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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第三話 THE Great War 〜それぞれの戦い〜
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その3

 「それでは、十五分後にゲームスタートです。今日一日、よろしくお願いします!」

 説明を締めくくった粟斗に、「お願いしまーす」というスタッフとプレイヤーたちの合唱が応えて、朝礼は終わった。ワイワイガヤガヤとセイフティに戻っていくプレイヤーたちの会話は、まずどのフィールドに行こうかという話題で持ち切りだ。

「俺らはどうするか」

「そうだねぇ。とりあえず、最初は全員揃って同じところ行くかい?」

 話を切り出した剛明に、亮真が窺うような顔を辰巳へ向けた。

「そうだなぁ……」

 それに辰巳が考え込むように口髭を撫でたところへ。

「音無さーん!」

 ふいに辰巳を呼ぶ声が響いて、一行は足を止めた。振り向くと真っ黒な戦闘服を着た男性が手を振りながら近づいてくるところだった。特殊部隊風の厳めしい装備とは裏腹に、少々腹回りの恰幅が良い中年男性だ。同じチームなのだろうか。似たような装備の若者を四人引き連れている。

「やあ、敦賀つるがさん」

「やっぱり音無さんだ。それに佐々木くんと渡邊くんだったね。ふじ分遣隊が同じチームとはついてるなあ」

 辰巳が敦賀と呼んだ男はそういって、人懐っこい笑みを浮かべた。

「それと充希ちゃんも、久しぶり」

 敦賀は充希にも挨拶をしてから、最後に彬を見る。

「おや、見ない顔だ。新入りかい?」

 それに彬はぺこりと頭を下げた。

「初めまして、高峰彬です。たいちょ、じゃない。音無さんたちにお世話になってます」

「おお、こりゃ失敬」

 自己紹介をした彬に、敦賀はしまったというように額を叩いてから、何やら胸元をごそごそとやり出した。黒い戦闘服の胸ポケットから出てきたのは、なんと名刺だ。

「私はこういうもので、敦賀喜秋よしときといいます。こちらは私の部下たち。ドリフターズというチームで、まあ楽しくやってます」

「あ、ど、どうも……」

 両手で小さく持った名刺を差し出した敦賀に、彬は戸惑いつつもそれを受けとる。名刺など貰ったことがないので、この受け取り方でいいのかと不安になりつつ、名刺に目を落とす。そこには学生の彬でも名前くらいは知っている大企業のロゴが印刷されていた。しかも、敦賀喜秋という名前の上には小さく、営業部長と肩書きが書かれている。

「部長……こんなところにまで名刺持ってきたんですか」

 それを見た敦賀のチームメイトの一人が呆れた声で言った。

「いや、もう癖でね。それにほら、どこで人脈が広がるか分からないし、初めて会う人に自己紹介する時も名刺があった方が楽だろ?」

 照れているように頭を掻く敦賀に、チームメイトたちが溜息を漏らす。

「だったら、会社名と肩書きの入ってない名刺作った方が良いですよ。人によっては嫌味だと取られるかもしれないし」

「え、そうなの? ……分かった、気を付ける」

 若者からの指摘に、敦賀は寝耳に水といった顔になりながらも素直に聞き入れる。確かに相手が大企業の部長だと知れば、人によっては構えてしまうかもしれない。といっても、この人なら大丈夫だろうなと、彬は敦賀を見て思った。と、そこでふいに敦賀と話していた若者と目が合う。

「初めまして、長篠ながしのです。高峰くん、でしたよね。よろしく」

 そう名乗って、長篠はにこりと笑った。どこか取ってつけたような笑みだった。

「なんで若者の中におじさんが一人混じっているのか、不思議に思っているでしょ」

 初めましてと挨拶を返した彬に、長篠がふふふと笑う。

「僕らは部長と卒業した大学の先輩後輩でもあるんです。まあ、卒業した年度は離れてるんんですが、入っていた部活が同じで。その縁もあって、こうしてプライベートで時々、サバゲーしてるんです」

