07 モンスターパレスです!
モンスターパレスは、堅牢な城館をダンジョンに見立てた訓練施設である。
「新米訓練生は各六班に分かれて、ダンジョン攻略のタイムアタックで競ってもらう。最深部にはボス部屋が存在し、これを倒せばクリアだ!」
ゴリラ教官の話ではモンスターパレスの各部屋に、ダミーモンスターとダミーアイテムが配置されている。
今回はダンジョン攻略の体験学習みたいなものだから、実際のモンスターが部屋の中に連れ込まれているわけじゃない。
「しかし訓練とは言え、ダミーモンスターは反撃をしてくる。攻撃判定を受けた場合はその時点でペナルティーが発生するので、心してかかるように。なおタイムアタックの順位は毎回ランキング加算され、常に食堂の掲示板に張り出される。最下位になったチームは練兵場一〇周だ!」
「「「わかりました!」」」
こんな調子で五人一組で構成された各班が、順番に訓練施設に挑んでいく。
さっそく吸い込まれていったひとつめの班だけど、開始して十ほど数えたところで内部から絶叫が聞こえてきた。
「ギャー?!」
「ほげぇ、くるな! くるんじゃねぇ!!」
「くっ殺せ! わたしを殺せっ」
その声を聞いたゴリラ教官は言いましたとさ。
「訓練だから死ぬことは滅多にない。だがベチャベチャのヌチョヌチョになる。わっはっは!」
べ、ベチャベチャのヌチョヌチョ……
いったいパレスの中では何が起きているんだろう。
滅多にないという事は、ごくごくたまに死ぬこともあるんだろうか。
ヌチョベチャ死なにそれ怖い。
僕は不安になって、シャブリナさんにすがる様な視線を向けた。
「……僕たちの班って四人組だけど、かなり不利なんじゃないのかな?」
「そんな事はありませんわ。このアーナフランソワーズドイヒーさまがひとりで三人分の働きをするのですから、他の班よりむしろ有利というものですわよ! さあ一着を目指して一気に力尽くでっ――」
「パン屋の娘が言っている事は無視するんだ」
やる気満々のドイヒーさんとは対照的に、クールな表情のシャブリナさんが静止した。
「何ですってシャブリナさん?!」
「最下位になるのは論外だが、はじめてだからと焦って失敗したら何の意味もないからな。最初は馴染むまでゆっくりと、それから徐々に余裕が出てきたらヒートアップだ。ハァハァ」
僕の肩に手を置いて、ズイと顔を近づけてきたシャブリナさん。
けれども言葉の途中から妙に興奮した表情で言葉を締めくくった。
「シャブリナさん吐息がかかってるよっ」
「これはかけてるんだ言わせるな!」
こうして僕たちの出番がやって来るまで。
僕の隣で小さくなっていたティクンちゃんが、モンスターパレスの中から聞こえてくる絶叫の度に背中をビクンビクンさせていた。
「ひっ、セイジくん怖いですっ」
「こらモジモジ少女、ドサクサに紛れてわたしのセイジに抱き着くんじゃない!」
「あなたたち、何をしておりますの?! さあわたくしたちの出番ですわ。行きますわよアーナフランソワーズドイヒーさまと、不愉快な仲間たちが!!!」
「不愉快な仲間たちって……酷いよドイヒーさんっ」
騒がしい掛け合いもそこそこに、僕たちは四番目にモンスターパレスへと突入することになる。
盾を前面に押し立てたタンカー役のシャブリナさんが先頭に。
その斜め後ろに黒くて大きくて禍々しい長い杖を抱いた魔法使いドイヒーさん。
三番目に回復職のティクンちゃんが、魔法発動体だという魔導書を持って続く。
最後はみんなの手荷物を背負子に積んだ僕だ。
ギイイイ、バタン。
僕たちの訓練施設の突入を見届けて、ゴリラ教官が厚く硬い扉を閉じてしまう。
閉まる直前にゴリラ顔がウィンクをひとつ飛ばしてきたときはドキリとしてしまった。
どういう意図かわからないけれど「坊主、頑張れ」ぐらいに受け止めておきたい。
ちなみにそれを見たティクンちゃんは、まるで恐ろしいモノを目撃したみたいに瞬間エビ反りしてた。
怖かったね。
僕もゴリラのウィンクは怖いかな。
「ドイヒー、ランタンの灯りを近づけてくれ」
「わたくしに指図しないでくださいましな! これではいざという時に咄嗟の魔法攻撃が出来ませんわっ」
「だったらよこせ、足元がどうもベタついているのだが……」
確かに僕の履いた安ブーツの底も、ヌルリと滑る感覚があった。
今はシャブリナさんがドイヒーさんから奪ったランタンひとつが、唯一の光源だ。
「こっちも灯りを付けようか。そうしないと後方が暗くて見えにくいからね」
「ビクン、ひゃっ、……ふぁい」
そうして自分の持っている予備のランタンに灯を付けたところ……
訓練施設の中は、豪華で堅牢な城館の外観とは打って変わって、石壁と通路があるだけのシンプルな内装だった。
石組み廊下はまるで迷路の様になっていて、右に左にと鉄扉の付いた小部屋がある。
「迷子にならない様にボードにマッピングするんだっけ。これ持っててくれる?」
「コクコク」
「ええと、あっ……」
僕はティクンちゃんにランタンを預けて筆記用具を取り出そうとしたのだけれど、いきなりなれない暗がりで手元作業をしていたので、チョークボードに書き込む石灰棒の芯を落としてしまったんだ。
そして目撃してしまった。
ベチャベチャのヌチョリと動く水たまりの様なものが、壁や足元の床を這いつくばっているのを!
「ぎゃあああああああ!!」
「落ち着け、どうしたっ」
「これ、水たまり、水たまりが動いているよ?!」
緑色の蛍光色みたいなヌルベチャの粘液みたいなのが、びよーんと触手みたいなのを伸ばしてきた。
僕はたまらず驚いて、ボードとチョークを放り出す。
「スライムか、スライムが出たぞ。こいつは物理攻撃がやりにくい!」
モンスターパレスに入って最初に聞こえてくる新米訓練生の絶叫。
それはこの緑の蛍光色をしたスライムの存在が原因だったのだ。
「おーっほっほっほ! 物理攻撃が効かないとなれば、やはりこのわたくしアーナフランソワーズドイヒーさまの出番というわけですわねちょまって、わたくしまだ口上を何なの足元からお股に這い上がってきますわ、そこはらめですわぁ。……ひぎ、ひぎ、いにしえの魔法使いは言いましたのよっ、フィジカル・マジカル・アッハーン!」
出番が来ましたとさっそく禍々しい杖を構えたドイヒーさん。
けれどいつもの自慢気な口上を最後まで言う事はなかった。
言ってる最中に緑蛍光のスライムがにょーんと伸びてきて、ドイヒーさんの太ももに張り付いたんだ。
おかげでおかしな事を口走りながら、ドイヒーさんは必死に不思議な呪文をまくし立てた。
「馬鹿やめろ、こんな狭い空間で強力な魔法を使ったらどうなるか――」
あわててシャブリナさんが叫びをあげた。
狭い空間で強力な魔法を使えばどうなるか、そりゃ爆風が逃げ場を失って……
当然まる焦げになっちゃうよね。
青白く輝く炎がポワリと浮かび上がったかと思うと、何もかもを焼き尽くした。
ダンジョンは最高だね!
うちのパーティーメンバーも、こんなにこんがり焼けました!