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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第二話 交戦規定(しんらいかんけい)
10/28

その5

17


『ホーク、やれ』

「りょーかい」


 無線から響いた辰巳の声に、フィールド中央の林の外れで周囲の草木と完璧に一体化していた亮真は独り言で応じた。

 ゲーム開始とともに林へと駆け込み、辛抱強くゆっくりと移動して辿り着いたそこは、彬たちを銃撃している敵の側面だ。

 やや地面が盛り上がっており、ブッシュが茂っているそこからは敵情が手に取るように見て取れる。

 細い道の左右に置かれたバリケードの影に隠れているのは全部で八人。全員がオリーブドラブの迷彩服に身を包んでいることから、JAFの隊員だと分かる。

 辰巳の予想通り、攻撃に参加しているのは五人のみ。代わる代わる交代して射撃を途切れさせないようにしつつ、残る三人を彬たちの側面へと回り込ませようとしているようだ。


「流石のチームワークだねぇ」


 まるでお手本のようなその動きに感心しつつ、亮真は愛銃のスコープを覗き込む。


「それでは、まず一人目」


 呟いて、黄色いバリケードの裏から射撃しているJAF隊員の一人にレティクルを重ねて、引き金を引いた。

 ばすっと勢いよく空気が抜けるような音とともに、銃口に装着されたサプレッサーの先から銃弾が飛び出す。

 スコープの先にいたJAF隊員がびくりと身を震わせて、動きを止めた。

 徹底的なカスタムによって静音性を高めてある亮真の愛銃は、射撃音を周囲に漏らさない。そのためか、撃たれたJAF隊員は思ってもない方向からの被弾に戸惑っているようだ。きょろきょろと周りを見回している。そんな彼に、確実にヒットしていることを知らせるため、亮真はもう一発撃ち込んだ。

 二度目の被弾に、そのJAF隊員は観念したように両手を頭の上へと上げた。

 それを確認した亮真は、さらに次の標的へと狙いをつける。

 彼の使うブレイザーR93という狙撃銃は、通常のボルトアクションとは少し違うストレートプル方式という特殊な装填機構を採用している。

 通常のボルトアクションではグリップ上部の機関部から突き出しているコッキングハンドルを起こして引き、戻して倒す、という四つの動作が必要になる。だが、亮真の使うブレイザーR93は突き出しているコッキングハンドルをただ前後させるだけで装填が終わるのだ。通常のボルトアクションよりも装填に必要となる動作が少ない分、速射性に優れるという利点があった。

 そこにこの銃を使いこんだ亮真の腕が加われば、射撃速度はもはや電動ガンのセミオートとほとんど変わらない。事実、ボルトアクション式とは思えない速度での狙撃に、JAF隊員たちは恐慌に陥っているようだった。


18


「よし、ホークが道を開いた、行くぞ!」


 無線での短いやり取りが終わった途端、敵陣で次々とヒットコールが上がったのを聞き、辰巳が素早く指示を出した。

 威力と相談しつつ限界まで静音性を高めた亮真の愛銃が発する銃声は、木の葉の擦れる音にも容易くかき消される。敵はまだ、何処から狙撃されているのかも特定できていないようだ。

 こんな絶好のチャンスを逃すような辰巳ではない。


「ホークの狙撃で敵が混乱しているうちに森へ入るぞ! ドロシー、ジュニア、着いてこい! ベアーは援護射撃!」


「了解!」


 辰巳の指示に三人は一斉に応じた。

 剛明のM249がBB弾を雨あられと吐き出す中を、彬は盾にしていた岩の影から飛び出す。ふいに敵陣へ目をやると、亮真の狙撃によほど混乱しているのか。隠れ方の甘いJAF隊員が一人いた。考えるよりも先に、彬はM4を構えて引き金を引く。


