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48 スライム叩いて300回!


 僕はモンスターを倒すという事が、こんなに難しい事だとは思ってもみなかった。


「スライム叩き300回、はじめっ」


 数日間にわたる練兵場でのキャンプ生活が終わったところで、僕ら支援職コースのみんなは次の専門訓練に励む事になったのだけれど……

 まさか支援職のジョブチームだけでモンスターと戦う事を命じられるだなんて!

 雑魚モンスターのスライム叩きだけでこの有様だからね……


「支援職だからと言って甘えた考えを持つんじゃない。お前たちは冒険者だろう?! 冒険者であればダンジョンに潜り、いついかなる時もモンスターと戦う可能性がある事をわすれるな!!」

「「「はい、教官殿!!」」」


 そんな教官の号令が飛ばされる中で、僕らは不慣れな武器を振り回しながら眼の前の養殖スライムを相手に基礎戦闘訓練に励むんだ。


「どうした! そんなへっぴり腰じゃ無抵抗のスライムすら倒せないぞっ。もっと前に体ごとぶつかれッ」


 ミノタウロス教官は野太い声で僕らを叱咤する。

 特に僕みたいな荷物持ち(ポーター)の支援職にとっては戦闘訓練は苦手そのものだった。

 一緒のチームに入れられているふたつ隣の太鼓腹のおじさんも、戦闘職には不向きだからとポーターにまわされたひとなので、僕と同じで剣を振り回してもへっぴりこしだった。


「えい、おりゃ! どうだ参ったか!」


 その点、スカウトのビッツくんはとても動きが機敏だった。

 もともと彼女は運動神経がいいんだろう。街では褒められた事じゃないけれど、スリやコソ泥の様な事をやっていたらしいし、貧民街では喧嘩騒ぎもいっぱい経験していたのかも知れない。

 迷宮内部の偵察任務や、罠の有無を確認したり時にはパーティーの先導役として不意の偶発戦闘も担当するのがスカウトのお仕事だからね。

 今も無抵抗にブヨンブヨン揺れている無色透明のスライムを相手に、ナイフを抜き差しして喜んでいた。


 一方その向こう側の太鼓腹おじさんは、早くも気を切らしてゼエゼエやっていたし。

 僕は僕で汗をびっしょりかきながら、馬鹿のひとつ覚えみたいにモーニングスターをブヨブヨめがけて叩きつけては、弾き飛ばされていた。


「だめだぁ、何度やっても打撃が貫通しないッ」

「セイジさんは鈍器を振り回しているというより、鈍器に振り回されているからぁ。でもそういう必死なところはかわいいし好きだぜ」

「か、かわいい?! やめてよ僕これでもいい歳した大人なんだからっ」


 戦っているところがカッコイイと言われるなら僕だって悪い気はしないけれど。

 イケメン少女のビッツくんにかわいいとか言われると、何だかボーイズでラブな事を疑似体験しているみたいで、お尻がもぞもぞした。


「よし、状況終了! 今のお前たちがどの程度の実力なのかは、これでおおまかに確認する事ができた。全員その場に横一列にならべッ」


 僕らのややもすれば情けない戦闘訓練を見ていたミノタウロス教官は、隣に立っていたゴリラ教官と何事かを協議したうえで集合命令をかけた。

 今のスライムをただ攻撃し続けるのは、個々の戦闘力がどんなものかを図るためのものだったらしいね。


「一部に例外の人間もいるが、基本的にお前たちは後方のバックアップがパーティーでの担当だから、あまりいい動きをしていたとは言えないな……」


 ミノ教官に指摘されるまでも無く、僕らは心の中で落胆した。


「しかし時と場合によっては、後方のベースキャンプ周辺で未発見の隠し部屋からモンスターが湧き出るという可能性はある。レイドボスと呼ばれるものがそうだ」

「れいど、ぼす……?」


 無意識に僕が反芻したところでゴリラ教官がその言葉を拾って説明してくれる。


「普段は何らかのギミックによって閉鎖されている隠し部屋が、特定の条件を満たした場合に解放されて、そこに眠っているボスモンスターが飛び出してくるという場合がある」


 各階層の深部に陣取っているのがエリアボスと呼ばれるタイプ。

 反対に突然出現するタイプのがレイドボスというわけである。


「場合によっては隠し部屋ではなくダンジョン通路の隠し装置が発動する事もあり、これは事前に発見して完全に安全を確保するのが難しい場合がある」

「したがって後方のキャンプと言えども常に安全であるというのは幻想だ。ポーターだろうが盗賊だろうが、冒険者を続けている限りはダンジョンのモンスターと戦う可能性は常にあるんだ!」

