47 犯人はゴリラみたいなノッポです!
昼間の労働で疲れたからか、僕は個人用テントの中に丸まってグッスリと眠っていた。
どれぐらいの時間がたったのかわからないけれど、次に意識が覚醒したのはけたたましい警報装置の金属音が鳴り響いた瞬間だった。
「だ、誰っ?!」
咄嗟に被っていたポンチョを放り出して、枕元に置いてあったモーニングスターに手を伸ばす。
女戦士ビギナカロリーナさんに選んでもらったこの鈍器は、シチュエーションを選ばずに使える武器という事だったけど。
不審人物を相手にも効力を発揮するのかな……
ガサゴソと個人用テントの前で騒ぎが起きていて、しまいには口論まで始まっている。
僕は鈍器をぐっと手に取ると、いつ襲われてもいい様に片膝を突いて攻撃態勢を取ったのだけれど、
「侵入者だ、侵入者が野営地に出たぞ!」
「ち、違う。わたしはただっ。そんなつもりでは……セイジ、セイジはどこにいる?!」
激しく争う音が布切れ一枚向こう側で聞こえてくる。
どうやら複数の人間が駆けつけてきたらしくて、次にこんな言葉が聞こえてきたではないか。
「不審者を捕まえろ、こいつは支援職の野営に忍び込んで来た鼠だッ」
「ええいッ。わたしはまだ手を出していないのに、こんなところで捕まるわけにはいかないのだ!」
「うおおお、抵抗する気か。こいつデカいし強いぞ。助けてくれっ?!」
バキッボコっと何やら暴力に訴える音が複数折り重なって聞こえてきた直後に「いでええ」とか「許してくれー」とか悲鳴が響き渡った。
いよいよ僕は恐ろしくなって、しっかりと鈍器を握りしめている事を確認してテントの隙間から外を観察したのだけれど……
「さらばだセイジ。今夜のところはこのぐらいにしておいてやろう。だが続きはまた今度、な……」
去り際の不審者の姿を暗闇に見上げれば、月夜に照らされた豊か過ぎる胸がぽっかりと浮かび上がっていた。
この不審人物、シャブリナさんだ?!
「ちょ、シャブリなさん。これはどういう事なの?!」
遅すぎた僕の問いかけは、シャブリナさんの背中には届かなかった様だった。
青味がかった黒髪はそのまま暗闇に溶け込んで、ドイヒーさんやティクンちゃんたちの眠っているだろうキャンプの奥に消えていったんだ。
当然、その夜のキャンプは蜘蛛の巣をつついた様な大騒ぎになってしまった。
交代で不寝番も起きていたはずなのに、見張りは何をしていたのだという話にもなっている。
暗がりの死角を作らない様にどんどんたき火に薪をくべて、支援職の中かスカウトのジョブ持ちのみんなが集まって、足跡や痕跡を調査する。
「まったく見張りがうたた寝をしていただと?! よりにもよってインギン姐さ……インギンオブレイ先生が特別講師で参加している時にこんな不始末を……」
「起きてしまったものはしょうがないわよ。犯人はセイジくんの寝込みを狙って襲ってきたのよね? 何か奪われたものは無いかしら、セイジくん?」
個人用テントの中の手荷物を確認しても、何も失った者は無かった。
何しろシャブリナさんが僕のテントの入口に手をかけたタイミングで、ガシャンとけたたましい音が鳴る警報装置が作動したんだ。
「な、何も失いませんでしたインギンさん」
だからそのタイミングで僕は咄嗟に飛び起きたし、不寝番に就いていたみんなもあわてて駆け付けた。
その見張りの冒険者たちは、不審人物に強烈なラリアットをかまされたらしく、ひっくり返って昏倒したそうだけれども。
「犯人は凄まじい怪力のゴリラみたいなヤツだった。暗がりで確認はできなかったが、上背もかなりある。繰り言の様にセイジ、セイジと呟いていたな」
「ゴリラみたいな変態ね。ゴリ、まさかお前セイジくんに懸想したんじゃないでしょうね?!」
「と、とんでもない。ちょっと女の子みたいでかわいい顔だなって一瞬だけ思った事はりますけど、俺はこれでも教官だから生徒には手を出さねえっ!」
ふうん、ならいいけれど。
インギンさんは本気なのか冗談なのかそう返事をした。
まあシャブリナさんが犯人だと僕は知っているので、ゴリラ教官の事は疑っていません。
必死でニコニコしながらこちらに釈明してくるゴリラ教官だけど、ちょっと待って。
い、いま女の子みたいでかわいい顔だなって言いました?!