「しまったっ、ヒット!」


 両手を上げて叫んだJAF隊員から目を離して、彬はそのまま林の中へ滑り込んだ。


「よし! ベアーももういいぞ、早く来い!」


「おうよ!」


 すでに林に入っていた辰巳と充希が剛明のために援護射撃しているのをみて、彬も急いでそれに加わる。


「ホーク、俺たちも林に入った! 騒がしくなるぞ!」


『りょーかーい』


 亮真の間延びした返事を聞きながら、辰巳に率いられたふじ分遣隊は林の中へと駆けこんでいった。


19


「少尉殿、我々はどうしますか?」


 林の中へと消えていったふじ分遣隊を見送ってから、丸岡が角田に尋ねた。


「そうだね。よし、僕らはこのまま前進しよう」


 問われた角田は、どこか迷いの吹っ切れたような顔を丸岡に向けた。


「お言葉ですが、この場所で戦い続けるのは少々分が悪いかと。多少、数を減らしたとはいえ、すぐに増援が来るでしょうし。ここは彼らのように小隊を林に入れて回り込むべきでは?」


 まさに下士官といった態度の丸岡にしかし、角田は首を振る。


「いいや、丸岡軍曹。僕らは大隅中尉から命じられたのは、この道の確保だ。それに、あの人たちの動きをみたろ? 正直言って、僕はあそこまで上手く君たちを指揮できる自信がない。この大人数で彼らについて行っても返って邪魔になるだけだと思う。だから、ここで彼らをサポートしよう」


「なるほど、つまり……」


 メッシュの入ったマスクの上から顎を撫でながら丸岡が漏らした納得の声に、角田はこっくりと頷いた。


「そう。僕らはここでできるだけ派手に暴れるのさ。この場所を激戦区にして、より多くの敵を引き付ける。そうすれば、彼らが敵フラッグを奪う確率も上がるはずだ」


「敵方の指揮官は防戦に徹すればJAFでも右に出る者がいない、あの岸辺大尉ですが。まあ、彼らなら或いは……。問題は、その前に我々が全滅するかもしれないことですな」


 皮肉交じりに応えつつも、丸岡はマスクの下でにやりと笑っていた。

 彼にとって初心者である新品少尉をサポートするのも、その初心者から下される成功の望みが薄い作戦に付き合わされるのも、理不尽な命令に従うことも、下士官役の楽しみであるからだった。


「よし、聞いたなお前ら! 少尉殿のご命令だ、派手にやるぞ!」


 丸岡は残っている五人の兵卒役に振り向くと、威勢よく声を張り上げた。


「おおう!!」


 本気の兵隊ごっこを心から楽しんでいる彼らもまた、それに威勢よく応じる。


「よし、それじゃあまずはあの岩まで前進して制圧する! 行くぞ、小隊!」


 そう指示を出す角田は完全にこの状況に乗ってきていた。

 丸岡はそんな彼を微笑ましく見た。

 確かにまあ、少々分の悪い賭けではあるがまったく意味のない作戦というわけでもない。

 それに、角田の立てた作戦は自分が活躍しようとするのではなく、チーム全体のことを考えられている。それがサバゲーで一番大切な思考だ。

 経験を積めば、良い指揮官になるかもな。

 丸岡がそう思った矢先だった。


「全員、突撃! 我に続けぇーー!!」


 角田が鬨の声を上げて、バリケードの影から飛び出した。

 それに三人の隊員たちも声を張り上げて続く。


「ちょ、ちょっと待ってください少尉殿! 指揮官がそんな正面切って突っ込んだら……!」


 慌てて制止しようとする丸岡の言葉も聞かず、角田は敵陣へと突っ込んで行く。

 そして。

 ばばばばばばばばばばばばばっ!!


