09 誰かティクンちゃんを止めて!
僕の突き刺した短剣は、小さな悪魔の胸をえぐっていた。
その感触はとても不思議で柔らかく、けれど先端だけは何か硬いものにぶつかった様な気がした。
きっと骨か何かに当たったのかも知れない。
とめどなく血が悪魔の胸からこぼれ出てきて、僕はあわててそれを引き抜いた。
「うひゃああ!」
呆然とした顔の小さな悪魔は、手に持って構えていたこん棒をゴトリと地面に落とす。
すかさず横から黒くて大きくて禍々しい長い杖を手にしたドイヒーさんが、ブンとそれを叩きつけるのだ。
「セイジさんお退きになって!」
「わわ、危ないっ」
急いで飛び退いたところに、ドイヒーさんの一撃が走る。
小さな悪魔は頭ごと殴り倒されて僕の視界から消えた。
長い杖を鈍器代わりに振り回したドイヒーさんのさらに横で、縦横無尽に剣を振り回すシャブリナさんの姿が視界の端に映り込んだ。
「せいっ! どやぁ! 死ねっ死ねっ!!」
盾で巧みに攻撃を受け流しながら、剣を走らせて一撃ごと確実に撃破する。
シャブリナさんのそんな姿は、普段の残念な姿と違って勇ましい。
時には体をヒラリと入れ替えて相手の空振りを誘い、盾ごとぶつかって小さい悪魔を壁に叩きつけていた。
あっという間に、ティクンちゃんを囲んでいた小さな悪魔たちの一角に突破口が開く。
僕はすかさず走り出してティクンちゃんに駆け寄った。
剣を構えながらも内股でしゃがみ込んだモジモジ少女の肩に手を回した時、背筋に刺激を走らせた様に彼女はビクンっと大きく背を反らす。
「セイジ! ここは無限に小悪魔が湧き出てくる部屋だっ」
「ご覧になってください、あの魔法陣から小さな悪魔が出現しているのですわっ」
「わたしがここを抑えている間にモジモジを連れて外に出ろ。ドイヒー、貴様が廊下まで誘導してくれ」
「お任せくださいましなっ」
魔法使いのはずのドイヒーさんは、グリンと黒くて硬くて大きくて禍々しい長い杖を振り回して残りの小さな悪魔たちをけん制した。
そのスキに僕はティクンちゃんの脇に腕を回して、無理やり小部屋の外に飛び出す。
「こちらは大丈夫ですわ!」
「わかった。死ねっこれでもか! よし離脱するッ」
「いきますわよッ。いにしえの魔法使いは言いました、ここで死ぬべき定めと。フィジカル・マジカル・ル・ばっくにゅうぅ!」
不思議な呪文を口にしたドイヒーさんの横を、シャブリナさんが駆け抜けた。
無限に湧き出て来るという小部屋に仕掛けられていた魔法陣。
そこから新たに発生しようとしてた小さな悪魔たちめがけて、紅蓮の炎が無数に噴射されたのだ。
「扉を閉めるぞ、セイジ引っ張れ!」
「わかったよッ!!」
シャブリナさんの合図と同時に、僕は杖を構えていたドイヒーさんの腕を取って廊下に引っ張り出す。
同時にガシャンと扉を閉めるシャブリナさんによって、小悪魔(かわいくない方)無限湧き部屋の脱出劇は終了した。
「ハアハアッ、ゼエゼエッ。すごく激しかったね……」
「そ、そうだな。フゥフゥ」
「すごく短時間でいっきに戦闘を繰り返したから、僕、息切れしちゃったや。ハアハア」
「ふひゅう、誰でも最初は不慣れなものですわ、経験するうちに何でもないものになるはず……」
それでいったいここはどこだろう。
先を進みながら、僕はキョロキョロと周囲を見回した。
ティクンちゃんはお股が濡れてモジモジしている。
けれどそこは見ない様にしてあげる事が大人のマナーかな。
「ところであそこに階段が見えておりますわね。この上にボスの部屋があるという事ですの?」
地面に転がっていたランタンを拾い上げたドイヒーさんが、それを掲げて周囲を見回す。
「あっこら、だから勝手に先々進むんじゃない!」
「マッピング、やる前に大騒ぎになっちゃったね」
「……あのう、しょうがないです。覚えている範囲で地図を、書き込んでおきましょう」
