31 ガーディアン討伐戦です! ※
暗がりの中、腕組みをした巨人が僕たちを見下ろしている。
沈殿した空気と何かの腐敗した様な悪臭がガーディアンの部屋を支配していて、僕たちは驚きと恐怖、そして戸惑いの中で唖然とそれを見上げていたところ、
「巨人の顔が、羊だ……」
そうなのだ。呟いたのはシャブリナさんだった。
盾を前面に押し出しながら剣を引き構え、絞り出す様にそんな言葉を漏らした彼女の言葉通り、巨人の顔は羊面だった。
何かの拘束に捕らわれたみたいにじっとしていた僕らを他所に、羊面の巨人は腕組みを解き地面に突き刺さっていた巨大な槍を引き抜き、緩慢な動きで頭上に引き上げていく。
記憶のどこかに、羊とモンスターの関連性は無かっただろうかと思案する僕。
「違った、悪魔は羊じゃなくて山羊だったかな?」
「馬鹿、いつまでぼけーっっとしているのだセイジは!!」
僕を正気に引き戻してくれたのはシャブリナさんだった。
バックステップで引き下がりながら、ぼんやりしていた僕の腕を引っ張る。
「散開しろ! 支援職の攻撃参加は様子見だ、予定通り勇者と女戦士は左右から交互にッ」
「わかっているわよ。勇者、あたしが先に行くわ」
「任せるぞ、タイミングを合わせて!」
気が付けば勇者パーティーのみなさんたちは戦闘モードに移行していて、叫ぶ中年回復職さんに呼応して近接戦闘職のふたりが左右に展開する。
そうこうしているうちに、痩せすぎの魔法使いとドイヒーさんも中央で魔法攻撃の準備だ。
「ドイヒー嬢ちゃん。どてっ腹に打ち込むぞ! 得意な魔法は?!」
「光と闇の魔法ですわ。いにしえの魔法使いは言いました、フィジカル・マジカル・あかるくな~れ」
宣言通り強力な発光魔法を、この広いガーディアンの部屋にドイヒーさんが打ち上げた。
「すごいじゃないかドイヒー嬢ちゃん」
「ふふん。わたくしの繰り出す光の魔法にかかれば、夜の夜中でも月明かりよりも明るくしてさしあげますわっ」
一瞬にして室内は、まるで太陽の顔を出した真昼みたいに明るくなる。
大きく振りかぶって槍の一撃を見舞おうとしていた羊の巨人ですら、一瞬だけ眩しそうに眼を細めたのがわかった。
その隙を見逃さない様に女戦士さんが、剣を振りかぶりながら羊の巨人を攻撃する。
狙いは脚部だ。これだけ大きければ膝のあたりを斬り抜けるのも容易な様に僕は感じた。
けれども、
「グルルオオオンっ」
言葉にならない雄叫びを上げた羊の巨人は、先ほどまでの緩慢な動きとは裏腹に急激に速度を増す。
繰り出した女戦士さんの剣と、巨人の槍が僕らを一掃する様に振り回されるのとがほぼ同時だったのだ。
「危ないビギナカロリーナ! 逃げろッ」
「チイッ。浅かったわ!」
攻撃に巻き込まれまいと全員が後方に四散しつつ、中年回復職さんは仲間の女戦士さんに叫んでいた。
勇者シコールスキイさんはというと、その点さすが勇者パーティーのリーダーだった。
みんなが蜘蛛の子を散らす様に逃げまどう最中に、羊の巨人の背後へと回り込んでいく。
そして低い姿勢から女戦士さんがやった様に足元を狙った一撃を繰り返す。
今度は上手くいく様に見えた瞬間に、大槍の石突で迎撃しようとする羊の巨人だ。
「ウルルルルリンパ!」
剣が巨人の脚を斬り抜ける終末段階で、勇者さんはアッサリとそれを放棄した。
そうしなければ自分がその石突で叩き潰されたのだから。
地面のタイルにぶち当たった石突は、その場をガツンと耕して粉砕したのだから。
「今だ! ドイヒー嬢ちゃん魔法攻撃を行うぞッ。」
「わかりましたわッ。いにしえの魔法使いは言いました。わたくしの魔力を持って物理の原則を成せ、フィジカル・マジカル・エクスプロージョン!!」
「僕は君の中にぶち撒けたい、僕が君に僕の全てを。受け入れてくれ、フィジカル・マジカル・エクスタシー!!」
そして僕はドイヒーさんたち魔法使いのへんてこな呪文を耳にした時。
身を挺して女戦士さんと勇者さんがこの大きな隙を作りだしたのだと知った。
「魔法使いに完全に背中を見せるのは凡愚の策だ。巨人はしょせん栄養を巨体に取られた知恵足らずというわけか。アッハッハ、……危ないセイジ、わたしの盾の陰に隠れろ!」
「わかった、ティクンちゃんも下がって、シャブリナさんは大丈夫?」
「案ずるな、わが身に変えてもセイジを守るのがわたしの誓いだ!」
