08 おちんぎんパワー!
ドイヒーさんの魔法攻撃で、爆炎と土煙が周辺を支配した。
「……けほっけほっごほっ、やりましたの?」
どうかな、ゴホゴホ。
足元にいたスライムは、焦げ茶色に変色して固形物になっているけれど……
「やりすぎだ! こんな狭い場所でこんな威力の高い魔法を考えなしに使えばどうなるか、貴様はそんな事もわからなかったのかパン屋の娘っ!!」
「な、なんですって? だったらあなたは他に何か方法があったというのですの? スライムが、スライムがわっわたくしの太ももを這い上がって来たのですよっ」
黒煙がようやく周囲に散ってお互いの顔を確認できるぐらいになると。
盾を外して煤けた顔をしたシャブリナさんが、ドイヒーさんと口論をしている姿が見えた。
「酷い目にあったねティクンちゃん。君は大丈夫?」
「こほこほ、大丈夫です……」
モジモジ少女も顔を煤けさせていたけれど、何とか五体満足で無事だったみたい。
問題はみんな服装のあちこちが焦げた様に黒ずんでいるのが、ランタンをかざしてみると良くわかった。
たぶん一番被害が酷いのは、高貴なお貴族さまの令嬢みたいな容姿をしていたドイヒーさんかな。
パン屋だけどね。
綺麗だった金髪の縦ロールも、今は縮れ毛のアフロみたいになっている。
「ここが訓練施設でよかったぞ! 魔法威力の衝撃吸収をする素材が使われていなかったら、みんな爆死体になっていた事は間違いなしだ」
「何もしなければここでスライムに全滅させられたのではないですか!」
「駄目だ駄目だ、意味もなく魔法攻撃を行う事は禁止するからなっ」
「それではどうやって魔法を使えばよいのですっ。モンスターに遭遇したら、いちいちシャブリナさんの許可を取らなければ魔法も使えないんですの?」
「そういう事だ。せめて周りにこれから魔法を使う事を警告しなければ、またこの様な事になる! 訓練施設の模擬ダンジョンもクリアできないなど、騎士見習いの名折れになってしまう。プンスコ!」
怒りが収まらないのか、シャブリナさんはとても恐ろしい顔をしてドイヒーさんを睨みつける。
すると関係ないモジモジ少女のティクンちゃんが、ビクビクしながら僕にしがみつく。
「ひっ、はわわっ……あっ」
「え、どうしたのティクンちゃん。またお股がジョビジョバでお湿りしちゃった?」
「違います。ひゃん、上、上を見てください!」
あわてて僕はティクンちゃんの指示した天井を見上げた。
するとどうでしょう。
厨二病をこじらせたドイヒーさんの強力な大爆発魔法で、全滅したと思っていたのに。
どべぇヌチャァと天井石の隙間から、水漏れする様にスライムが垂れてくる姿を僕とティクンちゃんは目撃したのだ。
「いやああ、来ないでぇ!」
ベチャリとその一部が分離した。
落下した緑蛍光のスライムがびょーんと触手を伸ばした瞬間。
ティクンちゃんはいきなりその場から遁走したのだ。
「あ、こら待て。勝手に班を離れて行動してはいけない。その先の小部屋はモンスターがっ」
逃げ込んだ先はすぐそこの小部屋だった。
ところが飛び込んだと思ったらすぐにも「きゃー!」と黄色い声をまき散らして、ティクンちゃんが飛び出してきた。
その後を、ウホウホと小さい悪魔みたいなモンスターが追いかけていく。
「撃て、今こそ撃ちまくれアーナフランソワーズドイヒー! 貴様の最強をここで見せてくれ!」
「え、いいんですのね? 撃ちますわ、撃ちますわよっ」
「ぬん! 死ねっ死ねっ。おちんぎんパワー!!」
「いにしえの魔法使いは言いました、フィジカル・マジカル・ウッフーン!」
すかさず抜剣したシャブリナさんと魔法攻撃をしたドイヒーさん。
今度は上手くふたりがかみ合って、コンビネーションが決まったみたいだ。
まず一撃で小さい悪魔をふたり撫で斬りにしたところ、斬りこぼした残りの小人の悪魔を魔法で掃討。
「……ハアハアッ、行ってしまいましたわねティクンさん」
「しまいましたね、ではないぞ。おい、わたしたちも追いかけるぞ!」
さすが騎士見習いのシャブリナさん。
呆気に取られていた僕たちをすぐに叱咤してくれた。
ダンジョンのさらに先にある小部屋に逃げ込んだティクンちゃんを追いかける様に指示を飛ばしてくれた。
「行くよドイヒーさん」
「ひふうっ。あンお待ちになって、魔法を連続して使ったから息切れがっ」
僕はドイヒーさんの腕を取って、先頭を走るシャブリナさんに続く。
本当はひとつひとつの小部屋を警戒しながら調べて回る。
マッピングして問題が無ければ前進だ。
これを繰り返すのがダンジョンの鉄則だと、最初にゴリラ教官が説明をしていた気がする。
でも今はそんな順番が全部台無しになっていた。
「ダンジョン攻略ではこういう事も稀によくやるそうだ! モンスタートレインと言って、不用意に小部屋に入るとモンスターを引き連れてあの様な事になるのだ。それをモンスタートレインと言うのだ。覚えておけセイジ」
「稀によくやる?! つまり日常茶飯事って事っ?!」
「だが今はそんな些末な事を気にしている場合ではないぞ。おちんぎんパワーで突破する!」
ティクンちゃんの消えた部屋にシャブリナさんが、盾を前面に押し立てながら突入だ。
ドイヒーさんも、硬くて黒くて大きくて、長く禍々しい形をした杖を鈍器代わりに身構えている。
僕も短剣を抜いて、せめて無駄な抵抗をするつもりだ。
年端もいかない女の子を守れなくて、何が三十路だろうか。
「やっ、来ないで、来ないでくださいっ。これ以上近づかれたらわたし、我慢できなくなっちゃうっ」
「ティクンちゃん?!」
そこには、醜い小さな悪魔たちに囲まれた赤毛の少女が、腰を抜かしてへたれ込んでいた。
腰を抜かしたモジモジ少女の足元には、お股から湧き出でる黄金の泉が存在した。
我慢できてないじゃないか?!
「おちんぎんパワーに不可能はない! セイジといっぱいおちんぎんプレイして幸せな家庭を築くんだ!!」
おかしな絶叫で剣を振り被ったシャブリナさんが、そのまま小さな悪魔に突撃していく。
その隣でドイヒーさんも黒くて大きくて長く禍々しい杖を振り回して、加勢に加わる。
僕はというと、不慣れな短剣を握りしめて。
「お、おちんぎんパワー!」
小さな僕の短剣が、悪魔面のモンスターの胸を貫いた。
そしてシャブリナさんの胸も、何故だかズキュンと貫いたらしい。
おちんぎんのおまじないで、シャブリナさんがパワーアップしたんだ。




