75 下着選びは大事です!
隠し部屋の扉が開かれると、僕たちの眼前には頭部構造を破壊されてなお健在なストーンゴーレムの姿が飛び込んできた。
まるで首無し騎士の亡霊、デュラハンみたいだよ!
「シャブリナさん、レイドボスの注意を引きつけて! ティクンちゃんは倒れたドイヒーさんの手当を!」
魔力を供出して干からびてしまった、てぃんくるぽん。
しおしおのそれがダンジョンに転げ落ちたとたんに、ドイヒーさんは悲鳴を上げながら白目を剥いてしまったんだ。
せっかく順調にレイドボス戦が推移していたのに、ここでドイヒーさんが倒れて戦線に穴が開く様なことがあっちゃまずい。
目の前でストーンゴーレムが緩慢な動作で大きな右腕を振り上げている姿を見て。
「任せろセイジ。おちんぎんパワーをもってすれば、石の魔法人形などおそるに足らず!!」
「そのう、わかりましたッ」
やっぱり普段から一緒に行動している班の仲間だ。
すぐさまシャブリナさんが盾を前面に押し立てながら、剣を振りかぶって飛び出していく。
「貴様の相手はこのわたしだ。おちんぎんソードの斬れ味を思い知れ!」
「おい、ノッポの姉ちゃんが加勢に入ったぞ。戦闘体型を組み替えてヘイトをノッポの姉ちゃんに任せる」
「了解じゃぞい!」
ティクンちゃんと一緒に気絶したドイヒーさんを回収に向かう。
するとその最中も、選抜メンバーたちが臨機応変に戦闘隊形を組み替えている姿が視界の端に見えた。
そうして背後から気配を感じたかと思うと、僕らに呼応してくれたビッツくんもこちらに駆けつけてくる。
「セイジさん、モジモジ。加勢するぜ!」
「ありがとうビッツくん! きみはそっちの腕を、僕はこっちを!」
「そのう、ここだと戦闘に巻き込まれるかも知れないのです。ひとまず部屋の外にいきましょうッ」
「了解だぜ!」
しおしおのなめくじ使い魔てぃんくるぽんを拾い上げたティクンちゃんの指示で、急いで安全エリアまでドイヒーさんを後退させる。
そうしてチラリと戦闘風景を目撃すれば。
「木偶の坊の攻撃はすべてわたしが引き受けた、貴様たちは背後にまわって全力で攻撃をしてくれ!!」
「よし、俺も攻撃援護にまわるぜ! 頼んだッ」
円を描くように小刻みに移動しながら、ストーンゴーレムを翻弄するシャブリナさんの姿があった。
弓職の回避タンカーさんと、囮役はバトンタッチだ。
「任せてよッ。手数ではシャブリナに勝てやしないけど、一撃の威力ならあたしら魔法使いの独壇場さ!」
「筋肉は魔法を裏切らない、ほとばしる汗と魔力の結晶をストーンゴーレムにぶつけてやるぜッ」
そうしてシャブリナさんが味方にレイドボスの背中を見せる様に誘導すると。
不思議な呪文を口にしたふたりの魔法使いが、ありったけの魔法でストーンゴーレムに強烈な一撃をぶつけようとするではないか。
「躍動するのは筋肉の猛り喜び、フィジカル・マジカル・マッチョマン!」
「妖艶なるあたしの姿態に見惚れる者に、対価を要求するわ。あたしの美貌は安くはないのよ! フィジカル・マジカル・スマイルキュート!」
ズドオオオン! と信じられないような閃光と炸裂音が周囲を支配した。
手当をしていたティクンちゃんもその一瞬でビクンと体を硬直させたし、ビッツくんも両手で耳を塞いで眼をつむっている。
僕はと言うと、その魔法に圧倒されながらも光の中に浮かび上がったシャブリナさんの姿をギリギリまで追いかけた。
痛烈なふたつの魔法がストーンゴーレムの背中に吸い込まれた時。
