レポート
「ただいま…」
玄関を入って靴を脱いでいると、ダダダダと階段を駆け下りてくる音がした。
怪訝に思って顔を上げたとたん、目の前に顔があって陸は仰天した。
「わあっ。脅かすなよっ」
姉の栞が、目を真っ赤にさせて立っていた。
「どうした…んだ?」
ものすごく機嫌が悪そうだ。
「ちょっと来てっ」
「な、何だよっ」
強引に腕を引かれて、階段を上がる。姉は蹴破るように部屋のドアを開けると、陸の背中を突き飛ばした。
「入ってっ」
「痛いなっ。優しくしろよ」
体がだるいのに、とぶつくさい言いながらベッドに腰かける。すると、栞が陸の洋服を掴んで揺さぶった。
「ちょっと聞いてよ、ひどいんだから」
「な、なんだよ」
「隼人の事が好きっていう友達がいたから紹介したの。そしたら、夕べ二人でホテルに入っておきながら、隼人は何にもせずに飛び出していったっていうのよ」
「はあっ?」
栞が言い放った言葉に気を失いそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
気が動転してしまった。なのに、姉は待ってくれない。
「自分からホテルに誘っておきながら、いざとなったら急にそわそわしだして、ごめんって言うなり、友達を放ってホテルを飛び出して行ったのよ」
嘘だろ…。誰か、嘘だと言ってくれ。
呆然としている陸を無視して、姉はじっとりと睨んだ。
「陸、隼人とすっごく仲がいいよね」
「え…?」
思わず、ドキッとする。
「隼人に聞いてくれない?」
「何を…」
「どうして、そんなひどいことをしたのか。何を考えているのか」
「い、いやだよ」
陸は、慌てて首を横に振った。
冗談じゃない、泣きたいのは俺の方なのに。
栞には内緒にしているので、大きく言えないが。
「今すぐ、隼人に連絡をして」
「今? 無理だよ。レポートが終わってないんだ」
「終わったらすぐに行くって言って」
「何のために……」
隼人の家から戻ったばかりなのに。しかも、そんな話を聞いた後で、会いたいとは思わない。
嫌そうに顔を背けると、栞は携帯電話を目の前に差し出した。
「電話して」
突きつけられて陸は仕方なく電話をかけた。
いなければいいと願ったのに、隼人はすぐに電話に出た。夜、遊びに行くからと言うと、あ、ああと少し驚いた返事があった。
「これでいい?」
うんざりして姉を見ると、栞は満足げに頷いた。
「よろしくね」
はあ、と陸はため息をついた。
栞は部屋を出て行き、まじめに机に座って参考文献をとりあえず開きながら、陸は何度もため息をついた。集中できない。けれど、レポートを終わらせないといけない。
レポートを書き始めたが、頭の中は栞の言葉が張り付いて消えなかった。
さっきのセリフが、リアルすぎて悲しくなってくる。
思った以上に時間がかかって、レポートを終わらせると陸は立った。