58 コンバットレスキューです! ※
未帰還と報告された第三班は、ビッツくんやデブリシャスさんたち五人が所属する訓練生パーティーだ。
ゴミ捨て場の小部屋前でばったり鉢合わせした時は、全員無事だったはず。
「自分たちが見かけたのは、指定された調査部屋に向かって側道を移動中の事であります!」
「地図だ、地図の確認だっ」
シャブリナさんの報告に教官のみなさんたちが一斉に動き出した。
「セイジ、貴様の作成した地図を貸してくれ!」
「う、うん。これは僕がマッピングしたものなので不正確かもしれませんが。僕たちが目撃したのはこの辺りで、モンスター駆除の最中でした」
「不味いなぁ、この辺り一帯は《さざめく雄鶏》もあまり踏み込んでいなくて、地図も不確かな状態だってさっき対策会議で話していたところなんですよ」
僕の差し出した地図を簡易テーブルに広げると、みんながそれを覗き込んだ。
どういうわけか《さざめく雄鶏》のダンジョン攻略に参加しているパンチョさんが、大きなため息を漏らしながら手を突く。
「夜間交代のパーティーが入る前までに決断しなくちゃいかん」
「ここで《さざめく雄鶏》に面倒をかけると、次から訓練生の実習訓練の受け入れを拒否される可能性も……」
「むむむっ。困りましたね……」
教官たちは揃って難しい顔をしてお互いに顔を見合っていた。
ビッツくんたちが踏み込んだエリアは廃坑ダンジョンの比較的浅いエリアだけれども、広域マップを確認してみると意外に浅いエリアも広く横に側道が伸びているのがわかる。
僕らに支給されたのは部分的なものだから、それを今の今まで知らなかったんだ。
「どうする。もう少し待って様子を見るか、戦闘救難班を出して捜索するか」
「いや、もしそんな事をすれば訓練生の経歴に傷が付くぞ。就職活動の際にそのヘマが不利になる可能性が」
バシンッ!
「ああああもう、さっきから黙ってたらあんなたちはあっ!」
簡易テーブルを激しく叩いたのは、これまで黙って腕組みをしていたインギンオブレイさんだった。
恐ろしい顔つきをしたインギンさんは、そのままの勢いでバシンバシンと教官たちの頭をはたいていく。
僕とシャブリナさんは直立不動の態勢でそれを見守った。
「何を言ってるのよ! 訓練生の安全を守るのが教官たちの役目でしょお?! 就職活動をする前に生徒を死なせちゃ、立派な冒険者に育てる事もできないじゃないのさ!」
「そ、その通りですが、しかし……」
「しかちもへちまもないのよ!」
ビクンビクンと強面教官たちが背中を震撼させた。
ぐるりと一同を見回したインギンさんは、言葉を続ける。
「パンチョ、急いで《さざめく雄鶏》のギルマス、サザーンメキのところに飛んでって、コンバットレスキューを組織する報告をしてきなさい」
「わかりましたッ」
「それからゴリ、ミノ、あんたたちも急いで装備を整えてあたしに続く事!」
「「はい、インギン姐さん!」」
それから僕らの方に向き直ったインギンさんは、
「セイジくんは現地までの道順を案内してちょうだい。あの子たちは待機中? なら丁度いいわ、回復職の子もいたはずだから全員ついて来なさいっ!」
パシリと腰に吊り下げていた鞭を鳴らしたインギンさんに、僕とシャブリナさんは急いで返事をした。
「はい、よろしくお願いします!」
さすが教官たちの行動はいざ救出チームを出すと決めたら早かった。
ビッツくんたちがダンジョン内で最後に確認されてから、すでに数刻の時間が過ぎている。
補給その他に関しては、美味しくない事で知られる携帯食料を持っているはずだから大丈夫だ。たぶん水筒の中身も半日そこいらなら問題ない。
けれど時間が経過すればするほど、行方不明になったビッツくんたちのパーティーは危険に晒される。
「問題はダンジョン内で迷子になった可能性と、それからモンスターに襲われた可能性のふたつなんだ。迷子になっただけであれば、まだ連中は無事だね。けど、時間が経過すればするほど、最終的にモンスターに襲われる可能性が高まるからね」
未調査エリアだけに、何が潜んでいるかはわからないからね。
熊面にしわを寄せたパンチョさんが、僕たちにに向かって説明をしてくれた。
「すでに調査完了した場所と思って、ビッツさんたちが油断していた可能性もありますわね」
「あのクソガキの事だからあり得るな。隠し部屋があった可能性もあるぞ、それだと不意を突かれたという事になる。隠し部屋に潜んでいるのはレイドボスと相場が決まっているからな……」
「れ、レイドボスってやばいよね?」
「あのう。何かの拍子に隠し部屋のギミックが発動して、レイドボスが発生するって授業中に習った気がしますっ」
最悪の可能性はビッツくんたちが、何かの拍子に発動したギミックで隠し部屋から出てきたレイドボスに遭遇した場合だ。
「そういう緊急事態に対応するために、僕やインギンさんが今回呼ばれていたわけさ。《さざめく雄鶏》の主力は最前線に出払っているからね。出番が無ければ一番だったんだけど、セイジくんの友達が無事だといいねえ……」
「はい。みなさんが頼りです。ビッツくんをよろしくお願いします!」
道中、お話を聞いてみると《ビーストエンド》からもこの廃坑ダンジョンの攻略のため、たまたま応援パーティーが派遣されていたらしい。
