59 蜘蛛ですが、ママだ?!
崩落した隠し部屋の入口を前にして、僕の足はすくんだ。
「やるしかないわね。先に戦いやすい様に救難対象を隠し部屋から退避させるわよ」
「その間は俺たちだけで何とか時間稼ぎをする必要がありますね、姐さん」
「わかっているじゃないの。あんたたちが教官らしいところを、訓練生たちにしっかりと見せてあげなさい!」
「わかってますよ姐さん!」
ゴリラ教官とミノタウロス教官が、額に汗を浮かべながら力強く返事をした。
まだだ、まだ僕たちは諦める段階じゃない。
怖いけど僕だってビッツくんたちを何としても救出しなくっちゃ!
「パーティーは家族、パーティーは夫婦だぞセイジ。この戦いが終わったらわたしとふふふ夫婦にな――」
「そこは兄弟と習いましたわよシャブリナさん。魔法を使うのが厄介ですわね……」
「コクコク。それを言うならハーレム家族、ハーレムは姉妹! ですっ」
けれど……
中でうごめく巨大な迷宮蜘蛛の牙だろうか、発光魔法に照らされて鈍く煌めいていた。
あれを体に差し込まれれば、消化液で溶かされる事になる!
「固まるな! 内部に突入後、左右に散会して包囲するんだっ」
「女騎士ちゃんを盾にして、遊撃戦闘を展開するわよ! いい、女騎士ちゃん?!」
「心得た、いくぞおちんぎんパワー!!!」
一斉に動き出すベテラン勢と訓練生の冒険者たち。
「先制攻撃を行きますわよ。発光魔法の代わりに燃やし尽くしてみせますわ!」
「頼んだ。タイミングを合わせて追撃に移るッ」
「心得ましたわっ。攻撃を限定して、絞り込む様に致しますのよ!」
ドイヒーさんは黒くて禍々しい長い杖を構えながら、不思議な呪文の詠唱態勢に入る。
「いきますわよ。いにしえの魔法使いは言いました、わたくしの魔力をもって物理の原則を為せ、フィジカル・マジカル・エクスプロージョン!!」
不思議な呪文が紡ぎ出されると同時に、ドイヒーさんの魔法の杖からビームが発射される。
鋭く走り抜けたそのビームは、咄嗟に回避しようとしたクイーン・ダンジョンスパイダーの背中を差しぬいて壁に激突した。
「三班のみなさんに当たらない様にすると、どうしても威力と拡散性が限定されてしまいますわねっ」
「だが隙はできた、後は任せろ!」
シャブリナさんが大きく長剣を振りかぶる姿が見えて、真正面に存在するクイーン・ダンジョンスパイダーに急接近した。
その隙にゴリラ教官とミノタウロス教官が左右に散る。
「喰らえ、わがおちんぎんソードの威力を! ぬんっ」
ズバンと横薙ぎに走った長剣は、シャブリナさんを抑え込もうとした迷宮蜘蛛の前足一本を斬り付ける。
そのまま剣を振る遠心力の勢いそのままに、シャブリナさんは盾によるタックルをかます。
コンボだ! 以前の攻撃力測定の時に見せた、剣と盾を組み合わせた連撃!
そして盾による体当たりした直後に、その大盾を振り払いながら引き付けた長剣で突きを見舞った。
「ピギャシ!」
たまらずダンジョンスパイダーは巨大な悲鳴を飛ばして暴れた。
その勢いでシャブリナさんが吹き飛ばされると、すぐに注意を引き付けるために左右に散会した教官コンビが、剣を振るって接近を試みている。
「くそっ思ったよりも固いぞ!」
「脚が邪魔で深く斬り込めないとは!!」
その間にも僕たちはただみんなの戦いを傍観していたわけじゃなかった。
この隠し部屋の隅っこで天井から蜘蛛の糸で吊るされていた、三班のみんなを助け出さなくちゃいけない。
インギンさんは手に持った鞭をしならせると、まずは一番近くにいた太鼓腹のデブリシャスさんにその先端を巻き付けた。
その見事な鞭さばきが触手の先端の様に見えて、そんな使い方もあるのかと驚いた。
「見てないで手伝いなさいパンチョ!」
「は、はい。インギンオブレイさん。しっかりして君、もう大丈夫だからねっ」
僕とティクンちゃんもその場所に駆けつける。
気付け薬をティクンちゃんから受け取った僕は、女神様に祈りを捧げて聖なる癒しの魔法を使い始めた彼女に代わって、鼻先にそれを持っていく。
ポーションの中身を嗅いだ太鼓腹のおじさんは、ヒクヒクと無意識に鼻を動かし始めた。
「そのう、体に目立った外傷はないみたいです。たぶん毒かなにかで一時的に麻痺しているんと思いますっ」
「こっちの子たちもたぶん同様ね、急いで部屋の外に引っ張り出して、退路を確保しなさい!」
ティクンちゃんの報告に、インギンさんがテキパキと指示を飛ばした。
すでにピンク色の刃をしたナイフに武器を持ち変えたインギンさんは、巻き付けられた蜘蛛の糸を切り裂きながら戦闘の様子を伺っているんだ。
一度に複数の事に気を配れるのは、さすが荷物持ちからギルマスまで上り詰めたベテラン冒険者だ!
僕もそれを見習う様に、デブリシャスさんを通路の外に引っ張り出しながら、戦闘模様を観察したのだった。
「めちゃくちゃ強いですわねっ、ダンジョンスパイダーってこんなに手強いんですの?!」
「母は強しだドイヒー。わたしだって母親になれば、いやセイジを守るためなら何だってするからなッ」
「じゃあ何とかして下さいましな!」
この迷宮蜘蛛はお腹にあかちゃんを抱いているから、その子たちを守るために必死に戦っているんだ。
きっとビッツくんや太鼓腹のデブリシャスさんに卵を植え付けるつもりだったに違いない。
けど、必死なのは冒険者のみんなだって一緒だ!