「そうなんですか」

 長篠の説明に、彬は奇妙な違和感を抱きつつ応じた。

 長篠は細身の、こざっぱりとした印象の好青年なのだが、態度や言葉遣いがどことなく嘘くさく感じるのだ。

「大学ではなにを?」

 どうしてそう思うのだろうかと思いながら、彬は訊いた。

「演劇です」

 長篠は張り付けたような笑みで答えた。

 それを見て、ああなるほどと失礼な納得の仕方をしてしまう彬だった。

「私らのチームはまあ、いってしまえば大学演劇部のOB会みたいなもんだね」

 そこへ敦賀が割り込んできてそう言った。

「演劇部なのに、どうしてサバゲーを?」

「学生の頃、演技の足しになればと思ってやってみたサバゲーにすっかりはまってしまってね。以来、月に一度のサバゲーが我が校演劇部の伝統になったんだ。チームにも昔はもっと大勢いたんだよ。だけど私と同年代の連中はやれ家庭がとか、体力がとかいって辞めてしまってね。おかげで私一人が若者たちの中に取り残されたわけさ……」

 こんなに楽しい趣味をどうしてそんな理由で辞められるのやらと肩を竦める敦賀に、彬としては苦笑いを浮かべるよりなかった。


 彬たちはそのままドリフターズの面々と一緒になってセイフティへ戻ってきた。

「そういえば、聞きましたか音無さん。今日の参加者の最高齢はなんと、相手チームにいる御年78歳のご婦人だそうですよ」

「ほう……その年でまだまだ現役とは。我々も見習いたいものですな」

「ええ。まったくです。しかも獲物はRPGだそうです」

「それは……凄いな」

「辰巳さーーーーん!!」

 敦賀と世間話をしているところへ、またしても辰巳を呼ぶ声が響いた。

 しかも、今度は若い女の子の声だ。誰だろうかと周りを見回した彬は小柄な女の子がセイフティの人混みから駆けてくるのを見つけた。

「やっぱり辰巳さんだ! お久しぶりです!!」

 まっすぐに辰巳の前まで走ってきた女の子は、そこで急停止するとぴょこんと跳ねるように頭を下げた。

 身長は低いが、年頃は彬と同じくらいだろうか。明るい茶色に染めた髪をポニーテールに纏めている、如何にも今時の若者といった感じだ。着ているのはオーソドックスな森林迷彩の戦闘服だが、可愛らしいワッペンなどの小物が随所に取り付けてあった。

「やあ、伊織くんか。久しぶりだね」

「はい! お久しぶりです! 私のこと、憶えていてくれたんですね!」

 伊織と呼ばれたその彼女は、元気いっぱいに笑いながら辰巳の両手を取って上下に振り回す。

「たいちょー、突然走り出してどうしたんですかー」

 その勢いに一同がぽかんとしているところへ、彼女を追いかけてさらに二人の女子がやってきた。一人は伊織と同じくらいの身長で、ベリーショートの髪を金色に染めている活動的な印象の女の子。もう一人は対照的に、長身で長い黒髪を背中に垂らしている、楚々とした雰囲気の和風美人だった。

