その4
急いで装備を整えたふじ分遣隊一行は短い作戦会議の末に、今回はチームで戦うのではなく、それぞれが好きなフィールドのゲームに参加しようということになった。
剛明と亮真は市街フィールドに行きたがったのだが、充希がそれを頑なに拒否したせいだ。充希が市街フィールドを嫌がる理由は明白だが、せっかく来たのだから思いきり撃ちまくりたいという二人の言い分も無視できない。辰巳が行けば、充希はどんなに嫌でも着いてくるだろう。しかし、本人が行きたくないという場所に無理やり連れて行くのも気が引ける。それに辰巳としてもただ撃ちあうだけのゲームにはそれほど興味がなかった。
結果、チームを分けて、辰巳と充希、そして彬はまず森林フィールドへ。剛明と亮真は市外フィールドへそれぞれ向かうことに決まった。
「それじゃ、何かあったら無線で呼んでよ。助けに行くからさ」
「そっちこそ。苦戦して隊長に泣きつかないでよね」
「まあ、何はともあれ楽しもう」
互いに軽口を叩き合う亮真と充希に、辰巳がブーニーハットを被りながら言う。それを合図に、全員のスイッチが切り替わる。
「ドロシーとジュニアは俺と森林。ベアーとホークは市外。戦う場所は違えど、仰ぐのは同じ青い旗だ。チームのために全力を尽くそう」
「はい、隊長」「了解です」「やってやるぜ」「もちろん」
辰巳の言葉に四者四様の返事を返し、彼らはそれぞれの戦場へと向かった。
サバゲーは試合の勝ち負けにこだわらず、楽しんだ者が勝つとはよく言うが。今日ばかりはそうじゃない。本気で勝利を目指す戦いだ。活躍できるかは分からないが、できるだけチームの勝利に貢献できればいいなと、彬はM4を担ぎ直した。
「もう始まっている。気を付けていくぞ」
森林フィールドの西軍側入り口へ着いたところで、フェイスマスクを鼻まで引き上げた辰巳が二人にそう告げた。各フィールドには東軍側、西軍側の専用出入り口があり、それとは別にもう一つ、ヒット専用の出口が設けられている。どちらのチームに所属していても、退場から復活までの距離を同じにするためだ。
既にそこら中でエアガンの射撃音とプレイヤーたちの張り上げる声が鳴り響くフィールドへ踏み込むなり、辰巳は腰を低く落として目の前にあったベニヤ板でできたバリケードの影に滑り込んだ。続く充希も同じように遮蔽物の裏へ入って、安全を確保する。
彬も二人に続こうと駆けだした、その時だった。
ぱちんっ。
「あ、痛っ」
眉間にデコピンを喰らったような鈍い痛みを感じて、彬は思わず声を漏らした。
それに辰巳と充希が無言で振り返る。ゴーグルの奥から、なんとも残念そうな目と、ちょっと嬉しそうに見えなくもない目に見つめられながら、彬はM4を持ったまま両手を頭の上まで持ち上げた。
「ヒットです」
申し訳ないような、恥ずかしような気分になりながら、彬は戦いすらせぬうちに自らの戦死を宣言した。
何もできないまま退場してしまった。
そう悔やみながら、退場用出口からフィールドを出た彬は中央広場に向かう。西軍側テントのカウンターはすでに39の数字を記録していた。彬で40人目の戦死者というわけだ。
カウンターを押し、スタッフたちから「いってらっしゃーい」と送り出された彬はフィールドに戻ろうと急ぐ。と、その途中。特に何を思ったわけでもなく腹回りにあるチェストリグのポーチを触った彬は、その中身が空なことに気付いた。ハンドガン用のマガジンを入れておくつもりだった場所だ。BB弾とガスを入れた記憶はある。どうやら、ゲーム開始に間に合わせようと慌てて準備したせいで入れ忘れてしまったのだろか。
やっちゃったなぁ。
焦ったようにそう思いながら、彬はセイフティまで引き返した。荷物のところまで戻ると、M9のマガジンが二本、テーブルの上に残っているのを見つける。失くしたわけではなかったことにほっとしながら、彬はそれをポーチに突っ込んだ。
こうしている間にも、どんどんゲームは進行してゆく。辰巳たちとうまく合流できるだろうかと不安になりながら、セイフティを出ようとした時だった。
「あれ、おかしいな……あれ? あれえ?」
という、今にも泣き出しそうな声が聞こえて、彬は足を止める。声のほうへ目を向けると、マルチカム迷彩のタクティカルベストを着た米軍特殊部隊風装備の男がいた。ベストのそこかしこに取り付けてあるポーチを開けたり開いたりしながら「あれ、あれ?」と泣きそうな声で繰り返している。