ふたりの魔法使いが繰り出したそれは強力だ。
ドイヒーさんの黒くて大きくて禍々しい長い杖周辺から紅蓮の炎が燃え盛ると、無数のビームになって射出された。
いつもよりも紅々としていたから、ドイヒーさんの全力かもしれない。
痩せすぎのひとは、両手に手毬の様な火球を浮かべて、交互に発射した。
まずドイヒービームが羊の巨人へたてつづけに炸裂したのを目撃した。
着弾したのは筋張った骨の浮いた背骨辺りで、連続直撃の瞬間に前のめりになったのが見える。
爆炎が広がるよりも早く、痩せすぎさんの一発目が同じ場所に吸い込まれ、爆炎の中で羊の巨人が振り返ったところにもう一発が飲み込まれていった。
「アバババババアハカンサイジンッ!」
何か言葉にならない叫びと、片膝をつく姿を残して羊の巨人は煙に巻かれたのだった。
煙は室内全域を支配し、敵も味方も様子をうかがい知れなくした。
震える手で短剣を握りしめながら、それが鎮まるのを待ちつつ警戒する。
「コホッコホッ、何も見えませんわ! これでは当たったのか効いているのかも知れないっ」
「焦るなドイヒー嬢ちゃん。お互い距離を置いて、次の瞬間を……」
「勇者、次に晴れたら同時攻撃ね」
「連撃ではなく、どちらかで確実にか。わかったぜ! 聞いたか他のみんな、油断するなッ」
咳き込む声と荒い息、そして甲冑の擦れる音で緊張感は頂点に達した。
そして煙をかき分けてぬっと突き出してきたものを目撃した。
羊の巨人が持った巨大な大槍だ。
ドイヒーさんの打ち上げた発光魔法で、煙の中でもぼんやりと槍の穂の先端が見える。
その大槍がどこを貫こうとしていたのか知って、僕は驚愕した。
僕自身だ。このままでは僕が殺される方向に槍が伸びてくる。
そしてそれを守ろうとしたのがシャブリナさんだ。
もともと僕とティクンちゃんを守る様な立ち位置で、シャブリナさんが盾を構えていたのだけれど。
攻撃の進路に割り込む様にしてシャブリナさんが飛び出して来たんだ。
ガギンッ!
「くッ、ぐわあっ」
それを盾で勢いを受け流そうとしたシャブリナさんだったけれど、ただの一撃で体を持っていかれる様に吹き飛んだ。
盾を放り出して、部屋の壁に叩きつけられる様に。
「ギャン!」
「シャブリナさん」
「っつ、来るな、くるなセイジ……貴様は逃げろ」
叩きつけられた彼女に気を遣う暇はなかった。
次に狙われたのは僕だ。
振り回される槍の穂で、今度こそ容赦なく僕を殴りつけようとして来る。
緩慢から急激な加速。
けれどこれはすんでのところで奇跡的に逃れる事ができた。
頭上をギリギリで走り抜ける槍に僕は肝を冷やしまくる。
チビりそうだ。
そこを勇者さんたちが狙いすませて斬りかかっていったのだけれども。
「セイジくん逃げろ! 逃げるんだ!」
「勇者、今は攻撃する事に集中しなさいよっ」
「おのれええええっ」
ガシャンと激しく勇者さんの剣が弾き上げられるのを見た。
そして女戦士さんの一撃が羊の巨人の太ももを斬り抜け、紅蓮の炎ドイヒービームが飛び出す。
「今ですわ。いにしえの魔法使いは言いました。フィジカル・マジカル・アッハ~ンイイワァ!」
かつてない爆炎によってダンジョン全体が大きく揺れたみたいだった。
まるで地震の様な衝撃。これがドイヒーさんの最後の一擲だったのかもしれない。
崩れ落ちて痩せすぎさんに支えられている彼女の姿が、煙に包まれながら見えたんだ。
「グロロロロロロン」
今度こそ倒せたんじゃないか、そんな風に思ったけれど。
ふたたび爆発が起き、この部屋を支配する煙が消えていく中で、あべこべに浮かび上がるその姿が。
僕を、ドロリとした意思の読めない視線で射抜いていたのだ。
「ダイトゥデイ、デスカ?」
お前が死ぬのは今日だ。
意味不明な羊の巨人の言葉の中で、これだけはわかった。
ティクンちゃんが震えながら僕の貫頭衣を強く握りしめている。
「セイジ、逃げろ、セイジ……」
シャブリナさんのうめき声が聞こえるけれど、もうどうにもならないのか。
そしてせめてティクンちゃんを庇う様に抱き留めた時、彼女の内股が沸き上がる泉になっているのを知った。
正直、僕もそうなりそうだ。
「死ぬのはお前だ!」
けれど羊の巨人はそこで両ひざを付いて倒れた。
勇者さんが、羊の巨人の首を斬り飛ばしたからだった。




