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 バジリスクの咆哮は、聞く者を恐怖のどん底へと陥れる魔法を帯びている。

 たまらず硬直して失禁しちゃう場合もあるし、錯乱状態になって暴れる場合もある。

 その事を知らずに、対策もなく挑んだ過去の冒険者たちは多数の死傷者を出したと、恐ろしい記録が文献に残っていた。

 だからこそ同じ失敗を繰り返さない様に、冒険者は事前の準備を怠っちゃいけないんだ。


 迷宮やモンスターについての最新情報は冒険者の間で共有される。

 ギルドや訓練学校の書架には、そうして集められた最新のものが収められていた。

 そのひとつがシャブリナさんの発見した『やさしいバジリスクの倒し方』という本だった。


「魔力を帯びた咆哮に対する物理的な解決手段は、耳栓を付ける事だ」

「え。耳栓でバジリスクの咆哮をやり過ごすの?」

「この本にはそう書かれているな。素材は色々なものが過去に試されたようだが、何れにしても一定の効果があったと記載されている。ある程度耐える事ができるのと、混乱からの回復が早くなるとな」

「へぇ。一定の効果があるんだったら、用意しておいた方がいいね」


 その本に書かれていた耳栓の例として、コルク素材のものや魚の骨を削ったもの、それからゴムみたいなブヨブヨ素材のものが触れられていた。

 過去の討伐で使われたものは実績という意味で信頼感があるよね。

 購買部にも騒音(いびき)対策用の耳栓が売られているけれど、さすがにそれじゃ心配だ。


「取り急ぎ教官に相談した上で、しっかりとした作りの耳栓を取り寄せる必要がある」

「わかったよ、僕がそれを手配すればいいんだね。ゴム素材とコルク素材、それに魚の骨を削った耳栓、と……」

「それとは別に、魔法による解決方法もあるみたいだぞ」


 僕が麻紙にメモを走らせていると、シャブリナさんがドイヒーさんを見やって大きくうなずいた。

 魔法による解決と言うと付与魔法か何かかな?」


「その通りですわ。事前に状態異常になる事がわかっているのでしたら、状態異常に対する耐性を持たせておけばよろしいのです。そうする事で一度だけ魔法の咆哮の恐怖を無効化する事ができるという寸法ですのよ」


 ドヤ顔をしたドイヒーさんが、僕を見やりながらニッコリとそう言ったんだ。


「へぇ。バジリスクの咆哮は魔法による状態異常を引き起こすものだったんだ?」

「少なくとも『やさしいバジリスクの倒し方』にはその可能性が高いと書かれていますわね。実際に魔法によって状態異常を引き起こしているかどうかは、実験してみないとわかりませんけれども」


 わざわざトカゲの王様と異名を取るバジリスクを相手に、実験へ志願する生身の冒険者はいないよ。

 だから、それはあくまでも過去の討伐記録から推測される事でしかないんだろうけれど、ある程度の信憑性があるから本に記載されているんだろうね。


 それにしても補助魔法(バフ)かあ。

 ちょうどブンボン冒険者団体連盟のヒョウ主任が、付与魔法のエキスパートだったのを僕は思い出した。


「残念ながら、わたくしは攻撃魔法に特化した魔法使いですの。それに状態異常から回復させる魔法と、状態異常に耐性を持たせる魔法も別物ですのよ、これはティクンさんたち回復職の専門になりますわ」

「ふうん。状態異常から回復させるのは、確かにヒーラーのお仕事だよね」


 ドイヒーさんによれば痺れや毒、精神錯乱から回復させる魔法と、状態異常に耐性を持たせる魔法は完全に別系統のものらしい。

 それに回復職によってもバフを得意にするひととそうじゃないひともいる。

 だから部屋の隅では、ティクンちゃんたち回復職のみんなが集まって、それぞれの補助魔法の得手不得手について確認と相談をしているみたいだった。


「そのう。わたしは回復魔法と補助魔法の全般が使えるので、状態異常の耐性魔法も使えますッ」

「モジモジお嬢ちゃんは案外優秀だよな。問題は本番ですぐテンパる事だけど」

「わしは状態異常回復の魔法は使えるんじゃが、耐性強化の魔法は苦手なんじゃよ」

「俺は両方使う事ができるが、魔力総量の問題で魔法があまり続かない可能性がある。回復魔法を使いながら状態異常の耐性魔法をかけ直したりすると、かなりキツいだろうな」

「ヒーラーは各班にひとりしかいないし、圧倒的に数が少ないからな……」

「今から覚えて間に合うんだったら、俺が挑戦してもいいぞ。結構難しいのか?」


 回復職のみんなで何かの結論が出たらしい。

 状態異常の耐性魔法を使える人間が少ないのであれば、これから学ぼうという作戦だ。

 