「「「はい、教官どの!!!」」」


 ゴリラ教官とミノ教官が口々にそう言葉を発したところで、僕らは背筋をピンとさせて返事した。

 言われてみれば、確かに最初は荷物持ちから冒険者になったと言っていたインギンさんやパンチョさんも、ダンジョンの戦闘では支援職とは思えないぐらい戦闘で活躍していたもんね。


 つまり僕だって、訓練をすればそこまでいけるという事だね!

 


「やけにやる気になってるじゃないかセイジさん」

「このモーニングスターが活躍するときが来たんじゃないかなと、密かに僕は燃えているんだ」


 ナイフを弄んでいたビッツくんにそんな指摘をされたけれど、確かに僕はやる気に満ちていた。

 こんな機会でもない限り、戦闘訓練をタップリ時間をかけて学ぶことはできない。

 それに僕はこれまでまともな訓練をうけていなかったから弱かったんだ!


「今回はタンカー役や回復役が存在しない、普段のパーティーメンバーではなく有り合わせのチームでいかに戦うかを学ぶためのものだ。まずお前たちがスライム相手に使用した武器をまず見せてくれ」


 ミノ教官の言葉に、ずらりと横一列に並んでた僕らは両手の得物を差し出した。

 ふたりの教官はそれをひとりずつ確認しながら「お前は短剣か」とか「武器の手入れが行き届いてない!」とかいちいち何かのコメントを残しながら、順番にこちらに向かってくる。


 ビッツくんはさっきスライムを相手にする時も一瞬だけ、僕と一緒に鈍器豊亭で購入した新しい武器と、普段使いのナイフのどちらを差し出すかで迷ったみたいだった。

 結局いつも慣れ親しんでいるナイフを出す事に決めたんだけどね。

 そうしてこちらにミノ教官が近付いてくる。


「ビッツ訓練生はそのナイフか」

「はい、教官どの! 先日新しい武器を購入しましたが、まだオレは使い慣れていないのでこちらにしましたっ」

「その判断は間違っちゃいない。新しい武器を手に入れるとさっそく使ってみたいと考えるのが人間の心情だが、いざという時にもっとも頼りになるのは、普段から使い慣れているものだ」

「ありがとうございます、教官どの!」

「それに、」


 それに? と怪訝そうな顔でビッツくんが質問し返すと、ウンウン頷いていたミノ教官がこう続けたのである。


「そのナイフは安物で、例え破損しても簡単に買い替える事ができるのも利点だな。量産されているナイフなので、ブンボンの街であればどこでも手に入れられる」


 その言葉を聞いてズッコケそうになったビッツくんだけれど、あわてて太鼓腹のおじさんと僕で助け起こした。


「ほほう、セイジ訓練生は鈍器を新調したんだな」

「はい教官どの!」

「ふむ……」

「先日、班の仲間たちと相談した上で、このモーニングスターを購入しましたっ」


 僕はちょっと誇らしげに、ビギナカロリーナさんにアドバイスを受けながら班のみんなと購入したあらましを説明した。

 やっぱり鈍器は最高だな!


「鈍器は素人が撮り回してもそれなりに破壊力が期待できるはずだが……お前は素人以下だ」


 なるほどと感心したミノ教官が最後にそんな事を付け加えたものだから。

 今度は僕がズッコケそうになる番だった。

 隣のビッツくんが助けてくれなければ、足に鈍器を落としていたかもしれない!


「だが冒険者は継続は力だ。そのまま体になじむまで続けるように」

「は、はい。やっぱり冒険者は最高だぜ!」


 でも気分は最低だよっ。


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