「……あの、どうかしましたか?」
あまりにも困り果てている彼の様子に見て見ぬ振りもできず、彬は声を掛けた。すると、特殊部隊装備の彼は驚いたようにびくりと全身を震わせて、それから恐る恐るといったように彬を見上げる。軍用ヘルメットの下にあったのは、ひょろりとした気弱そうな若い男の顔だった。
「え、あ、あの……お店の人ですか?」
「いや、違いますけど」
まるでお化けでも見るような目で尋ねる男に、彬は腕に巻いている青い腕章を見せながら答える。プレイヤーと見分けをつけるため、スタッフが付けている腕章は紫色だ。
それに、男はほっとしたように肩を力を抜く。
「なにか、トラブルですか? スタッフさんを呼んできましょうか?」
「やめてください!」
まったくの善意からそう申し出た彬を、何故か男は凄い勢いで止めに掛かった。
「大丈夫です! 自分で何とかしますから、それだけは……!」
「お、落ち着いてください」
命乞いでもするかのように彬の腕を掴んで、頭を下げている男に驚きつつ、彬はもう一度何があったのか尋ねる。それに男は言うべきか否か迷っているような百面相をした後で、ぐっと唇を引き結ぶと言った。
「実は……」
「ロッカーキーを失くした?」
「はい。そうなんです……」
聞き返した彬の前で、特殊部隊装備の男は肩をすぼめながら俯く。
男の名は九堂巧といった。厳めしい装備をしているくせに中身はひ弱な見た目の青年で、歳は26だという。
「失くさないようにと思って、どっかのポーチに入れておいたはずなんです。……それが見つからなくて」
「はあ」
泣き出しそうな声で説明する九堂に、彬はどうしたもんかなと考える。
事の次第はこうだった。
九堂は一人で参加しているソロプレイヤーだ。知り合いもおらず、荷物を出しっぱなしにしておくのが不安だった彼は、セイフティにある貴重品ロッカーを利用することにした。装備を身に着けて、荷物をロッカーへ預け、いざゲームスタートとなったところまでは良かったのだが。思ったよりも装備が重くて動き辛く、あっという間にヒットされてしまった。
フィールドを退場して、カウンターをクリックし、セイフティに戻ってきた彼は少し装備を減らそうと考えてロッカーへ向かった。
「そこで、カギがないことに気付いたと」
「はい……」
しょんぼりと肩を落とす九堂に、彼の着ているタクティカルベストへ目を落とした彬はそりゃ重いだろと思った。
九堂が着ているタクティカルベストは装備者の自由にカスタムできるように、ポーチなどの付属品を簡単に取り外しすることができるタイプのものだった。確か、MOLLEシステムっていうんだよなと彬は思い出す。ついでに、値段が高かったことも思い出す。と、それはともかく。九堂はそこに思いつく限り、ありったけのポーチを取り付けたらしい。マガジンポーチだけでなく、ユーティリティポーチにメディカルポーチ、無線機を入れておくためのラジオポーチまで。まるでポーチの見本市だ。左肩にはなぜかペン型のフラッシュライトまで付いている。
これだけ揃えるのにいったい幾らかかるのだろう。羨ましい。という考えは横に置いて、やり過ぎだと彬は思う。
たとえばマガジン。腹の周りに全部で八本入っているが、よほど打ちまくるつもりがないのなら実際のゲームではこんなに必要ない。電動ガンのマガジンには80発ほど入る。二、三本あれば十分だ。それ以上持って行っても使いきれないし、かさばって邪魔になる。ライトだってナイトゲームならばともかく、今日はデイゲームだから使う機会もないだろう。
そもそもゲームで動き回ることを考えたら、普通はできるだけ動きやすいものにしようと考えるものだが。
なんだかな。装備はすごく良いもので揃えているんだけど、この人。呆れたようにそう思いながら、彬は訊く。
「ちなみに、カギを失くしたのは何処のフィールドですか?」
「森林です。そこしか行ってませんから」
九堂の答えに彬はげんなりする。森林フィールドはこのXXXに三つあるフィールドの中で最も広い。その上、森林というだけあって足元には草花も生い茂っている。そんな中からロッカーキーを見つけるというのは、気の遠くなるような作業だろう。
