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96 付与魔法の使い手はオネエでヒョウ面で主任です!

「駄目じゃないですか主任! そうやって怖い顔をして女の子をいつも怯えさせるの、悪い癖ですよっ」


 ブンボン冒険者団体連盟の本部事務所での事だった。

 更衣室を借りてティクンちゃんの下着交換を済ませて出てくると、僕らの前でそんな光景が繰り広げられていた。

 主任と呼ばれたヒョウ面のおじさんが、優しい雰囲気だった受付お姉さんの恐ろしい形相を前にペコペコ謝罪している。

 巨漢を丸めて猫背になっている姿はちょっと滑稽だった。


「悪かったわよう本当に。でもね聞いてあなた、ゴリったら酷いの!」

「酷いのは主任の顔だけにしてください。だいたい、女の子を泣かせておいて謝罪がまだじゃないですか?!」

「ごごご、ごめんなさいっ」

「わたしに謝ってどうするんですか! ほら、ちゃんとお嬢さんに向かって謝罪しないと」

「はぁい。お嬢ちゃん、ごめんなさいね……?」

「ヒッ……あっ」


 ズイと顔を前に押し出してオネエ言葉で謝罪するヒョウ主任さんに、ティクンちゃんが思わずビクンと後ずさった。

 そりゃそうだ! 申し訳ない顔をしても、元がヒョウ面だから怖い物は怖いからね。

 ティクンちゃんはいつも予備の下着を持ち歩いているけど、予備の予備はないからなこれ以上いけないっ。


 頭をポリポリ、腰をクネクネしながら「どうすりゃいいのよ?!」と小さく甲高い声がヒョウ主任から飛び出した。


「ええとすいません。ゴリラ教官と主任さんは、いったいどういうご関係なのですか……?」

「そうね。まずはそこからお話をするべきだったわね、悪かったわっ」


 改めて応接セットに案内されて、僕らはヒョウ主任さんの向かいに座った。

 ソファにゆったり足を組み、いちいちしなを作って艶っぽく振舞うのはオネエだからかな?

 あ、指先に紫色のマニキュアを塗っている。


「わたしの名前はオヒョウ、新規のダンジョン攻略申請の窓口で主任をやっているわ」


 話を聞いてみると、このヒョウ主任さんはゴリラ教官やミノタウロス教官とは旧知の間柄だった。

 若いころは同じ冒険者ギルドに所属して、迷宮暮らしを送っていたらしい。

 そしてこんな巨漢で戦士の様な姿をしているけれど、


「わたしの本職は魔法使いなのよ」

「えっそうなんですか?」

「あらゆる付与魔法を駆使して仲間の能力を強化するのが、わたしの役目よ」


 魔法使いと言えばすぐに連想するのはドイヒーさんの様なトンガリ帽を被った姿格好だ。

 だけどもオヒョウさんはちょっと違った。


「付与魔法、つまり魔法支援の専門家ですか?」

「ええそうよ。付与魔法をパーティーメンバーに使った後は手持無沙汰だから、前衛のアタッカーと一緒に剣や槍で攻撃参加するのよ。だから気が付いたらこんなにムキムキになっちゃったの」

「な、なるほど……」


 付与魔法で自分の身体能力を強化して暴れる。

 顔を見合わせた僕とティクンちゃんは、そんなヒョウ主任の姿を想像して納得した。

 一見すればちょっと魔法使いとは思えないのも当然だよね。


「ゴリやミノとは同じギルドの同じパーティーだったわ。彼らが現役を引退して転職を考えている時期に、一緒に一線を引く相談を姐さんに相談したんだわあ。嗚呼、何て懐かしい!」

「……そのう姐さんと言うのは、ビーストエンドのインギンオブレイさんですか?」

「あなたたち、知っているの?!」

「ひうっ」


 ティクンちゃんの口からインギンさんの言葉が飛び出した途端に、対面のヒョウ主任が身を乗り出した。

 すると隣に座ったティクンチャンが、ビクンと背筋をしならせて仰け反る。


「ほら主任、また怖がらせてますよ!」

「あっ、ごめんなさいねえ。つい姐さんの事を知っている口ぶりだったから。姐さんはわたしたちのパーティーを率いていたリーダーだったから。嗚呼、何て懐かしい!」


 お茶を運んでくれた優しいお姉さんに窘められて、ヒョウ主任がまた謝罪する。

 お姉さんはお茶を僕らの前に出しながら、ヒョウ主任の隣のソファに腰を落ち着けた。


「とにかく。訓練学校にいい子がいるなら教えて頂戴と、ゴリには何度も手紙を出してたのよ! それなのに、あいつったらひとつも連絡を寄越さないで自分の要件ばっかり書面で送ってきてっ」

「今はどこの組織も冒険者不足で、新卒を採用するのが大変なんですよ。はい、どうぞお茶です」

「ありがとうございます」

「……ますっ!」

「それで、今日は訓練学校のおふたりが卒業検定の演習で、ダンジョンの攻略申請のためにお見えになられたんですよ主任」

「そうだったわね。申請の手順が書いてあるガイドブックがあるから、それをあげるわ」


 ニッコリ笑っているらしいけれど、引きつった表情にしかどう見ても見えないヒョウ主任。

 そんな巨漢の彼が安っぽい麻紙でできた冊子を差し出しながら、ページをめくりつつ教えてくれる。


「通常のダンジョン攻略申請の場合、発見された迷宮の土地所有者から攻略の際の占有権を購入する必要があるわ。領主さまの土地だった場合は領主さまと。村の共同入会地だった場合は、村を治めているお貴族さまと」


 ブンボンの領主さまが直接支配している場所なら、その交渉相手はブンボン領主さま。

 もしもその土地が支配権を与えられたお貴族さまが村長なら、その村長さまが交渉相手になる。


「普段なら、攻略申請の受付係が土地所有者さまとの間に入って交渉を担当するんだけどねぇ」

「今回は卒業検定の演習だから、主任が領主さまの代わりに交渉相手になるんです」


 口々に説明してくれるヒョウ主任と受付お姉さん。

 見開かれたページの文面は読めないけれど、ヒョウ主任の説明はメモしておかなくっちゃ。

 そう思った僕が紙片を懐から取り出して筆記をはじめたところ、


「迷宮の場所はまだ確定してないのねぇ。そしたらそれがわかったら、ガイドブックを参照しながらこの書類に……何あなた、魔法文字が使えるの?!」

「えっ? はい魔法文字は使えますっ。普段使いの言葉は読み書きできないけど……」

「?! あなた名前は何て言うの? 是非うちの連盟に就職してみる気はない? わたしにその身を預けるてみない?」

「えっ……」


 突如興奮して立ち上がったヒョウ主任が、テーブルごしに腕を伸ばすと肩をガッシリと掴んだ。

 ガクガクと振り回しながら就職勧誘の言葉をぶつけてくるじゃないか。

 鼻腔を刺激する甘ったるい匂いは香水かな。

 意識が飛びかける様な前後に振り回されながら、僕はその匂いを嗅いだんだ。


「悪い様にはしないわよ。その才能、わたしのところでイかさない?!」

「ご、ごめんなさい。僕たちもうインギンさんのところで内定が出ているんです! だからあなたの期待には応えられませんからっ」

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