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ぴりぴり



 しばらく黙ってカクテルを味わう。それから、志垣が静かに言った。


「どうして復帰しようと思ったの?」


 何度も聞かれた質問だった。もう、逃げられない。

 陸は、ごくりと唾をのんだ。


「あの……」

「ん?」

「聞いても怒りませんか?」


 そう言うと、志垣は一瞬、ぽかんとしたが、くすっと笑った。


「怒らせるような内容?」

「もしかしたら」


 志垣は苦笑して、何を聞いても怒らないわよと言った。


 陸はほっとして、なぜ、今さら芸能活動に復帰しようと思ったのか、そのいきさつを説明し始めた。


「好きな男の人がいるんです」

「え……?」


 志垣が眉根をひそめた。


「何ですって?」

「彼にプレゼントを贈りたくて。仕事を休業してから貯金も底をついてしまって。お金に不自由しているわけじゃないんですが、自分で稼いだお金でプレゼントしたいと思ったんです」

「だから、モデルの仕事かコマーシャルだけっていう短い期間のものを選んでいたのね」


 志垣が複雑そうな口調で言った。


「はい」

「あなたが仕事を急に休むって言い出したのは大学生活に集中したいからじゃなかったの」


 冷たい声だった。

 はっとして顔を上げると、まなじりを上げた怖い顔の志垣がいた。


「は、はい…」

「嘘だったの?」


 返事ができなかった。


 隼人と出会ったのは高校生の頃からだったが、大学に進学してからは彼に夢中になっていた。


「相手は誰? 私の知っている人?」


 陸は首を振った。

 口が裂けても言えない。まさか、当時、お世話になったCMのスポンサーが相手だなんて。


 口を閉ざすと、志垣は大きなため息をついた。


「あなたは映画の仕事ばかりやってきていたのだから。顔が売れていないと難しいわ。もっとコストを下げて、エキストラでいいなら仕事は取れるかも知れない。けれど、そこからのし上がっていくのはほとんど無理に近いわ」


 当たり前の事を言われると、辛かった。


「……はい」

「返事がいいのはいい事だけど、お小遣いのために仕事に復帰するっていう気持ちはいただけないわ」

「ごめんなさい」


 陸はすっかりしおれてしまって顔を上げることができなかった。


「陸」


 志垣の声に、おずおずと顔を上げた。


「本気でやらないと落ちるの当たり前でしょう? 二十回落ちる理由がこれで分かった。そんな気持ちで望まれたら採用する側もいい迷惑だわ。どれだけの人がテレビに出たいと思っているか分かっている? あなたはもう昔のあなたじゃないのよ。しおりが売れているからってあなたが売れるとは限らないの」


 志垣の逆鱗に触れてしまったのだろうか。一言がずっしりと重い。


 黙っていると、酔いも混ざっているのか、それともストレスでもたまっているのか、志垣は厳しいことを言った。


「プレゼントのためだけだったら、その辺でアルバイトすればいいじゃない。何もテレビに映る必要はないわ」


 隣に座っているのがやっとなくらいだったのに、容赦のない言葉はまだ続いた。


「人に媚びるんだったら、その全身を鏡で映しなさい」


 声に怒りが含まれている。


「陸、わたしの顔を見て」


 ふいに切実な声に代わって、陸はおそるおそる顔を上げた。見ると、裏切られたような志垣の悲しそうな顔があった。


「テレビに映りたいの? だったら、それに見合う顔になりなさい。自分の姿を内面からちゃんと見て、人を幸せにするくらいの力を身につけなさい」


 志垣はそう言った後、目じりに溜まった涙を拭いた。


「こんなに怒ったの初めて。何を聞いても怒らないって言ったのに。ごめんね」


 陸は首を振った。

 志垣は指を伸ばして、陸の頬に触れた。透明のマニキュアがライトに照らされてぴかぴか光っていた。


「ちゃんと寝てる? ご飯はしっかり食べている?」

「はい…」


 志垣はひとしきり陸の頬を撫でてから手を離した。


「なんかむかつく」

「すみません……」

「陸はみんなのものだったのに、一人占めしている男がいたなんて全然気が付かなかったわ」

「はあ……」


 黙っていた事を謝ると、もういいわ、と志垣はあきらめたように言った。


「お金が欲しいなら働きなさい。働かないとお金はもらえないのよ」

「はい…」

「それから、その恋人と早く縁を切る事ね」

「え……?」


 陸は驚いて目を見開いた。


「疫病神としか思えない。こんな世界だから、男を好きだと言っても不思議はないけど、あなたを不幸にするような男はダメ。私は賛成しないわ」

「そんな……」

「陸が前より色っぽくなったのは認める。でも、あなたをこんな風に変えてしまって。あなた、笑っていないわよ。笑顔がよかったのに。白い肌も青白くて幽霊みたい。前より痩せたし、少し太っても平気だから。髪の色も少し明るい色に変えていいと思う。あなたの好きな自分になればいいのよ。相手に合わせる必要なんてどこにもないの」


 ふと、彼女は自分の好きな相手の事を知っているのだろうかと思った。


 陸が何も言えずにいると、志垣は残りのカクテルを飲み干した。


「困ったことがあったら言ってね」

「はい」


 自分のために動いてくれている人がいたのに、それに気付かずに自分の事しか考えていなかった自分に腹が立った。


「ルイさん、ごめんなさい」


 もう一度謝ると志垣は首を振った。


「謝るくらいなら、オーディションに受かってよ。その先のことは後で決めたらいいから、まずはあなた自身を取り戻してほしい」


 そう言って向き直った志垣の横顔は凛としていた。陸は彼女を見つめながら、自分の姿は他人にどう映っているのだろうと思った。


 人の目に映る自分を意識するのは久しぶりで、背筋がぴりぴりとした気がする。


「ルイさん、がんばります」


 背筋を伸ばしてそう言うと、彼女はやっとうれしそうな顔で笑った。





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