ボードはどこかに落としてしまったので、予備の麻紙にメモを取る。
ティクンちゃんがお股を気にしながらランタンを掲げてくれた。
「どうしてそうやって独断専行するんだ貴様は、班のメンバーと連携をとらないか」
「いちいち指図をされなくても、わたくしはみなさんをお待ちになっているでしょう!!」
相変わらず顔を突き合わせると口論しているシャブリナさんとドイヒーさん。
階段を昇りきったところで、ドンとばかり通路の壁にドイヒーさんが手を付いた。
「盾役のあなたこそ先頭に立つべきなのに、遅いからですわっ」
その瞬間に「ウィーンガシャン」という何かの装置が起動する音がした。
もしかすると、また何かおかしなものに触れたせいで、モンスターが出てくるとかそういう事になるんじゃ……
そして僕の予想が残念ながら的中した。
「おい待て、この通路の先の扉が自動で開いたぞ。む、何かが出て来る。おい、あれは何だ。ドイヒー説明しろッ」
「何ですの何も見え……でかっ、ちょ、大きな悪魔ですわ、黒くて禍々しくて牛みたいな顔を付けた筋肉質な人間が、こちらに、こちらに、ひいいっ来ないでえええええっ」
ドイヒーさんが何も考えずに妙なボタンを押したらしく、奥にある部屋の扉が起動したんだ!
何でこんなに連続して、次々とモンスターが飛び出してくるかなあっ。
「ミノタウロスだ! あれは、ミノタウロスだぞ!!」
ぬうんと顔を突き出した野牛顔のモンスターは、さび付いた大剣を持っていた。
たぶん僕のか細い短剣で受け止めたら、もろとも粉砕されるに違いない。
「どうして訓練施設の隠し部屋程度に、ボス級の黒くて禍々しくて牛みたいな顔を付けた筋肉質なミノタウロスがおりますの!」
「じゃあきっと、ドイヒーさんがボス部屋のボタンを何かのはずみで押したんだよ! 酷いよドイヒーさんっ」
「わたしの体力ではあんな馬鹿力のモンスターは押さえきれないぞ。おいモジモジ、支援魔法をたのむ、おい、おい聞いてるかモジモジ?!」
迫りくるミノタウロスに僕たちは身構えた。
けれどもモジモジ少女は、
「……駄目だよシャブリナさん、ティクンちゃんは白眼剥いてジョビジョバしてるよぉ」
すでに回復職のティクンちゃんが戦力外になってた。
ほとんど最初に支援の補助魔法をかけてくれた後に、ティクンちゃんは何もしていない。
「くそっ、ドイヒー貴様の攻撃魔法が頼りだ!」
「無理ですわよ、こちらも先ほどの戦闘で魔力切れを起こしておりますのッ」
「な、何だって?! それじゃこのモンスターパレスをクリア出来ないじゃないか。こいつを何とか、ぬわぁ!」
ボスは僕たちを待ってはくれなかった。
さび付いた大剣がぐいんとシャブリナさんめがけて振り下ろされる。
緩慢な動きだから盾を使って威力をいなして、シャブリナさんが飛びのいた。
「ぐわぁ、敵は待ってはくれない。セイジ、セイジだけでも逃げるんだ!」
「そんな事できるわけないよ。気絶したティクンちゃんはどうするんだよっ」
ドイヒーさんも度重なる戦闘で魔法切れ。
ちょっとしたチュートリアルな訓練施設でのダンジョン体験のはずが、歯車がぜんぜんかみ合わないせいで、もはや絶体絶命の状態に僕たちはなっていたんだ。
みんなどうやってボス部屋までクリアできたの?
というか新米訓練生の中にクリアできたひとって本当にいるの?!
「ティクンちゃん、ティクンちゃん目を覚まして。気絶している場合じゃないよ、わぁ、もう駄目だ!」
僕たちはこのまま全滅してしまうかもしれない。
モジモジ少女の肩をガクガクやって必死に目を覚まさせようとしたところ、
「……ハッ、いや、ひやん。駄目です、近寄らないで。近寄らないでえええええぇ!!」
ティクンちゃんはビクンと一度体をしならせたところで覚醒した。
そのまま僕を突き飛ばす様に立ち上がると、どういうわけかミノタウロスに向かって突撃する。
「誰かティクンちゃんを止めて!」