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85 そんな女神の祝福は存在しないッ!

投稿後、後半パートに加筆修正を加えました。

 第二のジョビジョバ事件は、ドイヒーさんのお股で起きた。

 たったひと晩のうちにシャブリナさんに続いて、ドイヒーさんにまで起きるだなんて……

 これはやっぱり何かがおかしい?!


「そ、そんな顔でわたくしを見ないでくださいましな、セイジさん……?!」


 毛布をめくってみれば、ドイヒーさんが暗がりの中でローブのお股をギュっと握りしめて隠している。

 そうしている間にもシャブリナさんが明かりを灯したランタンを近づけて。

 驚きと羞恥、それらがない交ぜになったドイヒーさんの表情が浮かび上がったのだ。


「これは間違いなくお漏らしだね」

「確かにローブが濡れている、お漏らしだな」

「……そのう、お漏らしですッ」


 嫌々を続けて後ずさるドイヒーさんだけれども。

 照らされた彼女のローブは、確かに水気を帯びて変色していた。


「ち、違いますのよ。シャブリナさんじゃありませんので、わたくしは決してお漏らしなど、お漏らしなどしてはおりませんわ!」

「しかしドイヒー、貴様のお股は確かに濡れている。むしろ濡れていないのなら、そのローブをめくってお股を見せてもらおうではないか。それでも濡れていないというのなら信じてやるぞドイヒー。ん?」

「触らないでくださいましな! 信じて下さいな、わたくしは自分の意思でお漏らしなど、本当にしておりませんのッ」


 僕にランタンを押し付けたシャブリナさんは、ジジリとドイヒーさんににじり寄る。

 すると恐れをなしたドイヒーさんは僕に助けを求めたんだけど、


「せっセイジさん、助けて下さいましな!」

「貴様はわたしがお漏らしをしていないと否定した時、これは何かの間違いだという弁を信じてはくれなかったではないか。つまりはそういう事だ」

「ではシャブリナさんの言葉を信じます、信じますのよっ。だからお願いこれはわたくしがやった事ではっ。ひいい、酷い事しないでえええっ」

「こ、こら。大人しく観念しないか。早いところ下着とローブを洗わないと、朝が来てしまうんだからな!」


 有無を言わさぬ口調でシャブリナさんはドイヒーさんの腕を鷲掴みする。

 ドイヒーさんの抵抗も虚しく魔法使いのローブを引っぺがされた彼女は、そのまま下着を兼ねるマイクロビキニアーマーも脱がされてツンツルテンになってしまったんだ。


 見ちゃいられないその姿に僕はたまらず顔を背けた。

 するとその先にティクンちゃんの浮かない顔があって、視線が交差してしまう。

 咄嗟に彼女はビクンビクンと背筋をしならせると、挙動不審に言い訳をしたんだった。


「な、何でもないのッ」


 何でもないなんて事はないよっ。

 泣きべそをかいて「わたくし、やっておりませんのに」と零すドイヒーさんを見て、ティクンちゃんは明らかに様子がおかしかった。


「ティクンちゃん?」


 ビクン。

 やっぱりおかしい。


「ちょっと話があるんだけれど」


 ビクンビクン。

 ティクンちゃんは何かを隠している様子だ。


 だって、ティクンちゃんが神おむつを身に着けて就寝した途端に、まるでそれが原因の様にお漏らしが多発した。

 最初はシャブリナさんで、次はドイヒーさん。

 このまま行けば次にジョビジョバ事件の犠牲者になるのは、僕?!

 そんな予感が脳裏をよぎった時、もしかしたら僕は厳しい顔つきをしていたのかも知れない。


「ちょっと質問したい事があるんだけれど、ティクンちゃんいいかな」

「……せ、セイジくん顔が怖いのッ」


 身をよじって後退したティクンちゃんは、おずおずと上目遣いで僕の顔色をうかがっている。


「ティクンちゃんは昨日の夜《最後の盾》のみんなと酒場に入った時も、それから夕食を取るために宿屋の食堂に入った時も、不味いビールやぶどう酒を呑んでいたよね?」

「た、確かに呑みました」

「それをきっちり呑み干していたはずだと僕は思うんだ。普段ならそれだけ呑めば、ティクンちゃんは決まって朝までにはお漏らしをしていたと思う。それなのに昨夜のティクンちゃんがお漏らしする代わりに、シャブリナさんとドイヒーさんがジョビジョバをしてしまったんだよね?」


 そ、それはお二人のお股の蛇口が壊れたからなのっ。

 まるでそんな風に言いたげにティクンちゃんが表情で訴えかけてくる。

 すると「漏もらした」「漏らしてない」と押し問答をやっていたシャブリナさんとドイヒーさんが、僕らの方に顔を向けたのが視界の端に写り込んだ。


「これではまるでシャブリナさんとドイヒーさんが、ジョビジョバの呪いに感染してしまったみたいに感じるけれど、それは無いよね?」


 もしも本当にジョビジョバの呪いが感染拡大するものだった場合、それは《最後の盾》のみなさんと接触した全員が犠牲者になってないとおかしい。

 僕らだけじゃなく彼らが泊っている宿屋のひとや、競売の入札代行をしていた商人風のひともジョビジョバのフレンズになる。

 空気感染なのか接触による感染なのかむつかしい事はわからないけれど、僕はそんなジョビジョバ感染拡大(パンデミック)あり得ないと思うんだ。


「という事は、やっぱりティクンちゃんが身に着けている黄ばんだ布切れ、《急にトイレが我慢できなくなっても、そのまま垂らし放題のパンツ。名付けてアンリミテッド・神おむつ(ゴット・パンツ)》に何か秘密が隠されていると思うんだよね……」


