46 不審者があらわれた!
僕たちの作ったボルシチは意外にもみんなに好評だった。
別のメンバーが作ったパンの評判はイマイチだったけれど、食べてみたところそれほど酷くは無かった。
みんなが食事でニコニコ顔になるのは何よりだね!
「美味い、美味いぞセイジ! セイジの味がするッ。これがセイジのセイジ液……」
「まったくこんな不出来なパン、ボルシチに漬けこまなければ食べれたものじゃ……美味しい! 美味しいですわセイジさん! ボルシチに漬けたら路傍の石みたいに不細工でボソボソのパンも美味しく感じてしまうほど、このボルシチは美味しいですわ!」
「あのう、おかわりをお願いしますッ」
三者三様の感想を班のメンバーが返してくれると、何故かビッツくんが誇った様な顔をしてエッヘンと腰に手を当てた。
すっきりしたボーイッシュなお胸の先端がツンと天を衝く。
ロッククライミングが捗りそうだなあ……などと思っていると、
「むかし偉いひとが言っていた。料理とは、作った者の性格が味わいになると。つまりこのボルシチはとても優しい味で、セイジ液とでも呼ぶべき優しいセイジの味わいがここに詰まっているのだ」
「でしたら、このパンを焼いたひとたちは心無い連中に違いありませんわ。どうやったらこんな石ころみたいなパンを作れるのか気が知れませんのっ! 無価値で無意味で論外ですわ」
「セイジさんの液、略してセイ液。そのう、何だかとってもエッチな響きですぅ……あッ」
略さなくていいよ?!
食事が終わるとあわただしく班のみんなは、それぞれの授業へと戻って行く。
シャブリナさんはペットモンスターとの閉所戦闘訓練に、ドイヒーさんは魔法の持久訓練、そしてティクンちゃんは医療奉仕活動にいってらっしゃい。
残った僕たちは料理の後片付けをすると、午後からはキャンプの安全を確保するためのセキュリティ講座があるそうだ。
「冒険者学校の敷地内にいるのにキャンプするってのも、不思議な気分だね」
「次にキャンプする時は、どこか本物のダンジョンでって事になるからな。迷宮がオレを呼んでいるぜ!」
「あの世に呼ばれない様に慎重にいかないとな。特にビッツはおっちょこちょいだから、あんまりハメ外すなよ?」
「うるせぇ! オレは成り上がるまで死なないッ」
みんなでモンスターの接近を知らせる、ロープを使った簡単な安全危惧を作った。
「これは身近に手に入るもので、作成する事ができる警報装置の一種よ! ロープをキャンプ周辺に張り巡らし、鳴子と呼ばれる木や金属の板をぶら下げておく。何かがロープに触れて侵入した場合、この板が外れたりぶつかり合ったりして、音を鳴らすのよね」
教官役のインギンさんが僕たちを見回しながら説明してくれる。
とても簡単なつくりで原始的なものなのだそうだけれど、何しろ冒険者道具の基本セットにあるもので作れるところが最大の利点だ。
さっそく自分たちで、自分たちの立てたキャンプの周辺に鳴子の警戒装置を張り巡らす。
パターンとしては、ロープに触れる事で板が接触して音を立てるタイプのものと、それから吊るしている板が落ちてけたたましい音を立てるタイプのもの。
前者は簡単なレクチャーで出来たんだけど、後者はちょっとコツがいるらしく、インギンさんやゴリラ教官が見守ってくれながら指導してくれた。
「はあン、そうじゃないわセイジくん。もっと大胆に奥まで紐を通してっ。こうよ!」
「こ、こうですか? わかりません」
「ンもう、貸してみなさい。ほらここまで奥に入れてから、それからゆっくり引き抜くの。入れるときは大胆に、ね?」
「奥まで大胆に、ですね……」
インギンさんと一緒になって僕が設置したのは、鳴子の警報装置の中ではちょっとだけ本格的なものだ。
鈴状の玉をぶら下げていて、これがロープに触れると簡単に落下する。
地面に落ちればそれこそけたたましい音が鳴るので、かなりの効果が見込めるものなんだとか。
「そうそれでよし、じゃあ吊るしてみなさい」
「わ、わかりました……」
「じゃあ試しに作動するか確認ね」
ガチャンガチャン!
ちょんとロープに触れた程度では鈴玉が落ちる事は無かった。
けれどその指を離した瞬間に、けたたましい音とともにガシャン、ジャラジャラと耳障りな響きが周囲にこだまする。
「この警報装置は、硬いものの下に落ちるとかなり遠くまで響きそうだなあ……」
「いいところに眼を付けたわねセイジくん。これはタイルや石畳状のダンジョンで使うと、かなり遠くまで音が響くのは間違いないわ」
「風が吹いてボロンする事は無いでしょうか?」
「そうね。使いどころが難しいけれど、これはモンスター相手に使う以外だと、ダンジョン攻略の戦利品を管理するための後方キャンプで使ったりするのよ。例えば消灯前に、テントの入口に張り巡らしておくとかね」
ああなるほど!
確かにダンジョンアタック中の冒険者ギルドは、ベースキャンプに手に入れた様々なお宝を運び込むもんね。
警戒しなくちゃいけないのはモンスターだけじゃなくて、それを盗もうとする泥棒さんに対してなのか。
「こっちは知恵の回る相手に使う様だわ。地面が柔らかい時は、下に鉄板とか岩を置いておけば盛大に音が鳴るわよ?」
そんな風にインギンさんが妖艶にウィンクひとつ飛ばしてきたので僕はドキリとした。
僕も荷物持ちとして、ダンジョン攻略で疲れた仲間たちをキャンプで迎え入れる役割があるからね。
「今夜はこのままお前たちの張ったキャンプで野営をしてもらう事になるわ。さっそく覚えたての鳴子の警報装置を設置して、快適で安全な後方をサービスするのも支援職の大切な役割よ。いいわねっ?!」
「「「はい、教官どの!」」」
疲れきった班の仲間が帰って来ると、昼間と同じ様に暖かい料理を作って迎え入れた。
今度はみんなで海鮮類のお鍋をつついてお腹を満たせると、ちょっと早いけれどく彼からか消灯になった。
「む、何だ貴様は別のテントなのか?」
「僕たち支援職は支援職で固まって就寝なんだ。でも練習を兼ねて、支援職は個人テントを立てたし、そっちで寝るんだけどね」
「支援職のみなさんも大変ですわねぇ」
「お、お漏らししてもバレないから、独り用テントは羨ましいかもです……」
普段ならば同じ部屋で就寝するんだけれど、今日は班の他のメンバーもそれぞれのコース別のテントでお休みだ。
「ちょっと新鮮でちょっと寂しい気分です」
「卒業すれば嫌でも毎日の様に顔を合わせるのですわティクンさん」
「コクコク、そうですねぇ」
たまには独りきりの夜も悪くないよね。
せっかくだから独りで楽しめる事を今夜はやろうかな?
「ふむう。そうかセイジは独り寂しくか……」
みんなお疲れ様。
おやすみなさいの挨拶をして、それぞれのテントに散っていく。
今夜は警報装置があるから安心して寝てね。
スヤァ……
…………
……
ガチャン、ジャラジャラジャラ!
「うわあああ、何だこの音は?! クソッ」
「侵入者だ、侵入者が野営地に出たぞ!」
「ち、違う。わたしはただっ。そんなつもりでは……セイジ、セイジはどこにいる?!」
その夜、僕のテントに不審者があらわた!




