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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第二話 交戦規定(しんらいかんけい)
11/28

その6

大変長らくおまたせしました。

21


「よし、行くぞ!」

「それでは、御武運を!」

「そっちこそな!」


 掛け声とともに、SWATとPMCが同時に林から飛び出した。

 年齢と装備の差だろうか。足はPMCの方がやや速い。


「敵だ! 林から二人! 一人はフラッグの方に向かっている!」

「もう一人はまっすぐこちらへ向かってくる!」


 すぐさま二人を発見したやぐらのJAF隊員たちが声を張り上げて、味方へそれぞれの位置を指示した。


「ベアー!」


「まかせろ!」


 辰巳の鋭い声に、剛明が間髪入れずにやぐらへ向かい火蓋を切った。

 狙いをつけるまで少し時間がかかったせいでヒットまでは取れなかったが、上にいた二人の動きを封じることには成功した。その隙にSWATが距離を詰める。


「俺たちも前進するぞ! ベアーはそのまま射撃し続けろ! ジュニア、ドロシーはベアーを援護! ホークはここに残れ!」


「了解です!」

「はーい」

「おうよ!」

「おっけー」


「ジュニア、あの若者を援護してやれ!」


 林から出て最初のバリケードに入ったところで、辰巳がそう指示を出した。

 言われた通り、彬は遮蔽物から顔を出してPMCを目で追った。

 敵フラッグ陣地まであと少し。こちらの狙いを知らない敵は、彼の排除を優先するだろう。

 しかし、意外にも敵陣は静かだった。

 PMCがフラッグまで残り十メートルを切っているというのに、まだ一発も撃って来ない。そうこうしている内にPMCがフラッグ陣地周辺に掘られた塹壕を飛び越した。

 その瞬間だった。

 茂みやバリケードなど、あちこちに身を隠していたらしい防御チームが一斉に射撃を開始した。猛ダッシュでフラッグに迫っていたPMCを濃密な十字砲火が襲う。


「ヒットおおおおお!!」


 全身にBB弾を浴びたPMCは走り込んだ勢いを殺しきれずに、そのまま両手を上げて叫びながらセイフティへとUターンして去ってゆく。その見事な最期に、辰巳は投げつけるような敬礼を送った。


「彼の犠牲を無駄にするな! 敵が見えた場所に片っ端から撃ちこめ! SWATを援護するんだ!」


 その指示に、彬は敵が隠れているのが見えたバリケードへ向けて散発的な射撃を加えた。すべて遮蔽物に阻まれてヒットは取れないが、動きを封じるのが目的だからこれで良い。

 辰巳、充希もそれぞれに狙いをつけて撃っている。

 そんな中、水際だっているのは亮真だ。

 バリケードからわずかに覗くブーツのつま先やヘルメットを確実に撃ち抜いて、敵の戦力をじわじわと削ってゆく。


「取りついたぞ!」


 剛明の叫びを聞いて彬がやぐらへ目を向けると、ちょうどSWATが中へ突入してゆくところだった。内側から断続的な射撃音と、ヒットを叫ぶ声が響く。やがて、やぐらの最上部に黒い影が現れる。