彼女は滑る様に駆け抜けながら大盾を放り出すと、両腕に長剣を握りしめながら横薙ぎの一閃を着弾点めがけて叩きつけたのだ。
「ソード・オブ・おちんぎん! 相手は死ぬ!」
わけのわからない言葉とともに、シャブリナさんの撃剣が分厚い石の装甲を貫いた。
剣先がめり込む様にストーンゴーレムの中に斬り込まれると、魔法駆動装置の基部を破損させたのだろうか、レイドボスは激しく震えたんだ。
「手応えがあるぞ、だがまだ動いている!」
シャブリナさんは大きく喜びの表情を浮かべながら長剣を引き抜いたんだけど。
その時になって、これまで戦闘に一切口を挟んでこなかったゴリラ教官が見届け役を放棄した。
ゴリラ教官は臨戦態勢を取りながらありったけの声で叫ぶ。
「まずいぞ! レイドボスに自爆装置が組み込まれているかもしれんっ」
「本当かそれはッ」
「ああ、覚えてないかミノ? むかしインギン姐さんとウィンギャーの遺跡攻略中に爆発するゴーレムがいたのを!」
「?!」
ゴリラ教官とミノタウロス教官が早口にそんな言葉をまくし立てる。
そうして振り返ったミノタウロス教官が、
「聞いたかお前たちっ。退避、退避だッ」
「ふおおお、わしの足首が明後日の方向に折れ曲がってしまったぞい?!」
僕たちや選抜メンバーのみんなは、あわてて振動するストーンゴーレムから離れる様に駆けだす。
けれどこのままじゃ全員が逃げ出すのは間に合わない?!
そんな風に僕たちが大混乱に陥った時、
「……ウィーン、ガガガ、ガクッ。バクハツシマス、バクハツシマス!」
壊れかけの操り人形の様に、重たい体をガクガクと揺さぶるストーンゴーレムが何かの警告を始めた。
タンカー役として最後まで隠し部屋に踏みとどまっていたシャブリナさんが、もう駄目だと覚悟を決めた瞬間。
「バクハツシマス、バクハツシマス。サン……ニイ……イチ……」
「シャブリナさん、盾を構えて防御姿勢を!」
「なに?! ……わかったぞセイジ!」
「いにしえの魔法使いは言いました。天空は閉ざされ、大地は闇に包まれた……」
白眼を剥いていたはずのシャブリナさんが身を起こしたかと思うと、部屋の入口から弱々しい言葉で不思議な呪文を唱えたのだ。
「……その全ての闇を一掃し輝ける光を与えるのはわたくし。フィジカル・マジカル・キルゼムオール!」
ドイヒーさんの持ち上げた黒くて長くて禍々しい杖の先端から、鮮烈なビームが発射された。
その魔法光線は、咄嗟に大盾を構えて防御姿勢を取ったシャブリナさんの横をすり抜ける。
自爆しようとするストーンゴーレムごと呑み込む勢いで、僕らの視界を真っ白に染め上げたんだ。
ドイヒーさんが、渾身の一撃必殺大魔法を使ったのである。
そして全ての閃光が収まった時。
「し、シャブリナさん、平気?!」
たまらず僕はシャブリナさんに向けて悲鳴をあげたけれども。
大火力魔法でストーンゴーレームが爆発四散した煙が消え去ると、そこには全裸でたたずんでいる頼もしい女騎士見習いさんがいた。
「……大丈夫だセイジ、わたしは何ともないぞ! ただ今回もこの盾と、お馴染み衝撃で爆発反応するマイクロビキニアーマーが無ければ危なかったな。やっぱり下着選びは大事だな。アッハッハ」
煤けた頬をひと撫でしたシャブリナさんが、魔法の衝撃に耐えてボロボロになった大盾を投げ出しながら駆け出した。
今回ばかりは抱き着かれて、その豊か過ぎる胸で僕の顔を揉みくちゃにされても抵抗はしない。
シャブリナさんが無事で本当に良かった!
って、あれ? 少し前にもこんな事があったよね??