声
部屋を出ても、ドアの前からすぐには歩き出す事ができなかった。
陸は、何とかドアのそばを離れたが、壁に手を伝ってようやく部屋から少し離れた場所のソファに座った。絶望で頭を抱える。
僕は何て事をしでかしてしまったのだろう。
志垣になんて言えばいい? いや、それよりも隼人だ。オーディションを受けていることを知られたら、彼に何を言われるだろう。
もう、消えてなくなりたい。
その時、向こうの部屋のドアが開いて、靴音を立てて誰かが出てくるのが見えた。
顔を上げると、大またで隼人が近づいてくる。
「あ……」
驚いて立ち上がると、隼人に胸倉をつかまれた。
「待ってろ。絶対に帰るな」
脅されて陸は頷いた。
隼人は踵を返して戻って行った。
「誰か、助けて……」
陸は、さらに深く頭を抱えた。
それから数時間後、会場の外で隼人が出てくるのをずっと待っていた。
建物に寄りかかり震えていると、目の前に隼人が立っていた。
「あ……」
隼人は無言で陸の腕をつかむと、ビルの前で待っているタクシーに乗り込んだ。行き先は隼人のマンションだった。
車の中で隼人はひとことも口をきかなかった。陸も何も言えず黙ってうつむいていた。
タクシーを降りて部屋に上がるまで二人は無言だった。しかし、隼人の怒りは限度を通り越して、はっきりと陸に届いていた。
「陸」
リビングの明かりをつけるなり、隼人は陸を壁に押し付けた。両肩に指が喰い込んで痛い。
「お前、何考えてんだ」
「何って……」
「なぜ、今日あの場にいた」
「それは……」
すぐに理由を言えずにいると、隼人は怖い顔で睨んだ。
「兄貴に頼まれたのか」
「え?」
どうしてここで秀一の名前が出てくるのだろう。
「もういい」
「隼人、俺の話を……」
「当分、顔を見たくない。帰れ」
今度は強引に腕をつかまれ玄関に連れて行かれる。そして、部屋を追い出された。
隼人は、陸の話に耳を傾けようとはしなかった。