57 探索中行方不明が発生しました!
「しかし本当にひどい目にあったな。体中がベトベトで気持ち悪い!」
「まったくですわ。わたくしの絹の様なお肌が、スパイダーシルクがまとわりついて、途中で扱けそうになってしまいましたわよ。プンスカ」
「そのう。せめてこの糸をかき集めてれば、少しは換金できないでしょうかッ……」
「無理だと思うよ。何だかところどころ焦げて、縮れ毛みたいになってるし」
ダンジョンスパイダーの子供に占拠されていた小部屋からベースキャンプまで帰還した僕たちは、それはもう酷い格好だった。
施錠されていたあの小部屋、どうやら鉱山として利用されていた時代のゴミ捨て場だったみたいだね。
入口の警告にあった「お姉さんとの約束を」守らなかった誰かが、ゴミ箱の蓋をせずにいたものだから、害虫が湧いてモンスターの溜まり場になったんだ。
お姉さんとの約束は、ちゃんと守らなくちゃだめだって事だね!
「とりあず報告書を作成して教官どのに提出しないといけませんわ」
教官に報告書を提出するのは、パーティーの雑務担当である荷物持ちの僕の役割だ。
僕みたいに読み書きのできない冒険者もいるんだよね。
だから、用語集を片手にテンプレ化されたチェックリストと空欄を埋められる様になっているんだけど、
「ええと、書き方がわからないや。ダンジョンスパイダーの文字はこれでいいのかな? 数は二〇匹以上かな……」」
「うむ。それから子供という字はこう書く。貸してみろ、死体の数を調べた限りそんなものだろう。ここは罠の有無について書かれている、無しだったな」
うん無しだったね。
わからないところを、ランタンを掲げてくれていたシャブリナさんに教わりながら埋めていく。
彼女だって疲れているはずなのに、隣で手伝ってくれるのが嬉しかった。
ちょっと近すぎて、吐息が首筋に当たるのが気になったけど……
「……ハァハァ。気にするな。わざとだ」
「わざとなの?!」
ひとまず任務の与えられた全ての調査対象部屋の報告書を作成した後、実際に今日移動したルートを地図に書き込んだ。
未発見のルートなどもあるから、これは《さざめく雄鶏》が事前に用意していた地図に、僕が実際にマッピングしたもを添付して提出する事になる。
「あのう。ポーションティーが入りましたので、セイジくんもどうぞっ」
「あ、助かるよありがとう。本当はポーターの僕がやる仕事なのに、ごめんね」
「セイジくんはまだまだお仕事があるから、お手伝いするのッ」
何だかんだ言ってティクンちゃんも自分の役割が終わっても僕の役目を手伝ってくれたりしている。
持つべきものは班の仲間、パーティーメンバーだねっ!
