62 おちんぎんデートです!
「なあセイジ。貴様はこっちとこっち、どっちがいいと思う?」
姿見の前でシャブリナさんが、両手に持った服を交互に胸元に押し付ける。
衣装箱をひっくり返して、おめかし準備に大あわてだった。
「……シャブリナさんは美人だから何を着ても似合うけど。そうだね、今日は天気もいいし爽やかだから、水色のワンピースがいいんじゃないかな?」
「しょしょうか?! 貴様も言う様になったな。さてはわたしを垂らし込む魂胆だな、いいぞ貴様のおちんぎんをわたしの中に垂らし込んでくれ!」
「意味が分からないよ?!」
女の子に服の質問をされても、僕は正直何と答えていいかわからないからね……
けれどスタイルも良くて長身のシャブリナさんが、何を着ても似合うのは本当だよっ。
「セイジが言うなら間違いないな。ハァハァ、これにしよう……」
とても残念な顔をしたシャブリナさんが、その場でクルリと回って服を脱ぎ出した。
一方のドイヒーさんは魔法使いのトンガリ帽にローブと杖、ティクンちゃんもヒーラーの法衣を着たまま外出するつもりらしい。
「フン。たかだか両替屋に寄ってお昼ご飯を食べに行くだけなのに、いったい何をそんなに張り切っておりますの?」
「わたしはいつも通り修道会の正装でいきますっ」
さすがに僕はいつもの冒険者スタイルじゃなく、服の痛みが少ないものを選んで着替えたところだ。
「さあ優柔不断なシャブリナさんの事など放っておいて、お出かけしますわよ。おーっほっほっほ!」
「フンフン……」
「え、置いて行っていいの?」
強引に手を引っ張られた僕は、ドイヒーさんとティクンちゃんに促されて寄宿舎の部屋を出た。
残されたシャブリナさんがしばらく鼻歌を「フフンフン♪」と口にしていたけれども。
「ちょ、こらわたしを置いて勝手に出ていくな。待ってくれ、胸がつかえて服が着れない。このこのっ」
あわてたシャブリナさんが部屋から飛び出してくる。
けれど、そこにやって来たのは私服姿のゴリラ教官だった。
「おおっ、いいところにいた。シャブリナ訓練生に面会だ」
「わ、わたしに面会だと? せっかくの休日に何の用だ暇人めっ」
「ブンボン騎士団から使いが来ているぞ」
「?!」
ゴリラ教官の言葉に僕たちは顔を見合わせた。
シャブリナさんに至ってはとても嫌そうな顔をして、教官に詰め寄ろうとしている。
「わ、わたしの事は留守にしているとお伝え願えませんでしょうか!」
「駄目に決まっているだろう。外出届が出ていないからまだ部屋にいるはずだと伝えてある」
「……しょんな。わたしはこれからセイジと、おちんぎんデートに行く予定なのだ! 何とかなりませんか教官どのぉ」
「それなら、さっさと顔を出して終わらせればいいだろ。やめろ、俺をブンブンするなっ」
みるみる絶望そのものの表情になったシャブリナさんは、教官を開放するとトボトボ校舎の入口に向かった。
僕らもついて行ってみると、正門前にはひと眼でブンボン騎士団のひととわかる甲冑姿の男のひとが立っている。
すぐに背の高いシャブリナさんは見つかって、大声で説教がはじまったのだ。
「騎士見習いシャブリナ、やっと見つけたぞ!」
「ひぎっ」
こんな姿を見るのは僕らもはじめてじゃないだろうか。
口ひげを蓄えた甲冑姿の騎士の前で、シャブリナさんが直立不動の姿勢をした。
「学校が休みの日は必ず騎士団の奉仕活動に参加すると約束したから、貴様を訓練学校に送り出したのだぞ!」
「はい、騎士隊長どのっ」
「それがどうだ? 貴様は学校が休みの日もまるで騎士団に顔を出さないではないか。栄えあるブンボン騎士団の一員という自覚がまるでたりない」
「そ、そんな事はありません。今日もいい天気だから、これから奉仕活動に行きたいなー。わーい奉仕活動たーのしーと思っていたところであります!」
「だったら今すぐ俺について、教会堂に来てもらおうか?」
「えっ今から?!」