「ここは冒険者学校の敷地内で外部からの侵入はあり得ない、犯人は徹底して探し出して俺の名誉のためにも尋問にかけるぞ。お前たち、冒険者の意地に賭けてやりとげろ!」
「「「はい、教官どの!」」」
そうしてスカウト職のみんなが足跡を追っていき、僕が目撃証言を口にするよりも早くにアッサリ犯人は特定された。
「お、おトイレに行こうと思ったらシャブリナさんの姿が見当たりませんでしたッ」
「貴様、裏切るのか?!」
「シャブリナさんならやりかねませんわ。いつも一緒にいるセイジさんが今夜はいないので眠れないと申し上げておりましたし」
「ま、待ってくれ話し合おう!」
ついでに僕が目撃証言を添えれば、犯人としてシャブリナさんは怒り狂ったゴリラ教官に捕縛された。
あわや自分が懸想をした犯人にされかけたのだから、当然だよね……
「怖い思いをされましたわねセイジさん。脳みそに送るはずの栄養まで胸にとられた暴力女に、あわや男の子の貞操を奪われそうになったんですもの」
「そのう。わたしは抜け駆けは駄目だと言ったんです、みんなで幸せになりましょうって……」
ドイヒーさんやティクインちゃんは慰めてくれたけれど、僕は怖いよりも驚きの方が大きかった。
「言い訳があるなら聞いてやるぜノッポ女」
「違うんだセイジ聞いてくれ。わたしはただ、美しい月夜をふたりきりで眺めながら、ちょっと抱きしめてその後に気持ちよくしてやろうと思っただけなんだ。嘘じゃない、本当だぞ!」
「聞いているのはセイジさんじゃねえ、オレだよ! こら暴れるな、キリキリ歩けっ」
こんな夜中にシャブリナさんは、僕といったい何をしようとしていたの?!
それについてはビッツくんが連行していく途中でシャブリナさんが白状してくれる。
「セイジが独りきりでいる今夜がチャンスだと思った。おちんぎんを払えばセイジは喜ぶと思ったんだ。ムラムラしてやったが、今は反省している……」
おちんぎんを払えばって、それじゃ援助交際じゃないか?!
こんなシャブリナさんが起こした顛末から一夜が明けて。
僕たちは寝不足の顔を並べて、朝の柔軟体操のために練兵場に整列した。
その前に、特別講師のインギンさんからありがたい訓示が行われるのだ。
「昨夜は思いがけずベースキャンプにおけるセキュリティ講習の集大成が出来てよかったと思うわ。お前たちもこれから本物のダンジョンに潜るにあたって、不測の事態がいつ起きるともわからないのよ」
「「「はい、教官どの!」」」
まるであれが訓練の一部だった様に、突然ニッコリ顔をして演説の続きをするじゃないか。
「だから休憩のために後方に下がってキャンプで体を休めている時も、決して油断せず警戒を怠らない様にする。それでこそ最高の冒険者に必要な心構えというものよ!」
「「「やっぱり冒険者は最高だぜ!!!」」」
僕たちにそんな教訓を残してくれたシャブリナさんも、ロープでぐるぐる巻きにされた格好のままで最高だぜを一緒に連呼していた。
「今回は大失敗に終わってしまったが、やがて第二第三のチャンスが訪れるだろう。その時を心待ちにしていろよセイジッ」
このひとまるで懲りてないよ?!