89 将来の夢について考えます!
喧騒で溢れる大きな酒場の中を、スルスルとすり抜けながらフリフリようじょが案内してくれる。
僕らを振り返って「こっちなのじゃ!」と声をかけて連れてこられたのは、酒場のずっと奥にあるテーブル席だった。
「……ところでようじょ。貴様が何故ここにいるのだ?」
すると胡乱げな表情を浮かべたシャブリナさんが椅子を引きドッカリと腰を落ち着けながらそんな質問をした。
「そんなものは簡単じゃ。生きていくため働くのは自然の道理なのじゃ!」
「だが貴様は、あちこちの迷宮で行商をしてると噂を聞いたぞ」
「……ギクッそれはきっと他人の空似なのじゃ。アハハハハ」
ドンっ!
「他人の空似ではない! ダルマの塔で《最後の盾》パーティーに紙おむつを売り捌いていたようじょというのは、貴様の事だろうっ」
シャブリナさんがテーブルを拳で叩いて身を乗り出した。
フリフリようじょを睨みつけると、そのまま言葉を続けるではないか。
「それが何故、貴様がここにいるのか質問しているのだっ」
「あ、あれは新商品の売れ行きをコッソリと確認するために、ちょっと試作販売をしていただけなのじゃ」
「ならばどうして、わざわざ他人の空似などと、隠し通そうとしたんですの。まさかあなた、怪しい薬でも売り捌いていたのがバレたんじゃありませんの?」
メニュー表を開いて飲み物の項目をチェックしながらも、ドイヒーさんが言葉を添えた。
「余はおりこうさんようじょなのだからして、その様な法律に反する事はしないのじゃ! ただ……」
「ただ、何ですの?」
「より素晴らしい余の考えた新商品を開発するためには、資金が必要だからなのじゃ。元手になる資金が無いと商品開発はできないのじゃ。その日暮らしの行商では埒が明かないし、税金は高いし、世の中はとっても世知辛いのじゃ……」
シュンとしたようじょは下を向いて愚痴をこぼした。
「そのう。モンスターの匂いがするお薬はどうしたんですか?」
「あれは量産には不向きなので、持っているぶんをビーストエンドのババアに納品したらなくなったのじゃ! 何れ余が開発する予定の万能ポーションの資金にはまだまだ足りないのじゃ。だからおちんぎんを稼ぐ必要がるのじゃ」
口の悪いようじょ錬金術師も大変なんだね。
僕がそんな感想を脳裏に浮かべていると、すでに立ち直ったようじょは笑い出した。
「余には夢がある。夢をかなえるためには、何だってするのじゃ。お前たちもタップリ呑んで食べて、醜く肥って余のおちんぎんの足しになるがよいぞ。アハハハハハ」
ドリンクの注文を聞いたようじょは、高笑いしながらそのまま立ち去った。
みんなは注文表を覗き込みながら、アレコレと何を頼もうか相談するんだけれども。
僕だけはようじょの口にした夢と言う言葉が頭に残って、ついつい考え込んでしまったんだ。
「どうしたんですのセイジさん。何か食べたいものをおっしゃってくださいな」
「あっごめん。僕は隣のひとたちが食べている、大皿に盛られた蒸し魚の料理が食べたいかな」
「わたしはセイジのソーセイジが食べたいが、今は我慢しておこう。ポークビッツを頼むとするか」
「ついでに、お漏らししなくなるポーションを水割りでお願いするのっ」
「だからそんなものはないっ!」
給仕のお兄さんに注文を言づけてた後。
飲み物や食事が運ばれてくるまでの間、僕は考え込んだ。
「こうして見ると、景気の良さげな冒険者の方々もおられますわね」
「フンフン。卒業したらわたしたちも、あんな風になりたいのっ」
「あんな品の無い呑み方をするのは関心せんな。セイジはああなったら駄目だからな。な?」
冒険者になるというのは、訓練学校に通っている僕らの共通した夢だ。
けれども、考えてみると学校を卒業して冒険者になってからの事は、漠然としか想像していなかったや。
「ダンジョン踏破があったのかしら。そんな風には聞いておりませんけれども」
「いや、あれは大方おちんぎんが支払われたから、憂さ晴らしに来た感じだぞ。息抜きは大事だからな」
「コクコク、確かにまだ駆け出しみたいな冒険者たちです。来年はわたしたちもあんな風にっ」
みんなで訓練学校を卒業して、立派な冒険者になれればいいね!