露骨に嫌そうな顔をしたシャブリナさんを、ひげの隊長さんがギロリと睨みつけた。
「何だその顔は? 奉仕活動に不満があるのか」
「とんでもありませんっ、ブンボン騎士団は最高だぜっ!」
「よし、じゃあ最高の奉仕活動をさせてやる」
いつもの冒険者スタイルで返事をしてしまったシャブリナさんだ。
ペコペコやっていた彼女は、しばらく小言をひげの隊長に言われた後、ワンピースを揺らしながら僕らのところにやってくると、悲しい顔でこう言ったんだ。
「……そういう事だから、わたしはセイジとおちんぎんデートに行く事がかなわなくなった」
「何があったのシャブリナさん?!」
「実はな、騎士団の規則にある奉仕活動をサボっていたのが上官にバレれてしまった」
「それは聞いていたから、だいたい察しておりますわ」
「決められた奉仕活動の数をこなさないと、来年の騎士への昇進ができなくなってしまう。非常に、非常に残念だが、わたしはこれから教会堂で炊き出しのご奉仕に行ってくる事になった……」
心の底から残念な顔をしたシャブリナさんは僕に支払手形を握らせると、ひげの隊長に連行されていった。
最後に僕の手を握った指を、クンクン名残惜しそうにしていたのが残念だよっ。
「まったく。さんざん騒ぐだけ騒いでおいて、本人はお留守なのですわね」
「けど、ちゃんと奉仕活動に参加すれば騎士に昇進できる様にしてくれる上官のひとは、優しいと思いますっ」
「そうだよね、シャブリナさんには何かお土産でも買って帰ろうか」
「それがよろしいですわね……」
結局、僕たちは三人で両替屋さんに向かう事になった。
いってらっしゃいシャブリナさん。お土産はちゃんと買ってくるから!
ところで、シャブリナさんが好きなものって何だろう?
羊皮紙の支払手形と銀貨二四枚を交換し終わって両替商から出てきたところ、ドイヒーさんが困った様な顔をしていた。
「それは、愚問ですわね……」
「コクコク、答えは簡単ですっ」」
「え、じゃあさ。それをお土産にすればいいんじゃ――」
しきりにティクンちゃんも頷いて見せるけれど、そんなに簡単なら教えてほしい。
僕がそう返事をいいかけたところ、ドイヒーさんに言葉を被されてしまった。
酷いよドイヒーさんっ。
「……セイジさん。それはあなたですのよ?」
「リボンで縛ったセイジさんを生贄に差し出せば、シャブリナさんは大喜びですッ」
生贄って、それちょっと意味が分からないからねっ?!
ところでドイヒーさん、ティクンちゃんとは別れた僕は、いま待ち合わせ場所に立っている。
両替屋さんで受け取ったおちんぎんの銀貨六枚は、しっかりと路銀袋に収まっているし大丈夫。
僕にとっては大金だから、ちゃんと盗まれない様に懐に入っているよ。
繁華街の交差点にある広場の中央には、大きな日時計のモニュメントがあってここからたくさんの往来が見える。
露店で食べ物を売る店や、楽器を弾き鳴らして銅貨を稼いでいるお兄さん。
それに僕みたいに待ち合わせをしてるのだろうか、ソワソワとした態度の若い男女もチラホラと見かけた。
手を振ってお互いに駆け寄る姿を見ていると、何だか僕までそれを見てニコニコしてしまう。
ホームレスだった頃からすると、僕は大いに成長したはずだ。
「や、やあセイジさん待たせちまったかな」
「ううん。そんなことないよ……?!」
日時計の側にある大きな石に腰かけていると。
背後からビッツくんのハスキーボイスが投げかけられて、僕は振り返る。
するとそこには、まるで女の子の格好をした彼女が立っていたんだ。
薄くお化粧をしたその表情にはにかみ笑いを浮かべて、
「おかしいかい? いやわかってたんだけど、オレにはやっぱこういう格好は似合わなって」
そんな事ないよ! まるで女の子の格好と言ったらビッツくんに失礼だ。
ピンクのブラウスにリボンをあしらった赤いスカート姿。
その上にボレロを着込んだ彼女はまるで良家お嬢さまみたいに、とてもかわいらしかった。
すごく、いいね!




