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56 お姉さんとのお約束をする部屋(過去形)

 廃坑ダンジョンの内部に入ると、そこはジメジメとした空気と独特の臭いが支配する空間だった。


 すでに安全エリアは《さざめく雄鶏》のみなさんによって確保されているので、メイン攻略ルートの坑道を進んでいる限りはモンスターに出くわす事もほとんどない。

 だからシャブリナさんは剣を収めた状態でランタンを片手に先頭を進み、その後にドイヒーさんと僕、最後列にティクンちゃんといういつもの順番で、地図に示された仕事場所に向かう。

 けれどその一歩ルートを外れると、雰囲気はガラっと変わる。


「何となく辛気臭い場所ですわね。足元は苔も生えているし、何だかヌメヌメしておりますわ」

「まだ人間があまり出入りしていないからな。足を滑らせない様に、貴様たちもかかとからブーツで踏んだら駄目だぞ。こういう時は爪先からゆっくり降ろしながら進むんだ」


 少し不安そうな表情をしたドイヒーさんの顔が、僕の持ったランタンに照らされる。

 ティクンちゃんもおっかなびっくりという具合で、いつもみたいに僕の背中に手を添えていた。


「そのう。さっきから通路で誰とも行き違いになりませんねっ」

「メイン攻略ルートを歩いている時は往来もたくさんあったけど、この先はまだ未調査の通路や部屋がある場所だからね」


 やっぱり本物のダンジョンに潜る事は別格の緊張はあるし、はじめての時みたいにギルドのひとが側にいるわけでもないのが理由かもしれない。

 ギルド《さざめく雄鶏》の主力も最前線のアタックを敢行中だ。


「セイジ、この方角で間違ってはいないな?」

「うんそうだよ。矢印と番号順に進んでいるし、間違っていないのならこの先を左に――」


 そんな風に僕が班のみんなに語り掛けようとした矢先、

 突如その先の分かれ道から影が伸びているのが見えたのだ。


「わっ、驚かさないでおくれよセイジさん?!」

「何だ坊主たちか。足音と声がしたもんだから、人型モンスターがいるのかと思ってびっくりしたぞっ」


 そこでバッタリ出くわしたのは、ビッツくんや太鼓腹デブリシャスさんの班メンバーだった様だ。

 五人が密集体型をとって、いつでも攻撃に転じられる様に身構えていたみたいだね。

 剣に手をかけていたシャブリナさんが、大きなため息を漏らして叱咤する。


「驚かされたのはこっちもだ。規定に従ってランタンなり発光魔法なりをどうして掲げていないんだ?!」

「さっき突発的な戦闘があったもんだからよう、それで魔法が切れちまったんだ」


 どうやらそう返事をしたビッツくんの言う通り、すぐ先の通路で遭遇戦があったらしい。

 彼女はまだ鮮血のしたたるナイフを手にしていたから、もしかすると解体中に僕らの気配に反応したのかも知れないね。


「この辺りの敵は何ですの?」

「ギルドのひとに聞いたところ、ダンジョンスパイダーと例によってスライムだ」

「ダンジョンスパイダー、虫型のモンスターですわね」


 僕たちがまだ見た事の無い虫型モンスターというフレーズに、ドイヒーさんは引きつった顔をしている。

 まあクモは厳密には昆虫ではないけれど、足の長い節足動物系って女性はだいたい苦手だよね。僕も苦手だけれども。


「安心しろドイヒー、貴様の紅蓮魔法が大活躍できるじゃないか。虫型は火攻めに弱いと授業で習ったではないか」

「そ、そうですわね。わっわたくしの大火力魔法で消し炭にしてやりますのよっ」

「あんたたち、そんな事をしたら換金できる素材を集める事ができないじゃないか。スパイダーシルクはいい金になるんだろ?」


 そう言ったビッツくんが手拭いで指をぬぐった後に、不思議な輝きをする糸の束を見せてくれた。

 まるで絹みたいなきらめきと、しっとりした感触が僕の手に感じられる。

 これがダンジョンスパイダーの糸かあ。などと感心していると、


「これ、マイクロビキニアーマーの素材になってるらしいぜ。素材の持ち込みしたら少しは安くなると購買部のおばちゃんに聞いたんだけどよ……」

「なに、それは本当か!」

「どこで手に入りますの?!」

「見かけたら潰します!!」


 僕の班の女性陣が途端に目の色を変えてやる気を出した。

