三百人を誇るという。

「Sってのは、スペシャルのSだよ。要するにJAFの特殊部隊ってこと」

 充希の質問に答えたのは敦賀だった。

「そんなのまであるんですか」

 充希はははぁと感心したような、呆れたような声を漏らす。

「ってことは、相当巧い人ばかりが集まってる精鋭チームってわけですね」

「巧いどころじゃないよ。Sチームは全員、元か現役の自衛官とか、警察の特殊部隊員ばかりが集められてるんだ」

 本気過ぎて勝てるわけないよ、と肩を落としながら敦賀が溜息を吐く。

「本来は自前のフィールドで、現役自衛官とか警察官相手に戦闘指導をしてる人たちだよ。なんでこんなところに来るかな」

「なんか、こう。淡々としてるんですよね……」

「あれで楽しいのかなぁ」

 敦賀の後ろにいるドリフターズの面々も、遠くを見つめるような顔でぼやいている。

「で、僕ら全員。先ほど為す術もなく全滅させられたばかりなんです」

 長篠が肩を竦めながら、そう話を纏めた。

 なるほどと辰巳は頷く。そりゃまあ、撃たれることすら楽しむのがサバゲーだが。あまりにも相手との実力差があり過ぎてはゲームを楽しむどころじゃなくなる。彼らがぼやきたくなる気持ちも分かった。

「それで、戦力拡充のために声を掛けたと」

「ええ、まあ。そういうことでもあるんですけどね」

 答えながら、敦賀は背筋を正して辰巳を見た。

「音無さんに、我々の指揮を執ってもらいたいんです」

「……指揮、ですか」

 思いもよらない申し出に、辰巳は少し顔を曇らせる。

 確かに辰巳はチームの指揮を執るのが好きだ。けれど、それはあくまでも彼個人の楽しみ方であって、サバゲーにはプレイヤーの数だけ楽しみ方がある。誰の指図も受けずに戦いたいプレイヤーだっているだろう。それを、このフィールドではこちらの指示に従ってくださいなどと言えるわけがない。

 しかし、そんな辰巳の懸念も敦賀は承知の上だったようだ。

「いえね。何も屋内フィールドにいる西軍チーム全員の指揮を執るってわけじゃありません。僕らのチームと、音無さんのチーム。それに他の有志を集めて、Sチームに対抗するための合同部隊を結成しようって話です。いわゆる、タスクフォースってやつです」

 どうですか、楽しそうでしょう。そういった敦賀に、辰巳もなるほどと頷く。

「まあ、そういうことであれば……」

「おお! やってくれますか!」

 辰巳が了承の言葉を口にするよりも前に、敦賀が歓声のような声を出した。そのままありがとうございますと、拝むように頭を下げる。まるで、新たに大口の契約を結んだ得意先のような扱いだ。

「そうなると、ベアーとホークも呼んできますか?」

 話を聞いていた充希が、辰巳に尋ねる。

「そうだな……」

 それに辰巳は考え込む。相手は元、あるいは現役の軍人や警官だ。戦力は多い方が良い。それも生半可なプレイヤーでは駄目だ。敦賀たちドリフターズもかなり巧いが、市街フィールドで戦っているはずの剛明と亮真は是非にも欲しい戦力だった。

 充希の提案に、辰巳が頷きかけた時。偶然通りかかったプレイヤーたちの話し声が聞こえてきた。

「市街フィールドがすっげえ面白いことになってるぞ!」

「ああ、なんか東軍に全員ゲリラ装備のチームがいるんだろ?」

「そうそう。ならず者軍団だってさ。それにこっちは正規軍装備の連中が集まって、対テロ戦だ、掃討戦だとかやってるんだけどさ。そこにとんでもなく巧い二人組がいて、どんどんヒット稼いでるんだって」

「あ、俺、それ見たぞ。機関銃手と狙撃手のペアだろ」

 それを聞いた辰巳は考えを改めた。

「二人を呼ぶのはやめよう。あっちもあっちで楽しんでるはずだ」

「そうですか。ジュニアはどうしますか?」

「携帯も無線も繋がらないからな。ここに伝言を残しておこう。これで来るなら良し。来ないなら、どこか別の所で楽しんでいるってことだ」

 荷物から取り出したメモ帳にさらさらと伝言を書きつけてテーブルの上に置いた辰巳に、充希はなるほどと頷く。

「それじゃ、ひとまずは私たちだけってことですね」

「ドロシーも、キツイと思ったら下りて良いぞ。たぶん、ガチになる」

「大丈夫です」

 念を押すように言った辰巳に、充希は期待で目をキラキラとさせながら胸を叩いた。

「それに、私は元々、屋内が良かったですしね」

 今日はいい天気だ。真夏ほどではないとしても、燦々と降り注ぐ紫外線を一日中浴びるというのは、乙女には少し厳しいものがある。

「よし。それじゃあ」

 話は決まりだとばかりに、敦賀が何かを言おうとした時だった。

「話は聞かせてもらいました!!」

 それを遮るように、元気いっぱいの声が辰巳たちの背後から響いた。充希の表情が一瞬、強張る。一同がそろそろと顔を振り向かせると。

「辰巳さんとともに戦えるチャンスを逃すわけにはいきません! このヴァルキリーズも、その作戦に参戦いたしましょう!!」

 二人のチームメイトを引き連れたヴァルキリーズの隊長、深澄伊織が仁王立ちしながら宣言した。

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