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90 装備点検です!

 ある日を境に、いつもは訓練生で賑わう寄宿舎の朝が閑散としたものになった。

 僕らよりも一期先輩にあたる訓練生たちが、無事に卒業をしていったからだ。

 いつも歯を磨きにやって来ると、手洗い場で顔を合わせていた厳つい顔のお兄さんも、今頃はどこかのギルドで冒険者をやっているのかな?


「おーっほっほっほ! いよいよ次はわたくしたちが卒業検定に挑む番ですわねっ」

「ドイヒーさん、お口に歯磨き粉が付いているよ……」

「あら、ごめんあそばせ。おほほほっ」


 卒業していった先輩たちの部屋は空室になっている。

 もうすぐ新しい訓練生たちが入校して明け渡されるけれど、それまではしばらく静かな寄宿舎暮らしを送る事になるのかも知れないね。

 なんて思っていると、シャブリナさんが象牙の歯ブラシでシャコシャコ磨きながら口を開く。


「ひかひあれはら。ほんはいのほふほーへんへーは、どほのはんほんに、はふんはほうか」

「そのう、シャブリナさん何を言っているのかわからないのっ」


 ティクンちゃんに指摘されて、ひとまず口の中のものを洗面台に吐き出すと、


「ガラガラぺっ。……すまん、今回の卒業検定はどこのダンジョンになるんだろうか、と言いたかったのだ。これまではあくまでどこかの冒険者ギルドの下請として参加していたからな」

「そうですわねえ。卒業検定では自分たちの力のみでダンジョン攻略に挑むんですもの。それがどんな場所になるのか、気になるのも当然というものですわ」

「さすがに訓練生たちだけで挑むのだから、低難易度の場所にはるはずだが」


 確か教官たちが実習中に説明してくれた事を思い出すと、冒険者ギルドが攻略中の最前線の迷宮の場合もあれば、僕らだけでも攻略可能な規模のもあるという話だったはず。

 これまではドイヒーさんが言う通りにギルドが攻略中の最前線ばかりだったことを考えると、順番的に卒業訓練では本物のダンジョンを僕らだけでアタックするという事になるのかな?


「その場合は本物のダンジョンと言っても、すでにボスが討伐済みの迷宮になるんだったよね」

「ただしモンスターは時間経過とともに沸きはじめるからな。規模は小さいかも知れないが、そうしたダンジョンを、わたしたちだけで掃討する任務というわけだ。腕が鳴るではないかアッハッハ!」


 僕の言葉を受け取ったシャブリナさんはそう言って笑って見せた。

 ドイヒーさんも陽気に笑みを零しながら白い歯を見せた。


「いよいよこのわたくしが、練りに練った究極の光と闇の魔法の呪文詠唱を披露する時が来るわけですわねっ」

「そのう。同期のみんなと協力して卒業するっていうのが、とっても素敵ですっ!」


 同期のみんなで協力して、かあ。

 確かに冒険者ギルドが攻略中の最前線ダンジョンなら、その一部を間借りして比較的安全な場所で実習にあたる事になるけれど。

 僕らだけで任務にあたるっていうのは、どういう感じになるんだろうね?

 そんな風にみんなでアレコレと話し合いながら、僕らは朝食のために食堂へと向かった。


 その日の授業は、日頃から慣れ親しんでいる冒険者道具の装備点検を行うものだった。

 普段使いのナイフやロープなどは、刃こぼれが無いか痛みがないかしっかりと確認しておかないと、いざと言う時に命に係わる事がある。


「卒業検定の際は、お前たちをギルドに所属する冒険者に見立てて演習を行う事になる。お前たちの中からギルドマスター役を選んだり、後方支援チームを作ったりするわけだ。その場で助けてくれる冒険者や教官は一切いないから、今日の授業もいつもの訓練だと思わずにしっかりと手入れをするんだぞ」

