33 最前線のキャンプです!
この迷宮に潜っている冒険者ギルド《ビーストエンド》のメンバーたちが、続々とガーディアンの部屋へと集まりはじめていた。
どこにこれだけの人数がいたのかと思うほど、最前線キャンプとなったここがごった返している。
「作戦の骨子を説明するわ。すでに賢者の坊やによって、ボス部屋の扉を解錠するギミックは発動済み。ただし第五階層の全体像はまだ半分までしかマッピングできていないのよね。そこで、ある程度アタリを付けた方向に向かって各部屋をしらみ潰しに探索する必要があるわけ!」
クネクネと体をさせながら冒険者たちの前に進み出たギルドマスターのインギンさん。
そのままクルリと身を翻して作戦をみんなに説明しはじめた。
ギルドの主力として第五階層でも問題なく戦う事ができる面子は全部で五パーティーらしいね。
ビーストエンド所属が四チームで、応援のために駆けつけた別ギルドから一チーム。もちろんこの中に勇者シコールスキイさんのパーティーも含まれている。
さらにこの主力パーティーを支援するためのパーティーも参加している。
こっちは僕らのアルバイトパーティーや、白髪のおじいさんのいたパーティーも加わって、道中に存在する罠の発見や解析が担当。
そのさらに後方である、ここガーディアンの部屋には食事と休憩を提供する支援チームまでが加わっているのだから、今やガーディアンの部屋はアジトの出張所みたいなありさまだ。
「万策尽きたー!」
支援チームのリーダーであるパンチョさんが絶叫を挙げていた。
「せっかくここまで到達できたのに、どうしてこのダンジョンは魔法文字があちこちに書きまくられているんだ?! これじゃあと一日しかない期限のうちに、各階層の中ボスが復活してしまう。そうなったら、そうなったら……」
「そうなった時のために、前線キャンプまで食料資材一式を送ったんじゃないか。落ち着けよパンチョさん。リーダーの不安は部下に伝播するぜ?」
「もうおしまいだ。きっとまた憎っくき《黄昏の筋肉》たちに、ダンジョン初踏破の記録を奪われてしまうんだ……」
万策尽きた~というフレーズを再び連呼しているパンチョさんと、それを眺めるヒゲ面おじさん。
あれがもしかしたら熊獣人さんの口癖なのかもね。
ところでヒゲ面おじさんはソロでずっとパーティーに付いて回っているみたいだけど、未だに何のジョブのひとなのか僕は知らない。
「俺か? 紹介をしていなかったな。俺はギルド専属のコック、ジューシーライバックだ」
「こ、コック?!」
コックなのに武器を持って最前線まで帯同するなんて。本当にコックなんですかね?!
「むかしはギルマスと一緒にダンジョンの最前線を潜っていたんだがね、今は引退して最前線で飯を提供するのが仕事さ。何しろ携帯食料は破滅的に不味いからな。栄養はあるんだが」
だそうである。
よく見たらヒゲ面おじさんが愛用している短剣だと思っていたものは、包丁でした。
さて、冒険者たちに説明を続けるインギンさんを他所に、僕たちは僕たちで別の作業がある。
「ここはモンスターが入ってこないのがいいな。いや理論上は可能だが、前後の出入り口が狭いから上手く処理すれば問題なく危険を排除できる」
「確かに扉の手前に警備の冒険者を立てておけば、引き込んで攻撃してもよし、打って出るもよし、ですわ。けれども最前線の攻略チームから外されるのは、わたくしとしても不本意極まりないのですけれど……」
すでにガーディアン部屋のすぐ先を探索していたチームがいる。
そのひとたちが持ち帰った石板の写しを、解読したりする作業があるのだ。
僕は白髪のおじいさんと今のところそれにかかりきりになっていたけど、手持無沙汰のシャブリナさんとドイヒーさんは、主力パーティーの方を見ながら恨めしそうにしていた。
「だが、貴様がいくら圧倒的な火力の魔法を駆使すると言っても、使えるのはせいぜいが二、三発だろう。そうなれば足手まといになるというものだぞ。わたしも昨夜の羊の巨人と戦って、前線でセイジを守り切るにはまるで力が足りないと自覚した」
「ぐぬぬ。それは、そうですけれども。けれどもティクンさん、モジャモジャさんは前線に同行できるのだから納得がいかないというものですわ!」
「いや、回復職は冒険者にとって貴重な癒しだからな。それにモジモジやセイジを守るために、前線そのもに出る事はわたしたちもできるではないか。それだけでも訓練学校を卒業し、冒険者として独り立ちした暁には――」
「何ですの?」
「意味がある事だ。な、セイジ?」
そんな言葉を、羊皮紙の巻物と睨めっこしていた僕にシャブリナさんが投げかけてきた。
むにゅ。むにゅにゅ。
お、重い……
普通に話しかければいいものの、シャブリナさんはわざわざしゃがみこんで、大きくてたわわで豊かな恵みの胸を、僕の背中に押し付けてくるんだ。
重量感をもってそれを受け止めたところ、興奮気味のシャブリナさんの、
「どうだセイジ、目途は立ちそうか? ハァハァ」
「お、おちんぎん以外のところが勃ちそうだよ。やめてよシャブリナさん……」
「なるほど、そっちの目途はいつでも勃っているというわけか。楽しみだ」
からかわれた僕は真っ赤になって、石板の写しと地図の見比べをする。
「た、たぶんこのプレートに書かれている紋様は、魔法文字じゃないと思います!」
「どういう事じゃセイジ少年。おぬしも知らない魔法文字がある、という事はありえないのかの?」
「その可能性もあるんですけど。その紋様に添えて書かれている文字の事を考えると、」
このまま真っ直ぐ。この先を右折。突き当りまで進む。
そういう文章とセットで書かれているし、見た感じが僕には矢印をかっこよく象意化したものに見えたんだ。
「つまり、ボス部屋に続く標識で間違いないです!」
「やはりそうか。この先右、とか、突き当りまで、とかそういう内容で統一されているというわけじゃな」
「そうです賢者さん。僕は普段使いの言葉が読み書きできませんので、この内容を麻紙に書き写して、主力攻略組に参加している各パーティーに配れば、時間短縮になると思いますよっ」
「よしではさっそく取りかかるとするかの。おぬしらも手伝うんじゃ!」
あちこちから解読を担当する魔法文字に詳しいひとたちを動員して、作業開始だ。
そのうちの最初にできた一枚を持って、作戦の説明をやっていたインギンさんのところに僕らは駆け寄る。
「インギンさん、これ」
「何かしら坊や? いくら坊やの頼みでも、賢者の卵である宝石よりも貴重な坊やを、最前線に送り出すわけにはいかないわよ。ああン、あたしをそんな眼で見ないでっ、女騎士ちゃんが怖い顔で睨んでくるんだもの……」
「そうじゃないです。これ、ボス部屋に続く標識を翻訳したものなので、これに従って進めばボス部屋に到着する事ができると思いますよ」
「本当なの?!」
僕の差し出した翻訳の麻紙を、インギンさんは食い入る様に読みふけった。
彼女はギルマスとして博識だから下位古代文字ならばある程度把握しているはずだ。
何となく元の魔法文字の意味も理解できて、これが本物だと確信できたみたい。
「聞いたわね、あんたたち? これを各パーティーに配布するから、何としても今回はあたしたちの手でボス部屋に向かうわよ!」
「「「へい、インギンオブレイさん!」」」
高価そうで斬れ味抜群なナイフをインギンさんが天井に突き上げてみせると、勇者さんたち主力の冒険者が一緒になってそれに続いた。