主攻略中のアタックルートで問題が発生した時に、コンバットレスキューを実施するのが《ビーストエンド》応援パーティーの請け負った仕事だったんだとか。
そうして僕たちが昼間に調査完了を済ませた部屋の辺りまでやって来る。
「シャブリナ訓練生、三班と遭遇したのはここで間違いないか?」
「そうであります教官どの。ここでダンジョンスパイダーと戦った直後に、我々と邂逅したものと思われます」
盾を背中に担ぎながら、足元を指さして教官たちに説明するシャブリナさんだ。
僕たちも自分たちが戦った部屋についても報告しながら、緊張感をますます高めていった。
「ここから先は全方位に注意して! ランタンだけでは影で死角ができるわね、発光魔法をもうひとつ頼むわ」
「わかりましたわっ。いにしえの魔法使いは言いました、フィジカル・マジカル・サンシャイン♪」
「全員武装構えろ、互いにひと二人分の歩幅を保つ様に!」
「支援職の訓練生は真ん中に集まれ。おい、ミノとパンチョさんは後方を頼むぞ、俺はインギン姐さんと先頭を!」
全員が四方に意識を向けながらフォーメーションを組んだ。
訓練生の僕たちは教官やインギンさんたちベテラン冒険者に囲まれて、安全が確保される。
「セイジ、いざとなればわたしの盾に隠れて顔を出すな」
「わかったよ……」
「貴様たちも無理に攻撃に加わると、教官たちの足手まといになるはずだ。ふたりとも、今回は補助魔法だけに専念する事だ。」
頼もしくシャブリナさんが盾を構えながらそう言ってくれる。
するとドイヒーさんとティクンちゃんが、手早く補助魔法を使ってパーティーメンバー全員の能力強化を図った。
攻撃上昇や防御上昇、それから攻撃速度や会心の一撃、ダメージカットといった様々な種類のものを、早口に使う。
「わ、わかりましたわ。ここは騎士団で実戦経験のあるシャブリナさんのご意見に従ってあげてもよろしくってよ?」
「フンフン。いざと言う時、聖なる癒しの魔法がいつでも使える様にしておきますっ」
待っててビッツくん、デブリシャスさん!
僕たちが必ずみんなを救出してみせるから、もう少しの辛抱だよっ。
そうして深い側道の奥にさしかかったところで、先頭を慎重に歩いていたゴリラ教官がピタリと足を止めたのである。
「姐さん……」
「ええ、空気の流れが感じられるわね。行き止まりの様に見えて、これはどこかに通路があるはずよ」
互いに顔を見合わせたベテラン冒険者と教官だ。
すぐにも最後尾で警戒にあたっていた熊獣人のパンチョさんが駆けてきて、途中で僕の肩を叩いて来るように合図をした。
言われるままに最前列までやって来ると、
「確かに、どこか冷たい空気が流れていますね」
「みんなも注意を怠らない様に、壁に隠し扉が無いか確認してちょうだい!」
坑道の岩肌は苔むしていたり、湿気でぬめっている場所がほとんどだ。
道中にあった各部屋はレンガの壁面で補強されていたりしたけど、ここは鉱物を探して堀ったままの様に岩肌がむき出しだったけれど、ドイヒーさんはじっと壁の一点を睨みつけていた。
コツコツと、黒くて大きくて禍々しい長い杖で小突いてみたところ、
「……何かしら。ここだけ苔が剥がれ落ちていて、綺麗にツルリとしておりますわ」
「あっ、こら貴様。勝手に触るんじゃないぞ、いつもみたいに罠が発動したらどうする?!」
「そんな事っ、毎回わたくしが同じ過ちをするわけが――」
プンプンと怒ったドイヒーさんが壁について振り返った瞬間。
ズゴゴゴッックと激しい響きとともに地面が揺れた!
「ひいっ、何ですの?!」
「ほれ見た事か、貴様はいつもこれだパン屋の娘えっ」
「ドイヒーさんひどいですッ」
「わたくしが犯人じゃありませんわよ、本当ですわっ!!」
シャブリナさんは剣を地面に突き刺して大盾を持ち上げてくれたので、咄嗟に僕はドイヒーさんとティクンちゃんを引っ張った。
体を隠すのは不可能でも、頭だけは盾に守れる。
「な、何が起きたの。誰よ罠のギミックを勝手に発動させたのよ?!!」
「いや俺は何もしちゃいません! ゴリお前かかかかっ」
「おおおおっ俺じゃない、みみみみみんな姿勢を低くしろ!」
そして激しい揺れとともに壁がボロボロと倒壊した先に見えたものは……
ダンジョンスパイダーを何倍以上に大きくしたようなおぞましい何にかと、す巻きにされて中吊りになったビッツくんやデブリシャスさんたち三班のみんな。
「あ、あれはクイーン・ダンジョンスパイダー」
「……お腹が膨らんでいるから妊娠中ね、最悪だわ」」
「という事は今が一番、食欲旺盛で凶暴じゃないか。大変です姐さんっ」
隠し部屋の中を見た教官やインギンさんたちも当惑の声を上げる。
「ひっ。気持ち悪いですビクンビクン」
「セイジ下がってろ、ドイヒー魔法の用意だッ」
「不味いですわ、三班のみなさんがいるから、一気に魔法が使えないし……」
キチキチキチと不気味な牙の音を立てながら、わさわさと暗闇の中をうごめくクイーン・ダンジョンスパイダーだ。
「あはっ。この人数で、ボス級のダンジョンスパイダーを倒せるかしらね……?」
鞭を構えながら戦闘態勢を取るインギンさんが、頼りない言葉を小声でつぶやいたのを僕は聞き逃さなかった。
そして、熊獣人のパンチョさんが大きな悲鳴をぶちまける。
「万策尽きたああああああああっ!!!」




