35 ダンジョンのようじょ!
僕らの注目が小さな扉に集まる中で。
ギイイとそれが開け放たれると、中から不機嫌そのものの銀髪ロリようじょが顔を出した。
フリフリのドレスを着ていて、胡乱げな表情を僕らに向けるのだ。
「何じゃお前たちは」
「…………」
「余は実験中で忙しいのじゃ。羊のヤツはいったい何をしておるのじゃ、しばらく集中したいから面会お断りと命令してたのに……」
何だと言われても、僕たちはこのダンジョンのボスを訪ねてやってきたわけです。
そんな風に咄嗟に言葉にできる人間などいるはずもなく、いつでも斬りかかれる様にと剣を構えていた勇者シコールスキイさんは剣を引き下げて戸惑っているじゃないか。
「何じゃと申しておるのが聞こえんのか。余はとても忙しいのだから、用がないなら帰ってどうぞ。シッシ!」
頬を膨らませてプンスカしていたフリフリようじょは、とうとうしびれを切らして扉を閉めてしまいそうになる。
すると、あわててインギンさんが閉じかけの扉に足を挟んでそれを阻止した。
「ご、ごめんなさいね。あなたはこのダンジョンに住んでいるのかしら?」
「そんな事は見ればわかるじゃろう、最近引っ越してきたばかりの新しい住人じゃからなっ。エッヘン」
小さな女の子が胸をそらしてエッヘンをしてみせる。
これがシャブリナさんなら天を衝く勢いで胸が強調されるのだけれど、何もない断崖絶壁で自己主張してもまるで威圧感はなかった。
「新しいという事は、以前は別の場所に?」
「そうなのじゃ。ブンボンの街で露店を出していたのじゃが、手付かずでお手頃そうなダンジョンを発見したので、デベソを丸出しで寝ていた羊面のボスモンスターをお薬で洗脳してダンジョンを乗っ取ったのじゃ。アハハハハハ」
「「「……」」」
「今では番人として使役しておるのじゃ。どうじゃお前たち、羊の番人には会わなかったかの? サボっておる様なら折檻をせねばなるまい。ああしてこうして、お尻ペンペンじゃ。ちなみにボス部屋は改造して余のアトリエにしたぞ。アハハハハハ」
という事はあの羊の巨人をこのようじょが、独りで倒してしまったという事なのか?!
そんな誰かの漏らした驚きに「いかにもその通りじゃ」と高笑いしてようじょが応えてみせる。
「余の名はおりこうさん錬金術師、ローリガンシャルロッテじゃ。お薬のご用命はいつでもどうぞ、媚薬も取り扱っておるのでな。これからはこのアトリエで研究開発をし、ブンボンの街にお薬を卸すのじゃ。アハアハ、アハハハハハ!」
「つまりボスではないのね?」
「見ての通りのようじょじゃ。これがモンスターに見えるかの。ん?」
ますます当惑する冒険者のみなさんは、お互いに顔を見合わせて「どうするよおい」と小声で言い合い始める。
「か、仮にもわたしはブンボン騎士団の所属だぞっ。くそ生意気な顔をしているとは言え、年端もいかぬようじょに刃を向けるなどあってはならん事だ。しかもボスじゃないのだから、こういう場合はどうすればいい」
「それはわたくしも同意しますわ。魔族のわりには耳が尖がっておりませんし、どこからどう見ても血色のいいようじょ。街で露店をやっていたとか、洗脳してボスを使役したと言っておりましたわ」
「そのう、幼いのにダンジョンを乗っ取るなんて凄いと思いますっ。いつかわたしもセイジくんの心を乗っ取って。ゴクン……」
三者三様の意見を班の仲間たちが口にした。
僕にしたところで本当にこの眼の前の女の子がダンジョンのボスモンスターだったとしても、小さくて細くて弱々しい短剣を突き付けて戦えるかと言えば気持ちが拒絶してしまう。
そして間違いなくこのロリ何とかガンシャちゃんはボスですらない。
「あの、あたしたちはここのダンジョンを攻略に来たのね? ボスを倒して英雄になりたいわけ。お嬢ちゃんには申し訳ないんだけれど、ボスじゃないなら出て行ってくださらないかしら?」
「……何じゃ、お前たちは冒険者だったのか」
「そうよ、それこそ見ればわかるでしょう?! あたしはここのダンジョン占有の時間枠をブンボン領主さまに高いお金を払って買い取っているの!」
「……今さら余にここから出て行けと? 嫌じゃ、せっかくアトリエを作ったのじゃ、帰ってどうぞ!」
「出ていくのはあなたの方よ、それともダンジョンの利用権の代金、きっちり金貨三〇枚を払ってくれるのかしら?!」
「そんなものはない! あったら街で店を構えておるわっ……」
「シコールスキイ、勝手にダンジョンに不法侵入したこの小娘を摘み出しなさい。大人を舐めるんじゃないわよっ」
待て、話せばわかるのじゃ!
