74 ドイヒーさん会心の一撃です!
そうして僕は目撃したんだ。
オプション設定の完了をタッチした直後、隠し部屋の扉に次々と文字の羅列が出現したのを。
もしかすると、これが詳細設定にあった利用者の発言記録の事かな?!
『聖お爺さん:敵の動きが急にスムーズになったぞい』
『弓お兄さん:あわてるな! 動きは滑らかだが、攻撃の終末機動は前よりいくらか緩慢だ』
『パン屋の娘:魔法の攻撃判定が緩くなった様に思えますわっ。どういう事ですの?!』
扉に出現した文字が次々と下から上へ、流れる様に発現していく。
それは古代文字で記されているから、僕以外のみんなは大いに戸惑った。
『聖お爺さん:あの賢者の坊主がギミック解除を開始したのかも知れないのう。急に攻撃パターンに変化が出たから、ギミックをいじったのかもしれんわい』
『パン屋の娘:おーっほっほっほ! わたくしの仲間は優秀ですもの、セイジさんにかかればこの程度の事は余裕ですわ。さあ、敵が弱ったのであれば、一転攻勢のチャンスですわねっ』
すぐさま扉前に移動した待機チームのみんなだ。
シャブリナさんは流れる扉の文字を指さしながら、僕に質問を飛ばしてくる。
「セイジ、何と書かれているのだ?!」
「たぶんこれは回復職のおじいさんが発言したもの。で、こっちは回避タンカーの弓職のひと。これはパン屋の娘と書かれているからドイヒーさんだ!」
「あいつはパン屋の娘だからな。それで何と言っているんだっ」
「敵の攻撃パターンが変わったから、攻撃を一気に畳みかけようと言っているよ。僕のいじった設定変更は効果があったみたいだね」
他にも会話の間で誰が攻撃を実施したとか、ストーンゴーレムが誰に攻撃しようとしたかとか。
そういう記録が間に挟まりながら説明をしてくれる。
「とりあえず、まだ確認していないセキュリティ設定というのをいじる事にするね。たぶんここの設定変更をすれば、扉が開くはずだからッ」
「そうか続けてくれっ!」
扉に表示され続けている発言記録も気になってしょうがない。
けれど、まずは援軍を送り込める様にする事が大切だ。
急いで僕はセキュリティ設定を選択すると、次の表示案内に進んだ。
大丈夫だ、焦っちゃ駄目だ。
そうして表示された文字は次の通りだった。
「こちらの機能を利用した場合、ご利用客さまのレイドボス戦闘が強制的に終了される場合があります。説明内容をよくご確認の上、チェックボックスのオンオフを設定してください」
「そのう、セイジくん。強制終了というのは?」
「たぶん仲間の中に重大な怪我をした人間が出た場合とかに、救出するために強制的に戦闘を中断させる事ができるんだと思う。ええと、」
ティクンちゃんがマジカルサイネージを覗き込んでくる。
僕とほとんど身長が変わらない彼女が身を寄せたものだから、何だか毛の生えた少女特有の甘酸っぱいにおいがした。
そんな事は今はどうでもいいんだ!
