71 ストーンゴーレムの隠し部屋です!
「このわたくしが、どうして冒険者になったのかですって?」
腕まくりをしてローブを埃まみれにさせたドイヒーさんに、僕はそんな質問をした。
隠し部屋突入を控え、彼女はちょうどダンジョンの壁にペタペタと護符を貼り付けているところだ。
僕も護符を手に取ってそれを手伝いながら、振り返ったドイヒーさんの表情を盗み見た。
「うん。ドイヒーさんは元々パン屋さんの看板娘だし、何で魔法修行の旅に出たのかなって」
「それは簡単な事ですわ」
当ててごらんなさいましな、とニッコリ笑って見せるドイヒーさんに、
「……パン屋さんが嫌いだったとか?」
「違いますのよっ!! 魔法修行の旅に出たのは、わたくしの圧倒的なこの才能をもっと世の中に役立てるためですわ!」
するとドイヒーさんはプンスカと怒り出した。
僕の手にしていた護符を引ったくると、ペシンと壁に貼り付けてその上から糊をはけで塗りつける。
護符には現代文字と何かの法則で魔法陣が描かれているんだ。
この壁の向こう側に存在しているレイドボスの隠し部屋に、何かの魔法効力を発揮させるものらしいけれども、現代文字は僕には読めないのでよくわからないや。
「わたくしの実家では、パンを焼く時に魔法を使っておりましたの。美味しいパンを焼くための魔法は確かに大切な事ですけれども、わたくしには当然の様に魔法の才能がありまして、せっかくならもっとこの才能を生かせないものかと考えたのですわ」
「そ、そうだったんだ?」
思い立った元パン屋の娘アーナフランソワーズドイヒーさんは、荷物を纏めて実家を飛び出し、ブンボンの街から魔法修行の旅に出たんだとか。
その旅の道程でどんな体験をドイヒーさんがしたかは知れないけれど、僕は童貞で体験をしたことが無いので、あまり顔を近づけられると鼓動が不自然に高まるんだ。
「ど、ドイヒーさん顔が近いよっ」
「近づけているのですから当然ですわ。おーっほっほっほ」
「何でさ?!」
頬を撫でる甘い吐息は僕を切なくさせる。
身をよじってそれを回避しようとするのだけど、微笑みかけたドイヒーさんは言葉を続けるのだ。
「セイジさんも、冒険者になったのは夢があるからでしょう?」
「……夢?」
「夢ですわ。確かに魔法使いなら、セイジさんの仰る通り、ブンボン騎士団に志願するのも選択肢の一つですわね。けれどあそこはひとを守るために魔法を使う場所。場合によっては人間を相手に攻撃魔法を使う事も躊躇わずにしなくてはなりませんわ」
「うん、そうだね……」
「けれど光と闇の魔法は攻撃に特化した強力な魔法。これを心置きなく人間相手に使うのは、いかなわたくしと言えども良心の呵責というものがありますわ。同じ魔法でも、騎士団に所属するならティクンさんみたいに、聖なる癒しの魔法を学んでいたでしょう」
騎士団は、基本的に領地と領民を敵から保護する事が目的の集団だそうだ。
時にはモンスターを相手に戦う事もあるだろうけど、普段は他領の軍隊と戦ったり犯罪集団を相手にする事が多いんだ。
「その点、冒険者になってモンスターを相手に魔法を使うのであれば、遠慮などいりませんものね。強力な魔法をぶち放って、気持ちよくなりたいものですの。はあン、素敵ですわっ」
恍惚とした表情で妄想にふけっているドイヒーさんをチラ見しながら。
僕も隣で護符を貼り付ける作業に没頭する事にした。あまりジロジロと見ていると、妙な吐息と発言でおかしな気分にさせられてしまうからねっ。
護符を壁に貼り付けると、
「あン、そこじゃありませんのよ。もう少し右……そう」
「こっち?」
「もう少しだけ後ろですわ。そのままゆっくりずらして……そこですのよ!」
「うん、ここだねっ?」
「……ゆっくりイきますわ。ゆっくりしないと失敗してしまいますのよっ」
僕が壁に護符を押し付けると、ドイヒーさんがそっと手を添えて位置の修正指示をしてくれる。
糊の付いたはけで上から護符の端をなぞる。
その糊が護符の向こう側まで届いて、塗れた護符は半分透けて見えた。
護符に浮かび上がったのはダンジョンの壁面を構成するブロックの、すじだ。
そのすじを、ドイヒーさんが指でなぞってから、ふうと吐息を吹きかけたんだ。
「しっかり湿って、何だかネバネバしておりますわね。うふふ……」
「う、うん……」
「これだけの数の護符を設置しておけば、いくら強力なストーンゴーレームと言えど、痺れで動きが減退する事は間違いありませんわ。動きの遅いだけのゴーレムなど、ただのカモ」
「なるほどそうカモ」
糸を引く糊を指でねちゃつかせていたドイヒーさんが、微笑を浮かべた。
ゴクリ。変な想像をしちゃいけないよっ。
どうやら痺れ罠の魔法陣が描かれた護符だったんだね。
ドイヒーさんは光と闇の魔法を統べると豪語するひとだけど、こういう事も積極的にやるんだなと少し驚いたや。
「な、何ですの?」
「ううん何でもないよ。ドイヒーさんが大火力魔法以外の手段を選ぶなんて、ちょっぴりビックリしただけだよ」
