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ふじ分遣隊  作者: 高嶺の悪魔
第一話 僕らの戦争
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その1

 夏真っ盛りの七月下旬。

 夏虫の合唱が響き渡る雑木林の中を、高峰彬(たかみねあきら)は異様な出で立ちで進んでいた。

 大きなヘルメットを被り、分厚いゴーグルを掛け、真夏だというのに顔の半分を覆うことのできる大きなマスクをつけている。

 身を包むのは上下ワンセットの、緑色を基調とした厚手の服。緑の濃淡の中に、茶色の粒が散らされた柄のそれは、いわゆる迷彩服というものだ。被っているヘルメットと顔を覆っている布も同じ柄をしていた。

 真夏にそんな厚着をしているのだから当然、全身からは汗がとめどなく噴き出している。

 濃厚な草の匂いと湿気をたっぷりと含んだ蒸し暑い空気のせいで、皮膚と布の境界は何処までも曖昧だった。


 顔を覆う布の下で慎重に息を吐き出しながら、彬は自分が手にしているものへ目を落とした。

 両手で抱えるようにして持っているのは、飾り気のない、流麗なシルエットをした小銃。

 長く突き出した銃口と大きなスコープの取り付けられたそれはいわゆる狙撃銃、スナイパーライフルと呼ばれる種類のものだ。

 彬が持っている銃はそれだけではない。

 海外のドラマや映画、またはゲームなどにもよく登場するアサルトライフルを、スリングと呼ばれる負い紐で背中に背負っている。さらに、もう一丁。太もものホルスターには大口径の拳銃が収まっていた。

 重武装である。

 まるで、自分が戦争中の兵士にでもなったような気分だ。

 そう心の中で呟いた彬は、しかし、すぐにその思考を打ち消した。

 まるで、でも。ような、でもなく。

 間違いなく、戦争中だからだ。


「止まれ、ジュニア」


 彬が次の一歩を踏み出そうとしたところで突然、耳元で人の声が囁いた。

 ややくぐもってはいるものの、低音で聞き取りやすい、男性の声だった。

 声の出所は右耳に付けているイヤホンからだ。それは胸元のポケットに入っている無線機と繋がっている。

 突然の人の声に驚いてしまい、姿勢を崩しかけた彬だったが、バクバクと暴れている心臓をどうにか抑えつけて体勢を持ち直すと、その場に片膝を突いてしゃがみ込んだ。

 事前に、声の主に教えられたことである。

 膝に装着しているプロテクターのおかげで、小石や枯れ枝などが散らばる地面に膝を突けても痛くもかゆくもない。


「よし。ここまでは教えた通りに出来ている。落ち着いているな」


 無線から褒めるような声が聞こえた。本当は先ほどからずっと鼓動は高鳴り続けていて、落ちついているどころではない彬だが、ゆったりと耳元で日々うその声を聞いている内に、不思議と緊張が和らいでくる。


「ゆっくりと一時方向、あー……右斜め前方を見てみろ」


 小さく呼吸を落ち着けている彬に声が命じた。

 言われた通り、その方向へと目を向ける。

 初め、何を見ろと言われたのか分からなかった。

 そこにあるのは生い茂った草と木だけで、特に気になるようなものは見当たらなかったからだ。

 しかし、わざわざ声の主が伝えてきたということは何かがあるはず。そう思って注意深く雑木林を観察していた彬の視界の中で、風景の一部が不自然に動いた。

 さらに目を凝らした彬は驚いた。

 距離にして十メートルほどだろうか。そこには彬と同じように迷彩服を着こんだ男が立っていた。こちらに背を向けていたせいで、これまで気づけなかったのだろう。


 迷彩服とはこれほど風景に溶け込めるものなのかと感心しつつ、彬はしばらく男の観察を続けた。男は顔を横に向けている。どうやら、誰かと話しているようだ。そう思い、男の向いている方へ視線を滑らせる。やはりもう一人、迷彩服姿の男が見つかった。