この店のロッカーキーはゲーム中もできるだけ邪魔にならないようにとの配慮なのか。銭湯などでも良く見るばねのような形をしたカールバンドではなく、腕時計のようなベルト型のバンドだから、余計に見つけ辛いだろう。
「スタッフさんに言った方が良いですよ」
結局、常識的に考えれば彬としてはそういうしかない。
「うう、いや、でも」
しかし、九堂は泣きそうな顔をしながらも頑なに首を横に振った。
「弁償するのが嫌なのは分かりますけど」
「いや、お金がかかるのは別にいいんだけど……ただ、まだ見つからないと決まったわけじゃないですし、お店に迷惑をかける前に少し自分で探してみてからでもいいかな、とか」
「まあ、そう思うのならいいですけど」
気弱なくせに変なところで強情な人だなと思いながら、彬はため息を吐く。
「ちょうど、俺もこれから森林フィールドに行きますし。それとなく探すのを手伝うのは構わないですけど」
「ほ、本当ですか!」
そう言った彬に、九堂の顔にぱっと光が差す。しまった、余計なことを言ってしまったかと彬は後悔した。それほど本気で手伝うつもりはないからだ。そもそも、彬は今でもスタッフに相談するべきだと思っている。
「そ、それじゃあ、もう一つお願いがあるんですけど」
そこへ九堂が何やらもじもじしながら言った。
「何ですか?」
正直、これ以上の面倒は御免だなと思いながら聞き返した彬に、九堂は再び「実は」という言葉を口にした。
「僕、サバイバルゲームに参加するの卿が初めてなんです」
「は、初めて……?」
その告白に、彬は思わず絶句してしまう。
「そんなに良い装備してるのに?」
九堂を頭からつま先まで眺めまわしてから、彬は訊き返す。
良い、というよりも豪華な装備だ。
タクティカルベストも、暗視装置の取り付けられるマウントがついたヘルメットも、脛まで覆う編み上げブーツも。恐らく、その全てが本物の軍用メーカーの品だろう。夜な夜なミリタリーショップの通販サイトを穴が空くほど眺めている彬だから分かる。そして、これだけの装備を整えるのに、総額でどれくらいかかるのかもおおよそ想像できる。
これだけの投資をしておきながら今日が初めてのサバゲーだなどと、とてもではないが信じられない。そう言った彬に、九堂は照れくさそうな顔で答えた。
「いやあ、初めてだから、装備だけはしっかりしたものを揃えておこうと思って」
言いながら、九堂は足元に置いていたライフルを持ち上げる。
「じ、次世代……HK、416……」
それは彬が喉から手が出るほど欲しいものの一つ。射撃時の反動を再現した最新式の電動ガンだ。しかも、それだけじゃない。ハンドガードの左側にウェポンライト、アンダーレイルにはグレネードランチャーが取り付けられ、トップにはホロサイトが乗っている。
本来の直線的なシルエットからずんぐりとした見た目にカスタムされたそれを唖然として見つめている彬の前で、「あとこれ」といって九堂がサイドアームを抜いた。電動ハンドガンのHK45。やはり、米軍特殊部隊御用達の一挺だ。そのアンダーレイルにもフラッシュライトがついている。徹底的なまでに、金に糸目をつけずに揃えたのだろう。
「でも、全然使いこなせないんですよ」
ハンドガンをホルスターに戻しながら、落ち込んだように九堂が言った。そのホルスターも本物の軍用メーカー品だ。
「映画の登場人物みたいにはいかないもんですね……しかも、ロッカーキーまで失くすし」
そりゃそうだろと彬は思う。そもそも、今日突然、それだけの装備を身に着けて動き回れると考えるのが間違いだ。まあ、ロッカーキーの紛失は不運というか、本人の不注意としかいいようがないが。
「仕事でも良く失敗するんですよ、僕。上司からはもっと度胸をつけろって怒られてばかりで」
「で、俺にどうしろと?」
何やらまったく関係のない話が始まりそうだったので、それを遮って彬は訊いた。
「僕に、サバゲーを教えて欲しいんです」
九堂は真面目な顔になると、頭を下げてそう頼んだ。
「教えるって言われても……俺だって今日が三回目の初心者なんですけど」
「でも、初めての僕よりはマシでしょう? お願いします! このままじゃカギを探すどころじゃないんですよ!」
