05 僕のルームメイトを紹介します! ※
僕たちは訓練学校の練兵場から、校舎の離れにある食堂へとやって来た。
ぞろぞろと並んで移動する新米訓練生の数は、全部で二九人だ。
これが多いのか少ないのか、今の僕にはピンと来ないけれども、
「続けていく内に何人かは訓練学校を辞める事になるだろうな」
凛々しい顔で冷静に分析したのがシャブリナさんだ。
配給用のトレーを持って給食口に並んでいると、僕を見下ろしながらそう言ったんだ。
「やっぱりみんな、訓練が厳しくて冒険者を諦めるのかな?」
「たいした苦労もせずに、ダンジョンに籠れば一攫千金が手に入ると勘違いしている馬鹿どもはそうだろう」
「事実はそんなに甘くはないんだろうね」
「もちろんだ、冒険者は特殊な技能集団だからな。度胸だけではなく、技術向上や日々の訓練を欠かさずに続けることで成長する。これは騎士の在り方にも通じるところがあると言える」
「なるほどね」
「継続は力、いや力技だ。経験を重ねる事で力と技の両方が手に入る。だから冒険者を続ける事を目標にしよう。まずは三年だ」
珍しくキリっとした顔でシャブリナさんが回答してくれたので、僕はふんふんとうなづいておいた。
確かにどんなお仕事でも、楽をして稼ぐ方法なんてないと思う。
「冒険者として生き残れる平均寿命は、三年程度と言われている」
「えっ、三年で死んじゃうの?」
「いや平均三年もすれば辞めてしまうという事らしいぞ。だがこれはあくまでも平均の話で一〇年、二〇年と続けて有名なギルドマスターに昇り詰める者もいれば、訓練学校を出る前に辞めてしまう情けない連中もいるからな」
配給待ちをする列は徐々に消化されていき、僕たちの番になった。
大きな黒パン、それにキャベツの漬物は自分でトレーに乗せる。
そこからトレーを給食口のおばさんの前に出すと……
「はいお待ちっ」
木のおたまでマッシュポテトがベチャリと入れられた。
根菜とベーコンを煮込んだスープを受け取ると、最後にデザート果物を受け取る。
「保護施設より豪華な料理だね!」
「こんなショボくさい料理で満足するんじゃない!」
「そ、そうかな。意外に美味しそうだけど……」
マッシュポテトはボリュームも色身も保護施設で見たものより豪華だし、何より温かいスープが付いているんだよ!
デザートにレモンひとつまであるなんて。
冒険者、最高じゃない!
「おばちゃん、わたしとセイジのマッシュポテトは大盛りで頼む!」
背も高く騎士見習いとして運動量の多いシャブリナさんは、大盛りを要求して給食のおばちゃんに抗議をしていた。
若いっていいなあ。
おじさんになると量はこのぐらいでちょうどいいと思うんだ。
などと思っていると、
「何ですのこの黒くて硬くて大きさばかりがご立派なパンは! 中には石臼の粉末まで入り込んでいるではありませんかっ」
「嫌ならあんたは食べなくてもいいんだよ。次が控えてるんだから移動してくんな!」
「そんな、あんまりですわ! ……パンが、パンが蔑ろにされていますわっ」
僕たちの後列でも似たような抗議の声が聞こえてきたんだ。
振り返ってみると、そこには金髪巻き毛の魔法少女の姿があった。
確か名前はアーナなんとかさんで、
「パン屋の娘だったな。よほど不味そうなこのパンが許せなかったのだろう」
「そうかな? 大きいし美味しそうに見えるけど……」
「これのどこが美味しいものか、この黒パンは、ライ麦を粉末にする際に使った石臼の破片が入っている平民用のものだ。まあ貴様が食べていたのはさらに程度の低い、貧民用のカビたパンだからな……」
僕はカビたパンを毎日ありがたがって食べていたのか……