「何もビクンビクンするのはティクンさんだけの専売特許じゃありませんのよ。ゴーレムだって痺れて痙攣したらよろしいのですわっ」
よくわからない返事をしたパン屋の元看板娘は、はけをバケツに放り込みながらお尻をふりふり立ち去って行った。
訓練生になってドイヒーさんも、きっと他のひとと連携する事を覚えはじめたんだな。
それにしても、僕はふと考え込んでしまう。
ドイヒーさんが自分の魔法を、世の中の役に立てるために冒険者になろうと決めた事。
そういう意味で僕は漠然とした理由で冒険者になりたいと思ったんだ。
ホームレスのままじゃいけないから、おちんぎんを稼ぐために。
一獲千金を夢見て冒険者に志願するのは、結構多いってシャブリナさんに聞いたことがある。
僕は情けない気分になった……
「何をやっておりますの! そんな糊付けでは戦闘が開始する前に護符が剥がれてしまいますわっ。ああっ、もっとタップリとなさいな、どうして遠慮なさいますのっ?!」
その点、なんだか魔法使いのひとたちに指示を飛ばしているドイヒーさんの姿が、何だかかっこよく見えてくる。
こうしてレイドボスが存在している部屋の外には、戦闘支援用の痺れ罠魔法陣が貼り付けられて、突入チームのメンバーが揃い踏みした。
タンカー職を受け持っている軽装戦士のひとりと、主に攻撃を担当する魔法使いのふたり、回復職のおじいさん。
軽装戦士のひとは弓職だ。
弓職がタンカーとして何をするのかと思ったら、特殊な弓矢を使って敵に状態異常の攻撃をかけ続ける役目なんだとか。
ヘイト効果を高める鏃なんてものもあるらしい。
ドイヒーさんを含め全員が訓練生二九名の中から集められたみたいだけれど、
「タンカーなら騎士見習いのノッポの姉ちゃんが一番だと思ったが、俺なんかでよかったのか?」
「きみは軽装系の回避タンカーだからな。まともにレイドボスとやり合わないで逃げ続けるのが目的なら、シャブリナさんより有効なんじゃないか」
「何しろシャブリナさんは装備も色々重たいですし、適材適所というものですわ」
弓職のイケメンおにいさんが馬鹿な事を言ったものだから、ついつい失礼なひとだなと僕は睨み返してしまった。
「ついでにあの胸もかなりのものだからな。うっすまねぇ坊主、あれはお前ぇさんの保護者だったな!」
「「「アッハッハ」」」
それがもしかして露骨だったのだろう。
弓職のお兄さんやドイヒーさんたちにまで、ゲラゲラと笑われてしまった。
僕は突入前の部屋のギミックを解除する役割でここに呼ばれていたけれど、突入してしまえば臨時編成のパーティの仕事だ。
顔を赤くしながら俯いた僕は、大人しくレイドボスの封印されているギミックのプレートがある場所を確認した。
いち度はビッツくんたちのパーティーが解放した場所だけれど、中にストーンゴーレムのレイドボスがいる事がわかっていたので、すぐにも封印したんだ。
背後で僕たちを見守っていた教官が、厳かに口を開く。
「過去にダルマの塔で発見された隠し部屋の事例から、パーティーが突入した場合に自動で扉が閉じられてしまう事があった」
ゴクリと唾を飲み込む訓練生たち。
退路が確保されていないという点で、ダルマの塔内の他の部屋とは大きな違いがある。
「だがそうなった場合でも、貴様たちは冷静さを失わずにただ眼の前の敵と戦って倒す事を考えろ。お前たちの安全を確保するために、ここにいるセイジ訓練生が賢者の知恵を振り絞ってギミック解除に取り組む。しかし過去の事例であれば、レイドボスさえ倒してしまえば問題なく扉はふたたび開かれるからな」
「「「はい、教官どの!」」」
もしもの時のために、ギミック解除をしておく必要があるんだ。
ビッツくんたちの班が見つけた時は中に入って戦わなかったから、扉をふたたび閉じても問題なかった。
けど今度は救出のために退路は確保しないといけないよね。
ドイヒーさんには魔力を溜め込んだてぃんくるぽんがいるけれど、それも予備の存在だ。
「あくまでも実習訓練の一環だから、俺と回復職担当の教官も隠し部屋の中には入るが、基本的には手出しはしないものと思え」
「「「わかりました教官どの」」」
よし、わかったら冒険者が最高である事を石ころモンスターに見せつけてやれ!
ゴリラ教官の吠える様な言葉に、一気呵成な返事を飛ばしながらゾロゾロと隠し扉前に移動する。
「みなさん、ただちに突入ですわよ?」
「ああいいぜ、いつでも攻撃準備はできている」
「開幕にでっかいのを注いでやろうぜ!」
「さあてぃんくるぽん、あなたが大活躍する時が来ましたのよ? あいたっ」
魔法使いの三人が中央でいつでも魔法攻撃が出来る様に構えながら、その両脇に弓職と回復職の二人が絶ってゆっくりと大きな隠し部屋の扉を開き……
ギイイイィ。
「いにしえの魔法使いは言いました。舞踏会のはじまりを告げるのはわたくし。フィジカル・マジカル・えも~しょん!」
黒くて大きくて禍々しい杖を構えたドイヒーさんが、戦いの火蓋を切ったんだ。




