84 油断、油断ですわ!
カビたチーズを平らげて、不味いビールを呑み干したところで安酒場を後にする。
路地裏に出たところで《最後の盾》のみなさんと解散になる。
だからその前に、僕は疑問に思っていた事を質問したんだ。
「ところで《最後の盾》のみなさんは、どうしてオークションの途中で競りを諦めてしまったんですか?」
理由は簡単です、と弓職の女冒険者が震える表情で説明してくれる。
プルプルしているのは、今もトイレを我慢しているからだろうか?
「あのまま《急にトイレが我慢できなくなっても、そのまま垂らし放題のパンツ。名付けてアンリミテッド・神おむつ》の最終落札額が鰻登りに上がり続けると、わたしたちは判断したのです」
「怒りに任せて値段をつり上げるよりも、いったんそちらに落札させた後にきみたちへ交渉を持ちかけた方がいいと代理人に説得されたんだ」
「それにもし交渉決裂した場合、最低入札価格が跳ね上がった状態よりは今ここで我慢した方がいいと判断したからな」
口々に言葉を添える《最後の盾》のみなさん。
そうして最後にタンカー役のお兄さんがこんな冗談を口にした。
「ま、俺たちは我慢する事は慣れているからなっ」
「でも実際は我慢できていないからジョビジョバし放題なのだけれども」
「「「アッハッハ!」」」
自虐の笑いが《最後の盾》のみなさんから飛び出したところで、僕たちは引きつった笑みを浮かべるぐらいしかできなかった。
するとタンカー役のお兄さんが、去り際に言葉を漏らした。
「これまで神おむつの入札に参加したヤツは、みんな決まってノッポの姉ちゃんみたいな重装備の鎧を着ている連中だった。それがそこのジョビジョバお嬢ちゃんは違った」
「…………」
「という事は、お嬢ちゃんにはやむにやまれぬ事情があって、どうしても神おむつが必要なジョビジョバの呪いに悩まされているという事だ。それも今回話してみてよーくわかった」
冒険者パーティーのみなさんが神妙な顔をした。
そうして言葉を絞り出していたタンカー役のお兄さんを慰める様に、背中をさすっている。
「だから、最初は是が非でも譲ってもらいたいと必死だったが、今はお嬢ちゃんがひと晩考えて、無理だというのならば諦めるつもりではいる。俺たちはジョビジョバのフレンズだからな」
「……コクコク」
「おむつはまた、あの頭のおかしいようじょの露店で買えばすむあっ……?!」
最後にしまりのない声で言葉を終えたお兄さん。
きっと溢れ出す感情と一緒に何かが漏れ出したのかも知れない。
さようならまた明日、その背中はとても哀愁漂う物だった。
「何だかみなさん、とってもかわいそうなひとたちだったのですッ」
「そうだね。ジョビジョバの呪いが本当にあるなんて、僕は思いもしなかったや。お漏らしの魔法をかけるって、ティクンちゃんが冗談で言っているものとばかり思っていたけど……」
けれどその魔法は実際に存在した。
ダルマの塔にある三四階層のレイドボス・魔法使いのゴーレムはその恐ろしい災厄を振り撒いたのだから。
「あのう。わたし、あのお兄さんに女神様の祝福を受けたパンツをあげてもいいと、ちょっと思いましたッ」
けどまだ決心がついたというわけじゃないらしい。
だからひと晩考えたい、そういう言葉を今はティクンちゃんは返したんだね。
「……いいのかティクン、ひと晩考えるなどと言ってしまって。貴様にとっても神おむつは必須の冒険者装備ではないか」
「そうですわ。せっかく手に入れた黄色い布切れを、いくらかわいそうだからと言ってお譲りする検討をするなんて」
「連中も大変だろうけれど、貴様もこれで毎晩お漏らしの悪夢から解放されるのだからな。考えるにしても、同情に流されてそこのところを見失ってはいけないぞ」
「……コクコク」
宿泊している部屋に引き上げる途中で。
シャブリナさんやドイヒーさんが心配そうに言葉を投げかける。
僕の顔を見やったティクンちゃんは、むつかしい顔をしながらも自分の意志で正しい判断を下そうと必死に考えている様だった。
譲るにしても、そうでないにしても、
「あのう、悔いが残らない様に今夜は女神様の祝福を受けたパンツを付けて寝る事にしますっ」
「そうだね。どんな履き心地なのか試着は大事だよね」
なんて僕はおかしな返事をしてしまった。
試着は大切だけれど、モジモジ少女の履いたパンツを受け取る冒険者お兄さんの図はちょっと犯罪臭が漂う。
おじさんの僕がそれをやったら、アウトかセーフで言えばアウチだ……
痛々しいねッ!