それで難攻不落のダンジョンを踏破して一攫千金を夢見る。
僕の夢はそこで止まっていたけれども、それじゃあ冒険者になってから目標を失うかもしれない。
「ドイヒーさんは魔法の才能を世の中に役立てるために、パン屋の跡を継がずに冒険者になる事にしたんだよね」
「そうですわねえ。光と闇の魔法を使うと爽快ですし、それで悪さをするモンスターを退治できるのだから一石二鳥ですわね。おっほっほっほ!」
運ばれてきた飲み物とお食事を前にして。
当たり前の事の様にドイヒーさんは金髪巻き毛をかき上げながら哄笑した。
世の中のためにというところは立派だけれど、派手な攻撃魔法を使うのが好きな彼女らしい理由だ。
「ティクンちゃんはどうして冒険者に?」
「そのう。わたしは五人姉弟の長女なのっ。だからお金を稼ぐために冒険者になろうと思って、教会堂に回復職の修行しにいっていたのっ」
何だか知られざるジョビジョバようじょの家庭の事情を聞いてしまった。
うちの班じゃ一番年齢が低いのに、しっかりと将来を見据えてヒーラーの修行をしてから訓練学校に入校したんだね。
取り皿片手にお芋のサラダを盛り付けながら、ティクンちゃんは嬉しそうにそう言ったんだ。
「わたしには聞いてくれないのかセイジ、ん?」
「……シャブリナさんはどうして?」
「もちろんセイジひとりでは危なっかしいし、見ていられないからに決まっているじゃないか。わたしセイジの貞操を守ると騎士の誓いを立てたからな。貴様を守り幸せを手に入れるのがわたしの夢と言えるだろう。アッハッハ」
やっぱりちゃんと、みんな夢があるんだね。
僕も卒業した先の事をしっかりと見据えて、将来の目標を立てておこうと考えた。
「それはそれとして、セイジさんとシャブリナさんは同じギルドに就職するつもりなのでしょう?」
「当然だ。セイジの行くところ常にわたしがいるものだと心得ろ」
「でしたらわたくしも、同じギルドに進みたいものですわね。せっかくこうしてあなたやモジモジさんとのチームプレーも身に着けてきたところですし……」
「フンフン。わたしもそのつもりですっ」
「何を言っているんだドイヒー。貴様はチームプレーを蔑ろにするから遠慮する、貴様だけ他所のギルドに就職したらどうか」
「わたくしを仲間外れにするつもりですの?! プンスコっ」
みんなが料理を取り分けながら、酒場の喧騒に負けないぐらいおしゃべりをしている。
僕はそれをニコニコ観察しながら、ぶどう酒をみんなのグラスに注いでいった。
「うん。まずは三年、冒険者の仕事を辞めない事。それから将来も、このみんなでパーティーを組んで迷宮攻略ができたらいいなっ」
蒸し魚を切り分けて盛り付けてくれたシャブリナさんが、取り皿を差し出してくれた。
その時に不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込んでくるんだ。
「何か言ったかセイジ。よく聞こえなかったが?」
「ううん、何でも無いから気にしないで……それじゃみんな、乾杯しようよっ」
僕は思った。
このメンバーでダンジョン踏破を成し遂げてみたいなと。
たとえ何年も時間がかかっても、それができれば最高じゃないかって。