書かれている説明をざっと確認して、石板の文字には触れない様に調べた。
レイドボス戦の一時戦闘中断、レイドボス戦の強制終了、レイドボス戦中の隠し部屋解放。
「一時戦闘中断を選んだ場合、ストーンゴーレムの駆動が一時的に中断されます。三〇を数えた後にクールタイムが終了して戦闘が再開される事になりますが、当施設をご利用中の方には伝わりません」
戦闘中断は出来ても、扉は開かない。次だ、
「レイドボス戦の強制終了を選択した場合、全ての戦闘記録をリセットしてストーンゴーレムは機能停止します。当施設をご利用中の方は退出する事ができます」
これの場合はせっかくレイドボス戦をしてきたみんなの苦労がパアになる。
もちろん選抜メンバーに甚大な被害が出た場合は、四の五の言わずにこれを選択する事になるけれど、まだ大丈夫。
「レイドボス戦中の隠し部屋解放を選択した場合、戦闘継続中でも利用者以外の方が部屋を出入りする事が可能になります。……これだ!」
見つけたっ。
僕がそう叫んだ次の瞬間だ。
「おいセイジさん。凄い勢いで古代文字が次々に表示されて流れているけど、これは問題ないのかよ?!」
「ち、ちょっと待って。ざっと流し読みするからっ」
『パン屋の娘:凄いですわ! 今の一撃で急激にストーンゴーレムの機動力が落ちましたわよ!」
『魔法の筋肉:いやいや、もしかすると弱点破壊に成功したのかもしれないぜ! 筋肉は俺たちを救う』
『そばかす女:あたいの攻撃が当たったからで、あんたは魔法で殴っているだけじゃないさ?!』
『パン屋の娘:おーほっほっほ! みなさんお下がりなさい、今こそこのアーナフランソワーズドイヒーさまが、とっておきの大火力魔法をお見舞いしてさしあげますわっ』
『聖お爺さん:ふおおお、みなのもの下がるのじゃ。残り少ないお毛々さまが焼け焦げてしまうわい』
『魔法の筋肉:そうなったらひよこハゲの爺さんだな。あははは』
激しい会話が繰り広げられているみたいだけど、みんな余裕はあるみたいだ。
むしろ連携のためのコミュニケーションが取れるだけ、押しているのかもしれないよっ!
『パン屋の娘:いにしえの魔法使いは言いました。明日は紅蓮の風が吹く、フィジカル・マジカル・キルゼムオール!』
パン屋の娘の魔法攻撃。
パン屋の娘は全魔力を注ぎ込んで大火力魔法を使った。
会心の一撃。
ストーンゴーレムに命中した。
ストーンゴーレムの顔が破壊された。
ストーンゴーレムはまだ動いている。
『パン屋の娘:だ、誰か、わたくしを支えてくれませんの? 魔力が抜けて力が出ませんわっ。てぃ、てぃんくるぽん魔法をわたくしに……』
そんな文字が発言したところで、僕はあわててみんなに説明した。
「えっと、ドイヒーさんがありったけの魔法を使って放心状態みたいだ?!」
「あの馬鹿女、後先も考えずに全力で魔法攻撃をしたのか……」
「てぃんくるぽんから魔法を供給するみたいな事が書かれているけれど……」
『パン屋の娘:……はあン、らめですわぁ。これ以上今わたくしから魔法を吸ったら、昇天してしまいますのよ。吸うのではなくて、たっぷり熱いのを注いで下さらないと。あいたっ』
どうやらてぃんくるぽん。
いつもみたいに魔法をちゅうちゅうしようとして、ドイヒーさんが一瞬だけピンチになったみたいだ。
これは会話記録を読んでいる場合ではない。
「あのなめくじめ! やっぱり役立たずじゃないかッ」
「わかってる、このボタンを押せばすぐにも解放できるはずだから待って!」
レイドボス戦中の隠し部屋解放を、僕は迷わず選択した。
決定ボタンを押した瞬間にマジカルサイネージはひとつ前の画面に戻りつつ。
先ほどまで流れる様に文字を映し出していた隠し部屋の扉が、プシュウと室内の排気をしながら開かれたんだ。
ギイイイイイイ。
「はあン、いいわぁ! みるみる生気が漲ってきますのよ!」
「大丈夫かよドイヒーさま?!」
「もう誰もわたくしを止められませんわ、第二ラウンドと行きましょう。おーっほっほっほ!」
そうして選抜メンバーの援軍に向かおうと身構えた僕らは目撃したんだ。
暗闇の中、魔法による火炎と黒煙に包まれたそこから、片膝を付いて高笑いをする女魔法使いの姿を。
その肩には、しおしお萎れたなめくじの慣れの果てがこびりついていた。
「きゃああああああ! わたくしのてぃんくるぽん、てぃんくるぽんが?!」
あ、ドイヒーさんの肩からてぃんくるぽんが落ちたっ。