そんな風に泣きつかれても、彬だって困ってしまう。大体、彬自身先ほどフィールドに踏み込んだ直後にヒットされてしまったのだ。人に物を教えられるほどの経験も実力も、自信もない。そこへ、九堂が畳みかけるように続けた。
「お願いです! この装備貸してもいいですから!」
「……え?」
貸す、とはつまり。その豪華なアクセサリーのついた次世代HK416を使わせてもらえるということだろうかと、彬の思考が停止する。いや、しかし。ああ、でも。
「……いえ。やっぱり、駄目です。ゲームで人の装備を使うのはちょっと」
数秒の葛藤の末、彬は血を吐くように言葉を絞り出した。
九堂のHK416カスタムは言うに及ばず、エアガンというのは結構な高級品だ。
そしてサバゲーは紳士のスポーツでもあるが、本質は戦争ごっこである。ある程度の乱暴な扱いは仕方ないし、どれだけ気を付けていても落としたり、物にぶつけたりというアクシデントは当然ある。当然、傷つくしそれで壊してしまったらと思うと、とてもじゃないが借りることなどできなかった。
それをいえば、彬が使っているM4も辰巳たちからの借り物ではあるが。
しかし、彬のM4は辰巳たちがチームで金を出し合って買ったもので、チームの共有装備だ。それを彬はBB弾などの消耗品やメンテナンスなどに必要な維持費を出すことで借りている。元々型落ちの中古品だったこともあり、弁償するにしても安く済む。それにたいていの故障や不具合は辰巳たちが直せるというし、そもそも使っていなかったから売ってしまおうかという話にもなっていたらしい。だから、彬が自分の銃を購入すればさよならだ。
もちろん、それまで壊すつもりはないがそうした事情から借りているものと、今日出会ったばかりの人から装備を借りるのは話が違う。
「そうですか……いえ、そうですよね」
申し出を断った理由を説明した彬に、九堂はしょんぼりとした声を出した。
「そんなところまで気が回りませんでした。駄目だなぁ、僕」
反省したように肩を落とす九堂。どれだけ事前の合意があったところで、壊れてしまえば貸した方も借りた方も気まずくなる。もちろん、よほど仲のいい友人同士など人によって事情は異なるから絶対とはいわないが、基本的にサバゲーでは装備の貸し借りをしない方が良い。
ただし。
「あの、ゲームじゃなくて、シューティングレンジでちょっと試し打ちさせてもらえればな、とか」
それくらいなら、ルール違反じゃないだろうと思いながら彬は言った。
「もちろん! それくらい全然かまわないですよ!」
それを聞いた九堂の顔にさっと希望の光が差した。
「それじゃ、できる限りのお手伝いはします。けど、あまり期待しないでくださいね」
「いやいや! そんな! ありがとうございます! ええと……」
「彬です。高峰彬」
「彬さん、本当にありがとうございます!!」
そういって九堂が握手を求めるように両手を差し出す。彬も渋々と手を出すと、九堂はその手をがっしりと掴んでぶんぶんと激しく上下させながら「ありがとうございます」を繰り返した。
「……あの、九堂さん」
「はい?」
「敬語やめてもらえませんか。俺のほうが年下ですから」
年上の男性から拝まれるという、なんとも居心地の悪いシチュエーションに耐えかねた彬がそういうと、九堂もなんともいえぬ表情になった。
「そ、そうですか?」
「いや、落ち着かないというか。なんというか」
「それじゃ……今日はお互い、敬語無しでいきますか、いや、いこうか、彬くん」
「はい、いや、うん。そうしようか」
気恥ずかしいような、照れ臭いような。ものすごく気まずい一瞬を通り越して、二人はどちらともなく手を離した。
できれば、今みたいなやり取りは女性相手にしてみたかったな。誰とは言わないけど。
そんなことを考えながら、彬は傍らに置いていたM4を持ち上げる。
「それじゃあ、俺と一緒に来た人たちが森林フィールドにいるはずだから。まずはその人達との合流を目指そう。俺よりずっと巧い人たちだからカギも探しやすくなると思う」
「へえ、本当に?」
仲間がいることを知って、九堂は顔を輝かせた。そんな彼を連れて、彬は森林フィールドへ急ぐ。戦線復帰に随分と時間をかけてしまった。戦況はどうなっているだろうか。