そんな絶叫をまき散らしながら逃げ出そうとしたようじょを、勇者パーティーのみなさんが取り押さえた。
みんな英雄と称えられるために無理をして頑張って来たのだから殺気立っている。
だから暴れるようじょにも容赦はなかった。
「その手を放すのじゃ、暴力はいけないのじゃ。許してごめんなさい痛い事しないでぇ」
「お嬢さん、大人しくしていれば痛い事はないからね? 自分で作ったお薬でアヘ顔洗脳されたくないでしょう?」
「……それだけは嫌じゃ。許してたもれ」
思い返せばボスの風格を持った羊の巨人はやっぱりボスで間違いなかったのだ。
銀髪ロリようじょにお昼寝中か何かにお薬で洗脳されて、ガーディアン部屋に追い出されてしまったのだろう。
「本当のボスは既に倒していて、ボス部屋にはようじょが勝手に住み着いていたわけでしょう。こういう場合どうなるんですかねえインギンオブレイさん?」
「どうもこうもないわよ! 本来のボスをしっかり倒しているのも事実だし、それで足りないならこの小娘を突き出せば領主さまも文句を言わないでしょうっ。討伐証明するためにアトリエとやらを家宅捜索しなさい!」
ちなみにこのダンジョンのあちらこちらに設置されていた警告の石板。
あれは羊の巨人がいつか来るだろう冒険者のために、親切に何百年もかけて設置したものらしい。
いかつい見かけによらず、サービス精神旺盛な元ボスは、待てど暮らせど現れない冒険者に待ちくたびれて、寝ているところを哀れにもようじょに洗脳されちゃったわけだ。
「それであなたは、いったいどうやってダンジョンの最深部まで降りてこれたのかしら?」
「余はおりこうさんの天才ようじょじゃからな。モンスターの匂いがするお薬を自分に振りかけてモンスターになりすまし、ダンジョンに侵入したのじゃ。これさえあればスライムともお友達じゃ、アハハハハハ」
「聞いたわね、そのお薬とやらも回収してきなさい。次のダンジョンで使うわよ!」
「駄目じゃそれは余の新開発した商売道具なのじゃ、せめて開発資金だけでも払ってくださいっ」
こうして僕たちのはじめてのダンジョン攻略は、拍子抜けする様な幕引きとなった。
しかしこんな顛末でも、踏破完了は踏破完了だ。
冒険者のみんなは緊張の糸が切れて笑顔を取り戻し、お互いにやったやったと喜んでいる。
「はいみなさん聞いてください、ダンジョン攻略はギルドに帰還するまでが冒険です。みんな気を引き締めて金銀財宝を持ち帰りましょう! これでいいですね、インギンオブレイさん?!」
「そうね、帰ったら祝杯をあげましょう。それから領主さまに報告して、あたしたちは晴れて英雄よ!」
「「「おおおっ!!!」」」
手付かずのお宝アイテムも、ようじょによってアトリエに改造された部屋の奥にあったみたいだ。
これで採算的にも大助かりだと、パンチョさんたち支援チームのみなさんがニコニコしていた。
「おのれ憎き冒険者どもめ。何れ余が開発する予定の万能ポーションが完成した暁には、ぜひ購入させてくださいとひれ伏す日が来るとも知らずに。欲しいと言ってもべらぼうに高値で売り付けてやるのじゃ。今に見ているがいいのじゃ……」
ロリ顔にはまるで似合わない悪い顔をして、銀髪ロリようじょがそう言った。
言葉だけを聞いていればダンジョンのボスと間違っちゃうぐらいだ。
「まあ。あれより恐ろしいボスが出てこなくてよかったじゃないかセイジ」
「そうですわね。これで無事に、硬くてゴツゴツして立派な鈍器を購入する事ができますわよ」
「そうだね。おちんぎんももらえるし、訓練学校のみんなよりひと足早くダンジョンも経験できたしね」
「あのう。このアトリエにはおトイレはあるのでしょうか……」
緊張の糸が切れてお股の蛇口が緩くなったのかも知れない。
ティクンちゃんがモジモジしながら、す巻きにされて連れられて行くようじょにそんな質問をした。
「便所はあっちじゃ。新開発のお尻洗い装置が付いているから驚くんじゃないぞ、後で使用した感想を聞かせてくれ。アハハハハ」
捕まってもなお能天気な笑い声を飛ばす銀髪ロリようじょはたくましいかぎりだ。
僕も立派な冒険者を目指して、そういうところは見習いたいものだなと思った。