 女性は何かとオシャレにお金がかかるしね。虫型モンスターは嫌いだけど、身だしなみのためなら苦労は厭わないって事だね。

 マイクロビキニだけど……


 そんなやり取りをしたところで、ビッツくんたちのパーティーとはお別れをして先を進む。

 彼女たちの班は、僕らが罠解除されていない部屋を探索中も、周辺のモンスター退治をしてまわるらしい。


 同じ訓練学校の仲間たちと協力して攻略するって、何だかいいな。

 そうして僕たちが罠解除を担当する部屋の前までやって来ると、例の魔法文字によって書かれた注意書きのプレートを発見した。


「警告! ゴミ捨て場の管理は厳重に注意しましょう。ゴミ箱の密封を怠ると鼠が発生し、迷宮蜘蛛(ダンジョンスパイダー)などの害虫が集まって来て危険です。蓋を開けたら蓋を閉めるを心がけてください。お姉さんとのお約束ね?」


 何だろうこれは。

 読み上げた文章に僕たち四人は顔を見合わせた。


「これだけですの?」

「これだけですね。他に注意書きみたいなのはないです」

「扉はしっかりと施錠されているな。穴ぼこが開いているから鍵式のものらしい。どこに鍵があるとかも無いのか?」

「無いよシャブリナさん。鍵がいるのかどうしよう……」

「あのう、シャブリナさんがぶち壊せばいいと思いますっ」

「「「?!」」」


 僕らが一同思案をしていると、最後におずおずとティクンちゃんが提案をした。

 鍵が無いのなら物理の力でぶち壊してしまおうと言い出したのである。


「し、しかし強引に錠前を壊して何かのギミックが発動したらどうするんだ?!」

「何も書かれていないのだから、確かに罠の様なものは無いのかも知れませんわ。念のために他の場所に警告プレートが無いかもう一度調べて……」

「やっぱりないですっ」


 扉の周辺、反対側を調べても確かに警告文はどこにもなかった。


「わ、わかった。じゃあセイジ、その勇ましく黒光りしている鈍器を貸してくれ」

「いいけど。ホントに大丈夫かな……」

「念のために魔法の援護体制を取っておきますわ。ティクンさん、あなたも防御力アップ、ダメージカットの魔法をお使いになって」

「はっはいっ」


 躊躇しながらも、やると決めた以上は力いっぱいモーニングスターを振りかぶるシャブリナさんだ。

 思い切り錠前にガツン、ガツンと数発立て続けに叩きつけると、何度目かの衝撃で馬鹿になった錠前のフックがぶち壊れた。

 ガチンと地面に叩きつけられたのを確認して、ランタンを持った僕が扉を開ける事になったんだけど……

 ギイイイィ。


「そ、そのう誰かいますかあ。ふわっ、とても中は臭いですッ」

「暗くて中が余り見えませんわね……」

「あっあまり不用意に中に入ったら危険だぞ。セイジこの黒くてたくましくてゴツゴルしている鈍器を返すぞ」

「うん、シャブリナさん発光魔法を中に飛ばしてくれるかな?」


 わかりましたわ。

 即座に了承したドイヒーさんは、ランタンをティクンちゃんに預けて黒く禍々しい長い杖を構えて、不思議な呪文を口にする。


「いにしえの魔法使いは言いました、世の中を照らすのはわたし。フィジカル・マジカル・サンシャイン!」


 するとどうだろう。

 湿気と異臭を放っていた部屋の中が、まるで太陽の下にでも出た様に明るくなった。

 同時に部屋の中がとんでもない事になっているのに僕らは気付く。

 うごめく黒い塊が、無数にその部屋いっぱに占拠していた!


「うわああああああっ、蜘蛛の子がいっぱいだ?!」

「ひいっ、何ですのこのおぞましい姿は!! フィジカル・マジカル・あ~れ~?!」

「馬鹿ドイヒー、最後までおかしな呪文を続けないか!」

「貴重な下着用の糸が、あっ駄目っ……」


 一斉に飛び掛かってくるダンジョンスパイダーの子供たちを相手に、僕らは大混乱だ。

 こうなると美味しい素材よりも身の危険と恐怖の方が優先で、戦闘開始。


 どうにかドイヒーさんが大火力魔法を使ったおかげで事なきを得たけど、ティクンちゃんの蛇口を締めるのには間に合わなかったのだ。


「間に合いましたセイジくん! 漏れたのはコップ一杯ぶんだけですからッ」


 やっぱり間に合ってないじゃないか?!

 


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