「ごめんごめん、知っている人を見つけたから、つい」

「伊織ちゃん、そちらの方は?」

 照れたようにはにかみながら謝る伊織に、彼女にまだその手をがっしりと握られたままの辰巳を見て、和風美人のほうが尋ねた。

「こちらは音無辰巳さん。私が最も尊敬するサバゲーマーよ!」

 ようやく辰巳の手を放した伊織が、胸を張りながら二人に辰巳を紹介する。

「音無さんって、隊長がよく話している、あの?」

 金髪が何かに気付いたように尋ねると、伊織はそれに大きく頷いた。

「そう。私がサバゲーを始めたばかりの頃に、色々教えてもらった人。いうなれば、師匠ね!」

「おお!」

「まあ」

 なにやら盛り上がり始める女子たち。一方で伊織の勢いに押されていた男たちもどうにかこうにか状況を飲みこみ始める。

「へえ。色々、ねえ?」

 亮真が意味深な呟きとともに辰巳を見た。

「いったい、どういう関係なのさ、隊長?」

「こんな若い子とどこで知り合ったんだ?」

 にやにやしながら訊く亮真と剛明に、辰巳は苦笑しながら首を振る。

「邪推しないでよ。伊織くんのお父さんとは古い知り合いなんだ。それで昔、彼女がサバゲーに興味があるっていうから、一緒に連れて行ったことがあるだけさ」

「そうなんですよー」

 辰巳が伊織との関係について説明していると、横から本人が割り込んできた。

「辰巳さんのチームメイトですよね? 初めまして、私、深澄伊織ふかすみいおりっていいます! で、こっちが葵ちゃん」

柊葵ひいらぎあおいです」

 伊織に紹介されて、和風美人がぺこりとお辞儀をした。

「で、こっちが後輩の真由ちゃん」

「押忍! 桜井真由でっす! よろしくお願いします!」

 元気な挨拶とともに、金髪の子は両手を拳にすると腰の位置で構えた。

「私、この二人と一緒にヴァルキリーズっていうチームを組んでるんです! それで――」

 聞いて、聞いてというように、伊織は踊るような足さばきで辰巳の周りをくるくると回りながら話し続ける。まるで子犬みたいだった。

「華やかだなぁ」

 何故かまだいた敦賀が、意味もなく拍手しながら言った。

「でも、女の子三人だけってちょっと危なくない?」

「大丈夫です。私たち、強いですから」

 亮真の呟きに、伊織は拳で胸をどんと叩く。

「伊織くんのお父さんは古武術の師範をしていて、彼女は小さな頃からそれを習ってるんだ」

 辰巳がそう教えると、伊織はそうなんですよと元気よく頷いた。

「私たちみんな、武術繋がりで知り合ったんです。真由ちゃんは空手で、葵ちゃんは弓道やってるんですよ!」

 しかも、全員が段位持ちだという。

「大したもんだなぁ」

 敦賀が感心したように言った。うちの娘なんて小遣いせびるばかりで、と嘆いている。

「あ、隊長。そろそろ準備しないと始まっちゃうよ」

 おじさんの家庭事情には特に興味もないらしい真由が、続々とセイフティを出て行くプレイヤーたちを指して言った。

「あ、そうだね。急がないと」

 それに辰巳にべったりと張り付いていた伊織がようやく離れる。

「それじゃあ、辰巳さん! 私たち、最初は市街フィールドに行くつもりなんです! どこかで会ったら、一緒に戦ってくれますか!?」

「うん。こちらこそよろしく頼むよ」

「やった! 辰巳さん、大好き!」

 勢いにやや押されながら辰巳が答えると、伊織はそんな爆弾発言を落として嵐のように去っていった。


「大好き、だってさ」

「随分と懐かれてるな、隊長」

 再び、男たちから疑惑の目を向けられる辰巳。

「いや、うん。あの子とは何もないけどね」

 困ったように答える辰巳を見ながら、彬はふと充希がさっきから黙り込んだままだと気付いて、そちらへ目を――向けられなかった。

 障らぬ神に祟りなし。準備のために急いで自分たちのテーブルへ戻っていく敦賀たちを追うように、自分の荷物のもとへ向かう彬。その背中に、充希の声がかかった。

「ねえ、彬くん」

「な、何ですか?」

 感情の無いその声に背筋を震わせて、彬は答える。

「知ってる? 戦場における死因の四分の一は、味方からの誤射だって」

「……ええと、どういう意味で」

「いいえ。別に。意味なんてないの。ただ、そういうデータがあるっていうだけの話」

「そうですか。怖いですね」

 充希さんが、とはもちろん口に出せない彬だった。

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