94 スジー村に向けて!
果たして肥えたエリマキトカゲの正体は、バジリスクと呼ばれるモンスターだった。
より正確に調べてみると、ドラゴンの仲間に類別される地上徘徊型の大型モンスターというから大変だ。
その咆哮には耳にした者を恐怖のどん底に陥れる魔法の力がかかっている。
いにしえの時を経た成長個体は、城館の様にそびえ立つ巨大なものにすらなる。
図鑑の挿絵はとても恐ろしい姿をしていた……
「いやまさか、訓練生だけでそんなバケモノを相手にするなんてありえないだろう。他のモンスターと間違えているんじゃないのか?」
シャブリナさんは引きつった笑みを浮かべながら、分厚い書物をパタンと閉じた。
卒業検定と言うぐらいだから、これまで僕ら訓練生が受けた試験よりも難しいのは間違いない。
だからってトカゲの王様と異名を取るモンスター相手じゃ、死傷者が続出しちゃう。
何かのモンスターをバジリスクと見間違えたんじゃないかってシャブリナさんが考えるのは当然で、助けを求める様につい僕はミノタウロス教官に視線を送ったのだけれども。
ニッコリ。
教官は僕と視線が合うと大きくうなずいて、頑張れと言わんばかりに白い歯を見せたんだ。
優しいのか厳しいのかわからないけれど、卒業検定である以上は一切口を挟まないんだね……
「と、とにかく。現地調査を行うメンバーを送り出して、聞き取りを実施したほうがいいよっ」
「……真偽を確かめるためにも、そうですわね。この場合どなたに行ってもらうのがよろしいでしょうか」
あわてて僕が意見を口にすると、ドイヒーさんは仲間をぐるりと見まわした。
するとビッツくんが元気に挙手をするんだ。
「オレ様を指名しておくれよ。何しろスカウトだからな、後を付けたり調べてまわったりするのは、貧民街じゃ日常茶飯事だったんだ」
「どうせ貴様の事だ。いいカモを見つけて後を付けて回っていたんだろう」
「そ、そんな事、今はどうでもいいだろ?!」
シャブリナさんは胡乱な眼でビッツくんを睨みつけていたけれど、ドイヒーさんは迷っていた。
何しろ今まで迷宮攻略に参加した実習訓練は、訓練学校の職員や教官たちが手配をしてくれていたんだ。
けれど、今回は訓練生たちだけで全部やらないといけないから、何が適切かわからない。
「セイジさん。現地調査の際に気を付けておくべき点は何ですの?」
「目撃証言をしてくれたひとに、実際に聞き取り調査をする事。それから図鑑の挿絵を見てもらって、これかどうかの確認かな。現地の道路事情、後は訓練生を受け入れられる宿泊施設があるかどうかも、調べておく必要があるね」
「だそうですけれども、あなたたちでそれがおできになりますこと?」
「セイジさんの命令なら、オレ様は間違いなく完遂してみせるぜっ」
なあお前たち? ビッツくんは勢いよく背後の三班の仲間たちに声をかけた。
すると彼らも「まったく俺たちは最高だぜ!」と返事を飛ばす。
「坊主には借りがあるからな、当然だ」
「これはセイジさんではなくて、わたくしの指示ですのよっ」
太鼓腹のデブリシャスさんがそんな事を言ったもんだから、ドイヒーさんは激高するじゃないか。
けれど呆れた顔のシャブリナさんが、なだめすかせる様におかしな事を言い出す。
「まあまあ、そんな事はいいではないかドイヒー」
「そんな事とは酷い言いぐさですわっ」
「冒険者は仲間、冒険者は家族なのだから、セイジが誉められるという事は貴様が誉められたという事でもある」
「……そ、そうでしょうか?」
「そうだぞドイヒー。なあティクン、貴様もそう思うだろう?」
「コクコク。ハーレムは姉妹なのっ」
わけがわからないよ!
意味不明な理屈を並べるシャブリナさんに、おかしな同意を重ねるティクンちゃんだ。
ドイヒーさんは勢いに押し切られる様に「それならば」なんて返事をしながら、三班のみんなに現地調査をお願いする事にしたんだ。
「スジーの村まで、ちゃちゃっと現地調査をしてもどってくるぜ!」
「時間はたっぷりあるのですから、しっかりと地元の目撃者のお話を聞いてくるんですのよっ。モンスター図鑑はちゃんとお持ちになったんですのっ」
「あんたはオレの母ちゃんかってのっ」
元気にそんな言葉を残したビッツくんたの仲間は、さっそくスジーの村に向かうため飛び出して行った。
今から出発して夜通し向かっても、ブンボンの領境にある村に到着するのは明日になるかな。
気を付けていってらっしゃい!
そうして三班を見送った僕らは、次の役割分担に取りかかった。
ビッツくんたちの現地調査を完了したら、即座にダンジョン攻略に取りかかれる準備をして置かなくちゃいけない。
迷宮のある場所の土地所有者を調べて、許可申請をする必要があるからね。
「本来だと迷宮攻略の占有権を土地所有者から購入する必要があるが、今回はブンボン冒険者団体連盟を領主に見立てているらしい。そちらには後方支援チームのリーダーが行く必要があるみたいだな」
手引書を見ていたシャブリナさんが顔を上げて僕をみる。
後方支援のチームリーダーだから、これは僕がブンボン冒険者団体連盟に行かなくちゃいけないのかな。
「書類を書かなくちゃいけないんだったら、誰かに付いてきてもらわなくちゃいけないけど……」
「よ、よし。わたしが貴様の代わりに代筆する必要があるな。ふふふ、ふたりで一緒に……」
「あなたは勇者役ですので、肥えたエリマキトカゲの攻略方法について調べる役割がありますのよ! そ、それにわたくしひとりになったら、ふふふ不安じゃないですかっ」
卒業検定の手引書と僕の顔を見比べていたシャブリナさんだったけど、すかさず鼻の下を伸ばす彼女を制したのはドイヒーさんだった。
お尻をフリフリ不安がってみせる彼女に、ティクンちゃんの声は聞こえていない。
「……あのう、ドイヒーさんわたしは」
「わっわたくしの事を見捨てないでくださいましな〜?!!」




