配属
志垣と別れて電車に乗り、最寄り駅で降りた陸は夜道を急いだ。
きっと、隼人は心配しているに違いない。しかし、自分がオーディションを受けていることは秘密にしてあった。志垣に会った事はばれないようにしなくてはならない。
隼人が暮らす高級マンションに着くと、マスターキーを取り出して中に入った。部屋の中は真っ暗で、まだ戻っていないようだった。
「何だ……」
どっと力が抜ける。
寝室に入り、もらった書類をカバンに突っ込む。中身は学校で見ようと思った。隼人にばれたら大変だ。
もう終電はない時間だった。
もう一度シャワーを浴びて、パジャマに着替えると寝室に行った。ふかふかのベッドに潜り込むとすぐに眠気に襲われた。本当は、隼人の顔を見るまで、眠りたくないと思っていた。
今朝は、起きたらすでに会社に出かけた後だったし、忙しいことを理由に隼人とはすれ違いばかりだ。
今夜はゆっくり二人きりで過ごしたい。そう思っているのに、陸は熟睡してしまっていた。
「陸。おい、起きろ」
耳元で大好きな声が響いている。
「ん…」
陸は眩しさに手の甲で目を隠した。
「まぶし……。隼人?」
今、何時だろう。
ぼんやりと隼人の顔を見た。
「……お帰り」
「よく寝ていたな」
隼人はシャワーを浴びた後のようだった。ぎしっとベッドを軋ませてふとんに入るなり、陸の体を抱きしめた。
「遅かったね」
「まあな」
密着した体が徐々に温まっていく。陸は顔を寄せた。キスをしてくれるのを待っていると、隼人が言った。
「お前と初めて会った日の事を覚えているか?」
「え?」
いきなり何の話だろう。
陸は体を離すと、うん、と頷いた。隼人は、懐かしむような顔をしていた。
「栞のCM撮りの日だろ? 隼人の会社がスポンサーだった」
「ああ。あの時のお前らはかわいかったな。何度もセリフの練習していた」
「あれは、台本が難しくて、さ」
恥かしい。あの頃はまだまだ子どもで、やれと言われた事をやるしかなかった。
「何だよ、今さらそんな話してさ」
照れくさくて顔を伏せる。
隼人は大手アパレルメーカーの次男で大学生だった。少しずつ家の仕事を手伝っている時で、見学に来ていた。陸と栞は、当時、高校一年生で、スポンサーである隼人の会社のコマーシャルに出演した。
初めて隼人を見た時、彼がコマーシャルに出ればいいと思ったくらい、かっこよくて凛として見えた。
隼人の方から声をかけてくれて、気がつくと一緒にいる時間が増えていた。
その頃の陸は、女の子といるよりも、隼人といる方が楽しくてドキドキした。
友達ならいつでも会えるかもしれないと思って、自分から積極的に近づいた。
初めて会った日のことを思い出していると、隣で、隼人が体を動かして天井を仰いだ。
「宣伝部に配属になった。CMの新企画に参加する」
「え? 本当?」
「うん。来年の春に新卒向けに新しいスーツを売り出すんだ。今回は一般オーディションでタレントを起用する。オーディションにも立ち会うよ」
「すごいじゃないかっ」
陸はうれしくて隼人に抱きついた。
「ああ。ありがとう」
隼人は本当にうれしそうに言った。
「仕事、順調なんだね」
「ああ。営業も楽しかったけど、事業部に入って、作っていく事から始めるとやりがいを感じるな」
「がんばってね」
「ああ」
隼人は頷くと陸を抱き寄せた。
「遅いけど、いい?」
隼人が囁く。
「いいよ」
陸は、当然と言うように頷いた。