まあ記憶喪失だった僕が保護施設で食事にありつけただけでも、神様に感謝しなくちゃいけないのかな。
ちなみにパン屋のアーナなんとかさんは、抗議の声も虚しく次の順番の人に追い立てられた。
黒パンを根菜スープに付けて食べてみたけど……
やっぱり僕にはそれほど不味いものには感じなかった。
「わりと美味しいじゃん?」
「……貴様は幸せな奴だなセイジ」
「そ、そうかな」
よくわからないけどシャブリナさんに同情されてしまった。
「……うっうっ、わたしがおちんぎんを一杯稼いで、いつか貴様を幸せにしてやるからな?」
「え、そこは一緒に稼ごうじゃないの」
「そうだ、そうだぞセイジ! パートナーだからなっ」
十七歳の少女に励まされる三十路おじさんの図である。
ちょっと惨めだ、頑張ろう……
お昼ご飯を食べ終える頃になると、ゴリラ教官が食堂にやって来た。
ドカドカと向かった先は、壁に掲げられている大きな掲示板。
そこに班分けの結果発表がペタリと張り出されたのだ。
そのままこのメンバーが寄宿舎の部屋割りにも対応しているものらしい。
「お、セイジの名前があったぞ」
「どこどこ?」
「おおっ、わたしと貴様はどうやら同じ班になれた様だ。特記事項に人生のパートナーと書いておいてよかった、受付やあのゴリラが気を利かせてくれたのかも知れないッ」
文字の読めない僕のために、シャブリナさんが貼り紙を指さして教えてくれた。
説明の後半が急に聞き取りにくくなったけど、
「なにシャブリナさん?」
「ほ、他の班員に、先ほどのパン屋の娘の名前があったぞ」
わざとなのか話題を強引に被せられて、教えてくれなかった。
酷いよシャブリナさんは……
「ふむ、あのパン屋の娘は魔法使いとしてなかなかの腕だった。近接戦闘と盾役をわたしがこなし、遠距離攻撃と支援魔法をあの娘が担当すれば、攻撃力としてはバランスが取れているな」
「あらあら、わたくしと同じ班になるのは、あなたたちでしたの?」
そんな言葉が背後から聞こえてきて振り返ると、そこには金髪縦ロールを揺らすパン屋の看板娘さんがいた。
「ええと、……アーナフランシスコザビエルさんでしたっけ?」
「アーナフランソワーズドイヒーですの! 名前が憶えにくいのでしたら、特別にアーナさまかフランソワーズさまと愛称でお呼びくださってもよろしくってよ。おーっほっほ!」
「そうかドイヒーよろしくな」
「ドイヒーではありませんわ! アーナですわ!!」
白い歯を見せてシャブリナさんは右手を差し出した。
けれど、激高したドイヒーさんはその手をパチンとはじき返す。
「ブンボン騎士団所属、騎士見習いのシャブリナだ。こっちはわたしの相棒セイジ」
「あら、三人だけですの? 他の班員はいないのかしら」
「他の班はだいたい五人の様だが、うちは三人しか書かれていない」
「新米訓練生は全員で二九だし、全部で六班なら最後のひとつは四人じゃないといおかしいはずですわ」
「おや、貴様の予想通りだ。どうやら追加発表があるみたいだぞドイヒー」
ゴリラ教官がやってきて、僕たちの班分けの張り紙に加筆をはじめた。
誰か書き洩らしがあったのかと思ったら、そうだった。
「なんて書いてあるの?」
「どうやらティクンが最後のひとりらしい。さっきの先っちょだけ漏らしたモジモジ少女だ」
ああ、回復職の格好をした赤毛パッツンの女の子。
食堂を出て寄宿舎までやって来ると。
確かに割り充てられた部屋に、モジモジ少女がいた。
「ヒィ、駄目です見ないでえっ?!!!!!」
ちょうどパンツを脱ぎかけて、下着を交換するところだったみたいですね。
モジモジ少女は、お歳に似合わずモジャモジャ少女だった。