63 ご注文はナイフですか?
石畳で舗装されたブンボンの街並みを、僕とビッツくんは並んで歩く。
その距離感はとても微妙な、ひとひとりが間に挟まるかどうかぐらいだろうか。
正直僕はドキドキしていた。
「ホント、セイジさんには頭が上がらない事ばっかりだぜ」
「何がだい?」
「だってよ、ビーストエンドのビギナカロリーナさんを紹介してくれたり、今度だって遭難したオレたちを救助するために駆けつけれくれたりよ。いつもセイジさんはオレのヒーローだからなっ」
ヒーローという言葉をひときわ強調しながら、隣を歩くビッツくんが上目遣いにこちらを見上げた。
「ぼ、冒険者は助け合いの精神だよ。今度は僕が助けられる側になるかも知れないし、その時はよろしくねっ」
「おうもちろんだぜ。オレは前から言っているとおり、セイジさんの頼みなら何だってやるからな。気安く命令しておくれよ」
この不思議な距離感は、きっと今の僕らの緊張感そのものだ。
シャブリナさんなら無遠慮に肩に腕を回したり平気でしてくるし、ドイヒーさんも貴族の令嬢みたいな見かけなのに下町のパン屋さんの看板娘だから気さくだ。
ティクンちゃんは僕の背中にいつもしがみついているしね。
「ところで武器の新調はもうすませたの?」
「ナイフの事か、うんにゃまだだぜ。それより服選びに時間がかかってしまって、ちょっといけてないんだ……」
「じゃあこれから行ってみる? お酒を一杯って言ってもお昼までにはまだ時間もあるし」
まだ正午を知らせる教会堂の鐘はこの街に鳴り響いていない。
食堂や酒場のランチタイムがはじまるには少し間があった。
僕がそんな提案をしたところ、ビッツくんは驚いた顔でこっちを向いた。
「いいのかい?」
「うん。せっかくだからさ、この先でしょ?」
繁華街の武器屋に立ち寄るぐらいはちょっとの事だからね。
それに服選びに時間をかけたって言うのは、わざわざ僕のためにそうしてくれた事だから、何だか申し訳なかった。
少し先にある武器屋さんの並びにやってくると、赤いスカートのワンポイントリボンを揺らしながら、ビッツくんが店内へと駆け込む。
名前は《刀究販図》と言うくらいだから、どうやらここは刀剣を専門に取り扱っているお店みたいだね。
「すごい数の剣がズラりと並んでる! 長剣だけでも壁一面に一杯だ」
「へへっ。ほら前にビギナカロリーナさんに言われたろ? オレが持ってるナイフは安物だからすぐ刃こぼれするだろうって」
「うん。その代わり量産型だからすぐに買い直すこともできるって」
「考えてみたらさあ、ここなら自分の注文通りの武器を作ってくれるサービスがあるんだよなあ。せっかく自分で稼いだおちんぎんだ、それもはじめて冒険者らしい事をやってな……」
ゆっくりと店内を歩きながら、ナイフコーナーの大小並んだそれらを見比べながら。
ビッツくんはそんな風に僕に語ってくれる。
「だからオレ決めたんだ。はじめてのおちんぎんは記念に残るものにしようって。自分だけのナイフを作ればずっと残るだろ?」
「いいね!」
「ま、まあ銀貨二枚でお願いできる武器なんて、たかがしれてるだろうけどよっ」
カウンター横の作業台にいる強面ドワーフのおじさんを見つけると、ビッツくんが駆けだした。
「おっさん、ナイフの注文を受けておくれよっ」
「……金はあるんだろうな?」
「ちゃんと用意してきたぜ、銀貨二枚でできるヤツを頼むぜ」
ボレロの内側からきっちり銀貨二枚を出す。
ゴクりと唾を飲み込みながら、作業台の怖そうなおじさんの反応を伺っていた。
武器の値段はそれこそピンからキリまでだけれど、やっぱりお金をかけたぶんだけ頼りになるって、ビーストエンドのビギナカロリーナさんも言っていた気がする。
「ふむ。悪党働きをして手に入れた銀貨じゃねえだろな?」
「んなわきゃあるか! なあセイジさんも、何か言ってやっておくれよっ」
「ガキの癖にめかし込みやがって、男ができたら悪事はしねぇってか」
「黙れよな。この金でできるかできないか、どっちなんだ」
「まあいい銀貨二枚だな……」
坊主も大変だな、こんな小娘に騙されて。
まるでそんなことを言いたそうに、職人のおじさんは片目をつむってみせるじゃないか。
強面なもんだからその、そんな事をされたら別の意味でドキドキしたや。
「銀貨二枚だと、サイズはあまり大きなものはできんぞ」
「……ど、どのくらいだよ。あんま小さいともの足りないだろ?」
「そうだな。まあお前さんは体も小さいし、身の丈にあったこのぐらいのものでどうだ?」
「まあこれくらいならいいぜ。あんま大きいと、どうせ持て余すしなっ……」
ビッツくんとおじさんは、刀身のサイズについて身を乗り出して意見交換していた。
いくつも刃の入ってないサンプル品を並べては、あれがいいこれがいいと熱心だ。
そりゃ僕だって鈍器を購入するときはいっぱ悩んだからなぁ。
「……できるだけ刀身に金をかける様にする。そうすればギリギリ、予算内で納められるだろう。鞘とグリップ交換は後で金ができたときにいくらでも可能だから、今回はあきらめるんだな」
「わ、わかったぜ。感謝してるからな」
どうやら交渉は成立したみたいで、おじさんとビッツくんが固い握手をしている。
よかったね!
「オーダーメイドだからな。三日くれ……」
えっ三日でそれができちゃうの?!
むしろ特注品なんだからもっとかかると思ってた。
さすがドワーフさんは違うや……
最後にビッツくんとおじさんが、何かコソコソ話をはじめたんだけれど、
「彼氏を連れてきて恥をかかせるなと交渉するとは、いい度胸だ。気に入ったぜ?」
「か、彼氏とか。セイジさんはそんなんじゃねえからな!」
最後に「ねえからな!」と叫んだビッツくんだけど、何が「ねえからな!」なんだろう。
僕にはよく聞き取れなかったや。
「気にしないでおくれセイジさんっ」
「じゃ、じゃあ。そろそろお昼になるから、食堂に行こうか。今日は一杯奢るって約束したし、何でも好きな食べ物を頼んでくれていいからね」
「ありがとよ!」
実は僕、生まれてこのかた女のひとと街でふたりきりのお食事タイムなんてした事がないんだ。
まぁ記憶喪失だった僕だけに、過去に経験があるかもっ?!
いやないな。たぶんない……
こうしてお洒落な感じの食堂を見つけてふたり入店してみる。
昼間から、まずいビールとアラカルトの注文をいくつか頼んで、ガラス張りの窓際席でふたり雑談の時間を楽しんでいると。
何やら急に背筋が寒くなるというか、恐ろしい殺意の視線めいたものを感じるじゃないか。
「?!」
そこにはガラス窓の向こう側、大きすぎる胸を押しつけてとても残念な顔をしたシャブリナさんがいた。
奉仕活動をしていたはずなのに、とても恨めしそうに僕を凝視していた。
「何やってるのシャブリナさん?!」