紫色とも茶色とも付かない色合いのポーションティーを口に運びながら、僕はそう思った。
「フン、そんな事を言ってもセイジの独占はさせないからな! 今はわたしの時間なんだからな! ……ところ貴様、わたしのお茶はどこだ?」
「ポットに入っているから。欲しいならご自分で、どうぞ……」
「何だと、仲間に対するこの仕打ち?!」
「ヒッ……あっ……」
シャブリナさんに凄まれて、ビクンビクンとしたティクンちゃんはお股を抑えながら逃げて行った。
見ればドイヒーさんも洗濯物を洗う準備をするために、魔法でたらいに水をジャバジャバ放出している。それも僕の役割なのに、何も言わずともやってくれる。
仲間っていいなぁ……
「じゃあ僕はこれを教官に提出してくるね」
「その前に服を脱いでくださいな。まとめて洗っておきますので、ほらあなたもモジモジしてないで!」
「ひんっ、引っ張らないでください。法衣が伸びてしまいますっ」
「その前に法衣にお漏らしの染みができてしまいますわよ!? ちゃちゃっと脱ぐ!」
「……フルフル、セイジくんそんな眼で見ないでぇ」
いつも寄宿舎では平気で裸になる間柄だけど、強制的に脱がされるのは恥ずかしいのかな。
そんなティクンちゃんとドイヒーさんのやり取りを見守りつつ提出書類をまとめると、彼女に汚れたポンチョを預けた。
甲冑を外してチュニック姿になっていたシャブリナさんが近づいてくる。
「わたしも付き合おう。一応は班のリーダーだからな」
「う、うん。あれ放っておいても大丈夫かな?」
「いつもの事だ。あの蜘蛛の糸はだんだん粘り気が出てきたので、早く洗わないと大変な事になるからな。わたしも貴様も報告が終われば、装備の手入れを済ませて風呂に入った方がいいだろう」
今日は初日でいろいろ疲れたからね。
ダンジョンアタック中でもお湯が支給されるのはありがたいや。
報告が終わればみんな就寝する事が許されているので、三々五々キャンプに帰還していた訓練生の仲間たちは休憩モードに入っていた。
本部キャンプの行きがけにそんな仲間たちから声をかけられる。
「おう。ノッポの姉ちゃんところと、ジョナサンの班もこれで終わりか?」
「まったく俺たちは通路の掃除が大変でよ!」
通路の掃除って事はモンスター駆除をやってたのかな?
同じ訓練生たちの言葉にシャブリナさんと顔を見合わせてそんな想像を働かせていると、どうやら掃除の意味が違ったらしい。
「いや攻略組が倒したモンスターを、俺たちが片づけるのよ……」
「あのままモンスターを放置していると、別のモンスターをおびき寄せる事になるからな。おかげでモンスターの体液まみれで、臭いし痒いし最悪だぜ」
「き、貴様たちも大変だな」
「ノッポの姉ちゃんも、糸引いてるじゃないか。エロいぜくくくっ」
「貴様ぁ!」
そんな地味な役回りをする人間もダンジョンアタックの華々しい裏には存在しているんだ。
僕らも未調査の部屋をひとつひとつ見て回る簡単なお仕事をしているから、気持ちはわかるよ。
こうして教官が詰めているベースキャンプの本部テント前にやって来たところ、天幕の中から騒がしい声が聞こえてくるのだ。
「まだ帰還の確認できていない班がいるのか、どうなってるんだ?!」
「不味いな。他にこの班の活動範囲で行動していたチームは誰かいないのかっ」
「待ってださい、地図を確認しましょう。第四班が行動していたはずですけど、四班って?」
「四班はシャブリナ訓練生のチームだな」
「ああっ、セイジくんたちだねっ」
四人四色の声が交差している。
どうやらどこかの班がまだ戻ってきていないらしく、教官たちが大騒ぎになっているみたいだ。
「誰か呼んできてくれるか、帰還のチェックは終わっているはずだから報告書を作成しているはずだ」
「わかった。ちょっと待ってろ、すぐ――」
僕たちの名前が飛び出したのでギョっとしたけれど、意を決したシャブリナさんは、僕の背中を叩いて「行くぞ」と合図をした。
「失礼します! 第四班、シャブリナ訓練生入りますっ」
「同じく第四班、セイジ訓練生入りますっ」
「おおっお前たちか! ちょうど呼びに行こうと思っていたところだ。助かった!」
入室した直後に、あわてた顔のゴリラ教官と鉢合わせになった。
他にも、完全武装の冒険者装備をしたミノタウロス教官に、救護係の教官。それにインギンさんとパンチョさん。
……あれ、どうして別ギルドのインギンさんやパンチョさんがここに?!
「ビッツ訓練生やデブリシャス訓練生が所属している第三班が、ダンジョン内で行方不明になった。お前たちは第三班のメンバーを最後に見かけたのはいつだ?!」
ビッツくんたちが行方不明に?
えっ嘘ッ?!
ビッツくんの立ち絵です!
39話にも掲載しました。