「攻撃は一か所に集中させろ! 蜘蛛野郎の前脚を徹底的に斬り付けるんだっ」
「くははは、貴様の弱いところはすでに分かっている、脚の裏側が弱点なんだろう? 感じているんだろう?!」
ミノタウロス教官とシャブリナさんの叫び声が聞こえてきた。
ドイヒーさんはいつでも魔法攻撃ができる様に黒くて禍々しい長い杖を構えたまま、待機している。
でもお得意の大火力魔法を使うためには、三班のみんなを全員退避させなくちゃならないよ。
この瞬間にも「ぐわぁ」とバナナの皮で滑った様に、ゴリラ教官が転げるのが見えた。
全力でみんなが戦っていられる時間は、もうあまり長くない。
「あとひとりを助け出したら終わりよ。誰かこの子を引っ張り出すのを手伝ってちょうだいっ」
「ビッツくん、もう少しの辛抱だよ。今助けだしてあげるからね!!」
ベトベトの蜘蛛の糸が絡みついた華奢な体を引きずるインギンさんだ。
僕が代わりに土色の顔をしたビッツくんを引き受けると、ピンク色のブレードを逆手に構え直しながら飛び出していく。
「モジモジ! 手が空いたのなら、ありったけこのわたしに、おちんぎんパワーを注ぎ込んでくれ。ダメージカットの支援魔法を頼む!!」
「ひん、わかりましたっ。イきます、えい!」
シャブリナさんが盾を前面に押し出しながらぬらりと剣を引き構えた。
するとティクンちゃんがモジモジしながら支援魔法を使って、シャブリナさんの長身をぼんやりとオーラの様なものが包む。
「敵の弱点はわかっている……」
「脚の裏側ですの?!」
「違う、あの顔だ! 顔さえ潰してしまえば牙による攻撃はできなくなるからな。徹底的に脚は攻撃を繰り返しているんので、次の攻撃で教官のどちらかが斬り飛ばす事ができる」
「なるほど、ではわたくしは顔を目がけて攻撃すればよろしいんですのね?」
「ああ頼んだぞドイヒー、いつもパンをこんがり焼くみたいにやってもらって構わんからな!」
まるで夜に舞う蝶の様に、ひらひらと攻撃をかわしながら斬りかかるするインギンさんだ。
それにパンチョさんも大きなハンマーを振りかぶって、教官コンビとは反対側の前脚を狙っている様だった。
「はあン。両方の前脚を潰されれば、クイーン・ダンジョンスパイダーは前傾姿勢にならざるをえないはずよ! 最後の一撃は女騎士ちゃん、あなたの剣技に託してもいいかしらあ?!」
戦いながらその意図を叫んだインギンさんに、シャブリナさんはふたたび突貫する事で応えてみせた。
おちんぎんに不可能はなし! そんな叫び声が聞こえた様な気がするけれど、もしかしたら僕の脳裏に鳴り響いた妄想だったのかも知れない。
さすがブンボン騎士団所属の諦めを知らないシャブリナさんは、盾の隙間から剣を構える姿勢のままでクイーン・ダンジョンスパイダーに肉薄したんだ。
危ない! と思った次の瞬間には、迷宮蜘蛛が飛びつき攻撃をしていた。
頭上に盾を掲げる様にしてやり過ごしたシャブリナさんは、圧し潰されそうになりながらも長剣をブンと大きく走らせて、蜘蛛の前足の接合部分を一閃したんだ。
ほとんど同時にミノタウロス教官が、同じ様にして大剣を物理の力で叩きつける。
こちらは鋭利な斬り飛ばされ方をせずに、反対側の前足は折れる様にグシャリとなった。
「今よ、ドイヒーちゃん。あなたの全力で光と闇を統べる厨二病魔法を、射ち込んであげなさいな!」
「厨二病を拗らせているわけではありませんのよっ。これが偉大なる魔法使いの呪文詠唱なんですの!!」
たまらずズッコケそうになったドイヒーさんは、ドンと大きくて黒くて禍々しくて、それでいて頼もしい魔法の杖を突きたてたんだ。
そうして今までに見た事が無い様な不思議な呪文を紡ぎ出す。
もう他のみんなもそれを見て、退避の態勢に移行しつつあった。
僕もティクンちゃんを三班のみんなのところに下がってもらいながら、駆けてくるシャブリナさんを必死で手招きした。
「いにしえの魔法使いは言いました。全ての闇を統べる者にふさわしいのはわたし。紅蓮の業火となりて、猛き炎の槍で討ち滅ぼせ。フィジカル・マジカル・キャストオフ!」
ドイヒーさんを中心にして、すさまじい風圧と魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣はぐるぐると回りながら発光を強めて行って、ピシリと指さした彼女の指先から煉獄の槍が飛び出したのである。
槍はそのまま体を引きずりながら後退しようとしたクイーン・ダンジョンスパイダーの顔面に突き刺さる。
「こ、これはやばいぞ爆発するセイジ」
「ドイヒーさんの魔法はいつも大爆発じゃないの?!」
「違う、そうじゃないあれはマジでやばいっ。盾の後ろに隠れるんだっ」
「すごく危険ですっ」
すると迷宮蜘蛛の内部から七色の光が飛び出して。
蜘蛛汁をお腹の卵を盛大にまき散らしながら、爆発四散の大惨事となった。
「ピチピチピチ、プシャァ!!」
盾の後ろで伏せた姿勢でそれを目撃していた僕だけでなく、全てをを呑み込みながら気が付けば何もかもが消し炭になっていたんだ。