 当然、彼らの手にも凶悪な鉄の筒が握られている。

 もしも無線で教えられていなければ、彬は彼らの存在に気付かぬまま、のこのこと姿を晒していたことだろう。

 そうなった時のことを想像した彬の背筋に、冷たい物が奔った。


「見つけたな? 敵歩哨二名。銃を構えろ、ジュニア」


 息を潜めて男たちを窺っていると、再び無線から声が響いた。

 何を言われたのかを理解した彬は表情を引き締めると、手にしているスナイパーライフルをゆっくりと持ち上げる。

 ここへ来る直前に教えられた、その扱い方を思い出す。

 まず銃身の横から突き出している鉄の棒、キャリングハンドルを起こして、手前へ引く。ハンドルとともに鉄の筒が引き出され、もうこれ以上引けないという位置まで来たところで、再び元の位置へと戻した。かちゃりと小さな音が響く。ボルトアクション式と呼ばれるライフルの装填動作だ。

 弾丸が装填されたことを確認した彬は、ほぼ銃身と一体化しているグリップを右手で握り、人差し指をまっすぐ前に伸ばした。引き金に指をかけるのは撃つときだけ。それ以外の時は引き金には触らない。暴発や誤射を防ぐためだ。

 教えられたことを頭の中で反芻しながら、彬は空いている左手を銃身の前方へ添えた。

 これは自分にとって一番安定する位置で良い。

 そうして射撃体勢を整えた彬はストックに頬を押し付けるようにしてスコープを覗き込んだ。


「そいつは昨日整備したばかりだ。この距離なら、目標をレティクル……十字のど真ん中に捉えておけば外すことはないだろう」


 無線から聞こえてくるアドバイスに耳を傾けながら、彬は先ほど見つけた二人組をスコープの視界に収める。レンズ越しの十メートルは手を伸ばせば触れそうなほど近い。


「よし。姿勢は中々様になってる。では、右の奴を狙え。左は俺がやる」


 言われるがまま、彬はスコープの十字を右側にいる男の背中へと重ねた。

 銃身の最後尾を肩にしっかりと押し付ける。


「同時に撃つぞ。三つ数えるから、さん、で引き金を引け」


 指示に了解したことを知らせるため、彬は胸元の無線機へ手を伸ばし、通話ボタンを二度、短く押した。ぷっ、ぷっ、という電子音がイヤホンから響く。


「いち」


 その合図を受けて、カウントが始まった。

 彬は瞬きも忘れてスコープを覗き込む。引き金に触れる際、手が震えていることに気付いた。


「に」


 しかし、カウントは止まらない。

 高ぶる神経と鼓動をどうにか落ち着けようと、彬は大きく深呼吸をした。ふーーと長めに息を吐き出したあとで、一口分の空気を肺に詰め込む。

 よく狙って撃つときは、呼吸を止める。これも教わったことだ。


「―― さん」


 声と同時に、引き金に掛けていた指に力を込めた。

 ばすっという、空気が勢いよく抜けるような音とともに、銃口から弾丸が飛び出す。

 それは一直線にスコープの先にいる男の背中へと向かい、命中するのを彬は見た。

 男たちがほぼ同時に、びくりと身体を痙攣させる。

 ゆっくりと弾の飛んできた方向へ振り向いたその顔は驚愕に染まっていた。

 その時、突然、彬の近くにある茂みがガサガサと揺れた。現れたのはブーニーハットを被った迷彩服姿の人物。彬のものと同じ形をした小銃を手にしている。

 彬もまた彼に倣って、その場で立ち上がった。

 雑木林の中から突然現れた彬たちを見た二人組は、ますますその顔を驚愕に染めあげながら、降伏するように両手を肩の上まで持ち上げる。

 そして。


「ヒット!」

「ヒットぉ!」


 二人は、自らの戦死を宣言した。


 撃たれたところから血が噴き出したり、肉片が飛び散ったり、内臓が零れだしたりなどということは起こらない。それどころか、撃たれた二人は怪我一つ負っていない。

 それも当然で、彬たちが持つ銃は全て模擬銃であり、銃口から飛び出すのはプラスチック製のBB弾だからだ。

 つまり。彬が参加しているこの戦争は、いわゆるサバイバルゲームと呼ばれるものだった。



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