「何度か実験をすれば、たぶんできると思うのッ」

「じゃあ俺に教えてくれ。回復魔法に専念する人間と、補助魔法に専念する人間をわけてしまった方がいいしな。俺とティクンちゃんでバフのかけ直しを担当するか」

「コクコク」


 クラスの二九名全員がバジリスク討伐に参加する事になった場合は、付与魔法をかけるだけでもかなりの重労働になるからね。

 六名のヒーラーがそれぞれ役割分担しておけば、混乱や負担の軽減になる。


「後はアタッカーが実際にどうやって肥えたエリマキトカゲを倒すかだが、」


 腕組みをしたシャブリナさんがそれを解いて、『やさしいバジリスクの倒し方』に挟まれていた付録の紙を広げた。

 すると暴力的なお胸が激しく揺れたんだけど、今はそれよりも付録の紙だ。

 四つ折りにされたそれに描かれていたのは、今にも動き出しそうなとてもリアリティのあるバジリスクの全体像だった。

 矢印と一緒に、いくつもの注釈が書かれているんだ。


「見た通り、大きな口とエリマキトカゲの様なトサカが特徴的だ。首筋や背中は鎧の様に厚い鱗に覆われていて、ここを狙って攻撃をしてもなかなか刃が皮の内側まで届かないらしい」

「魔法による攻撃は効果的だと書かれておりますけれども、こちらもわたくし自慢の紅蓮魔法があまり効果的ではない様なのですわ……」


 ではどうやって戦えばいいのかと言うと、それについても『やさしいバジリスクの倒し方』に触れられているから安心だ。

 過去に討伐された記録があるからこそ、この本が書かれているんだからね。


「ご安心くださいましなセイジさん、ちゃんと弱点はありますのよっ。興奮状態になったバジリスクは体を大きく持ち上げて後ろ足で立ち上がるのですわ!」

「その状態になると、比較的柔らかな鱗に覆われた腹部をさらけ出す事になる。ここは剣や魔法による攻撃も一定のダメージが通る事がわかっているので、魔法の集中攻撃をした後に防具を固めたアタッカーで近接戦闘を挑む事になる」

「うまく攻撃をするためには、どうしても連携が欠かせないというわけですわね。専門のアタッカーではない支援職のみなさんには、攻撃参加は難しいと思いますの」

「ドイヒー、貴様の口から連携という言葉が飛び出してくるとは傑作だ。アッハッハ!」

「きいいいっ、わたくしだって冒険者としてチームワークの重要さは理解しておりますのよっ! いつまでもむかしのわたくしだとお思いにならないでくださらない?!」


 笑うシャブリナさんとプリプリと怒るドイヒーさんだ。

 そんな次第で、ビッツくんや太鼓腹のデブリシャスさんたちが帰ってくるまでの間に、僕らは対バジリスク用の準備を整えつつ、実際にバジリスクと邂逅した時のフォーメーションなんかを研究しはじめていた。


 ただ前人未踏の迷宮に足を踏み入れるのが冒険者のやる事じゃない。

 ずっとそれ以前から用意周到に、攻略計画を立てるのが本当の冒険者のお仕事なんだね。


「妙に楽しそうな顔をしているじゃないかセイジ」

「僕はダンジョン探索も楽しいけれど、こうして計画を練っている時がワクワクするなって。そう思ったんだ」

「そうだな。わ、わたしも貴様とデートのプランを考えたり、明るい家族計画を妄想したりするとワクワクする。たぎるなッ」


 それとこれとは意味が違うと思うよ?!


 事前準備をはじめて数日が経過したところで、スジー村に調査へ出かけていた三班のみんなが無事に帰還した。

 自習室の扉がバアンと開け放たれると、開口一番に自信満々の表情をしたビッツくんが大きな声を張り上げるんだ。


「待たせたなお前ら! オレ様がダンジョンの在り処と思われる、怪しい洞窟の位置を突き止めてきたぜっ」


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