 ティクンちゃんはお漏らしをしなかった。

 それは神おむつの何かしらのアイテム効果が発動したからだ。

 秘密はティクンちゃんの黄ばんだ布切れにある。


「貴様、やはり何か隠しているな?」

「フルフルっ、きっ気のせいなの……」

「気のせいなわけがありませんわっ。あなたの挙動不審な態度が何かを隠していると言っている証拠ですもの!」

「ち、違うの。わたしは確かにお漏らししたと思ったのに、していなかったの!」

「「「?!」」」

「お股に広がる解放感があって『あっ』って思ったのに、お股は濡れていなかったのっ。これは女神様の祝福を受けた魔法のおむつのおかげですっ」


 ティクンちゃんは白状した。

 確かに自分はジョビジョバの感覚があったのにもかかわらず、実際にはお漏らしをしていなかった。

 

「昨夜は呑みすぎて二回もおトイレに行く夢をみちゃったんだけど、二度とも大丈夫でしたっ。きっと女神様の祝福を――」

「そんな女神の祝福は存在しないッ!!」


 必死に言い訳するティクンちゃんの言葉を遮って、シャブリナさんがぶちまけた。

 どうやらティクンちゃんがお漏らしをしたと感じた瞬間に連動して、シャブリナさんとドイヒーさんのお股がお湿りしたらしい。

 そんな結論に思い至ったドイヒーさんが、肩を怒らせてこう切り出すんだ。


「謎は全て解けましたわ! モジモジさんがジョバっとした瞬間に、黄ばんだ布切れのクロッチを経由して、わたくしやシャブリナさんのお股にお漏らしが移転したのですわ! そうでもなければ、ひと晩のうちにわたくしたちが連続してお漏らしをした説明が付きませんものっ」


 それに相違ありませんこと?! なんてドイヒーさんがズイを身を乗り出すと。


「ひんっごめんなさい! わたしはお漏らしをしましたっ。お漏らしをした瞬間にしまったと思って、わたしじゃない誰かが代わりにお漏らししてくれればいいなと思いましたっ」


 ティクンちゃんは隠していた事を洗いざらい白状したのである。


 どうやらこの神おむつは、水分を吸収するのではなくて黄ばんだ布切れを介して別の場所にお漏らしを排出する魔法のアイテムだったらしい。

 構造はどうなっているのかよくわからないけれど、機能は単純だった。


 精度はどの程度のものかわからないけれど、頭の中にイメージした場所に概ねで飛ばす事ができるのかも知れない。

 そうするとシャブリナさんやドイヒーさんにお漏らしを擦り付けた、という事になる。


「貴様どうしてわたしにお漏らしを擦り付けるなどしたのだ!」

「そうですわ、最初から部屋の隅に置かれているトイレ用の壺に移転させればよかったではないですのっ」

「落ち着いてシャブリナさん、ティクンちゃんも使い方が分かっていなかったんだから。ドイヒーさんもほら、早く下半身丸出しのままじゃ風邪をひいてしまうし!」


 詰め寄るシャブリナさん、ドイヒーさんをあわてて止めに入る。

 さすがに使い方がまだよくわかっていない魔法のアイテムが原因なのだから、ティクンちゃんを強く責める事はできないよっ。なんて思っていると、


「ごめんなさいッ。寝ぼけていて頭がまわらなかったの……あっ」


 謝罪の言葉を口にしたティクンちゃんが、その言葉の途中で小さな悲鳴を上げた。

 今のはもしかしなくても、ジョバっとジョバしたよね?!

 その瞬間に隣の部屋から突然、悲鳴が飛び出すのを僕らは耳にした。


「うわあああああっ何じゃこりゃああ! オレ様の股が水浸しになっているじゃねえかあああ!!!!」


 黎明の刻。

 宿屋中に響き渡る悲鳴の主は、間違いなくビッツくんのものだった……


 僕は第三の犠牲者を出す前に事件解決する事ができなかった。

 どうやらティクンちゃんは、トイレにジョビジョバを移転させるという事が上手くコントロールできないらしい。

 この神おむつを使いこなせる日が来るまで、それはまだまだ犠牲者が増え続けるという事になるのだ。


「そ、そんな恐ろしいものをわがパーティーで使い続ける事は許さんからなっ!」

「捨てて来なさいましな!!」


 こうしてティクンちゃんは、《急にトイレが我慢できなくなっても、そのまま垂らし放題のパンツ。名付けてアンリミテッド・神おむつ(ゴット・パンツ)》を手放す事にした。

 翌朝、僕らが訓練学校に向けて出発する直前。

 ティクンちゃんは《最後の盾》のタンカー役のお兄さんに使用済み神おむつを受け渡したんだ。


「……そのう、どうぞッ」

「いいのかいジョビジョバのお嬢ちゃん?」

「もう、いらなくなったの」


 差し出された布切れは、以前にもまして黄ばんでいる様な気がした。

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