38 大人になりたいお年頃です!
冒険者訓練生の身でありながら、僕らがダンジョン攻略に参加して初踏破に貢献したという情報は、いち早く訓練学校で話題がもちきりになっていた。
課業の休憩時間になると、どの班のメンバーからも声をかけて来るのだ。
「本物のダンジョンってどんな感じだった? やっぱスライムやばかった?!」
「お前ら地下遺跡型ダンジョンに潜ったらしいな。訓練生の癖に生意気だぜおいッ」
「うらやまけしからん、実にけしからん!」
「やっぱり冒険者は最高だな。報酬たんまりもらったんだろ、奢れよなッ」
終始こんな調子で、賞賛の言葉でいっぱいだ。
肯定的な意見が大半を占めていたけれども、中にはそうじゃない人間だっている。
お昼休みの時間、トレーを持って給食窓口に並んでいたときの事だ。
「おいここ空いてるぜ、お前ら早く来いよなっ」
僕の前でどのお惣菜を選ぼうかと、トングを持ってニコニコしていたモジモジ少女のティクンちゃん。
その彼女の前に強引に割って入って来た少年がひとりいた。
「あっ。そのう、ごめんなさい……」
「どけよくそチビ、そんなところに突っ立ってたら邪魔でしょうがねえんだよ!」
「ひいっ、すいませんっ」
肩からぶつかる様にしてもさも当然の如く振舞って、ティクンちゃんの持ったトングを奪い取ると、さっさとトレーの上にソーセージを幾つも盛り付けていく。
「フン、ちんたらしているのが悪いんだ」
「……ううっ」
「文句があるなら言い返してみろよ。たまたま冒険者ギルドでアルバイトしたからって、お前なんかどうせ本当は役立たずのお荷物だったんだろ、くそチビ! オレ様にはちゃんとわかってるんだよっ」
名前は確かビッツ、そうビッツくんだ。
年齢も確か十二歳ぐらいで、悪童みたいな顔をして素行もあまりよろしくない少年だった。
何でも貧民街の出身で、置き引きやコソ泥の真似事みたいな事をしながらこれまで生きてきたらしい。
同じ貧民でも、ホームレスになった僕とたくましく生き抜いてきた彼とでは大いに違う。
だが、ティクンちゃんを突き飛ばして、割り込みまでされた事を見過ごすわけにはいかない。
いい齢の大人として注意してやることが冒険者仲間としての務めだ!
などと意気込んだものの……
僕が一歩前に出ようとする先に、後ろに並んでいたシャブリナさんが恐ろしい形相で無言のまま進み出た。
「うお、いでででで。何をしやがるデカぱいノッポ!」
「…………」
「やめろ頭が割れる死ぬ、それ以上やめろちきしょうめッ」
シャブリナさんは怒りからか、眉をしかめながら美人の顔に血管を浮かばせていた。
少年が大好きだと祝賀会で語っていた気がするけれど、ビッツくんは好みじゃないらしい。
ビッツくんの眉間をシャブリナさんの手がメキメキと締め上げているのだ。
「口の利き方を知らない様だから、教育してやる。貴様は今、列の割り込みをしたのではないか。ん?」
「そこのお漏らしくそチビがちんたらしているのが悪いんだろ。隙間があれば入ってもいいだろっ」
「では貴様は隙間があれば、埋めるのが正しいというのだな?」
「そうだぜ、穴があれば埋めるか入れるかするだろう。お前だった入れられるのは大好きだろ? 違うか淫乱おっぱい!」
嗚呼、言ってはいけないことを口にしましたわね。
そんな小さな呟きは、僕の背後に近づいたドイヒーさんのものだった。
いよいよ怒り心頭のシャブリナさんは、そのまま「ふんっ」と力みながらビッツくんを片手で持ち上げてしまった。
「タスケテ、セイジさん。オレたち兄弟だろ?!」
「貴様とセイジがいつ兄弟になったんだ、言え、言うんだ悪ガキ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいシャブリナさん。もう補導しないでっ……」
とうとう宙をブラブラしていたビッツくんは泣きわめきながら懇願して謝罪を口にした。
地面に降ろされたビッツくんはその場に倒れ込み、生まれたての小鹿の様に必死に立とうとしてまた腰砕けになってしまった。
よく見れば少年のお股に水たまりが出来ている。
「あのう、我慢できない時はおトイレに行く方がいいと思います……」
「う、うるせえ。オレは今無性にジョビジョバしたかったんだ。解放感たまんないぜ。わあああああぁ」
訓練生たちの注目が集まる中、ジョビジョバの第一人者ティクンちゃんにそんな指摘をされたものだからたまらない。
ビッツくんは大泣きしながら意味不明のことを口走り、その後生まれたての小鹿スタイルで遁走していった。
「まったく。あのくそガキは貧民街に居た時と何も変わっていないではないかっ」
「あら、シャブリナさんは以前からあの子をご存じだったのですか?」
「わたしは騎士見習いとして治安維持任務に当たっていたからな。当然、警ら担当区域の巡回中に、ひとのものをちょろまかすあのビッツを、何度も逮捕した事があるぞ」
「まあ、そうだったんですの? それにしてもビッツさんは残念でなりませんわね。いったい誰がお漏らしの後始末をすると思っているのかしら……」
僕とティクンちゃんは顔を見合わせて、ちょっぴりの安堵と事の顛末に驚いてしまった。
と、思ったのは僕だけの事だったらしい。
「あのう、ビッツくんの言っている事。わたし少しだけわかる気がします」
「それは穴があったら入れられたいとか、何とか、そういうこと?」
「えっと、解放感がたまらないほうです……あっ」
そっち?!
モジモジしながらそんな言葉を口にしたティクンちゃんは、言葉の最後にハっとして目を伏せてしまった。
え、このタイミングでもしかしてピンチになったの?
「ち、違いますぅ。わたしおかしなことを口にしたものだからっ」
その後逃げだしたビッツくんは、教官に通報したシャブリナさんのおかげで拘束されて、お漏らしの後始末を命じられてしまった。
悪は滅びる運命なのだセイジ。などと呑気にシャブリナさんは笑っていたけれど、絶対に逆恨みされたんじゃないかと僕は思うわけで。
課業後の夕食タイムを終えて、お風呂のお湯を受け取りに給湯室に向かったところ。
案の定、僕はビッツくんの待ち伏せを受けたのである。
「おいセイジさん。顔を貸しておくれよ、ちょっと話があるぜ……」
「わっ、ビッツくん」
給湯室の陰から顔を出したビッツくんが、不景気そのものの顔で僕を睨みつけていたのだ。
もしかしてこれは学校や子供社会で問題になっている、いじめというやつでは……
そんな想像が僕の脳裏をよぎったけれど、ビッツくんの表情は妙に思い詰めていた。
あれ、いじめとかそういう系じゃないのかな……?
「セイジさん。セイジさんの手でオレを大人にしてくれっ」
「?!!!」
ええと、僕はそういう趣味はないです。
誰か選べと言えば、せめてシャブリナさんかドイヒーさんを希望したいです……
そういう意味じゃなくて?
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