「「「はい、教官どの!」」」


 練兵場の片隅で布を広げて、その上に冒険者道具を並べた僕たちだ。

 ミノタウロス教官のそんな言葉に緊張感を高めながら、僕らは必死にひとつひとつの道具をチェックした。


「おい、このロープは新しいものに取り換えておいた方がいいぜ」

「携帯食料の賞味期限が切れかけだぞ。これはもうおやつにして、新しいのを支給してもらおうぜ」

「火打石も交換しておこう。あと非常時のロウソクも何本か入れておいた方がいいだろ?」


 学校で支給された冒険者道具も、実習訓練を重ねているうちに傷んだものも出てきている。

 特に武器や防具の類はそれが顕著(けんちょ)で、シャブリナさんも自分用の予備の短剣を眺めて「これはもう駄目だな」と呟いているみたいだった。


「どれ、貴様のものもこの際だから点検してやる。貸してみろ」

「あ、ありがとう。僕はあまり武器として使ってないから、そんなに傷んでいないと思うけど……」


 武器屋さんの《鈍器豊亭》で購入したモーニングスターが僕のメインウェポンだ。

 どっちかというと予備の短剣の方は、背負子にぶら下げたまんまだった。

 だから僕の細くて短くて頼りないそれを手にしたシャブリナさんは、おやという顔をしてこんな事を言う。


「まるで手入れをしていないじゃないか。鞘の中に収めたままだったな? 刃も手垢まみれだし奇麗にしておかないと錆びついて、いざという時に使い物にならないぞ」

「ご、ごめん。使わないと思って道具袋に吊るしたままだったから」

「鞘に納まって垢まみれとかけしからんっ! わたしがこれからキレイキレイしておくから、セイジは黙って見ていろっ」


 おかしなニヤニヤ顔を浮かべたシャブリナさんだ。

 アルコールに浸した布で、短剣の刃を何度もこするじゃないか。

 そうして彼女の視線が僕のお股の辺りを見ているのがわかって、何を連想しているのか気が付いた。


「も、もういいよ! それくらい僕ひとりでできるからっ」

「いつでも手入れに困ったら相談するんだぞ。何しろ貴様はわたしの相棒だからなッ」

「間に合ってます!」


 からかってくるシャブリナさんから逃げる様に短剣を鞘に納めた僕は、あわててその場から離れた。

 さて、他の場所ではティクンちゃんとビッツくんが、お薬の類を整理しているのが見える。

 ガラス瓶に納まったそれを丁寧に木箱の中に収めて、封をしているところだった。


「よし、これで回復薬と消毒薬の補充は完了だぜ。お、セイジさん!」

「そのうビッツくん、古いお薬は横流ししたら駄目ですからねっ」

「うるせぇクソチビ! オレがセイジさんの前でそんな事をするわきゃねえだろ?!」

「僕の前じゃなかったらするんだ……?」

「しねぇ、そんな事しねぇ。だから、そんな悲しいものを見る様な顔をしないでおくれよ……」


 封をされたお薬の入った木箱に、荷物持ちの僕が書付の紙を貼り付けた。

 お薬の種類と収納された数、それから日時。手元の麻紙にもしっかりとメモを取っておく。

 ビッツくんは必死に言い訳を並べていたけれど、古いお薬は何が起きるかわからないから絶対に横流しは駄目だからねっ。

 危険な古いお薬の瓶はティクンちゃんが責任をもって救護担当の教官に引き渡す。


 それが終わって他のみんなが何をしているのかと視線を漂わせたところ、


「いにしえの魔法使いは言いました。呼び出された殺戮者に無情の愛を注ぐのはわたし。フィジカル・マジカル・てぃんくるぽん!」


 突如として眩しい光に辺りが照らされて、ドイヒーさんが高々と呪文詠唱をする声が聞こえてきたんだ。


「ぎええええ眼が、眼がぁ!」

「何だこの虹色の光は、モンスターの襲撃か?!」

「違う、ナメクジの復活だ!」


 どうやら冒険者道具を点検する際に、ドイヒーさんが激レア使い魔スクロールを使って、てぃんくるぽんを再召喚しているところだったみたいだ。

 やがてきらめくスクロールの輝きが収まると、七色に輝く親指サイズのナメクジが姿を現したんだけど、


「おーっほっほっほ! ごきげんよう、てぃんくるぽん。あいたっ」


 相変わらずドイヒーさんは、使い魔に指を噛まれているみたいだね……



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