その夜、先ほどの安酒場での呑み食いに物足りなさを感じていた僕らは、宿屋の食堂でふかし芋や煮込みスープを注文してお腹を満たした。
久しぶりに清潔な寝台に横になれば、みんなすぐにも就寝だ。
僕はというと、ふとアンリミテッド・神おむつの構造について考えながら、眠気が到来するのを待った。
最初、魔法のドロップアイテムだから、きっと不思議な魔法陣がクロッチ部分に描かれているのだろうかなんて考えたんだけど。
黄ばんだ布切れを見せてもらった限り、そういうものは無かったんだよね。
どこからどう見ても黄ばんだ布切れそのもので、本当にお漏らしを鉄壁のガードをしてくれるのか僕には疑い深かったけれど、確かに《最後の盾の》のみなさんは真剣そのものの表情だった。
競売にかけられたぐらいなんだから、本物には違いないんだろうけれど。
神おむつが受け止めたジョビジョバは、いったいどこにとばされてしまうんだろうね?
なんて事を考えている間に、僕はやがて意識がぼんやりとして夢の中へと誘われた。
すぴーとシャブリナさんが寝息を立てている音、ギリギリとドイヒーさんの歯ぎしりも耳から遠ざかっていく。
ティクンちゃんも今夜は安心して寝ているみたいだね。
みんな、おやすみ……
……。
…………。
どれくらいの時間が経過したのだろう。
夜も繁華の賑わいは続き、宿屋の窓からは広場の明かりが差し込んでいたみたいだ。そんな中、
「んにゃにゃ、にゃだこれはあああああっ?!」
「「「?!!」」
突如としてドイヒーさんが静まりかえった僕らの泊まった部屋で絶叫したんだ。
悪夢にでもうなされたのかな?
「シャブリナさん落ちついて、ここはもうダンジョン内部ではないんだから!」
「フンフンっ」
「いいっいったい何事ですのっ」
ビックリした僕たちは、飛び起きると急いでシャブリナさんの寝台に集まった。
いつもはおかしな事を口走るけれど、それでも大切なところでは冷静沈着なシャブリナさんらしくない、あわてた表情でワナワナとしてるじゃないか。
「わたしの股の周辺が、どういうわけかなま暖かい温もりで水浸しになっているではないかああああああああッ!!」
集まった僕らを前に、バアンと毛布を脚で跳ね上げたシャブリナさんだ。
すると不思議な呪文を唱えて発光魔法を口にしたドイヒーさんによって、彼女の周辺がぼんやりと照らされる。
ネグリジェ姿のシャブリナさんのお股周辺は、確かにジョビっとジョバされていたんだ。
「わたしはやってない、やってないのに勝手に股がビシャビシャのジョビジョバになっていたのだ! にゃにかの間違いだ!!」
「間違いといっても、やってしまったのはしょうがないよ……」
「違うんだセイジ、信じてくれ。わたしは決して自分の意志で漏らしたわけじゃないんだからなっ」
「シャブリナさん。あなたもしかして、ジョビジョバの呪いに感染してしまったのではありませんの?! そうでなければ油断、油断ですわ!」
「しょんな馬鹿な話は聞いたことがないじょ! それにわたしは油断などしていないっ…
「き、きっとシャブリナさんも疲れていたから、お股が緩くなっていたんだねっ」
弁明を続けるシャブリナさんは「見るな、見ないでくれぇ」と盛大に耳まで顔を赤くしながら首を横に振る。
ティクンちゃんはあんぐりと口を開けて驚いていたけれど、何も言わずにただ様子をうかがっていた。
「と、とにかく服を着替えようよ。夜は冷えるからそのままだと風邪を引いてしまうかも知れないし」
「くっ殺せ。わたしを殺してくれセイジ、わたしはお漏らしなんかに屈する女じゃなかったのに。うぐっひくっ……」
とにかく気が動転しているシャブリナさんを落ち着かせなくちゃならない。
僕は何度も彼女の背中をさすりながら落ち着かせて、さあ下着を交換しようと話しかけて説得した。
そうして下着を洗ってこようとしたところ、シャブリナさんにキッパリと拒絶されてしまった。
「じ、自分で洗うから、いまはそうっとしておいてくれっ……」
シャブリナさんが泣いている姿なんて早々あることじゃない。
きっと、よっぽど疲れて脱力していたんだろうね……
「セイジさん、今はシャブリナさんの好きな様にさせてあげなさいな。彼女もノッポではあるけれど、乙女という事ですわ。ねえティクンさん?」
「コ、コクコク」
「うん……」
こうして真夜中の騒ぎが一段落し、ふたたび僕らが寝静まった後の事だ。
コムドム村の広場もお店の灯りが徐々に消えて、いつの間にか虫の音が跳ね窓の向こう側から聞こえてくる様になった頃合いになって、
「ひいいいいいっ、なななっ何ですのこれは一体?! お股が突如としてジュワっと、ジュワっとしておりますのよおおおおっ?!!!!!」
今度はドイヒーさんが明け方前に絶叫の声を上げたのだ。
 




