表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

オーディション



 朝、ふっと目が覚めた。

 当然、隣にいた男はいない。


「ふう…」


 いつも、黙って先に出かけてしまっている。


 のそのそとベッドから這い出ると、突然、自分のカバンから携帯電話が鳴りだした。


「わわわっ」


 慌ててカバンを取ると、中身が散乱した。携帯電話を拾い上げて見ると、留守電とラインが入っていた。

 慌てて留守電を聞くと、志垣からの伝言でオーディションの会場と日時についての確認が入っていた。陸はそれを聞きながら青ざめた。


 オーディションは今日の昼過ぎになっていた。

 時計を見ると、すでに午前十時過ぎだ。

 すぐに行かなきゃと思い、散らばったカバンの中身をしまってから、床に脱ぎ捨ててあった洋服を着込んだ。


 服装はこのままで大丈夫だ。オーディションに遅刻したら、志垣に迷惑がかかるどころか、事務所にまで影響が及ぶ。

 陸は書類に目を通す事すら忘れていた自分を叱咤しったした。


「くそっ」


 大急ぎでマンションを出て通りに出ると、空席のタクシーを止めて、行き先を告げる。


 何とか間に合い、転がるようにオーディション会場に飛び込んだ。番号札をもらい、心からほっとした。トイレに行って身だしなみを整える。


 携帯電話の電源を切ってから、イスに座った。

 夕べ、遅くまで起きていたから眠い。ベッドに戻りたい衝動にかられたが、何とか順番が来るまで持ちこたえなければならない。


 呼ばれるまでが永遠に続くかと思えた。

 ところが、今度はもっとまずいことに、ものすごく緊張してきた。

 眠気やだるさよりも、これから人前でオーディションを受けなくてはならないという、極度の緊張が襲ってきた。

 大きく深呼吸した時、番号を呼ばれた。陸は立ち上がり、ぐっと握りこぶしを握った。

 こうなったら、全力で尽くす。


 ノックしてドアを開けお辞儀をして、静かに扉を閉める。中に入り、真ん中に置かれたイスのそばに寄った。


「番号と名前を言ってからイスに座ってください」


 陸は、深々とお辞儀をして顔を上げた時、あっと息を呑んだ。


「……っ!」


 声にならない悲鳴が喉の奥で叫んでいた。


 隼人っ! 嘘っ、何でこんなところにっ。


 陸はパニックに陥りながら、今回のオーディションの内容をよく見もせずに来た事を激しく後悔した。


「どうしました? 名前は?」


 審査員の男が眉をひそめる。陸は動揺しながら、自分でもわけが分からずに番号と名前を告げた。


「座って」


 言われるまで立ち尽くしたままだった。

 イスに座ったが、頭の中は真っ白だった。

 ちょうど目の前に隼人が座っていた。ものすごい目で睨みつけている。


 恐怖で顔が引きつった。怖い。


 全身の震えが止まらない。


 そのうちにいくつかの質問が始まった。

 陸はしどろもどろで、短い返事ばかり繰り返していた。


 何をしゃべっているのかすら分かっていない。その時、はあっと大きなため息をついた男がいた。プロデューサーの隣に座るカメラマンだった。


「君は何の目的でここに来ているの?」

「え?」


 陸は顔を上げた。彼は不機嫌そうだった。


「君は本当にこの仕事がやりたいのか? ただ見てくれがいいだけで、それだけで選ばれると思ったら大間違いだよ」

「あ……」


 声が出なかった。

 冷たい水を背後からぶっかけられたみたいな気がした。カメラマンは黙り込んだ陸にいっそういらいらしたようで、きつい口調で言った。


「夢を語れなんて言ってるんじゃない。どうして君がここにいるのか。オレに教えてほしい」

「僕は……」


 答えられなかった。誕生日プレゼントを買うお金がほしかったなんて、口が裂けても言えない。


 黙ったまま唇を震わせると、カメラマンはバカにしたように言った。


「ただ、何となくと思ってここにいるのなら帰ってくれ。君はオレの事もすっかり忘れているのだろう。あの頃より、ずっといい顔をしているのに、今の君は何の魅力も感じないね」

「え?」


 弾かれたように顔を上げて相手を見つめた。


 あの頃? このカメラマンと面識があったのか? どこ? どこで会った?


 記憶を探ろうとしたが、思い出せなかった。もう誰も質問をしなかった。出て行けとも言われず、陸は静かにお辞儀をして部屋を出た。


 こんな悲しいオーディションは、生まれて初めての経験だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