「制圧!」


 最上階で、SWATが片手を振り上げながら宣言した。


「やった!」


 思わず彬が快哉を上げた次の瞬間。


「ヒット!」


 見上げる先で、SWATが下げていたもう一方の手も上げて叫んだ。


22


「くそ、何処からだ!?」


 SWATがヒットされたのを見て、やぐらに一番近い場所にいた剛明が慌てて周囲を見回す。


「ベアー、身を晒すな! 銃声が聞こえなかった。相手はスナイパーだ。ホーク!」


「駄目です。ここからじゃ見えない」


 辰巳の呼び声に、すでにスコープを覗き込んでいた亮真が答える。


「たぶん、最初からあのやぐらに照準をつけてたんだ。位置は、ここからフラッグを挟んだ向こう側かな。あの位置を狙うには伏せ撃ちじゃ角度が足りないだろうし……」


 ぶつぶつと呟いてから、亮真は辰巳に顔を向けた。


「隊長、僕があの上に登っても良いですか?」


 その申し出に、辰巳はわずかに考え込んでから頷きを返す。


「気をつけろよ」


「任せてください」


 言って、亮真はやぐらへと向かう。その途中、すれ違った剛明が彼に声を掛けた。


「撃たれんなよ」


「主よ、我を守り給えってね」


「高いところ上がんのに、そのセリフは縁起悪ぃぞ」


 彬にはピンとこないやり取りをしてから、亮真はやぐらへと駆ける。


「全員、ホークを援護しろ!」


 亮真が駆け出すと同時に、辰巳の指示で彬たちは敵陣へ弾をばらまく。

 しかし、応射はない。


「徹底しているな。流石、岸部さん。無駄弾一発撃ってくれない」


 亮真が無事やぐら内部へ突入したところで、辰巳はどこか脱力した声を出しながらバリケードの裏に座り込んだ。


23


「ええと、つまり、相手はどんな戦術を使ってるんですか?」


 攻撃しても仕方ないと辰巳に言われて射撃を止めた彬が尋ねた。


「まず、フラッグ周辺をキルゾーンに設定してる」


 辰巳はブーニーハットのずれを直しながらそれに答えた。


「キルゾーンってなんですか?」


「直訳すれば、殺戮地帯って意味になるが。特定の範囲に向けて部隊の全火力を集中させる戦法だ。そこへ踏み込まない限り撃たれないが、一歩でもはいりこんだら最後。さっきのPMCみたいに四方八方からありったけ撃ち込まれて生還は望めない。文字通り、入り込んだ敵を皆殺しにするための戦術だな」


「なるほど」


 頷いた彬に、辰巳はさらに続ける。


「それから、あのやぐらは最初から奪わせるつもりだったんだろう。だから警備が薄かった。わざと相手に制圧させて、やぐらの最上階へ出てきたところを狙撃する。一種の囮だな。そうやって、膠着状態を作り出す。こちらを殲滅できなくても、フラッグさえ取らせなければ彼らの勝ちだからな」


「はぁ……なるほど。よく考えてますね」


「岸辺大尉は元々、そういうのが上手い人なんだ」


「じゃあ、僕らはどうするんですか?」


 そう訊いた彬に、辰巳は隠れているバリケードに銃を立てかけるとほとんど寝転ぶような体勢になった。


「まずはホークが敵スナイパーを片付けるのを待つしかないな。そうすればベアーが上に登って陣地全体に制圧射撃を加えられるし、俺たちは狙撃の援護も受けられる。敵の混乱に乗じて、誰かがフラッグゲット……というのが理想形だが、問題は」


「ゲーム終了、五分前でーす!」


 辰巳が言い終えるよりも先に、スタッフがゲーム終了時間を予告する声がフィールドのあちこちから響いた。


「問題は時間が間に合うかどうか、だな」


「二手に分かれて、左右から陣地を回り込んでいくってのはどうです?」


「それはホークがやられた時の最終手段だ」


 彬の血気盛んな提案を、辰巳は手をぶらぶらとさせて却下した。


「岸辺大尉は当然、俺たちがそう動いた場合にも備えているはずだ。キルゾーンはフラッグ周辺だけじゃないだろう。たぶん、幾つか設定してあるはず。出来れば、そんな危険は冒したくない」


 多くのサバゲ―プレイヤーにとってそうであるように、辰巳もまたゲームでの勝敗など気にしていない。

 そんな彼がサバゲーにおいて最も重視するのは、ゲーム終了時にどれだけ自分のチームが生き残っているかということだった。これはまったく我儘なことかもしれないが、どれほど多くのヒットをとるかよりも、チームが一人もヒットされないことの方が辰巳にとっては大きな喜びなのだった。


「ジュニア、隊長が言うんだから待ちましょ。ホークを信じて」


 大きなドラム缶の影にしゃがみ込んでいた充希が横から彬に声を掛けた。

 寝転んでいる辰巳に膝枕を提案してみようかどうか悩んでいるのは、誰も知らない乙女の秘密である。


「それもそうですね」


 ホークを信じるという最後の一言に納得して、彬も頷きを返した。


24


 やぐら内部に入った亮真は見張り台に上がる前にギリースーツを脱いだ。

 林から出た時点で迷彩効果などあったものではないし、着ていても動き辛いだけだ。

 下にはマルチカムの迷彩服を着ているから防護面でも問題はない。


 脱いだギリースーツを肩にかけて、梯子を上る。腰ほどの高さがあるトタンの壁で囲まれた最上部に出ると、亮真はそこで一瞬だけ腰を持ち上げた。すぐに床へ伏せて、息を潜める。

 この場所を狙っているはずの敵スナイパーに、自分の存在を知らせるためだ。

 這うように移動して、先ほどとはまた違う位置で一瞬だけ立ち上がって、伏せる。その動きを三回ほど繰り返した時だった。

 もう一度、場所を超えて中腰になるなり、ひゅんとBB弾が空中を飛び過ぎてゆく。

 それに亮真は急いで床に張り付いた。


「よしよし、気付いたな」


 呟きながら、亮真はギリースーツを手元に手繰り寄せた。


「チャンスは一度。見逃すなよ、僕」


 そう自らを鼓舞しつつ、引き寄せたギリースーツをトタンの壁にばさりとかける。

 その途端、ぱちん、とBB弾の弾ける音が響いた。

 敵スナイパーがやぐら上に現れたギリースーツを亮真と見間違えて撃ったのだろう。

 亮真はその弾の軌道を見逃さなかった。

 弾が弾けた方向と角度から、長年の経験で培った直感が彼に敵の位置を教える。


「標的はやぐらの西側、やや右寄りの位置。弾が落ちることも計算して、やや上向きに撃っているはずだから、距離は三十、いや、三十五から四十。当たった時の音が軽い。有効射的ギリギリから撃ってるのか」