「うわぁああ! ヒットー!」

「ヒットっ!!」

「もちろんヒットーー!」

「丸岡軍曹! 少尉殿が戦死されました!」

「言わんこっちゃねぇあの野郎! 簡単にくたばりやがって!!」


 その後、ゲーム終了までのおよそ十分間。

 残された角田小隊四名は亡き上官の命に従い、この地点で戦い抜いた。


20


 林に入ったふじ分遣隊の一行は亮真と合流して、敵フラッグ陣地を望める場所までやってきていた。

 途中、二人の味方とも出会っている。一人は全身真っ黒の戦闘服にフルフェイスのヘルメットを被ったSWAT装備。もう一人は薄いシャツの上にプレートキャリアをつけたPMC風装備の若者だった。


「あんまり敵がいませんね」


 林の樹木線に身を隠して敵陣を観察していた彬は呟いた。

 陣地周辺には五名ほどのJAF隊員が見張りに立っている以外、敵の姿が無い。

 これなら攻め込んでも。そう考える彬に、隣から辰巳が釘をさす。


「突っ込もうなんて考えるなよ、ジュニア」


「たぶん、他の連中はフラッグが見通せる場所に身を隠しているだろうしね。そうして、フラッグに近づいてくる敵を片っ端から撃つ。フラッグ戦の定石といえばそれだけだけど。相手はあの岸辺さんだから、もっと絡め手を使ってくるような気がするなぁ」


 スコープを覗き込んで敵陣を観察しながらそう補足した亮真に、彬はなるほどと頷く。

 この二週間、ネットでサバゲーの戦術を解説しているサイトを読み漁ってきたから、ある程度の知識はあると自負している彬だが、やはりベテランとなれば戦い方もより高度になるのだろう。


「まあ、何はともあれ、まずはあそこをどうにかしないとな」


 ごつい銃を抱えてのそのそやってきた剛明が指さしたのは、陣地に併設されている高さ三メートルほどの物見やぐらだ。木材と鉄パイプで組まれた簡単なものだが、フィールドツアーの際に登ってみたところ、思ったよりもしっかりとした造りだったのを彬は思い出した。最上部の見張り台には腰元辺りまでトタンの壁が張られていて、今はそこに二人のJAF隊員が見張りに就いているのが見えた。一人はスナイパーライフルを持っている。


「やぐらの制圧は、実はそう難しいことじゃない。壁にとりつけさえすればどうにかなる」


 そう口を開いたのは、SWAT装備のプレイヤーだ。声からして、どうやら辰巳よりも年配のようだ。話を聞いたところ、地元の人らしくこのフィールドにかなり詳しかった。


「問題はどうやって取りつくかだが」


「つまり、近づけさえすればどうにかできるのか?」


 尋ねた剛明に、SWATはフルフェイスの下でふふんと鼻を鳴らすと、腰の後ろに差してあったグロックを引き抜いてみせた。百連マガジンが差し込まれている。


「何度、あそこを制圧したことがあると思う?」


 挑むように聞き返すSWATに、辰巳が頷いた。


「よし、じゃあ、俺たちが全力で援護するから、やぐらを制圧してくれないか」


「分かった」


 辰巳の提案に、SWATが親指を立てて応じる。


「で、そっちはどうする?」


 次に辰巳が訊いたのは、PMC装備の若者だ。


「そうだなぁ……それじゃあ、俺は左側からフラッグに近づいて敵を誘ってみますよ」


 彼がさらりと口にしたのは危険な提案だった。要するに、自分を囮にするというわけだ。


「出来る限り援護はするが、たぶん撃たれるぞ?」


 確認するように尋ねる辰巳に、PMCはひょいと肩を竦める。


「撃たれる危険度でいったら、こっちのSWATさんも同じようなもんでしょ。それに俺が前に出れば、敵がどこに潜んでるかも探れるし」


「良い覚悟だな、兄ちゃん。やられてもやられなくても、セイフティで会おう」


 PMCの答えを聞いたSWATが、好意的な声を出して彼の肩を叩いた。


「でもまあ、フラッグ取るつもりで行きますよ」


 それにPMCはG36のマガジンを替えながら不敵に応じる。


「あったりめぇよ」


 最後に剛明が豪快に笑って、一行は作戦開始の準備を始めた。

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