 良くない癖だとは思うが、考え込むと思考をぶつぶつと口に出してしまう。

 壁際にもたれ掛かりながら、亮真はコッキングハンドルを引いて弾を装填した。予想した敵の位置へ向けて立ち上がると同時に、スコープを覗き込む。

 拡大された視界にきらりと光るものがあった。スコープの反射光だ。敵スナイパーはバイポッドで銃をドラム缶の上に依託してこちらを狙っていた。

 素早くそのドラム缶に狙いをつけた亮真は、まず一発目を撃った。即座に次弾を装填して、再び撃つ。まともに狙いをつけているわけではないから、撃った弾は全てドラム缶に弾かれてしまうがそれで良かった。

 今の牽制だ。狙い通り、敵は一度遮蔽物の影に引っ込んでくれた。


「さぁて」


 亮真はその場で膝射の体勢を取ると、トタンの壁を使って銃を支えた。


「標的まで約三十五メートル、左の風」


 スコープのつまみを回してレティクルを調整しつつ、改めて敵が隠れているドラム缶へ狙いをつける。

 静かな時間が流れた。

 スタッフがゲーム終了時間を予告するアナウンスも、亮真の耳には入らない。

 わずかでも気を抜けば、たちまち終わってしまう緊張感。シューティングレンジでは絶対に味わう事のできない興奮が、亮真の集中力を限界まで研ぎ澄ましている。


「これだから堪らないね」


 実戦さながらで、狙撃の腕を競い合うのはなんて楽しんのだろう。

 そんな想いが亮真の口から漏れたその瞬間。スコープの先にあるドラム缶の影から敵スナイパーの銃口が覗いた。続いて頭、腕、肩が現れる。

 瞬間、亮真は引き金を絞った。

 たとえどんな状況でも、頭を狙うのはスマートじゃない。そんな辰巳の教えを忠実に守った亮真の狙撃は、狙い通り敵スナイパーの右肩に命中した。


「ヒット!!」


 相手がヒットコールを叫ぶ。


「ゲーム終了五秒前ーー! よん、さん、にぃ、いち、終了ーーーー!!」


 ほぼ同時に、ゲーム終了を告げるスタッフの声がフィールド中に響き渡った。


 25

「ホークは上手くやったようだな」


 ゲーム終了を聞いた辰巳はバリケードの影から立ち上がると、服についた砂埃をぽんぽんと手で払いながらやぐらを見上げた。


「でも、間に合いませんでしたね。ここまでフラッグに近づけたのに」


「まあ、仕方ねえよ」


 やや悔しそうな彬へ、M249を担ぎ上げた剛明が笑いかける。


「そもそもフラッグ戦で勝敗がつくことなんて滅多にないしな。ま、勝ち負けなんてどうでもいいじゃねぇか。サバゲーは楽しんだヤツが勝ちなんだよ」


「そういうことだな」


 剛明の言葉に、辰巳も同意するように頷いた。


「僕はばっちり勝ったけどね」


 やぐらから下りてきた亮真が自慢の愛銃を掲げるようにしして、にやりと言った。


26


「やっぱり音無さんたちでしたか」


 セイフティへ戻るため、JAF隊員たちが続々と物陰から姿を現す中、ふじ分遣隊の一行に岸辺が駆け寄ってきた」


「最初の一人目以降、誘いに乗ってこないからそうじゃないかと思ってたんですよ。まさかうちの狙撃手がやられるとは思いませんでしたが……まあ、時間に救われましたね」


「いやいや、見事な防御陣地でした」


 フラッグ攻防を繰り広げた両チームの指揮官が互いの手腕を讃え合っていると、そこへ一人のJAF隊員が近づいてきた。抱えているのは大きなスコープを乗せた狙撃銃だ。

 ゲーム終了直前にヒットしたため、まだセイフティに戻っていなかったのだろう。

 彼は彬たちにどうもと会釈してから、亮真に声を掛けた。


「佐久間といいます。貴方がふじ分遣隊の狙撃手ですか。素晴らしい腕前でした。完敗です」


「それは、どうも」


 好敵手から贈られた賛辞に、亮真は素っ気なく応じた。

 親しくなればそうでもないが、元々人付き合いが苦手な性質なのだった。


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